第二十七夜『ご希望の品-nothing is NOTHING! -』

2022/06/06「灰色」「人間」「取引」ジャンルは「ギャグコメ」


 今日と言う今日は堪忍袋かんにんぶくろが切れた。期日を過ぎる事まる一カ月とはいい根性をしていると言わざるを得ない、友人の為とは言え金など貸すべきではなかった。もっとも、あんなに必死に泣きつかれてしまっては貸さない訳にもいかないが。

 しかし、こちらだって首が回らない状況一歩手前なのだ。うちにある家電の大半は訳アリの特価品だし、さほど裕福ゆうふくと言う訳ではない。今日の今日こそ状況を問いただし、返済の目途はあるのか確認しなくてはならない。

 俺は大型の据え置き端末たんまつを操作し、テレビ電話を起動した。文字だけ音声だけのやり取りでは様子が伝わらない物もあるし、問いただすのが目的なら猶更なおさらだ。人間身振り手振り無しの会話では不完全でしかない。加えてこの端末は訳アリとは言え優れもので、回線速度も解像度もちょっとした物で電気代も低く、しかも月々の支払いはタダ同然なのだ。ただ一つの欠点に目をつむれば完璧と言っても過言ではない。

 端末は操作すると、あっという間に起動して相手方に繋がった。

「もしもし、俺だ。もう期日から一月も経つ訳だが、返済の目途はついているのか?」

 相手方は電話画面に向って申し訳なさそうな様子でぺこぺこと頭を下げ始めた。

「すみません、どう申し上げましたらよいのか……」

「どう申し上げるもこう申し上げるも無いぜ、まさか借金を返す為にあちこちから借金してるなんてバカなマネをしているんじゃないだろうな?」

 俺がそう相手方に訊ねると、テレビ電話の映像がフッと切り替わった。

『お金が御入用ならば、愛の溢れるアガペイまで。わたくしどもがお客様一人一人にあったプランでご融資いたします』

 十五秒のコマーシャルが終わると、テレビ電話の画面が元に戻った。

 この機能だ。この機能さえ無ければ完璧なのだが、この機能が付いているおかげで格安で購入できたし、月々の支払いもタダ同然なのだ。性能の良い端末がタダ同然なので我慢して使っているが、正直に言うと納得はしていない。

「違うんです、私はあのお金で脱サラして商売を始めたのですが、何が悪いのやらうまく軌道に乗らず……」

 相手方が言い訳をすると、またテレビ電話の映像がコマーシャルに切り替わった。

『不動産のご相談ならスイートホーム、お住まいも起業のご相談も電話一本から承ります』

 再び十五秒間のコマーシャルが終わって、テレビ電話の画面に戻る。月々の料金を幾ばくか払えばコマーシャルが流れる中テレビ電話を続ける事の出来るプランもあるが、そんな色々な意味で本末転倒なバカ話はどうでもいい。

「なんだっけ……いやそうだった、脱サラでもダッカルビでもいい! 今すぐその商売とやらの収支やら詳細を俺に全部話すんだ! 今すぐだぞ! 切ったら殺すからな!」

 俺がテレビ電話に向って怒鳴ると、三度画面が切り替わる。

『あなたの生活を支える時雨工業しぐれこうぎょう。我が社はペットボトル、電子部品、列車、銃器など、国防軍を支え、国民を支えております』

 殺すと怒鳴ったら国防軍のコマーシャルが出たのか、殺すと怒鳴ったから拳銃メーカーのコマーシャルが出たのか理解しかねるが、商売熱心過ぎて俺はクラクラと眩暈めまいがし始めた。

「そこを何とかしてください、ここでお金を払うなら私は首をくくらないといけません!」

冠婚葬祭かんこんそうさいなら春樹天主堂はるきてんしゅどう、結婚式、葬儀そうぎ、あなたの人生の転機を主の前で』

「いいや、これ以上は我慢がまんできん。何も金を出せと言っている訳ではない、商売の明細書を出せと言っているんだ。これ以上出ししぶると言うなら、こっちも出る所に出るぞ」

『渋い! 青汁は明星みょうじょうの健康青汁。驚くほどの渋さと健康をあなたに』

「わ、分かりました。今帳簿ちょうぼを持ってきます。全く、世の中間違ってるよ……」

『立てよ国民、正大党。我々はあなたの一票を待っています。住みやすい国、国民が幸せな国を取り戻しましょう!』

 俺の堪忍袋の緒は相手方から、このふざけたテレビ電話へ向かっていた。これで料金をまけてもらっているとは言え、逆に言えばこれで懐が潤う連中が居ると言う事だ、俺の苛立いらだちは四方八方から助長されつつある。

「全く、なんて使いにくい機械なんだ。もっとマシなのを買えばよかった」

『家電をお求めならボルタック電気♪安くて安心、何でもお得♪新型、旧型、特価品♪』

 俺は怒りが腹に据えかね、手に持った水筒を大型据え置き端末に投げつけた。端末の液晶はひび割れ、もう二度とコマーシャルを流さなかった。

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