第二十八夜『邪悪な大臣が女王を追放するまでの物語-Liberty-』

2022/06/07「砂」「新しい関係」「毬」ジャンルは「王道ファンタジー」


 私が彼女と出会ったのは、まだ私が幼い頃の事だった。

 私は大臣を務める父に宮殿まで連れられ、そこで彼女と出会った。父と彼女の父は私たちに宮殿内で好きに遊んでいるよう言い、御付きの人達に見守られながら中庭で毬を使って遊んだ。

「すごい、あなたまりを蹴るのがお上手なのね。蹴鞠けまりの達人になるの?」

 彼女は私が毬を地に落さず蹴り続けるのを見て、楽しそうに言った。

「うんう、私はお父様のお仕事をするの」

「え、あなたのお父さんって大臣さんよね? じゃああなたもおひげを生やすの?」

「いやねえ、おひげなんて生やさないわ。私はお父様よりもっと立派な大臣になって、国の人達をみんなお金持ちにして、それから素敵な人と結婚してお母さんになるの」

「すごい! みんなお金持ちの国! じゃあ私はその国の女王になるわ」

 そんな他愛無い子どもの会話、私は神経を蹴鞠から会話に移行させて毬を受けとめる形で落とした。毬は中庭の砂地に落ちて鈍い音を立てて、跳ね返らずにその場に沈むように落ちた事を覚えている。


「失礼します、女王陛下! 帝国はライチャード王弟殿下の身柄解放の件、金貨十万枚で交渉に応じるとの事です!」

 宮殿で私が女王と公務を行なっていると、伝令が大音声を挙げて部屋へ入って来た。

「分りました。すぐに現金を用意し、相手方の使者を出迎える準備をしなさい」

 机の反対側に居た私は目を剥いた、女王陛下は何を言っているのだ? 確かに殿下は陛下の弟だが、それにしたって金貨十万枚とはふざけている。使者の様子からして恐らく金貨と言うのはあちらの通貨の事だし、それが是なら要求額は実質金貨十五万枚となるだろう。金貨十五万枚! それだけあったらどれだけの民に粥を宛がう事が出来るだろうか? どれだけの事業が行なえ、どれだけ教育が行なえるだろうか?

「陛下、無礼を承知で確認したいのですが、金貨十万枚を素直に支払う積もりではないでしょうね?」

 私はおずおずと陛下に訊ねる。無論王家の人命を天秤にかける積もりは無い。だが、金貨十五万枚は余りにも法外に過ぎる。国際法はどうしたのだろうか?

「言うまでもありません。ライチャードは私の唯一の弟、その為なら金貨十万枚でも払いましょう」

「何を言っているのですか、我が国の国庫にそのような余裕はありません。敵国は交渉に応じると言っているのです、こちらの人質と交換するなり何なりするべきです。そもそも金貨十五万枚相当の資産を捻出するには、それこそ税率を上げるか都を売りに出すしかありません」

「それならば税率を上げましょう、必要ならば首都も売ります。それで相手方の機嫌を損ねず弟の身柄を解放できるのならば安いものです」

 そう言った陛下の目は座っていた。何があっても自分の意見を変える積もりが無い人間の目だ。

(陛下は御乱心か?)

(無理も無い、殿下のカリスマは我が国の軍の要、彼の演説無しには現軍隊は設立できなかった)

(こんな時に殿下がいらしたら……)

(やっぱり女に戦争の話は無理か)

(しかし我々では陛下を説得する事は無理だ)

 周囲から陛下を値踏みする様なひそひそ声が聞こえる。バカめ、陛下に意見をする積もりがつゆほどもあるのなら、私がした様に相手に聞こえる様に言え。

「陛下、どうかご再考願います。民草に流血と圧制を強いてまで、救出されたと知ったら殿下は喜ぶでしょうか?」

「黙りなさい、ヒス財務大臣。貴女には一月の謹慎きんしんを言い渡します」

 突然の処分に周囲はざわめき、私に対する同情の声と陛下に対する不信感の声、そして私に対する侮蔑の声が小さく生じた。お前ら覚えてろよ、声は覚えたからな。

「御拝命、謹んでお受けします」

 私は恨み言一つ言わずスパッとした態度で部屋を後にした。

 ダメだ、あの女は完全に我を見失っている。計画を動かすなら今からしかない。


 私は自宅で謹慎する気など全く無かった。有力貴族と連絡を取り、更には教父と共謀する事を選んだ。

 これが治世上手だったり、有力者に顔が効く君主だったら上手くいかなかっただろう。ただあの女は、ヨハンナ女王は大義や理想に燃えるタイプの君主だ、近くに居る人間にしか為政者としての正しさが伝わらない人種だ。人民や貴族を扇動すれば暗君に仕立て上げるのはた易い。

