第26話 走れアオト
スパァァン!
大瑠璃に一発お見舞いされて、俺の脳内に渦巻いていた色々な事が一気に吹き飛んだ。
「ごちゃごちゃと難しいことを考えるのは、いったん後回しよ」
「お、おお、るり……?」
ヒリヒリと痛む頬をさする俺に、それこそ女王様のように大瑠璃が命じる。
「楠木君。今から私がする質問に、『はい』か『いいえ』で答えなさい。いい?」
「は、はぁ? いきなり何言ってブヘッ!?」
またぶっ叩かれた。
今度は左頬だ。
「返事は『はい』か『いいえ』よ」
「ふぁ、ふぁい……」
有無を言わせぬ大瑠璃の迫力にすっかり
コホンとひとつ咳払いをして、大瑠璃が1つ目の問いを口にする。
「楠木君は、ずっと今のこの状況のままでいいと、本当にそう思ってる?」
大瑠璃の目は真剣だった。
宝石のような蒼眼が、心の奥の奥まで見透かそうとしているかのように、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
「………………いいえ」
さっきの一撃で脳内がクリアになったお陰か、俺の思考回路はいくらか単純になっていた。
今のままでいいなんて、本当はそんなこと思っているわけがない。
できることなら、今すぐにでもこの状況をなんとかしたい。
「なら、なぜこの現状を変えようとしないの? あの不良連中に立ち向かうのが怖いの?」
「…………いいえ」
別に、あいつらが怖いわけじゃない。
あんなのはただのチンピラだ。天音のためだったら、俺はいくらだってあいつらに立ち向かえる。
殴られてやるし、蹴られてもやる。
「それとも、紫藤君の方からあなたに頼んだの? この秘密が知れ渡ったら、自分は皆からいじめられる。だからもうこの関係は終わりにしようって、自分とはすっぱり縁を切ってくれって……彼があなたにそう頼んだの?」
「……いいえ」
あいつはそんなこと一言も言っていない。
言ったのは俺だ。
友達関係も、「なりきりデート」も。勝手に諦めて、勝手に見切りをつけて、全部を一方的に終わらせたのは俺の方だ。
天音はそんなこと、一言も言っちゃいなかった。
「……そう」
強く首を振る俺を見て、大瑠璃がわずかに表情を和らげる。
一呼吸おいてから「それじゃあ、最後の質問」と人差し指をピンと立てた。
「紫藤君と絶交することより、全校生徒から後ろ指をさされることの方が嫌?」
もはや俺に迷いはなかった。
どことなく子を
だから俺は、今度こそはっきりと答えた。
「そんなの! 天音と縁を切る方がよっぽど嫌に決まってブヘェ!?」
ぶっ叩かれた。
アッパーカットの要領で、下顎を思いっきりぶっ叩かれた。
「ちょっと待って!? なんで今ビンタしたの!?」
「返事は『はい』か『いいえ』と言ったでしょう?」
「今そういう空気じゃなかったですよね!? そこら辺はうまく融通を利かせてくれよ!」
「女王様の命令は絶対よ。融通とかそういうの、ないから」
「独裁政治が過ぎるんですけど……」
俺が理不尽な下顎の痛みに涙目を浮かべていると、大瑠璃がフッと肩の力を抜いて言う。
「さて、それじゃあこうして前提条件を単純化してみたところで、改めて答えを聞こうかしら。楠木君。今、あなたがするべきことは何?」
「……ったく。本当にお前は、人にものを教えるのが上手いよ」
俺がいまするべきことは何か。
そんなもん、初めから答えは決まっている。
なら、あとはその答えを空白だった解答欄に書き込むだけだ。
「天音と、ちゃんと話をするよ。今までのこと、そんでこれからのこと。これは俺たち二人の問題なんだから、俺一人だけで答えを出すべきじゃなかった」
「そうね。そうする為にも、まずは紫藤君をどうにかして連れ戻さなければいけないわね」
「ああ。話は全部、それからだ」
「なら、今すぐ彼のもとに行きなさい。言っておくけれど、紫藤君とのことをちゃんとするまで、私もあなたとは会いませんから。わかった?」
俺が頷くと、大瑠璃も満足げに頷いて、次にはビシッと店の入り口を指差した。
「よろしい! さぁ走りなさい、楠木碧人君!」
「おう!」
言われなくても、俺は走り出した。
「ごめん大瑠璃! そんでもってありがとう! この礼はあとで必ずさせてもらうから!」
去り際にそう叫んでロッシュを飛び出す俺を、大瑠璃はため息交じりに見送っていた。
「まったく……手のかかる楠木君だわ」
※ ※ ※
大瑠璃の話では、天音は浅間たちに連れられて中華街の方へ向かったらしい。
ロッシュを後にした俺は、音街商店街の目抜き通りにある十字路の一つを曲がり、すぐ横を流れる川に架かった橋を渡る。
橋を渡れば、中華街の南門である
「……って、勢いでここまで来たはいいけど」
中華街と言ったって狭くない。せめてどの辺りで見かけたのか聞いておくんだったな。
おまけに週末だからか、すごい数の人だ。
観光客はもちろん、店の前で客引きをする人や、路上でしきりに
ここで人探しをするのはちょっと骨が折れるぞ。
「さて、どうしたもんか……」
人混みをかき分けながら、俺は朱雀門から続く南門通りを進んでいく。
(せめて帆港の学生に出くわせば、何か情報が得られるかも知れないけど)
と、通りの
「あれ? おーい、クッキー!」
声を掛けられて、俺は振り返る。
「お前は……小森、か?」
「うんうん、おひさ~! つってもまぁ、二週間ぶりくらい?」
果たして、相変わらずフランクな調子で俺を呼び止めたのは、大瑠璃の友人だという元気ハツラツ系ギャル、小森だった。
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