第二十五夜『ファミリー・ゲーム/双子の博士-princemaker-』

2022/06/04「おもちゃ」「屍」「業務用の流れ」ジャンルは「ラブコメ」


 ヴィクトリア・フランケンシュタインの研究は上手くいってなかった。

 彼女は幼い頃は弟よりも優秀ゆうしゅうと言われ、神童だの天才だのと周囲から呼ばれていた彼女だったが、今や完璧かんぺきなのは理論だけ、むねを張れる発表作は何も無し、あるのは足掻きの証拠しょうこのデスクだけ、理想は高くて居場所は低い。彼女を悩ましている要因は色々あるが、最大の要因は彼女の弟のヴィクター・フランケンシュタインだ。

 ヴィクトリアは理論を組み立てる秀才なら、ヴィクターは感覚の天才肌と言える。フィーリングで作品を完成させて受賞じゅしょうし、組合にも顔が効くよく出来た弟。しかも姉弟は研究分野がかぶっていると言う事実もあって、ヴィクトリアにとってヴィクターは目の上のタンコブだった。

「姉上、そういうのは慎重かつ大胆につなげればよいのですよ。こうガーッとやって、シュシュッと縫合ほうごうすればよろしいかと」

 ヴィトリアが四苦八苦する施術せじゅつをヴィクターはいとも簡単に行ってしまうのだ。しかも彼女が理論立てて慎重しんちょうに行っている施術を無視して、自己流に、である。しかもそれで出来上がる作品は筋骨隆々、長身で胸板も分厚い、足も速くて手先も器用、おまけに頭も良いと言うお子様ランチか欲張りセットもかくやと称される代物だ。その上ヴィクターはそれにアダムと名付け、自分の傑作と可愛がって自慢しやがる。一応アダムには喋るのが苦手と言う欠点があり、彼女はこれが気に食わなかったが、彼はそれもあばたもえくぼと盲目的に猫可愛がりしている、全く業腹だった。

 ヴィクトリアにも理想がある、完璧な死体からなる完璧な人造人間、完成したあかつきには屍術師組合の連中がおどろきれ伏し靴を舐めて讃美さんびされるような完璧も完璧な作品だ。

 事実ヴィクトリアの理論は完璧だった、素材や素体もおおむね良好な物が揃っていてストックもある。しかし彼女の作る人造人間は動かなかった。

 これは何かの間違まちがいだと、理論が完璧なのに動かないのは自分ではなく素材たる死体が悪いのだと、ヴィクトリアはそう大いに取り乱した。

 それからと言う物、彼女は毎日墓場はかば埋葬まいそう用のシャベルを担いで行って、寝る間も食う間も惜しんでデスクや作業台に向かった。あまりに一心不乱に実験と調達をするものだから、屍術師組合からあまり目立つような事をするなと注意を受け、彼女の焦りは益々高じた。

 されど彼女の作品は動かない。彼女が悪いのか彼女の理想が高すぎるのか、彼女自身にもわからない。

 この事に酷く心を痛めた人が居た。無論ヴィクトリアではない、彼女の弟ヴィクターその人である。いや違う、最も心を痛めたのが彼と言うだけで、彼女の周囲に居る人達は皆心を痛めていた。屍術師組合が注意をしたのも、才能ある人間が苦しんだり無様に捕まったりしてはいけないと言う老婆心からなる物だ。


「と言う訳で姉上の力になりたいのですか、皆さま名案はありませんか? 僕はなにぶん縫合以外に取り柄の無いダメな男でして、皆さまの力をお借りしたい」

 ヴィクターの家に屍術師組合の面々、ヴィクターの妻、そしてヴィクターの召使いであるアダムが額を集めていた。

「共同研究者を探すのはどうだろう、切磋琢磨せっさたくまになる」

「いや、彼女のプライドは高い、下手に刺激をするとヘソを曲げかねん」

「皆で彼女を肯定してはいかがか?」

「話になりませんな、自分をあわれんでの事だと言い出してキレて暴れるでしょう。と言うか、暴れました」

「そうだ、何か思考をリセットがてら慰安旅行いあんりょこうでもプレゼントを……」

「あの人の事だ、自分を研究から引きはがすなと……」

 会議かいぎは回るが進まない、そんな中発言せんと手を挙げたのはアダムだった。

「博士、人間、伴侶が必要、姉君、お見合いが必要」

 すると面々はそれが良いと互いに言い合う。大半が学者肌の集りだったのだ、学者でないアダムの言う事は彼らには新鮮だった。

 アダムは体格も相まって見る人を恐怖させるような強面だったが、その表情は優しく柔和だった。


 作戦は困難こんなんを極めた。まずは屍術師組合の人材であっては行けない、ヴィクトリアの研究に意見するような人であってはこの計画は水の泡だ。しかし屍術師を見ても恐怖して逃げ出すような人であってもいけない、事実死体から人造人間を作る女性とお見合いなんて案件を包み隠さずに伝えて素直に首を縦に振る男性などまず居ない。

 しかしながら最終的に光明は見えた。死体を掘り出してう女性とお見合いをしてくれとそれとなく告げても顔がくもらず、会って見なくては分からないと主張する男性が遂に見つかったのだ。

 実際にお見合いをしたところ、その男性はヴィクトリアの研究テーマに門外漢もんがいかんながら興味を示し、彼女の話を感心して聞いていたりと相性は良好そのものだった。


「聞いてくださいリジ―、アダム。姉上の家を訪ねた所大変上機嫌きげんで、遂に相性がぴったりの王子様が見つかったと大喜びでした」

 ヴィクターは帰宅するなり、妻と召使いに朗報を告げた

「あらやったじゃない、これでお義姉ねえさんも落ち着いてくれるといいのだけど」

「よかった、姉君、人間、家族、一緒、一番」

「それだけじゃない、遂に姉上の作品が完成したそうです。実際に僕の前で動かして見せてくれましたよ、あんなに喜んでいる姉上を見るのは子供の時以来です! 彼もあの場に居れば良かったのに、本当に残念です」

「この間のお見合いが良い刺激になったのかしらね」

 そう尋ねる妻に、ヴィクターは自信満々じしんまんまんに答えた。

「ええ、姉上曰く、あれは愛の奇蹟きせき! だそうです」

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