第30話 再会
「……それは、嫌かも」
天音の答えを聞いて、俺はぎゅっと拳を握りしめた。
決して望んでいたものじゃなかったけど、覚悟はしていた答えだった。
だけど、それでもいい。
たとえもう友達ではなくなってしまっても、俺だけはずっとこいつの味方でいるって、そう自分で決めたんだから。
顔を挙げられずにいるまま、俺がそんな事を考えていると。
「碧人くん、さっき言ってくれたよね? 『これからは何があっても、俺はお前のそばに居続ける』って」
「え?」
顔を上げた俺に、天音が確かめるように聞いてくる。
「それって、本当?」
「あ、ああ。もちろんだ」
「本当に、本当?」
「うん。本当に本当だ」
「……どんなことがあっても?」
真剣な眼差しで問い掛けてくる天音に、俺は迷うことなく即答した。
「ああ。どんなことがあっても、だ」
「……そっか」
そう言って頷くと、天音は何やら緊張の面持ちで二度、三度と深呼吸する。
それから何事かを決心したようにぐっとこちらを見上げた。
「ありがとう。キミが、そこまで言ってくれるなら……僕もいい加減に、勇気を出さなきゃいけないよね」
俺に、というよりは自分自身に向けるようにそう言って、天音はヨレヨレの学ランの懐から何かを取り出した。
「ごめん、碧人くん。僕の方こそ……今までずっと、キミに黙っていたことがあるんだ」
取り出されたのは、薄いピンク色をした長方形の紙だった。
懐に入れた状態で浅間たちにボコスカやられたせいか、随分とシワくちゃだ。
「本当のところを言うとね。僕は別に、例の動画を皆に広められるくらい、いいと思ってるんだ。そりゃあ、全世界に僕たちの素顔が公開されちゃうのはちょっと嫌だけどさ。でも、それ以外は誰にはばかることもない、普通のデートの様子なんだから」
取り出した紙のシワを丁寧に伸ばしながら、天音はそう言った。
「……? いや、よくはないだろ。動画にはお前が女装するところからバッチリ撮られてるんだぞ? あんなの誰がどう見ても普通のデートじゃ……」
「僕、女装したことなんて一度も無いよ」
「…………はい?」
一体……何を言ってるんだ、こいつは?
いきなり飛び出したバレバレの嘘に、俺は今度こそ素っ頓狂な声を上げた。
「い、いやいや! ついこの間まで毎日のようにしてただろ? そもそも『なりきりデート』自体、お前がサプライズとか言って女装してきたことから始まったんじゃないか」
「だから、僕がキミのためになりきったのは、あくまでも『僕っ娘』なんだよ」
「……どういうことだ?」
いよいよ天音の話が読めず、俺は首を傾げるしかない。
困惑する俺に、天音は口で説明するよりも早いと考えたのか、
「碧人くん……はい、これ」
手に持っていた薄ピンクの紙を手渡してくる。
釈然としないまま受け取ったそれは、どうやら便せんのようだった。
「これは?」
「それを、ずっと碧人くんに渡したかったんだ。なかなか決心がつかなくて、結局今の今まで渡せずじまいだったんだけどね」
開けてみてよ、という天音の言葉に促され、俺は戸惑いながらも便せんを開ける。
中に入っていた一通の手紙には短く、こんな文面が記されていた。
《三年一組・楠木碧人くんへ──突然のお手紙、すみません。どうしてもあなたに伝えたい気持ちがあったので、思い切ってこのお手紙を書きました。卒業式が終わったあと、旧校舎二階の空き教室で待っています──》
…………おい、待て。
ちょっと待ってくれ。
俺は、知っている。
この手紙を、俺は前にも一度読んだことがある。
今この瞬間まで記憶の奥底にしまわれていたけれど……そうだ、思い出した。
あれは一年と数か月ほど前。中学三年の二度目の春、卒業式の日の放課後だ。
下駄箱に入っていたこの手紙を読んで、俺は雷雨のなか旧校舎へと向かった。
今はもう、顔も名前もはっきりとは思い出せないけれど。
そこで俺は、当時クラスメイトだった一人の女の子に告白されて……。
そして、この手紙と一緒にその告白を突き返したんだ。
「キミにとっては、きっと何人もいるうちの一人だったと思うから」
その手紙が、なぜ、今、こんな所にあるんだ?
どうして天音が、こんな物を後生大事に持っている?
「覚えていなくても、無理はないかも知れないけど」
ふと、視線を手元の手紙から正面へ戻すと、天音はいつの間にか一本に結んでいた長い黒髪をすっかり下ろしていた。
「えっ……?」
次にはおもむろに学ランの襟元から背中に両手を突っ込み、何やら気恥ずかしそうに俯きながら、しばらく背中の辺りでゴソゴソやっていたかと思うと。
「……はぁ!?」
飛び出さんばかりに目を見開く俺の前で、天音の胸の辺りが、まるで風船でも仕込んでいるかのように徐々に膨らみを帯びていった。
その膨らみが、やがてダボダボの学ランの上からでもはっきりわかるまでになったころ。
「僕はずっと──ずっと、碧人くんのことを覚えていたんだよ?」
燃えるように頬を朱に染めて、精一杯の勇気を振り絞ったらしい、その真剣な眼差しを。
俺はやっぱり、知っていた。
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