第33話 リアルおっぱいだったのか……

 ※時系列は現在に戻ります

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 天音の口から語られた突然の告白に、しばらく思考回路がショートしてしまう。


「…………気付かない、もんだなぁ」


 石像のように固まっていた俺は、やがてやっとの思いでそう言った。

 驚き過ぎて腰が抜けてしまったらしく、俺は倒れるようにウッドデッキの地面に座り込む。


「……ごめん。今までずっと、黙ってて。本当はもっと早くに打ち明ければ良かったんだけど……本当に、なかなか勇気が出なくて、さ」


 申し訳なさそうにそう言って、天音も俺の正面にペタンと内股で座り込んだ。


「急にこんな話されて、驚かせちゃったよね?」


「ああ、驚いた。まさかお前が、実は本当に女の子で……しかもそれが、中学の卒業式の時のあの子だったなんてな。正直、まだちょっと頭の整理が追い付かないよ」


 俺は改めて、目の前に座る天音をまじまじと見やる。

 いつも一本で結んでいた長い黒髪は解かれ、サラサラと潮風になびいている。

 格好は学ランのままだが、こうして見るとやっぱり清楚な美少女にしか見えない。

 そりゃそうだ。

 だってこいつは、最初から、紛れもなく少女だったんだから。


「……と、いうことは」


 天音に向けていた目線を、彼、いや彼女の顔から胸の辺りに移動させる。

 ついさっきまで平坦だったそこには、今や大変豊かな双丘があった。


「お前の……その……も?」


「あ……えっと」


 俺の言わんとしていることを察したらしい。

 手に持ったサラシを抱え上げ、天音は恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。


「う、うん。その……自前、です」


「そ、そうか」


 じゃあ、これまでの「なりきりデート」のあの時とかあの時の感触は、ぜんぶ本物マジモンだった、ってわけか。

 道理で偽物にしちゃ柔らかいと……って、いやいや! そんなことはともかくとして、だ。


「ええっと……本当に、お前なのか? 天音」


 いまだ半信半疑の俺がそう聞くと、天音は更に懐から何かを取り出して見せてくる。

 その手にあったのは、一枚の学生証だった。

 帆港学園のものではない。俺がかつて通っていた中学校のものだ。

 そこにあったのは、「三年一組 紫藤天音」の文字と顔写真。

 雰囲気こそ今とは違うものの、間違いない。写真に映っている女の子は天音だった。


「はぁ~……そうかぁ……お前がなぁ……」


 混乱している頭で、それでもどうにか一連の真実をかみ砕いたところで、どっと疲れが出てきた。

 晴れ渡る青空をぐっと仰いで、俺はそのままウッドデッキに仰向けに寝転がる。


「じゃあ、なんだ。お前は転校初日からすでに俺のことを知っていた、ってことか」


「うん。同じクラスに、しかも隣の席になるなんてって、あの時はびっくりしたよ」


 なるほどな。道理で初対面のはずなのにやたら馴れ馴れしいと思ったよ。


「それならそうと、最初から言ってくれりゃ良かったのに。こっちばっかり初対面の相手だと思って接してて、なんだか馬鹿みたいじゃんか」


「う、うん、そうなんだけどね。でも、さっきも言った通り……不安だったんだよ」


 俺が、中学卒業からの一年間で女の子の趣味を変えているんじゃないかと。

 中学生の時と違って(まずありえないが)僕っ娘好きじゃなくなっているのではと。

 天音ははじめ、それがずっと不安だったという。


 まぁ、気持ちはわからなくもない。

 俺だって、例えばずっと憧れていた僕っ娘少女に「筋肉質な人が好み」と言われ、ならばと血を吐く思いで筋トレをして再び会いに行ったのに「痩せ型の人が好み」とか言われたら、絶対泣くもんな。そんなの、もう立ち直れねぇよ。

 そりゃあ確かに、不安にもなるよな。


「けど、それなら俺が僕っ娘好きのままだとわかった時点で、正体を明かせば良かっただろ」


「僕も最初はそのつもりだったんだよ。でも、いつか碧人くんがギルガルのヴィオレッタについて熱く語っている姿を見て、改めて考えちゃったんだ」


 仰向けに寝転がる俺の顔を覗き込んで、天音がポツリポツリと呟く。


「『僕は彼女ほどの僕っ娘になれているのかな』って。『こんな風に褒めて貰えるほど、碧人くん好みの僕っ娘になれているのかな』って。だから、打ち明けるのは、やっぱりもう少しだけ自分の僕っ娘に磨きをかけてからにしようって決めたんだ」


「……もしかして、その磨きをかける方法ってのが?」


 むくりと上体を起こした俺の推察に、天音は大きく頷き返した。


「そう。『なりきりデート』だよ」


 最初は、たしかサプライズだって言ってたっけ。

 けどそれは建前で、本当は浅間たちから助け出し、世話係から友達になった俺へのお礼が目的だったという。

 そのあとも予行演習だの何だのと、色々と理由をつけていた。


「それすらも、建前だったって?」


「う、うん。本当に本当のところは……『なりきりデート』を通して、より深く碧人くんの好みを研究しようと思ったんだ。それで、キミとのデートを重ねていって、キミの好みに近づけたら、そのときこそ打ち明けよう、って」


 そりゃまた、随分と長丁場ながちょうばなことだな。

 石橋を叩いて渡る、というのはまさにこのことだろう。


「だけど、そうこうしている内に大瑠璃さんとの一件があって。どうしよう、って打ち明けるタイミングを逃していたら……」


 今度は浅間たちとの一件が持ち上がって、正体を明かすどころか、いきなり俺にしまったというわけか。

 本当に……かわいそうなくらい運も間も悪い奴だよ、お前は。


「そりゃあ、その、悪かった。そんなことも知らずに、俺はあの日、お前を」


「ううん、いいんだよ。今まで色々あったけど、今こうして、やっと言うことができたから」


 晴れやかな微笑みを浮かべてそう言った天音は、けれど不意に不安そうな顔になる。


「あ、あの、碧人くん」


「なんだ?」


「碧人くんは、その……怒ってないの?」

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