第十一夜『生存者の記録-dead on Commedia-』

2022/05/21「地獄」「迷信」「禁じられたトイレ」ジャンルは指定なし


 僕は怪談が嫌いだった。

 別に怖いとかそう言う事ではない。

 あんな馬鹿馬鹿しい物は無いと思っているからだ。

 クラスの連中は楽しげに怪談がどうの、怖い話がどうのと話しているが、何が面白いのか全く分からない。

 何せ全ての怪談がそうだとは言わないが、大抵の怪談は語り部や目撃者が死ぬか殺されるか行方不明になるからだ。

 全くもって馬鹿馬鹿しい。

「これは本当にあった話なんだけど……」

 ほら、出た!

 まーた本当にあった話だ。

 そこはせめて友達の友達から聞いた話とでもしておけ、同じうそでもリアリティが桁違けたちがいだ。

「……という訳で、その人は怪人に殺されてしまったんだってさ」

 だから一話完結の中に明確な矛盾点を盛り込むな。

 それならその人に関する話はどうやって伝わった?

 オチは恐ろしさのあまり気絶してしまい、怪人は最初から夢の存在だったのだ。とでも言った方が幾億倍いくおくばいはマシだろうに。

「へえそうなんだ、怖かったー」

 僕は色々と思うところがあったが、ここで水を差すのははっきり言って輪を乱す行為だからやめた。

 もっと言うと、そう言った攻撃的な批判は『ならお前はもっと面白い作品が出来るのだな?』みたいな反撃はんげきを買う事に成りかねないから、黙るしかなかった。

 僕は即興詩人そっきょうしじんではない。

 クラスの連中は楽しげだった。

 怖かっただの面白かっただの互いに言い合っている。

 僕にはそれが本音かかたりか判断しかねたが、まあ本当だと信じている奴はさすがに一人も居なかったと思う。

 そもそも怪人だのお化けなんてものが人を殺すのならば、警察けいさつか専用の警備組織けいびそしきか何かが取り締まったり調査をしなくてはいけなくなるだろうし、そんなマンガみたいな話が有ってたまるものか。

 だから僕が乗り込む。

 ターゲットは怪談の舞台にされている近所の廃墟はいきょだ。

 乗り込むのは勿論単身、誰かと一緒に乗り込んでもいいかもしれないが、一緒に乗り込んだ誰かがお化けが居たと主張するかも知れないと考えると、それは大きなリスクと言える。

 その代わり、カメラのついた携帯端末けいたいたんまつを持っていく。

 短編映画程度なら撮れそうな高性能な奴で、コイツの映像をもってあの廃墟に怪人なんて居なかったと主張し、生存者の居ない怪談というにもつかない流行に一石を投じてやる。


 * * * 


 廃墟は2階建てのアパートメントっぽい建築物で、埃っぽくて粉塵臭ふんじんくさいコンクリート造りの建物だ。

 居住施設としては、ガラスは割れてたり地面に破片やら何やらが飛び散ってて機能きのうしているとは到底思えなかった。

 これではホームレスが住みつくなり学生やチンピラがたむろするにしても、他にもっと良いロケーションがあるだろうと言った感じで、なるほどお化けの住みつく異空間呼ばわりされるのも頷ける環境か。

 おまけに、こんな汚い場所に足を踏み入れる人間も居ないと言うオマケ付きだ。

 僕は放置されて生い茂った草ぼうぼうの敷地しきちに苦労しながら侵入し、肝試しがてら同目的で来た誰かと鉢合わせしたら嫌だな……とそう思っていたが、ここまで歩くのが厄介な場所ならやっぱり人は誰も来ないだろうと思い直した。

 怪談の舞台になっているのは二階だ。

 周囲からは一階の様子はうかがい辛いし、そりゃあそうなる。


 曰く、この建物で女性のバラバラ殺人が起こって、今でもバラバラになった女性の肉体はアパートメントの二階をさ迷っているとか。

 よくある怪談だ、そしてまず警察を呼べ、しかし徘徊はいかい範囲はんいおどろくほど狭い! 今日日きょうび小学生でも街灯さえありゃ近所のコンビニ位なら徘徊するだろうに。

 僕はそんな事を思いながら二階へ上り、正面の壁を見てぎょっとした。

『わたしはこのへやのなかにいるよ』

 赤色で、かべに殴り書きがしてあった。

 一瞬ギョッとしたが、よく見れば特に血で描かれているなんて事はない、ただの太くて赤いフェルトペンか何かで書いてあるだけだ。

 先にここに来た同目的の人が書いたのだろう、ご苦労な事。

 僕は赤い文字を指でなぞる様を撮影さつえいしながら、壁の文字の誘いに乗る事にした。

 これが悪戯いたずらだと証明出来れば、語り部が死んで居なくなる下らない怪談ブームを何とか出来るかも知れないと、そう考えると笑みがこぼれた。

 部屋の中に入ると、想像を絶する足の踏み場の無い汚い廃墟の中に赤い文字が奥の壁に書いてあった。

『わたしはひだりにいるよ』

 僕は荒れ放題の室内を足で無理やりかき分け、壁の指示通りに進んだ。

『あたまはひだり からだはこのおく』

 相も変わらずゴミだらけで歩きにくい部屋を無理やり進む。

 これを書いた奴は怖がらせる目的で以て全部ひらがなで書いたのだろうか? それはそれとして読み辛いから句読点や改行くらいはちゃんと書け、どんな文章でも読んでもらえなかったら0点しかもらえんぞ。

