第二十一夜『モルモットに関する一つの考察-Made of Heaven-』

2022/05/31「十字架」「動物」「穏やかな魔法」ジャンルは指定なし。


 ショウ博士は薬学、生物の方面で天才と呼んでも過言でない傑物だった。博士は所属する製薬会社で数々の素晴らしい製品を作り、幾多の賞を貰っていた。

 ただ一つ、博士には少しだけ変わった習慣があった。博士は自分で実験や臨床試験に使うモルモットは、自分で愛情を注いで育てた個体だけだった。

 博士曰く、愛情を注いだモルモットならば私は絶対に失敗が出来ない。そんな博士の信条に応える様に、博士のモルモットを用いた実験は常に結果を出していた。

 そんな博士の人となりは企業としては厄介者だったが、博士の実験や成果は素晴らしく、社内の誰も表立って博士を悪く言う人は居なかった。

 ある時はアレルギーの薬、ある時は疫病の薬、ある時はウイルスの薬に、また今は人間の欠損した肉体をモルモットから生やして移植する研究の真っ最中だ。

 博士の美談は口伝で、マスコミュニケーションで、さらには書物になって評判となっており、これに反感を抱く人も居たが、博士の堂々とした自説や受け答えはむしろ美談として世の中に受けられていた。

 ある時博士は研究中に部屋から出た。別にタバコを吸うに外へ出たわけではない、定期的に実験動物の墓参りをするのが博士の信条の一つだったからだ。この習慣は博士が学生だった頃からずっと続いており、最早博士の手の内で死んだモルモットは両手では数え切れない。

(だっこ)

(あそんで)

(あなをほらねばならぬ)

(おやつたべたい)

(ともだち)

 博士はそう言った表情を浮かべる自分の子供達の背中をで、部屋を後にした。


「見つけた、例の博士だ。確保する」

 博士が墓参りを含めた諸々の務めを果たした後、外はすっかり暗くなり街灯の光が強くなった時刻、会社の敷地のすぐ外に黒メガネと口を蔽う布、それからニット帽子を被った人が居た。それも独りではなく、数人のグループだ。

「報いを受けろ」

 顔を隠した人達の一人は博士の足元に緑色の筒を投げた。するとあたりが白くなり、博士はまるで気を失ったようになった。博士はあっと言う間に顔を隠した人達に浚われた。


「諸君、遂にやったぞ。ここに居るのはかの悪名高いドクター・ショウ! 世から天才ないし聖人と称される地獄の申し子である!」

 どこやら分からぬ廃屋の中、多くの顔を隠した人達がショウ博士を囲んでいた。ショウ博士は猿轡さるぐつわを噛まされ、声一つ挙げる事が出来ず、両手両足も縄で縛りつけられて地面に縛り付けられていた。

「この悪人は科学と医学の発展の為と称し、多くの動物をいたずらに死に至らしめ、さらには動物の肉体を人間に移植させようとするイカレである!」

 顔を隠した人達の中心人物らしい、その人は声高に博士を責め立てる。それに対して博士は何を言おうとしかた、或いはただ猿轡を外そうとしたか定かではないが、口を動かし、しかし声一つ挙げる事はやはり出来なかった。

「諸君、罪の無い動物で屍の山を設け、己の名声と富の為に地獄を築いたイカレにどうか正当で平等な判決を! 我々は一つであり、多数決であらねばならぬ! そうであろう?」

 顔を隠した人達の中心人物が周囲に伺いの意を示すと、顔を隠した人たちは喜んで声を挙げた。

「死刑!」「殺せ!」「命をもって応報を!」「同じだけの血を!」

「よろしい、民の声は神の声、即ち多数決は誤り無き審判者也! 罪人を処刑台に立たせよ!」

 顔を隠した人たちはいよいよもって最高潮になり、簡素な祭壇の様な物に博士を無理矢理寝かしつけた。

 ところで、博士の手の内で死んだモルモットは両手では数え切れないと言われているが、それは是でこそあるが正確でもない。博士の手の内で死んだ、博士が愛情を注いだモルモットは数十を超えている。

 廃屋の温度が下がり、どこからともなく小さな辻風が吹いた。ゾクリと悪寒がするような風だが、別段だからどうと言う訳でもない。顔を隠した人達は、処刑を行なうに相応しいのは誰か相談していて、その事に気づかなかった。

「あ痛! 足が!」

 これは話に聞くカマイタチと言う物だろうか、顔を隠した人達の何人かが足に奇妙な負傷をした。まるでアキレス腱に獣が噛みついたようなケガだ。

「痛い! 痛い! 俺の足が!」「何だ! 何が起こっている?」「バカ! こっちへ来るな!」「誰か助けてくれ!」

 不自然なケガは顔を隠した人達を次々と覆うように伝わり、膝を崩すと脛、倒れ込めば手首に股関節に喉をと標的を変えていった。

 博士は何者かに顔と手足をくすぐられたかと思うと、拘束が解かれて、何者かによって作られた小規模な地獄を目の当たりにした。生きている者は自分一人しかおらず、自分と言う生者を除けばネズミ一匹この場には生きていなかった。

 博士は痛む体に発破をかけつつ、自分が引きずり込まれた何者かが作った地獄からそそくさと逃げ出した。


 博士は気づかなかったが、廃屋を脱出せんとする博士の足元には一種の力場が生じて渦を形成していた。そう、まるで飼主に餌をねだるペットが餌皿の回りをグルグルと回る様な、そんな小さな風が十重二十重とえはたえに。

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