第18話 ギャルはあざとくて友達思い
「……ははーん、なるほどね」
席を立った大瑠璃の背中を見やり、俺が大きく溜息を吐くと。
小森が何やら納得した風に頷く。
「なんとなーくだけど、二人がどういう関係かはわかったよ」
「え……マジで?」
まだ全然まともに説明できてないと思うんだが……。
「うん。えっとね、ユッキーの方がクッキーに気があるのは本当だと思うの。で、クッキーに猛アプローチしているんだけど、クッキーの方はあの子を恋愛対象としては見ていない」
つまんだポテトの先を俺に向け、小森は続けた。
「でも、今日は何か理由があって、あの子とのデートに付き合っている……みたいな?」
「おお……」
す、すげぇ。まるで見てきたかのようなご明察だ。
恋バナ好きなだけあって、やはりこういう男女の
小森橙子、恐ろしい子。
「あはっ、やっぱりね。うーん、でもそっかー。それはちょっと残念だなぁ」
「残念って、なんで?」
「んーだってさ、あんなに楽しそうにしてるユッキー、珍しいもん」
食べかけのガレットを見つめながら、小森がわずかに目を細めて言った。
そう言われても、俺にはいまいちピンと来ない。
「そうか? いつもあんな感じだと思うけど」
「んふふ、そりゃクッキーからしたらそうかもね。でも、中学の頃からの付き合いのアタシから言わせてもらえば、今日のあの子は本当に楽しそうだなって思ったよ~」
ふーん、そういうもんかね。
「まぁ、仮にそうだとしても、楽しんでるのはあいつばっかりだけどな。今日はあっちこっち連れ回されて、探し物を手伝わされて、俺はもう足が棒のようだよ」
「それはお疲れちゃん。でもでも、正直ユッキーみたいな美少女とデートできるのは、クッキーだって男の子としてまんざらでもないんじゃない? いくら気がないって言ってもさ」
「それは……まぁ、否定はしないよ」
「なにその微妙な反応~。じゃあ、クッキーはどんな女の子がタイプなの?」
教えて、教えて、と小森が身を乗り出して聞いてくる。
出会ってまだ一時間も経っていないのに、グイグイ来るなこの子は。
こういう奴のことを、世間ではコミュ強と言うんだろうか。
異次元のフランクさに改めて脱帽しつつ、俺は答えた。
「僕っ娘だ」
「ん?」
「僕っ娘だ」
「……えっと、ごめん。なんて?」
「俺の好きな女の子のタイプは僕っ娘だ」
「…………」
一拍おいて、小森が吹き出す。
「あっははっ! 何それ~、クッキーってばマジで言ってる?」
「俺はいたって大真面目だっての」
「いやだって、僕っ娘ってあれでしょ? なんかゲームとかマンガとかのキャラにいそうな、女子なのに自分のことを『僕』って言うちょっとイタい感じの。そういうのが好きなの?」
「『イタい』とか言うな。悪かったな、そういうのが好きで」
小森の物言いに思わずムッとしてそう言うと、すかさずフォローが返ってくる。
「ああ、ごめんごめん。べつにバカにしたりするつもりはないって。趣味なんて人それぞれだと思うし、私もマンガとか結構読むからそういうのわからなくもないしね~」
紙カップに刺さったストローに口をつけ、小森は再び「なるほどね」と頷いた。
「そっかぁ。そりゃあの子がいくらアピってもなびかないわけだわ。なにしろクッキーが好きな女の子は、文字通り次元の違う所にいるんだもんねぇ」
「いや、俺は別に二次元の女の子が好きなわけじゃなくて、あくまでも僕っ娘が好きなんだよ。むしろ、三次元にいる僕っ娘とこそデートしたりしたいと思っていてだな」
「いやいや、そんな女の子リアルじゃまずいないっしょ~。いても芸能人とかくらいかな? まぁそれもどうせキャラ作りで、普段はフツーに『私』とか言ってるんだろうし~」
「い、いやいやいや、わからないから! 今どきな、ネットでゲーム実況動画を配信する悪魔だの吸血鬼だのが
「その悪魔とかっていうのもキャラ作りじゃん……」
若干引き気味にそう言って、小森はやんわりと俺をなだめすかしてきた。
「あのね、クッキー。ちょっと考えてみて欲しいんだ」
「あんだよ」
「例えば、少女マンガとかによくいる『俺様系』な男の子。マンガの中じゃ女子にモテモテだったりして人気者だけど、もし実際にそんな男の子がリアルにいたら、どう思う?」
「どうって……」
少女マンガとかはあまり読んだことないからあくまでイメージだけど、「俺様系」っていうと、あれか? なんか無駄に偉そうだったり、「ふん、おもしれー女」とか言ったり。
もしそんな男子が、例えば同じクラスの中にいたりしたら……。
「そりゃあなんつーか……キツイな。モテモテどころか、逆にハブられたりイジメられたりしてもおかしくないんじゃないか?」
「うんうん。アタシもよっぽどのイケメンかカリスマでもない限り、リアルで自分のこと『俺様』なんて言う男の子とは、ちょっとお近づきになりたくないかなぁ」
