第27話 油断した!

「こんな所で会うなんて奇遇だね~」


「お、おう……」


 前回のようなシャツにホットパンツではなく、今日の小森はエリス女学院の制服である白と水色のセーラー服を着ている。

 だいぶ印象が違ったので、一瞬誰かと思ってしまった。


「……って、お前ここで何してるんだ? 学校は?」


「学校? ああ、心配しなくてもヘーキヘーキ。今日はウチの学校、期末テストだったから午前中で終わりなんだ。たしか、帆港もこのくらいの時期だったよね?」


「ああ、今日が初日だ」


「ふふーん、ウチは最終日。だからテスト頑張った自分へのご褒美に、今日は中華街でスイーツ食べ歩きしてんの! 杏仁ソフトとか~、台湾かき氷もいいよねぇ。でもまずは~……」


 にやりと笑った小森が、先ほどから手に持っていたブツを見せびらかしてくる。


「じゃーん! タピオカ~。もうブームは過ぎちゃったけど、やっぱりアタシこれ好きなんだよねぇ。あ、クッキーも一緒にタピる?」


「あ~、いや、悪い。今ちょっと急いでてさ。それはまたの機会にしておくよ」


「え~、クッキーってばノリ悪いなぁ。ちょっとくらいいーじゃん。今ならアタシの『タピオカチャレンジ』付きだよ? ほらほら~、すごいっしょ?」


 言って、手に持っていたタピオカミルクティーを胸元に乗せてドヤ顔を浮かべる小森。

 うーん。自信満々なだけあって、たしかになかなかの安定感だ。

 こうしてみると、こいつも大瑠璃に負けないくらいスタイル抜群だよなぁ……。

 って、今は呑気に飲茶やむちゃを楽しんでいる場合じゃないだろ、俺!


「そ、それより小森。さっきこの辺りで、俺以外の帆港生を見かけなかったか?」


「クッキー以外の帆港生? うーん、今日はまだ見てないかなぁ」


「そっか……うん?」


 小森の答えに少し引っかかる所を感じて、俺は訊き返す。


「『今日はまだ』? ってことは、いつもは見かけるのか?」


「そだよ~。アタシ、中華街はよく来るんだけどね。あそこでよく帆港生っぽいのがウロウロしてるの見かけるよ。んーとね、ほら、大きなホテルの近くの門」


「ホテルの近く……って言うと、東のちょうよう門か?」


「そうそう、チョウヨウ門。その辺り」


 ここからだと、南門通りを真っ直ぐ行けば着く場所だ。

 今は他に手掛かりもないことだし、ひとまず行ってみるしかなさそうだな。


「なになに? クッキー、誰か探してるの?」


「まぁ、そんなとこ」


「そっか。なんか忙しそうだし、そういう事ならしょうがないね~」


「悪いな。じゃあ、俺はこれで。教えてくれてありがとな、小森」


 さっと右手を挙げて、俺は別れの挨拶もそこそこに走り出した。


「はいは~い。そんかわし、今度は一緒にタピろうね~!」


※ ※ ※ ※


 見送る小森の言葉を背中で受けて、俺は南門通りの雑踏を抜けていく。

 程なくして朝陽門前の交差点にたどり着いた。

 近くにバス停や地下鉄の入り口も多くあり、ここはいわば中華街の正門のような場所だ。必然、人の往来も激しい。


「はぁ、はぁ……ここで、よくウロついてるって話だけど……」


 乱れた呼吸を整えながら、俺は端の方から交差点を俯瞰ふかんする。

 デート中のカップルや、ツアー客と思しきお年寄りのグループ。

 流れていく人の波に必死に目を凝らしていると。


(ん? あいつは……)


 人混みの中、帆港の制服を着た一人の男子生徒を発見した。

 道端にある肉まん屋台の店主から大きな紙袋を受け取っているそいつの顔は見覚えがあった。

 たしか、いつも浅間と一緒にいた取り巻きコンビの片割れだ。

 両手で紙袋を抱えた片割れは雑踏を抜け、交差点近くの路地裏へと入っていく。


(一人で食う量……じゃあないよな、やっぱり)


 あいつを尾行すれば、まず間違いなくお仲間の所まで案内してくれるだろう。

 気付かれないように後を追い、俺も路地裏に足を踏み入れた。


※ ※ ※ ※


「浅間、肉まん買ってきたぜ」


「おう。そこ置いとけ」


 片割れの後を追って路地裏の奥へと進んだ先では、案の定、浅間とその手下たちがたむろしていた。

 すすだらけの換気扇がゴウンゴウンと音を立て、灯りのともっていない赤い提灯ちょうちんがあちこちにぶら下がっている。どうやらここが、こいつらの中華街でのたまり場のようだ。

 俺は手近にあった水色のゴミバケツの影に潜み、連中の様子を窺う。

 浅間と取り巻きコンビの三人に加え、今日は二人の女子生徒が一緒だった。

 おそらくはあいつらのツレだろう。少なくとも、無理やりこの場に連れ込まれた風ではない。

 そして……。


(……くそっ!)


 もう何度、あいつのあんな痛々しい姿を見たことだろうか。

 路地裏の壁際に座り込んでいた天音は、すでに満身創痍といった様子だった。

 黒の学ランはあちこちに靴跡が付けられ、髪もグチャグチャに荒れ放題だ。

 口の端が切れて血が滲んでいるところを見ると、顔を殴られたのかもしれない。


「サンキュー、シドーくん。ウチらちょうどお腹すいてマジぴえんだったから助かったわ~」


「奢ってくれてありがとー」


 座り込む天音に、女子二人がケラケラと笑いながらそう口にする。

 釣られてニヤリと口端を上げた浅間が、懐から取り出した革の長財布を天音に放った。


「ほら、返すぜ。つっても、もう中身なんかねぇんだけどな」


「っていうか浅間クンさぁ、こいつさっきからずっと反応薄くない?」


「やばぁ~、殴り過ぎて死んじゃったんじゃないの?」


「ばーか。殺しちまったらもうパシリに使えなくなっちまうだろっつーの」


 そうしてまた下品な笑い声が狭い路地裏にこだましたところで、俺ははらわたが煮えくり返るような思いで下唇を噛み締めた。


(待ってろ、天音! いま助けて──)


「あ? 誰だお前?」


 出し抜けに背後から掛かった野太い声に、一瞬にして背筋が凍る。

 振り返った先にいたのは、これまた帆港の制服を着た大柄な男子生徒だった。


「てめぇ……まさか盗み聞きしてやがったのか?」


 まずい、と思った時には、俺はすでに大柄な男子のがっしりとした腕に首根っこを掴まれていた。

 咄嗟に抵抗を試みるも、あっさりと力負けして引きずられてしまう。


(くそっ、油断した! もう一人いたのか……!)

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