第二十六夜『我流新陰流裏奥義恋愛発破催眠光線-gotcha-』

2022/06/05「桃色」「機械」「見えない中学校」ジャンルは「偏愛モノ」


 ついにやったぞ! 学校の裏サイトでのうわさは本当だった、このアプリケーションがあれば俺は自由自在に催眠術さいみんじゅつが使える! 誓約せいやくとしてこのアプリケーションは一度しか使えず、再度取得には新しく取得する時同様、綿密めんみつな審査やら送金が必要だが、何の問題は無い。油断はしない、鍛錬たんれんも怠らない、様々な状況を想定する。

 このアプリケーションがあれば、俺の人生は初めて好転する。


 今をさかのぼる事、少々前。俺は同じ学年のあいつに告白し、振られた。

「あはっ、ナニ言ってんの? あんたと付き合う訳なんかあり得ないし、自意識過剰じいしきかじょう過ぎ! あーずかしー、せめてあたしと釣り合う人じゃないとオッケー出来ないし、あんたみたいな根性無しは絶対ムリ!」

 この女はほお紅潮こうちょうさせ、おかしくて仕方がないと言った様子で俺を見下すようにぷるぷると顔を震わせて、まるでき出すのを我慢がまんするかの様な仕草でてた。

 俺はあいつの事が愛おしいと同時に、ひど憎々にくにくしく思えた。あいつの事をまるで直視が出来ない。

 しかし、あいつはそんな事をかまうかと、これまで通りに振舞ふるまった。俺に今週のマンガのあれやそれは読んだのかだの、さっきの小テストの調子はどうだの、一緒いっしょに学食行かない? だのと俺をからかう様に声をかけては、俺があいつを直視出来ない事をからかっては笑った。それもクラスの連中の前で、だ。この様な行ない、極悪非道と言う他あるまい。

「あれれーどしたのー? 顔赤いぞー、保健室行くー? あたしが連れてってあげようかー?」

「顔伏せちゃってどうしたのー? なになに、何かあたしに隠してるの? 見せろよー」

 それだけならいい、あいつは俺の前で俺をからかう事が増えたが、その内容もエスカレートしている気がしてならない。俺の脇や頬を指先でつついたり、本人にその積もりがあるかは知らないがなまめかしさを含んだボディタッチも一度ならずあった。

 そもそも俺はあいつの事が昔から、小学生の頃から嫌いだった。当時俺がスポーツチャンバラで編み出した最強剣(全力で剣を小刻みに振り回すだけ)をバカにしつつ破った時から、俺はあいつの事が大嫌いだった。

「バッカみたい、マジウケる、そんな滅茶苦茶に振り回すだけで強いと思ってるの? 男子ってホントバカねえ」

 今でも俺はあいつの侮蔑ぶべつを全面に出した笑顔が忘れられない。俺はあれからチャンバラ等ではない、真面目な剣道を習い始めた。いまや俺は中等部では全国クラスの実力者だ。一つ悔やむ事があるとしたら、今となってはあいつとはレギュレーション違いで戦えない事、そしてそもそもあいつは剣道もチャンバラもやってないし、関心も無い事か。

 あいつは俺が剣道で勝っても入賞しても、眉一つ動かさない。

「ふーん、男子っていつまで経ってもそういうの好きねえ、バカみたい」

 あいつは俺の凱旋に際しても、自分の今の趣味らしい絵に打ち込んでいた。何を描いているかは知らないが、絵に集中している事は分かった。俺はあいつにはあいつの道があるんだと思って深追いはしなかった、ただ俺に関心が無くなったのはさびしかった。

 だが、それも今日までだ。これまで散々俺の心を空虚にしてもらったが、俺は全てほしいままにする。


 あいつはいつも通り教室に居た。今日も何やらスケッチブックに向って何やら描き込んでいる。普段は俺の姿を見るや否や全力で俺を馬鹿にしに来るが、スケッチブックに向っている時は別だ。別段興味きょうみは無いがはっきり言って憎々しい。

