第34話 こんなの反則すぎるだろ

「怒る? 何に?」


 いきなり妙なことを聞いてくる奴だな。

 俺が一体、何に怒るっていうんだ?


「だ、だって、理由はともかく、僕はずっとキミを騙していたようなもので……」


「騙すって、そんな大げさな。お前はちゃんと打ち明けるつもりだったんだろ?」


「そ、そうだけどっ。それに、『なりきりデート』にしたって……あんなの、全然ウィンウィンじゃない。碧人くんの好みを探るために……そんな僕のズルい算段のために、無理やりキミをあっちこっちに連れ回しちゃったし」


「そんなの、別に今さら気にしてないよ。俺だって楽しんでやってたんだしさ」


 俺がそう言っても、それでも天音は「それに、それに」と自分のを並べ立てようとする。

 こいつのこんなネガティブモードも、なんだか随分と久しぶりに見た気がするな。


「なぁ、天音」


「は、はひっ!」


 いや、そんな怯えた声出すなよ。

 別に怒ったりするわけじゃないんだから。


「はぁ……あのな、確かに今までずっと黙っていたのかもしれない。地味で人見知りな転校生の男子のふりをして、俺に近づいて来たのかもしれない。お前の正体が実はあの時の女の子だったって知らされて、たしかにめちゃくちゃ驚きもしたよ。ぶったまげた。でもさ」


 ぎゅっと目を瞑って俯く天音の頭をポンポンと叩いて、俺は言った。


「それで俺がお前を怒ったり、嫌ったり、ましてやお前を遠ざけるなんてことは絶対ない。言っただろ? 何があってもお前のそばに居続ける、って。なにしろ俺は……少なくとも俺にとっては、お前が大切な友達であることに変わりない。男だの女だの、過去に何があっただの、あーだのこーだの……関係ないさ、そんなもん。お前はお前だろ、天音?」


「碧人、くん……」


「うぇっ!? お、おい、なんでそこでいきなり泣く!」


「だ、だって……だって……碧人くん、本当に優しいんだもん。優しすぎ、だよ」


 顔を上げた天音の両目には、いつの間にやらウルウルと涙が溜まっていた。

 感極まった様子の天音になんと声を掛ければ良いかわからずオロオロしていると、


「でも……いつまでも、その優しさに甘えているわけにも、いかないから」


 天音が学ランの袖口でゴシゴシと目元を拭う。

 座り込んでいたウッドデッキの地面から立ち上がり、まだ若干湿っている瞳で、真っ直ぐに俺の目を見下ろした。


「ねぇ、碧人くん」


「なんだ、天音」


「僕が、こうしてキミに本当の自分のことを打ち明けたのは……キミに、どうしても伝えたいことがあったからなんだ」


 あの、雨が降りしきり雷が轟く、狭くて薄暗い空き教室ではない。

 徐々にオレンジ色を帯びていく、雲ひとつない空の下。

 どこからか船の汽笛の音が響いてくる、広いふ頭の真ん中で。

 天音は祈るように両手を合わせた。


「……聞いてくれるかな?」


「聞くよ。いや、聞かせてくれ」


 一も二もなく承諾して、俺も立ち上がった。

 何度も、何度も、天音は大きくゆっくりと深呼吸をして。


「──好きです。楠木碧人くん」


 震える声で、いつかと同じその言葉を口にした。


「中学一年生の春、初めてキミを見た日からずっと好きだった」


「うん」


「あの日、精一杯の告白を断られた後も、変わらずずっと好きだった」


「うん」


「キミが『好きだ』って言ったから……だからキミのために、こうしてキミの理想の女の子になれるように必死に頑張って。そうしてもう一度、キミに会いに来たんだ」


「うん」


「ねぇ、碧人くん。ただの転校生でも、気の合う友達でもダメなんだ。今の僕は、今の紫藤天音は、キミの大好きな女の子になれているかな?」


 いつか見た、あの真剣な眼差しで。


「今の僕は──キミの彼女に、なれますか?」


 その女の子に、俺は一年越しの二度目の告白を告げられた。


(……参ったな)


 ずっと俺のことを好きでいてくれて。

 一度断られたというのに、それでもめげずに想い続けてくれて。

 どんなに周りから虐げられても、どんなに辛い思いをしても。

 それでも俺の理想の女の子になるために、必死に努力に努力を重ねて。

 もう一度想いを伝えようと、こうして俺の元まで一生懸命に走って来てくれた。

 ちょっと泣き虫で、引っ込み思案で、寂しがり屋で。

 けれど、子犬みたいに人懐っこくて、そしてとんでもなく一途で健気な女の子。

 なぁおい、信じられるか?

 そんな女の子が、そんな超絶可愛い僕っ娘な女の子がだ。

「キミの彼女になれますか?」なんて、そんないじらしいお願いをしてくるんだぜ?


(こんなの……もう、反則すぎるだろ)


 じっと返事を待つ天音に、だから俺はこう答えた。


「俺の答えは……一年前のあの日と同じだ」


 胸の前で合わせた両手を握りしめ、一瞬泣き出しそうな顔をする天音を。


「……え?」


 俺は包み込むように抱きしめて、ニッと白い歯を見せて言ってやった。


「俺は──

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