第十二夜『La Petit Princess-LIVE-』

2022/05/22「空」「歌い手」「最後の運命」ジャンルは「サイコミステリー」


 昔々あるところに、道に迷った旅の人が居ました。これを見たグレムリンは、旅の人を取って喰ってやろうと思いました。

 グレムリンは土着の死神で悪魔です。

 旅の人はたくさんの人を喰って大きく育ったグレムリンを見て仰天、命からがら逃げだします。

 もうダメだ、追いつかれる! その時どこからどもなく子供達の歌が聞こえてきました。

 これは敵わん! グレムリンは多くの人間が居ると分かると反対に逃げて行きました。

 この事から、この地では今でも旅人や乗り物が発つ時に神像―アイドル―と呼ばれる少年少女が歌を唄っているのです。


「さあ、我らが英雄殿の凱旋だ!」

 誰が叫んだかは知らないが、港に空から船が戻って来て、船長の青年が降りて来た。

 その船長と呼ぶには年若い青年は地に足を着けるや否や、恋人でもある神像の女性の熱烈なキスとハグを受けていた。

 彼はシセル。彼の人となりを知る人からはキャプテンとか、もしくは茶化されて王子様と呼ばれている。実際彼の兄は管制の室長なので、王子様と言う呼び名は無理と言う事も無いが、俺は専ら王子様と言う呼び名は陰口の類と感じている。

「よう王子様、今回も無事帰って来て何よりだ」

「ああケイン、お前のお陰でな!」

 軽口をたたく王子様の口調にはおごりとか傲慢ごうまんとかそう言う物は全く無かった。こいつは自分の成功を俺の手柄だと本気で思ってやがる。

「ケイン、シセルはこれからうちでご馳走するんだけど一緒にどう? うちの港の英雄同士」

 神像の女性、ロゼが俺に言った。裏の無い、友人を気軽に誘うような口ぶりだ。

「ごめん二人とも、今日は兄さんと用事があるんだ。埋め合わせは今度するから!」

 王子さまは生意気にも神像アイドルの提案を蹴った。俺には不可能な事をこいつはいつもやってのける。神像は三人で食事出来るなんて滅多に無いのに! とぶうぶう言っていたが、俺の耳にはうまく入ってこなかった。

 俺は王子様を、唯一の親友を明日殺すのだ。


 俺は幼年学校の時に約束した他愛の無い約束を思い出した。当時まだ最先端の職業にこれからなると言われていた飛行船乗りに興味を持ち、二人で国一番の飛行船乗りになる事、ロゼは人が空を飛ぶなんて心配だとぶうぶう文句を言い、ならばロゼは俺の神像になってくれと。

 それから時が経ち、シセルは飛行船乗りの道を順調に歩み、ロゼは俺の提案が腑に落ちたのか、絶対に神像になるのだと言わんばかりに音楽の道を歩んだ。一方俺は、未来の職業でありエリートである飛行機乗りへの道を塞がれて……いや、自ら諦めた。

 それでも俺は諦めきれず整備工になり、結果としてシセルとロゼとは道が再び交わった。

 シセルは幼年学校の頃からああだった。恐らくは生まれ持った資質なのだろう、頭の良いシセル、いい子のシセル、人気者のシセル、人の出来たシセル、親兄弟も立派なシセル、英雄シセル、国を背に立つシセル。シセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセルシセル!

 俺も努力はした。しかし整備工と言う仕事は、幼年学校に居た頃の俺には自慢が出来る仕事とは到底思えなかった。勿論整備工の仕事を理解している人間は居る。例えば同僚、例えばテオドア室長、そしてシセル。

 今頃室長と王子様は何を話しているのだろうか? お前もいい歳なのだから身を固めろ、あのロゼと言う神像の娘なんて最高じゃないか。と打診している室長の姿が瞼の裏に浮かんで消えた。