「なあ、お前いつも何描いているんだ?」

 あいつは俺に声をかけられ、初めて俺に気が付いたような反応をした。全く、大した集中力だ、無論悪い意味で。

「はぁ? あたしの絵に興味があるの? 見せてあげる訳ないじゃん、あんたなんかに見せたくもないし」

 出て来たのは相変わらずの憎まれ口、どうやら俺に留飲りゅういんを下げさせる気は更々無いらしい。それでいい、これで俺も勢いを殺さず実行が出来る。

「そうか、じゃあちょっとこれを見てくれないか?」

 俺はあいつの頭を掴み、無理矢理振り向かせ、例のアプリケーションを起動した画面を見せてやった。あいつは放心したかと思うと、酩酊めいていしたかの様なとろんとした目で俺を見始めた。

 やった、アプリケーションの説明にある通りだ! しかし、ここで安心しては居られない。この酩酊状態は十秒ほども持続せず、この間に相手に命令をする事で暗示をかけなくてはならないらしい。そうでなくては、これはただの猫騙ねこだましと何も変わらない。加えて、この酩酊状態のままで何か刺激しげきを与えてしまってはしらふに戻る為、今は暗示をかけるしか出来ない。そして周囲に疑われる様な暗示、俺のこの手段が露見ろけんする様な暗示、手を出しにくくて結果として無意味な暗示は与えるべきではない。

 さあどうしてやろうか、俺はあいつの体を舐める様に一瞥いちべつした。握った頭部の感触、俺をからかう度に揺れる髪、俺をバカにする言葉ばかり吐くくちびる、思い出すのも憎たらしい顔、俺を笑って指す手指、中学に上がった頃から目に見えてふくらみ始めた胸、俺を小馬鹿にする時に手で触れる腰、忘れる事は無い俺をっ飛ばした脚部きゃくぶ。全てが俺の思いのままになり得るのだ!

 俺は意を決し、欲望を満たすべくあいつにシンプルで完璧な命令を下す。

「お前は俺の事が好きになる!」

 命令を下すと暗示が効いたのか、あいつの目の色が元に戻る。普段通りの、俺をコケにして見下した目つきだ。

「へたくそ……そんな無意味な命令効く訳ないじゃん、何も分かってない頭スカスカのクソザコ。こう使うんだよ、見せてあげる」

 あいつは俺の事をせせら笑いながら、内ポケットから自分の携帯端末を取り出し、俺に見せた。携帯端末には意味の分からない映像が広がっていた。

 違う、俺は端末を見せられ、あれ? 俺は端末が俺で端末の光景は光がまるで蛍だあいつは俺が画面の俺で蛍はあいつで光が綺麗きれいだ俺は俺であいつは緑色の空間が俺で光が広がってピンク色が一面俺になって泡があいつで俺は消えてぶくぶくと灯がくるくる俺は滝が目の前にあって俺は水に落ちて俺はぐるぐる俺で俺が俺も俺俺と俺に俺の俺か俺は誰だ?

「あんたは、あたしに、一生逆らえなくなある」

 あいつの声がはっきりと聞こえて、俺は幻から戻って来た。

 意識が戻ってきた後、最初に見えたのは机の上にある剣道が題材らしいイラストだった。


「ターッ!」

 公園で息子が俺に向って思いっきりスポーツチャンバラの刀を振るってきた、握りも足運びもなっていない太刀筋だ。俺はそれが息子の為になると思い、息子の刀を自分の刀で叩き落した。

「くっそー、負けた。いつか絶対父さんより強くなってやる!」

 たのもしい言葉だ、さすがは俺の息子、きっと何時の日かきっと実現してくれるだろう。いや、きっとではなく絶対に実現してくれるだろう、何せ俺とあいつの子供なのだ。

「ほらあんた達、あんまり遅くまで外で遊んでないでそろそろ戻りなさい!」

 うわさをすれば影、俺は息子を抱いて愛する妻の言葉に服従した。

 周囲の親子連れが生暖かい目で見て笑う、周囲からは仲睦なかむつまじいオシドリ夫婦に見えるだろうが、単に俺がれた弱みで逆らえず絶対服従しているだけだ。

 ある時、父兄の席でポロリとその事を漏らした事があったが、どこの家も良好な関係を築いている所はそんな物らしい。

 別に俺達家族は特別でも珍しくも無いと言う訳だ。

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