第十五夜『命の風船-bubble-』

2022/05/25「桜色」「風船」「冷酷な運命」ジャンルは指定なし


 母が死んだ。

 納棺のうかんは済んだので、葬式そうしきの一環として花の種をくくりつけた風船を飛ばす。風船は風に乗って見えなくなった。

 この国では死んだ人は花となって生まれ変わるのだ。故に、この国では葬式の一環として、亡くなった人一人につき風船を一つ飛ばす。

 花の種類はその人が好きだった花なり、遺族いぞくの好きな花から選ばれる。

 別に俺は本気でそんな事を信じてはいない。

 俺も他の葬式の参加者達も本気で信じていると言うよりは、習慣だからやっているだけだ。

 昔話によれば死者の魂はあの世の花畑に到着するらしいが、そんな物理的に存在しない物の事は知らん。

 そんな事よりも、今は当面の問題だ。俺は葬式を早々に引き上げ、職務に戻る。

 俺は西をほろぼさねばならない。


 俺は作戦室でおおいのしてある赤いボタンの前に居た。

 この広い部屋の両端にある赤いボタンだ。、目標の座標にミサイル弾が飛び、そこにある全てを太陽の様に焼き払ってくれる。

 万に一つも一人の人間には押せないボタンだが、今の俺には志を共にする同胞が居る。何の問題も無い。

 よもやこの兵器を使うとは思っていなかった、そもそも我が国にある兵力や兵器は全て専守防衛の名目の元に存在する。

 我々は災害や理不尽と戦う為に軍に居るのだ。

 西の兵士や軍人にも家族が居て恋人が居て、上司が居て命令があるだろう。

 そんな物知った者か。突然テロや略奪が起き、生活を奪われ、戦場では命が失われ、葬式をする事も出来なければ生まれ変わりの花が生える事すらない。

 この様な事態が到底許される者か、我々は応報せねばならない。

 俺は意を決し、同胞と共にボタンを押した。

 ざまあ見ろ! これで西の連中はお終いだ。

 罪なき血も流れるだろう、しかしそれはこちらもやられた事だ、俺に迷いは一片も無かった。

 その時、天が崩れ、風が吹き、熱が襲って来て、俺は、俺達は、


 * * * 


「そんな事があったらしい。もっとも、資料に残っていない事に関しては俺の想像だけどね」

 地平線の先まで延々と続く花畑を、幌付きの車が走っていた。車には短筒たんづつを下げた男と、歩兵用の剣をいた女性が乗っていた。

 花畑は様々な種類の花で構成されていて、動物に食べられたり、周囲の植物と栄養を取り合ったり、或いは人間に踏まれ、生態系を完成させていた。

「でもその国の人達はみんな死んじゃったんでしょ? どうしてこんな一面の花畑に?」

 剣を佩いた女性が、車を運転する短筒男に訊ねた。

「ああ、東西は元々同じ民族だったらしい。両国には社会的に共有出来る価値観は無かったが、皮肉な事に東西で分裂する前からあった昔話は共有されていたそうだ。それで亡命していた人達や、難を逃れた人たちが大々的に風船で花の種を東西から飛ばした。結果、花畑は東西の国境を超えて広がったんだってさ」

「ふーん、変なの。それでユリウスはここに何しに来たの?」

「何、この光景を写しで絵にしたら、反戦運動家や風景画を求める好事家なんかが高く売ってくれると思ってね。一枚にかかる費用は五百ネイ未満だから、そうだな、写し一枚五千ネイほどで売ってやろう。」

「うーわ、出た。ヨクバリだ、ゴウツクバリだ」

「うるへー、こちとら十五万ネイも払ってこの銀板を買ったんだ、こいつには金の生る木になって貰わないと困るんだよ。この写しは五千ネイか、もしくは六百五十アリ、ロッドなら四十は払ってもらわないと」

「ふうん。あれこれ言うのはいいんだけど、これからそれをどこで売る積もり?」

「さあね、風船でも飛ばして決めるかな」

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