第24話 もう誤魔化しきれないか……
定期テスト前にわざわざ喫茶店に寄って勉強をする。
そんなマジメなこと、普段の俺ならまずしないだろう。いや、しないと断言できる。
頭では「そろそろ勉強しなきゃ」と分かっていても、ついついアニメやゲームにうつつを抜かす。
『意外となんとかなるんじゃね?』
という謎の自信が湧き出てきて、しかし結局なんとかならずに慌てて一夜漬けをする。
これが俺、楠木碧人の一般的な試験前の生態だ。
「……うん、正解よ」
「よっしゃ! ふぅ、ようやっと解き方をマスターできてきたな」
「ええ。こういう複雑な問題は、いったん前提条件を単純にしてみると分かりやすいの。もうこの単元は大丈夫そうね。頑張ったじゃない、楠木君?」
だがこの数日の俺はといえば、放課後になれば自宅ではなく音街商店街に足を運び、暗くなるまでロッシュで試験勉強をするのが日課になっていた。
これもひとえに、大瑠璃が勉強会に誘ってくれたお陰だろう。
初回こそ連れてこられた形ではあったが、以降はこうして二人で待ち合わせをしてロッシュに通うようになった。
大瑠璃の方も連日俺に勉強を教えてくれ、家が近いということもあって遅くまで付き合ってくれていた。
まぁ、その度にデートだ何だとはしゃぐのがちょっと鬱陶しかったけど。
「いやいや、大瑠璃の教え方が上手いからだよ。お陰で今回のテストはかなりいい点取れそうだ。ほんと、ありがとな」
「へぇ? なら、一教科でも私より低い点数だったら、その時点であなたは正式に私の恋人決定ね?」
「はぁ!? おまっ、それはいくら何でもっ!」
「フフ、冗談よ。ほんの冗談」
「お、脅かしっこなしだぜ……」
とまぁこんな調子で、俺たちの勉強会の時間は実に穏やかに過ぎていった。
「ねぇ、楠木君」
ただ、それでも大瑠璃は時々思い出したように難しい顔を浮かべると、
「今日も、その……紫藤君と一緒じゃなくて、良かったの?」
と、確かめるようにそんなことを聞いてきた。
今まであれだけベッタリだったくせに、最近じゃめっきりそんな様子も見ていないんだ。
事情を知らない大瑠璃からすれば、たしかに今の俺たちの状態を
「え? あ~……」
もちろん、だからといってその事情をこいつに説明するわけにはいかないし、したくない。
「いいんだよ。あいつ、今日も一人で自習したいんだってさ」
だから俺はいつも、大瑠璃の質問にそう返してはお茶を濁すことしかできなかった。
※ ※ ※ ※
そうしていよいよ、試験初日である金曜日を迎えた。
うちの学校の定期テストは、科目数にもよるが大体三~四日間に渡って行われる。
今回は土日を挟んでいるので、今日と来週の月、火、水曜日の日程だ。
「いらっしゃい」
昼下がりのロッシュ。
マスターの声に顔を挙げると、ちょうど大瑠璃が店のドアを押し開けて入ってくるところだった。
今日は試験初日だが、試験自体は午前中で終了。
午後いっぱいは残る試験科目の対策に費やせるというわけで、俺たちはいつもより早い時間から店に顔を出すことにしていた。
「よぉ、大瑠璃。こっちこっち」
例によって相方は大瑠璃だが、今日は向こうの方が放課後に少し用事があるとかで、学校の正門ではなく直接ロッシュで待ち合わせをすることになっていた。
……のだが。
「…………」
「大瑠璃?」
今日の彼女は、いつもとは少し様子が違った。
俺が手招きをすると、大瑠璃はテーブル席の対面に座るなり、筆記用具や教材を広げようともせずに口火を切った。
「ねぇ、楠木君。今日も紫藤君と一緒にいなくていいの?」
「は? 藪から棒にどうしたんだよ?」
「いいから答えて」
いつになく真剣な様子の彼女に
「い、一緒にも何も、あいつは今日も一人で自習を」
「一人で? その割には、随分とガラの悪そうな『お友達』と一緒だったようだけれど?」
「……!?」
ギョッとして目を見開いた俺の様子で、確信したのだろう。
大瑠璃は鷹のような鋭い眼光で俺を見据えて言った。
「あなたたち──何があったの?」
「な、何が、って……」
「言っておきますけれど、この
俺はテーブルの上に乗せた両手をギュッと握りこんだ。
直接その場面を見たわけじゃない。けど、大瑠璃の話を聞くだけで天音が今どんな状況下にあるのかは、容易に想像できた。
「もう一度聞くわよ、楠木君。何があったの?」
大瑠璃が再び、今度はさっきよりもわずかに語気を強めて詰め寄った。
もう、下手な嘘やごまかしは通用しないだろう。
かといって、こいつに大人しく全て話してしまうわけにもいかない。迷った末に、俺は答えた。
「……何でもないよ」
「そういう台詞はね、何かあった人の台詞なのよ」
「お前には、関係ないことだ」
「……そう。わかったわ」
俺の答えを聞くや否や、大瑠璃はカバンを持って席を立つと店の入り口へと歩き出した。
慌てて俺も後を追い、大瑠璃の肩に手を掛ける。
「ちょっと待てって」
「待たない」
「どこに行くつもりだ」
「離して。痛いわ」
肩に置かれた俺の右手を振りほどき、大瑠璃がおもむろに振り返る。
「決まっているでしょう? あなたが話してくれないのなら、紫藤君の方に聞くまでよ」
「なっ……アホか! あいつ今、浅間たちと一緒なんだろ? そんなとこに一人でのこのこ出向いたら、お前だってあのチンピラどもに何されるか」
「関係ないわね。私はただ紫藤君と話がしたいだけなのだから、そばに誰がいようと関係ない。それに、チンピラだろうと彼らだって帆港の生徒よ。もしこの私に擦り傷一つでも負わせようものなら、その後の学校生活がどうなるか……知らないわけでもないでしょう?」
「そ、そりゃあ……そうかも知れないけど」
成績優秀で品行方正、さらにはチア部のエース様だ。
その並外れて整った容姿を抜きにしたって、うちの学校において大瑠璃ほどの有望株もそうはいまい。
教師陣からも文武ともに帆港のホープとして期待されているそんな彼女に、万が一危害を加えるようなことがあれば……たしかに厳重注意や謹慎処分では済まないだろう。
どんな世界にも、「絶対に手を出しちゃいけない奴」というのはいるものだ。
……それでも、その「万が一」が起きてからじゃ遅いんだよ。
「話は終わりね」
反論できずにいる俺にそう告げて、大瑠璃は今度こそ店を出ていこうと踵を返す。
このまま行かせてしまえば、俺は天音だけでなく、大瑠璃までもを見殺しにすることになりかねない。
……そんなのはもう、たくさんだ!
「──誰にもっ!」
いよいよもって観念し、俺は店の扉に手を掛けた大瑠璃に言った。
「誰にも喋らないって……約束して、くれるか?」
ピタリと。
扉を押し開ける大瑠璃の右手が静止する。
「……最初からそう言えばいいのよ」
ボソリとそう呟いた大瑠璃は扉を閉めて振り返り、カウンター裏に向けて呼び掛けた。
「騒がしくしてごめんなさい、マスター。私にも、コーヒーを一杯いただけますかしら?」
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