小森は両手を交差させて×印を作る。
「でね、それと同じことが僕っ娘でも言えるわけ。男の子的には『かわいい』って思うこともあるのかもだけど、少なくとも女子からしてみればただの『イタい子』なんだよね。もしクッキーの言う通り本当にリアル僕っ娘がいたとしても、そういう子は電波とか地雷とかメンヘラとか言われて、うん、やっぱり浮いちゃうだろうねぇ」
「……マジ?」
なんか妙に生々しい話だが……そうか。
男の俺が「リアル俺様系男子」をキツいと感じるように、女子から見れば「リアル僕っ娘」もキツいと思われちまうもんなのかもな……。
「ふふふ。女子のイジメって、男の子が考えてるよりもコワいんだぞ~?」
「よせ、もういいって。これ以上俺に厳しい現実を突きつけるのはやめてくれ」
「前にウチの学校でも結構ひどいのがあったらしくてさ。最終的に病院沙汰になったこともあるよ。『学院のイメージが下がるから』ってことで内々に処理されたから、学校外にはほとんど伝わってないらしいけどね~」
「怖っ! 何をやらかしたんだよ! 事後処理の仕方も含めてお嬢様学校怖えーな!」
「だから言ったじゃん、ウチって世間で言われてるほどの学校じゃないってさ」
小森はケラケラと笑うと、仕切り直すように紙カップの中のコーラを飲み干した。
「まぁ、そんな話はともかく。クッキーのタイプがそういう女の子だったとしても、ね」
それからにわかに優しげな表情を浮かべると、小森は
「ユッキーの方は、気になる男の子と一緒に過ごせてすっごい喜んでると思うんだ。だから、今日のデートを少しでもまんざらでもないって思ってるなら、ちょっと考えてあげてよ」
「考える、って……本当にあいつの恋人になるかどうか、ってことか?」
「べつに、今すぐにでも付き合ってあげてほしいとは言わないよ。でも、せめてあの子と一緒にいる時くらいは、面倒くさがらずにちゃんと相手してあげてほしいかなぁ」
「…………」
なんだか見透かされているような小森の言葉に、俺は咄嗟には返事ができなかった。
たしかに、取引とはいえデートはデート。
今日のアクセサリーフェアの下調べにしろ、かなり気合の入った服装にしろ。
なら。
「ね? お願い、クッキー」
「……そう、だな」
なら、たとえ望んでやっている事じゃないにしても。
こっちもそれに水を差さない程度には付き合ってやるのが、せめてもの礼儀ってものじゃなかろうか。
「わかったよ」
両手を合わせて目くばせをしてくる小森に、俺はゆっくりと頷いて見せた。
「……はは。あの女王様も、なかなかいい友達を持ってるみたいだな」
「えっへへ~、ありがと。クッキーはやっぱりいい子だねぇ。よしよし、そんないい子ちゃんのクッキーには、この食べかけのフライドポテトを分けてしんぜよ~」
「っておい。お礼に見せかけた残飯処理を押し付けるのはやめれ」
「あ、ひょっとして間接キスが気になる感じ? 大丈夫、アタシそういうの気にしないから」
「ば、ばかっ! 俺は別にそういうことを言ってるんじゃ」
「うりゃ」
「もごっ⁉」
たじろぐ俺の口に、出し抜けにフライドポテトが突っ込まれる。
少し濃いめの塩味と、すっかり冷めてフニャフニャになったポテトの食感が口の中に広がった。
「にしし……どぉ? 美味しい?」
白い歯を見せて笑いながら、小森が上目遣いでコテンと小首を傾げる。
……あざといな、さすがギャルあざとい。
「ムグムグ……あのなぁ」
「あはは、ごめんって。そんな照れなくったって……あっ」
ひとくさり俺をからかっていた小森が、不意にばつの悪そうな顔で俺の背後を見やった。
何事かと振り返る間もなく、頭上から氷のように冷たい声が降ってくる。
「……高校生にもなって、人に食べさせて貰わなければ食事もできないのかしらこの男は?」
「うおっ!? お、大瑠璃!?」
ようやく背後を仰ぎ見た先には、何かすごく下等な生き物を見るような目でこちらを見下ろす大瑠璃の姿があった。
「この私とのデート中に他の女の子とご歓談なんて、まったく楠木君ときたら」
「ま、待て待て! 俺たちはただ普通に世間話をしていただけでだな?」
「どうやら、まだまだ私の恋人候補としての自覚が足りないようね。これはお仕置き……いえ、躾が必要かしら。あなたが真にその身と時間を費やすべき相手が誰なのか、これからのデートの中で嫌というほど教えてあげるから覚悟し、な、さ、い!」
「いてっ、いてててて! |や、
「あはは。がんばれ~、クッキー。骨は拾ってウチの飼い犬のオモチャにしておいてあげるね」
「
前言撤回。
やっぱりこんな奴をまともに相手してたら身がもたない気がする。
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