第二十三夜『スーパーウルトラデラックス玉座-Invasion-』

2022/06/02「紫色」「機械」「燃える目的」ジャンルは指定なし


 その国には地下資源が豊富で、採掘できるレアメタルのお陰で国力は高かった。労働者達は鉱石を掘り、金属を加工し、その利潤の為の工業施設もまた力強かった。その国には海が無く、この事から交易に応じる国は専ら陸続きであった。

 ある日、この国の脇に荷物運搬用の車が打ち捨てられていた。どうやら再起不能になった車両を見捨てて、運転手は急いで離脱したような状態だった。これに好奇心を抱いた人達は荷台の中に、侵略用と書いてあるコンテナを発見した。何やら剣呑な武器でも入っているのかと思いきや、そこに入っているのは様々な部品と設計図で、肝心の侵略用とやらの姿は無かった。


「という訳で、国を挙げての大プロジェクトが発足され、この工場が稼働していると言う訳です!」

 工場見学ツアーの案内人は、大音声でこの工場の由来を二人の客にそう告げた。客は男女一組の二人で、女の方は質問をしたくて仕方ないと言う様な態度でうずうずし、男の方は何やら神妙な顔で思案している。

「では何か質問はありますか?」

「はい! はいはいはい!」

 水を得た魚、見学客の女性は体を棒の様に伸ばし、手を挙げた。

「ではそこのあなた、質問をどうぞ!」

「それでこの工場は何を造っているんです? 侵略用って言うのは何の事です?」

「いい質問です、では実際に映像をご覧ください!」

 案内人がそう言いながら何やらリモコンを操作すると周囲が暗くなり、壁にかかったスクリーンに工場の内部らしい記録映像が流れた。何やら複雑な金属部品や精密装置が組み立てられ、みるみる内に一つの椅子が完成した。足を延ばし、肘を掛けて休む事が出来る、紫色で落ち着いた立派な椅子だ。

「すごい、ここは椅子の工場だったんですね? 分かった! この椅子は椅子に見せかけた罠で、座ったが最後二度と立ちあがる事が出来ないのですね?」

「ははは、お客様は想像力が豊かだ!それは全然違います。これは座った人は誰でも王様になれる椅子なのです」


 好奇心と野心から、その国の人達は設計図を組み立てた。設計には高価なレアメタルも含まれたが、量産するのではなく試作がてら一つ作る程度なら大した額ではなく、箱の中の部品を組み立てるだけならいいではないかと、そして何より侵略用とコンテナに書いてあった事実が気になってこれを組み立てると、出来上がったのは立派な椅子だった。

 初めは侵略用の椅子と言う事で、何かしらの有害な装置ではないか、もしそうならば我が国でも何かに使えないかと精査と動物実験と診察とをしたが、何も有害な要素は見当たらなかった。電気椅子でも、洗脳装置でも、繁殖能力に異常をきたす毒電波なども無く、ただのマッサージチェアでしかない。

 その国の人達は、どうやらこれがレアメタルを用いて作ったただの素晴らしい椅子だと分かり、自ら座って電源を点けてみたところ、その座り心地に驚いた。この様な椅子は有史以来絶対にありえない! この世の全ての悦楽をこの身に受けている様で、座った人は誰もがこの素晴らしい椅子にずっと座っていたいと主張し、椅子の使用を巡ってちょっとしたいざこざすら発生した。

 そんな中、この椅子の製作に携わった内の一人が腑に落ちた様に呟く。

「なるほど。つまりこの装置は兵士の士気を高揚させ、レアメタルを略奪させる装置に違いない」

 なるほど。我々はあやうくこの士気高揚装置にかかった兵士達からなる略奪部隊に襲われて、奴隷にされるか地下資源を軒並み奪われていたのか。そう人々はざわめき、ならば逆にこの装置を国力向上の為に利用してやろうと、そう言い始めた。


「以上がこの工場の成り立ちと言う訳です。いかがですか? 我が国自慢の新名物、王様の玉座は」

「これはすごいいい、まるで脳が溶けてるみたいいい。一生座っていたいいい」

 見学客の女性は締まりの無い表情で椅子に座っていた。この世の全ての贅沢とか幸福とかそう言った物を一身に受けている、そういった表情をしていた。

「はい、時間です。無料体験期間は終了、これ以上お楽しみ頂きたいのであれば、ご購入手続きもあちらで受け付けております」

「ユリウス、あの椅子は絶対買うべきです! あの椅子は一家に一台無いといけない! あの椅子無くして人類の繁栄はありえないってそんな感じです!」

 見学客の女性は連れの男性に力強く主張した。まるで人生一番の大勝負であるかのような力強い口調だ。

「ユウ、俺達はここには商行為に来たんだ、遊びに来たんじゃない。時にこの椅子って本当に大丈夫なんですか? なんらかの悪影響と言うか、依存症とかあるように見えるのですが」

 いぶかしむ見学客の男に、案内人は自信満々に答えた。

「いいえ、この装置に悪質な依存性は一切ありません。この椅子を味わった人間はこの世の物とは思えぬ幸福感を覚えますが、この状態は暫く椅子から離れれば立ち消えます。勿論フラッシュバックや依存症も全くありません。あ、こちらそのエビデンスをまとめたレジュメになります」

 案内人が示した資料は動物実験の内容と人間を用いた椅子の記録で、その内容は真実であり、見学客の質問に案内人は丁寧懇意ていねいこんいに答えた。

 見学客の男性は案内人の売り文句に負けたか、連れの女性の押しに負けたか、或いは何か思うところがあったか、椅子を一つ購入し、幌付きの車に積んで帰路に就いた。


「ねえユリウス、椅子に座った後ちょっと考えたんだけど、この椅子って侵略用って書いてある箱に入っていた理由ってさ」

「ああ、ユウを見てなんとなく分かったよ。俺も多分そうだと思う」

「多分ターゲットとか敵国になんらかの手段で贈る所までで一プロセスだよね、これ。ところでどうするの、自分で座って楽しむ積もり? 兵器はあちこちがうるさいから取り扱わないんじゃなかった?」

「いや、この椅子を一から作成した人をリスペクトさせてもらうよ。伝手のあるサロンに一つ置いて、時間に応じて使用料を取る事にしよう」

「うーわ、出た。ヨクバリだ、ゴウツクバリだ」

「うるへー、あの椅子は目が飛び出る程高かったんだ、この椅子はまさしく金の生る木になってくれるさ。そうだな、椅子自体の使用料は十分あたり千ネイでいいだろう。メンテナンスやら何やらの都合も考えてそれから……」

 荷台に何時までも座っていたくなる様な立派な椅子を乗せた幌付きの車が走っていた。車には短筒たんづつを下げた男と、歩兵用の剣をいた女性が乗っていた。

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