第十夜『何でもない冒険の結末-Point Nemo-』

2022/05/20「暁」「魔女」「希薄な主人公」ジャンルは「指定なし」


 森の中で小人たちが泣いていた。お姫様が死んでしまったと泣いていた。

 そんな中に一人の男が訪れた。はっきり言って、ぱっとしない男であった。顔は特にハンサムでなければ醜悪しゅうあくでもないし、背格好も中肉中背、記号的な特徴が全く無いと言った印象だ。

 男はお姫様が呪いで仮死状態であるのを見ると、そっと口付けをした。するとどうだろう、このぱっとしない男に口付けされたお姫様は息を吹き返したではないか!

 お姫様は白馬の王子様が自分を救ってくれたと理解した、何故ならそう言う呪いたったのだ。しかし目の前に居るのはぱっとしない男、プリンスチャーミングと言うよりプリンスチャームレスだ、白馬の王子様などではなく酒場のボーイ様か、眉目秀麗ならぬ芋くせえ幽霊、容姿端麗ようしたんれいじゃなく……いやこれ以上はやめておこう。

 お姫様が言葉に詰まっていると、ぱっとしない男は自分はお礼を言われるまでの事はしていません。と何でも無い事の様に去って行った。


 ある時ぱっとしない男は知り合った女性に名前を尋ねられた。

「到底人間、いえ名前という物とは思えない名前ですね」

 嘘偽り無く本名を答えたぱっとしない男に、その女性は自分の思った事を包み隠さずに答えた。

 それからぱっとしない男は、自分の本名に因んでエヌと名乗るようになった。我ながら呼びやすく覚えやすくいい名前だと、彼は思った。

 その後、エヌは数々の善き業を成し、数え切れぬ程の敵を打ち倒し、無尽の冒険を繰り広げ、たくさんの物語を駆け抜け、いくつもの窮地きゅうちから逃れ、多くの仲間と協力し、何度も世界を救った。しかし、ただの一度も恋に落ちたり成就する事は無かった。

 顔がぱっとしていないからと言うのは最大の要因ではない。彼は彼の運命の女性かも知れない女性たちに対し、誰にも成る事が出来なかったのだ。

 エヌは一つの地域に留まる事は無かった。彼は彼の運命を求めて各地各国を転々とするのが性に合っていたからだ。


 ある時エヌは街角の占い師に呼び止められた。なんて事は無い、占い師からしたら悩みを抱えた人間に見えたのでエヌを呼び止めただけであり、何も神妙な事は無いのであった。

「ふむ、なるほど。これは珍しい、あなたは御自身の運命を持っていない。あなたは御自分の運命を全て他人に握られておられる!」

 占い師の言葉にエヌは特に驚く事も無く、なるほどそういう物かと頷いた。

「しかし本当に珍しい。人は大なり小なり自分の運命と他人の運命を持っているものですが、あなたの様に自分の運命を全く持っていない人間は初めてだ。まるで誰かに運命を盗まれたようだ」


 エヌは占い師の言葉が酷く腑に落ち、自分の運命は誰かに盗まれたのではないかと疑うようになった。無論街中の人間に掴み掛って、自分の運命を盗んだだろう! と言うようなマネはしない。彼はこれまでと同じ生き方をしており、これまでの人生を変えるつもりは毛頭なかった。

 エヌは此度も悪党に浚われた女性を助けたが、今回もまた反応は芳しくなかった。いよいよもってこれは運命を盗まれているに違いないと考えた。

 そう考え、エヌはこれまで以上に冒険を繰り返した。しかし、それでもエヌの運命を盗んだ輩は見つからない。

 そんな中、遂にエヌは矢を胸に受け倒れた。何度も何度も世界を救った男だが、誰でもない男は誰もがそうである様に簡単に倒れた。


 エヌが気づくと自分は魔女の様な格好の女性に抱きかかえられていた。周囲は雲の上と言った情景だったが、不思議と周囲は墨で濡らした様な闇夜だった。

「目を覚ました? 私の???」

 魔女はまるで、新しい玩具を今度買ってあげようと言われた子供の様な声と顔でエヌの事を呼んだ。エヌはこの魔女を見て、この女が自分の運命を盗んでいたのだと確信し、それが是であるか魔女に問うた。

「いいえ、それは違うわ。私はあなたの関わる全ての人間から運命を少しずつ貰っていたの。結果として他人とあなたが交わる運命が立ち消え、あなたの他人へのフックとなる特徴も連立して消えたのよ」

 エヌの胸の内にあるのは怒りではなかった、むしろ彼は戸惑いや好奇心や関心に溢れていた。他人と深く関わる事が全く無かった自分が、他人と結ばれる事が終ぞ無かった自分が、この魔女は自分と深く結びついているのだから!

 自分の運命を盗んでいないのか、他人の運命を盗んだのは自分の運命を盗んだ事に等しいのか、なぜ運命を盗み続けたのか、そんな事をやってのけたあなたは何者か、エヌは魔女に対して訊ねた。

「そうね、まず私はあなた達から夜とか死と呼ばれているわ。私はあなたの事が欲しかったから、あなたを誰でもなくしたの。あなた、私の物になってくださらない?」

 エヌは言葉に詰まった。自分の人生はすれ違いの連続だった、それは苦しく、飢え渇いた物だったが、確かに生だったのだ。

「あらそう、即答しないならもう要らないわ。じゃあね」

 夜とか死と名乗った女性は抱きかかえていたエヌを解放し、立っていた雲の上から落した。


 エヌは目を覚ました。周囲の人は彼を心配していたが、快方に向かったと分かると関心を失った。エヌはいつもの事なので特に何とも思う事は無かった。

 エヌは多くの冒険譚ぼうけんたんを経て、今も冒険を繰り広げている。

 結局彼は彼の求める運命の女性に出会う事は一生無かったが、彼は死を恐れる事はそれから一度も無かった。

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