 知ってる、ヨハンナ? あなたがこの間捕えさせた汚職伯爵だけど、人民からの評判は良かったの。あなたと違って人民に甘い領主だもの、あの捕り物に喜んだのは宮殿だけだった訳。

 そもそもあなたの弟が良くてあなたは悪いの、あなたの弟はあちこちの国に喧嘩を売ってうちの財政を苦しめているけど民からはカリスマ、そのケツ持ちしてるあなたは暴君。何より、今の私は財務大臣でも何でもないし宮中身分でもないのですけどねえ!

 悪く思わないでね、ヨハンナ。これも全部私との約束を守らなかったあなたが悪いのだから。


 造反劇ぞうはんげきは肩透かしに終わった。どうやらヨハンナは無理矢理資金を捻出するために議会を通さずに債券を発行し、増税を行なっていたらしい。はっきり言って私があちこちの貴族と作っておいた、とっておきのパイプを発揮せずとも王宮は瓦解したと思う。全くバカな事をしてくれたものだ、もう一度言うが本当に肩透かしと言う他無い。

 ただ、私の目的はヨハンナの首でも無い、そもそも玉座なんて物にも興味が無い。先ほどの言葉を反故にするようだが、教父を始めとした有力者とのパイプを作っておいてよかった。

「ささヨハンナ、さささっと署名して頂戴? それを署名すれば生きて帰れるのよ」

 私は私の一党達と共に、ヨハンナに書類に署名する様迫った。もう陛下等と呼ぶものか、お前に私の描くお金持ちの国の君主は相応しくない。

「ヒス財務大臣、あなたは私の事を陛下と呼ばないのですね」

 そう言うヨハンナの声は何時だったかと同じく、鉄の様に冷徹で冷静な物だった。うっせーバカ、とっとと署名してクソして寝ろ。

「当り前じゃないですかヨハンナ! 何度でも名前で呼んであげますよ、ヨハンナ! だってあなた、私が留守の間に他の人員で私の椅子を押し出す気満々だったでしょう? おかげで私、市政の人間になっちゃいましたー! つまり王様王様-って顔色窺う義理は無いの、分かる?」

「あなたの意見は分かりました。ではノッティンガムの娘ヒス、あなたの要求は何ですか?」

「あのさヨハンナ、何度も言わせないで。私個人の要求は復職、それだけ。あとは私の一党で取り決めた、王権の解体、民からなる民が国を動かす政治体系作り、それからその政治体系への移行期間を設ける事。ささ、パパッと署名をして?」


 こうして私は、形だけとは言え女王を王宮から追放した。まあその後色々あって、人民やライチャードや教父の懇願こんがんで王権の一部を保持させろだの、王族を完全に失墜させるなだの、顔の国を失う事は許されないだのと抗議を受けたりしたのだが、まあとにかく陛下は二度とあんな重税を課す事はしないだろうし出来ないだろう。

「しかし知らなかった、陛下って実は蹴鞠滅茶苦茶うまいのねー私なんかよりずっと上手いわ」

「ふふふ、王家の女性は何かしらスポーツを究めないといけない取り決めでしたからね。初め聞いた時は何かと思いましたが、蹴鞠を上達させる口実に良いと思った事です」

 そう得意げに言う陛下は毬をまるで自分の身体の一部の様に動かしていた。そらトラッキングだ、そらヒールリフトだ。ちょっと待って、陛下が空中でよく分からない動きしてる! ボールが重力を無視して陛下に引っ付いてる気がする!

「大臣、そろそろ公務にお戻りいただけないでしょうか?」

 いい所で教父が来やがった、全く煩わしい男だ。と言うか教父がわざわざ中庭に来るなよ、お前も遊び半分か。

「分かりました、ファーザー。私は私の務めに戻ります、じゃあね陛下」

 私は国民全員がお金持ちの国を造り、ヨハンナをその王様にしてやらねばならないのだ。例え神の使いが相手でも、邪魔はさせやしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る