 とりあえず僕は壁の文字が先に書いてある頭があるらしい左へ向かう。

 指示の先にあるのは個室だった、恐らくトイレか。

 個室の扉の開閉を邪魔じゃまするゴミを除けてドアを開ける。

『わたしのあたまはこのうえだよ』

 なるほど、トイレの上に棚か屋根裏か何かがあって、そこに遺体いたいが隠してある設定か。

 幽霊ゆうれいの正体見たり枯れ尾花。僕はトイレの上に設けられているたなを調べた。

「わたしのからだがうしろからきてるよ ふりかえらないでね」

 棚の中から声がして、反射的に振り返ってしまった。

 喉が枯れ、胃が締まり、心臓しんぞう早鐘はやがねを打った。

 扉の外、部屋の奥に確かに頭の存在しない女性がこちらを見ていた、頭部は無いが確かにこちらを見ていた。

 死者がうごめき、立ち上り、言葉も無し、表情も無し、まるで奇妙な夢の様によみがえっていた!

 逃げなくては! しかし足が言う事を聞かず、無理矢理足を動かしたらもつれてその場に崩れてしまいそうだ!

 女はこちらを見ているような素振りをしていたが、こちらを存在しない目で凝視ぎょうしした後にゆっくりと近づき始めた。

 やばいやばいやばいやばい! 足よ動け! 息がととのわない! 目が無いなら、動かなければ僕の居場所が分からないのではないのか? 違う、あの女は僕がゴミを除けて作った道を歩いている! もっと言えば、ゴミが敷き詰められた部屋の壁に字が書いてあるのも土台おかしい話だ! 畜生、ハメられた! 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ! ダメだ足が動かない! 肺が空っぽだ!

 僕は恐ろしさから目を閉じてしまった。

 こちらに近づいて来ているだろうバケモノ女の行進は、バックグラウンドミュージックに何やら口笛が聞こえてきた。棚の中に居る頭部が嬉し気に舌なめずりをし始めたのか、もうおしまいだ。

 せめて一矢報いてやろうと僕は目を開いた。


 男が居た。中世ヨーロッパが舞台のファンタジーに登場する流しの詩人の様な後ろ姿だった。

 男はギターの様なシタールの様な特徴的とくちょうてきな大きさと形状の楽器を抱え、しかしその楽器を鳴らさずに口笛を吹いていた。

「おいお前、運が悪かったな」

 男は僕の方を見て言った。怒るような素振りではない、皮肉でも何でも無く言葉通りの口調だった。

「人をおどろかせて満足する霊ならば俺は相手をしない。だがお前は別だ、消え失せろ。」

 そう言うと男は抱えた楽器を鳴らし始め、それに呼応したのか女の身体は走り始め、棚の中から女の頭が飛び出した。

「無駄だ。俺を誰だと思っている? 年功序列と言うやつだ。」

 男がそう言いながら楽器を鳴らすと、女の頭部はその場に落ち、女の身体もその場にうずくまった。

<なんじ、手を広げたブナの木のかげの下に倒れ、ミューズのささやきを小さな笛で繰り返し奏でん。だが俺達は古きくにの懐かしい土から去り行くのだ。俺達は郷愁ききょうしゅうの念をいだいて走る。汝、汝は土の影でのんびりと美しき花の名を響かせようと森にうたう。>

 男が歌い終わると女の肉体は苦しむ様な仕草をした後霧散むさんし、廃墟には最初から無かった様になった。

「お前、どこから紛れ込んだが知らんが、ここはもう大丈夫だ。最早ここは地獄じゃない」

 男は僕に振り向き、手を差し伸べた。言い方はぶっきらぼうだったが優しさが感じられる声で、僕にとっては正しく救いの手だった。

「二度とこんな目に遭いたくなかったら地獄じごくに近づくな、警鐘けいしょうを鳴らせ、今日と言う日を忘れるな。いいな?」


 * * * 


 クラスで休み時間、怪談話が聞こえる。

 最後には語り部役が死んでしまう、下らない怪談だ。

 昨夜の出来事は、カメラで撮っていた映像は原因不明のクラッシュでダメになっていたが、僕は彼と出会った日の事は鮮明に覚えている。


 地獄に近づくな、警鐘けいしょうを鳴らせ、今日と言う日を忘れるな。彼の言う通りにしてやろう。

「その話が終わったら僕も混ぜてくれよ、とびっきりの本当にあった怖い話をしてやるからさ!」

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