第二十夜『スレイマンの壺-Daemon-』

2022/05/30「林」「時間」「最高の主人公」ジャンルは「偏愛モノ」


 鬱蒼うっそうとした果てが見えない森があった。人々はその森の事を悪魔の森と呼んで恐れていた。その森へ足を踏み入れたが最後、その人間は正気か命や魂を失うと言われていた。

 悪魔の森を一人の青年らしき男性が調査していた。男性は若者の様にも、壮年の様にも見えた。

 男性が悪魔の森を調査しているのを見ると、森の住民が面白がって近寄って来た。

「こんばんは、こちらは全知と言う者です。あなた、全知が欲しくありませんか?」

「いりません。私はここへは調査へ来ました。それ以外にする事はありません」

「本当に要らないのですか? こちらに正気をくれれば何でも教えてあげますよ、調査をする必要もなくなります」

 男性は全知の話を聞きながし、滔々とうとうと森と森の住民の様子を紙と筆で記した。その様子を見ていよいよ面白い! と住民が次々と男性に声をかけ始めた。

「こんばんは、私は不老不死。私の事が欲しくありませんか?」

「いりません、私は生まれるも死ぬるも、そこに自分の意思は介在しません」

「こんばんは、私は変身。あなたは自分を捨ててでもなりたい自分はありませんか?」

「いりません、私は私であり、父が定義した私以外の何者でもありません」

「こんばんは、私は涜神とくしん。私は要りませんか? 死ぬ間際に神よ! と叫ばずに自由に神を呪えますよ」

「いりません、私に自由は不要です」

「こんばんは、私は安寧あんねい。私に魂を預けて下されば、生きる苦しみも明日の憂いも消え失せますよ」

「いりません、私には苦しみもうれいもありません」

「こんばんは、私は郷愁きょうしゅう。あなたの肉体をくれれば、あなたを本当の故郷へ連れて行ってあげましょう」

「いりません、私の居る場所は私の父の国です」

「こんばんは、私は無我。私に自我を下されば、あなたは何事にも囚われませんよ」

「いりません、私は囚われている事が存在意義ですので」

「こんばんは、私は生死。殺したい人を殺し、生かしたい人を生かす権能はいかがですか? 命と交換でも魂と交換でも構いませんよ」

「いりません、私には殺したい人も生かしたい人も居ません」

「こんばんは、私は尽きぬ富。あなたの未来を下されば幾らでも都合しましょう」

「いりません、私の財産は父の財産ですゆえ」

「こんばんは、私は他心通たしんつう。私に心を預けてくれれば、他人の心が何でも分かりますよ」

「いりません、私に心と言う物は存在しません」

「こんばんは、私は地獄。私に魂を都合してくだされば、あなたは秤にかけられる事も鏡に映される事もありませんよ」

「いりません、私に魂はありません」

「こんばんは、私は羽化。私に命を下されば神になれますよ?」

「いりません、私の身体は私だけの物ではないので」

 初めは面白がっていた森の住民たちだったが、男性がどんな提案にも応じない為イラつきを見せ始め、最後には興味を失って散って行った。男性はただただその様子を記していた。


 男性は悪魔の森から帰って来て、自分に調査を命じた父親の家へと帰って来た。男性の父親は男性が帰って来た事を知ると大喜びで、男性の手から記録を、男性の肉体から男性の眼球をふんだくった。

「なるほどなるほど、ほうほう、これは、なるほどこれは人間が五体満足で戻って来るのは到底無理だな」

「父よ、私の調査は満足がいく物でしたか? 追加の調査は必要でしょうか?」

「ふうむ、今度はお前独りではなく追加のロボットと一緒に調査をして貰おう。男性のロボット一機が訪れた場合のデータは今取れたのだ、同じ男性が訪れた際のデータに、女性が訪れた際のデータ、それから男女の場合に、女性グループと男性グループとそれから……」

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