第四夜『箒星の双子たち-gift-』

2022/05/14「部屋」「彗星」「穏やかな魔法」ジャンルは「ホラー」


 山を背景に、夜の空に箒星ほうきぼしが駆けた。

 山の麓の病院に少女が大仰な装置につながれて生かされていた。

 少女、上糸愛李うえいと あいり気怠けだるそうな様子で、呼吸も苦しそうで、事実起き上る事もままならぬ状態じょうたいで、それでいて起き上って何かする気力すら最早もはや無い。彼女にとってこの寝台はそのまま棺桶と感じられた。

 彼女は我が身を助けているのやら、しばっているのやら分からない呼吸器を付けたまま病棟の窓へ、星空へと視線しせんをやり、叶う事なら生きたい。とそう願った。

 彼女は信心深い人間でも、星にねがいをするような年齢ねんれいでもなかったが、他にする事が無かったのだ。

(生きたいのか?)

 耳元で小さい反響はんきょうするような声がこえて、少女は視線をやった。すると、自分の二の腕にシャボン玉の様な虹色の油がぶくぶくと音を立てずに泡を生じさせていた。

 少女は何も思う事無く、恐れる事もおどろく事も無く、その虹色の油に、生きたい。と念じた。

(分かった。立て、俺はお前の救世主だ)


 * * * 


 入院を経て一年ぶりの学校に私は馴染なじめないで居た。クラスに自分の居場所はそれとなく存在するような存在しないような、宙ぶらりんの感覚だ。

(人間は群を形成する社会性生物だ。俺達も社会性を発揮はっきするべきだ)

 私は空耳を無視し、一人になるべくトイレへ向かった。

(どうした? それでは俺達は立派な社会性生物になれないぞ)

 トイレの個室の中で、幻聴げんちょう値踏ねぶみするような声色で話しかけてきた。

「うるさい、大体お前何なんだよ? 私の幻聴のくせに!」

(幻聴ではない。俺達は箒星に乗って来た、いわゆる俺達の言葉で言う異星人であり、俺達は俺達の恩恵で今こうして生きているのだ)

「それが幻聴だって言ってるんだよ、そもそも何が異星人だ。なんで異星人に取りかれたら健康になるのかちゃんとした説明をしろ」

(取り憑いたのではない。俺達は高等生物に寄生し、強固な肉体と高い感知能力を会得させ、順応が完了次第宿主と一体化する粘菌生物である。決して幽霊ゆうれいでも幻聴でもない)

 普段このふざけた声は無機質的むきしつてきだったが、この時は含み笑いを我慢がまんしているように聞こえた。そしてその初めて聞いた事実のせいか、トイレの水が反射し、シャボン玉色に光ったような錯覚に陥った。

「おい待て! それ初めて聞いたぞ! お前私をどうするもりなんだ?」

(俺達は説明を求められなかったからしなかった。そして俺達は今説明した通りの目的しか持たない。俺達は俺達と言う個になる)

 ふざけるな! と口にする前に、頭上から古典的な喜劇か何かの様に冷水が降って来て、頭が物理的に冷えた。

 普段の私なら、自ら孤立しようとする人間をバカにする目的の悪戯いたずらなのだろうと考えただろう。しかし今の私にはそう言った思考は無理だった。

 トイレの扉を蹴破けやぶり、走り出し、足音や呼吸音を探りながら駆け抜ける。

 かがみに映った自分と目が合った。ひどい顔だ、自分が自分に見えなかった。

(足音や息は聞こえているな? 下手人は今しがた階段を走って上がっているぞ)

 うるさい、黙ってろ。ありがとう、クソが!

 私は自分でも信じられない速度で走り、それらしい生徒のグループを見つけた。

(驚いているな? 怯えているな? そら、そいつだ。俺達には分かる)

 俺達はいじめグループの中の心音がおかしい1人を締め上げてやった。パクパクと自分は無実だの何だのと主張しているが知ったものか。

「俺達をバカにしたな?」

 私に水をぶっかけた生徒は締め上げられ、足が宙ぶらりんに持ち上げられ、問答が無駄むだだと悟ると泣いて許しを乞い始めた。

 周囲が沈黙し、視線が私に向いている。当り前だ、喧嘩けんか相手の首元を掴んで持ち上げる女学生なんて私自身ですら見たことが無い!

 私は無意識に周囲に向けてしまった視線を相手に戻し、一瞥いちべつにらみつけてから解放してやった。

 退院以来最悪の日だ!