 俺は一人で仕事場に居た。何もやましい事をしている訳ではないように見えると思う。この配線を逆にすればシセルは空路で道を失う。そう、この配線を逆にいじれば、

「そこに居るのは誰だ?」

同僚の声が聞こえ、はっと後ろを向くが俺の姿を確認すると、同僚は安心した態度を示した。

「なんだ、ケインさんか。遅くまでお疲れ様です。何か手伝う事はありますか?」

「いや、何もない……」

 俺は真面目で何も企んでなどない様に振舞い、いじっていた配線を背中で隠しながら答えた。

「俺に出来る事があったら、何でも言ってください! ケインさんは俺達にとって、頼れるリーダーですから!」

 他愛ない話をした後、ガレージを後にした同僚を見送り、俺は今一度飛行船の配線に向き合った。

 俺はシセルを、唯一の親友を殺さねばならないのだ。


 ロゼが歌を唄っていた。無論俺の為ではない、しかしこの場には俺とロゼしか居ない。ここは俺の夢の中だ。

 ロゼは俺の方を見ていなかった、今この場に居ないシセルの旅の無事を願い、唄い、踊っている。

 ロゼはシセルが帰って来る度、毎回イの一番にシセルの元へ走り寄る。ロゼは俺よりもテオドア室長よりもシセルの事を心配し、それ故何かある度にぶうぶうとシセルに文句を言っているのだ。

 お前にロゼの気持ちなど到底分かるものか! どんなトラブルや危機に見舞われても涼しい顔をして平気の平左で戻って来るお前には周囲の心配など絶対に分かる筈が無い! お前は幼年学校の時からずーっとそうだった! ケガをしても泣き言一つ言わずに他者の心配をする可愛げの無いガキだった! 自分を殴り罵倒ばとうした人間の心を心配する底抜けのお人好しだ! 日陰者相手にも平気でつるみ、自分の事を親友だと言い放つ、無敵の朴念仁ぼくねんじんだ!

 ロゼが唄と踊りを止め、俺の方に駆け寄る、うまく踊れたかな? うまく唄えたかな? シセルは無事に帰って来るかな?

 俺は答える事が出来なかった。


 翌日、シセルは予定通り、独り飛行船に乗った。心のこもった大切な手紙や贈り物をたっぷり載せて、本人は人の心を人に届ける大切な任務だと笑っていた。予定通りロゼの歌を聞き、予定通り俺と会話し、予定通りテオドア室長の指示通りに青い空の向こうへと旅立った。

 俺にとって一つ予想外なのは、海上でシセルが姿をくらまし、連絡が取れなくなった事だ。

 嘘だ、シセルはこれまでどんな任務も絶対に達成したし、そもそもこれまでどんな事故や不具合も乗り越えて来たのだ。今回もシセルにとってささやかなトラブルで、彼にとっては近所を口笛吹きながら散歩するような程度の物の筈だ。俺は配線を逆に出来なかったし、仮に俺が配線を逆にしてもシセルなら絶対無事に帰って来た筈だ!

 周りが困惑している、シセルの心配をする者、シセルの帰還を信じている者、シセルは今グレムリンと戦っているだけだと言う者。

 俺はシセルが消えた、すっかり昏くなった闇の空を見ていた。

「許してくれシセル、俺がお前を殺したんだ!!」


「鉛筆とノートが珍しいのかい? これはこうやって絵を描く道具なんだ。そう、こうやって手に取って」

「―――――」

「上手い上手い! 君たちは元々絵を描く文化を持っていたのかな?」

「―――――」

「そうか、僕たちの先祖は君たちの先祖を誤解していたんだね。ただ静かに暮らしていただけなのに」

「―――――」

「ああ、色々ありがとう。僕にはあげられる物はあまりないけど、せめてその絵と鉛筆はあげるよ」

「―――――」

「うん、君たちとはこれでお別れだ。ごめんね、君たちと一緒に居ると僕の船がおかしくなるから、一緒に連れて行く事は出来ないんだ」

「―――――」

「ありがとう、分かってくれて嬉しいよ。さ、サボった分任務の続きを頑張らないと、きっとみんな僕の事を心配しているからね」

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