第三夜『ごちそう様-TOAST!-』

2022/05/13「ラーメン」「宗教」「民族」ジャンルは「日常物」


 うまい! この店のラーメンは正に神美味だ。毎日行列が途切れないだけの事はある。

 しかし神美味とはどういう意味だろうか? 神美味とは日本語なのだから、当然八百万の神々に由来する造語と考えるのが普通だろう。しかし、英語圏にもGod Tierという言い回しがある。つまり神美味とは少なくとも英語圏にも存在する言い回しと言えるだろう。

 私はそう自問自答していると、隣の席に先程まで居なかった筈の男性が座っていた。弥生時代の貴人の様な、或いは神仙の様な髪形と服装をしていて、それでいて賢人の様な顔つきの老人だ。

 老人は私が意識を向けている事に気がついたらしく、世間話をする様な口調で私へと話しかけてきた。

「お主、わしが何者かと思っているな? わしは味の神じゃ」

 私は一瞬老人の言う事が呑みこめなかったが、なるほどいきなり現れたのだから、そうかも知れないな。と話半分に彼の話に耳を傾ける事にした。

「今お主はわしの事を考えていた。わしの事を考えている人間はわしと脳内で繋がるのじゃ、言わばお主の頭はプロジェクターとして働き、わしと言う神の姿を映写しているのじゃ」

 なるほど、それでこの老人は私の考える神様の様な姿をしていたのか。

「それじゃ味の神様、味の神様は私に何かご利益でもくれに来たんですか?」

「そうじゃそうじゃ、だがちょっと違うぞ。わしはこの日の元で育った人間、この日の元に暮らしている人間全てに加護を与えている」

「加護でもご利益でもいいけど私にくださいよ、味の神様って言うなら何かすごい御利益があるのでしょう? 私は生まれてこの方、大それた事や悪事らしい悪事なんてした事もなく誠実に生きて来たんですよ」

 私の言葉に嘘は無かった。聖人君子の様に生きてきた訳ではなかったが、神様から呪いやバチが当たるような生き方をしてきた積もりも毛頭無い。

「おういいぞいいぞ、ただしわしには呪いもバチも与える力は無い。わしはただ、わしの名前を唱えた人間に美味い料理をもっと美味く感じさせるだけじゃ。それがわしの念仏で、わしの祝詞、わしの讃美と言う訳じゃな」

 しめた! それが本当なら、ささやかな御利益だが、願ったり叶ったりと言うものだ。何しろ私は美味い料理に目が無いし、このラーメンがもっと美味くなるなら値千金に違いない。

 私は口に含んだラーメンを啜りながらそう考えていると、味の神様は来た時同様に突然消えていた。

 なんてこった! せっかく味の神様の御利益に与れるチャンスだったのに、ラーメンを啜りながら半信半疑に飯の席の話を話半分などしているべきではなかった!

 味の神様の名前を唱えればいいとは言うものの、私は民俗学や神学に暗く、味の神様の名前なんて想像もつかない。

 全く困ったものだ。私はラーメンを食べ終えて席を後にした。

「ごちそうさま」

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