 なるべく人通りの少ない道を選ぶ。

 幸い、田んぼ脇の道は車が1台通れる程度の広さで、しかも虫や蛇が出るわ、電灯も少ないわで他に誰も居なかった。

「お前は私に何をしたんだよ!」

(話した通りである。俺達は宿主の肉体を変質させた後、宿主と一体化する。つまり俺達は個になり、寄生体でなくなる。俺達には健康な肉体が必要故、俺達を取り込んだ肉体は健康になる)

「何私の体を好き勝手してんだよ! 私の体から出ていけよ!」

 もう私の内面はぐしゃぐしゃだった。しかし皮肉な事に、私の内側はこいつが支配しているし、しかもこいつの御かげで病気もケガも無い。クソが。

(それは出来ない。俺達が箒星から降りた時、あの周囲で一番若くて一番死にひんしていた個体を選んだ結果が俺達だから故)

 コイツは何一つ信用出来ない。現にこれまでずっとずっとずーっと尋ねられなかったからと隠し事をしていたし、今もこうして自分の都合で私に隠し事をしていやがった!

 しかしコイツはうそを吐いてはいない。私はコイツだからそれが理解できた。クソが。

「つまり私が私よりも若くて死にかけている人間を見つけたら、あんたは私から出て行くの?」

(ああ、そうだ。俺達は俺達故)

 希望が持てた。今の私よりも若くて、しかも死にかけている人間を見つけだせば、私は解放されて私がコイツに成り果てる事は無い!

 しかもコイツの出した条件は時間が経つ毎にハードルが下がって行く仕組みで、私が人身御供にした人間も助かって、しかも同じように簡単にバトンタッチが出来る!

(ああそうだ俺達よ)

 私が夢と希望に満ちた思案をしていると、粘菌クソ宇宙人が水を差して来た。

「何だよ?」

(あの車両、俺達を狙っているぞ)

 私は顔に何かを被せられ、身体が宙に浮いたかと思うと、何かに詰め込まれた。


 袋を被せられ、走る自動車の中で私は身体を押さえつけられていたが、あいつのせいで周囲の様子は理解できた。

 袋の材質はあつい麻だろうか、息は通るがゴワゴワとして周囲の音が聞き辛い。

 そして私はこの状況でも落ち着いていられて、私が私でない事を実感してしまっている。

 本来の私なら聞こえないし、耳に入らないだろう誘拐犯の声が精密に聞こえている。

 ここは人通りが無いから危ないとか、危険な目にってしまうとか、そんな事を下品な笑いを含んだ声色で言っている。知った事か。

 誘拐犯が私の制服を乱暴につかみ、俺達は押し付けられた肉体を起こして相手を組み伏せ返した。

 麻袋越しに相手の顔が見えた、先程の不良学生と何も変わらない泣き顔だ。

「俺達をバカにするな」

 俺達は俺達を捕えていた二人の誘拐犯の手首を折り、すねを砕き、むねを打ち、運転手の首を逆に曲げた。車は制御を失い、田んぼへ落ちた。俺達は何の問題も無く車両から脱出した。

「バカバカバカ! 何やってんだよ! 田んぼに車を落とすなんて! 農家のうかの方になんて言えばいいの? 作物はダメになるし、土だってどうなるか分からないでしょ! これだからバケモノ粘菌宇宙人はバカバカバカ!」

(やかましい、俺達は俺達の健康と安全の為に働いたに過ぎん)

 私は先程の感情が霧消むしょうする程に途方に暮れていた。


 * * * 


「いたい、あつい、おかあさん、おとうさんどこ? だれか……」

 瓦礫がれきの下に年端もいかない幼児が居た。火事の現場で逃げ場がなかった。外では消防士が果敢に戦い、両親は半狂乱で心配していた。

 そんな中、全身がシャボン玉の様に虹色で流動している全身タイツのような物を身にまとった女性が飛び出た。

「で、その子供はどうなの?」

(ダメだ、若いが煙を少ししか吸ってないし、持病も特に無い。俺達には不適切だと言える。このまま様子を見るか?)

「うっさい、黙ってろクソ宇宙人」

 虹色シャボンの女性は火の海に飛び込むと、火と熱なぞどうするものぞ、火災現場を突っ切り、瓦礫がれきをどかし、幼児に手を差し伸べた。

「立て、俺達はお前の救世主だ」

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