第17話 ギャル が あらわれた!
「なぁ、大瑠璃。この際だから聞いておきたいんだけどさ」
それからもひとしきり買い物に連れ回されたあと。
自販機コーナーで一休みをしていたタイミングで、俺は大瑠璃に尋ねる。
「何かしら。スリーサイズなら、上からはちじゅうろ……」
「いらんわ! そうじゃなくて、そもそもどうして俺なんだ、って話だよ」
「何のことを言っているの?」
「いや、そういえば今までちゃんと聞く機会がなかったなと思ってな。あの日、去年の冬休み前のことだ。お前がいきなり俺に『恋人にしてあげてもいい』とか言ってきてさ」
覚えてるだろ、と俺が続けると、大瑠璃も「もちろん」と頷いた。
「というか……あの日の出来事は今でも忘れようったって忘れられないわ。せっかく私自らがわざわざ出向いてのお誘いをあなた、随分とまぁあっさり断ってくれたものよねぇ?」
やっべ。
地雷掘り起こしちまった。
「フフフフ……初めてでしたよ。この私をあそこまで
それじゃ女王様じゃなくてフ〇ーザ様じゃん……。
「い、いや、別に袖にしたつもりは」
「屈辱だったわ。それまでは絶対的に男をあしらう側だった私が、まさか同年代の男子にあしらわれる日が来るなんて。悔しさのあまり、あの後一週間はお気に入りのぬいぐるみを抱き枕にしないと眠れない夜が続いた私の気持ちが、楠木君、あなたにはわかる?」
「子どもか! ま、まぁ、それはそれとして、だ」
脱線しかけた話を本筋に戻し、俺は改めて問いかけた。
「そもそも大瑠璃は、どうして恋人候補に俺を選んだんだ?」
大瑠璃雪菜。
こいつは自他ともに認める
そんな彼女とお近づきになろうと、大瑠璃のもとにはいつもひっきりなしに男どもが押し寄せていると聞く。
そしてその中には、彼女とも十分釣り合いそうなレベルのヤツだってたくさんいるはずだ。
こいつが前に言ったように、俺みたいな一般人を相手にする必要なんかなさそうなのに。
「あなたを選んだ、理由?」
それまでの
サラサラのブロンドヘアをくるくると指で弄び、何事か思案する素振りを見せると、やがておもむろに口を開き。
「……それは」
「あれ、ユッキーだ~!」
不意に聞こえてきたその声に、大瑠璃が言葉を切って振り返る。
釣られるようにして俺もそちらに視線を向けた。
その先には。
「こんな所で会うなんて奇遇ですな~」
「あら、誰かと思えば
「あはは、『ごきげんよう』だって。相変わらずウチの生徒よりお嬢様してるよね、ユッキーは」
気さくな様子で話しかけてきたのは、俺たちと同年代と思しき女子だった。
シャツにホットパンツというラフな格好に、薄く日焼けした小麦色の肌。
見るからに明るく元気なギャルっぽい印象のその少女は、どうやら大瑠璃の知り合いのようだ。
「三月の大会以来だから、三か月ぶりくらいかしらね」
「そうだよ~。ていうか、大会終わってからも何回も『遊び行こー』って誘ったじゃん」
「試験があったり新入部員の面倒を見たりで、最近まで忙しくしてたのよ。仕方ないでしょ」
「いやいや、マジメかっちゅーの。そんなのちょっとくらいサボっても平気だって」
「橙子、あなたねぇ……」
橙子と呼ばれた少女の言い草に、大瑠璃が眉間に指をあてて頭を振った。
「まぁいいわ。それで橙子、ここにいるってことは、あなたもレンガ倉庫のフェアに?」
「んふふ、正解! 何か掘り出し物が無いかなぁってね。そういうユッキーも、セール目当てのクチでしょ? 行くなら行くって誘ってくれればいいのに、水臭いよね~」
「それはどうもごめんなさいね。でも残念、あいにく今日は先約があったものだから」
「先約?」
談笑を切り上げた大瑠璃が、背後に控えていた俺に視線を向ける。
そこでようやく、自分の顔見知りが見知らぬ男といることに気付いたらしい。
ギャル系少女は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、次には「ピュウ」と口笛を吹いた。
「ほほう……なるほど、そういう事でしたか」
「ええ、そういう事よ」
どこか品定めするような目で俺を眺め回す少女に。
「紹介するわ、橙子。彼は楠木碧人君。同じ帆港学園の高等部二年生で」
女王様は得意げに、それはもう得意満面の笑みを浮かべてこう言った。
「非常に光栄かつ幸運なことに、この私の恋人になる男の子よ!」
「ちげぇぇぇよっ!」
※ ※ ※ ※
「んじゃ改めて。アタシ、
「楠木碧人……です。ええっと、こっちこそよろしく、小森さん」
「あはは、そんなカタくならなくてもいいじゃん。呼び捨てでいいよ、タメなんだしさ」
「そ、そうか? じゃあ……よろしく、小森」
大瑠璃の友人だという少女、小森と行き会ったあと。
ぼちぼちランチタイムということもあって、俺たち三人は赤レンガ倉庫のフードコートで一緒に食事をすることになった。
四人掛けのテーブル席を確保したのち、それぞれ料理を持って帰ってきたところで、改めて自己紹介タイム。
「あの、小森は帆港の生徒じゃないんだよな?」
「そだよ~。アタシはエリ
「え? エリ女って、あのエリス女学院のエリ女?」
エリス女学院と言えば、この辺りでは名の知れた伝統あるミッション系の学校だ。
同時に、市内でも屈指の「お嬢様学校」として有名だったりもする。
「あ、今『ちょっと意外』とか思ったでしょ? クッキーってばひど~い」
「い、いや、そんなことは」
まぁ、思ったけど。
特に初対面の俺をいきなり謎のニックネームで呼ぶ辺りとかな。
っていうか、「クッキー」て。美味しそうだな、おい。
「冗談だってば。それによく言われるし、気にしてないよ。そもそもウチって、世間一般で言われてるほどお嬢様学校って感じでもないしさ~」
「それにしたって、あなたはもう少しエリ女生らしく振る舞うべきだと思うけれどね」
「ユッキーがムダにお嬢様っぽいだけだってば」
片やネイルを施した指でフライドポテトをつまむ小森。
片やナイフとフォークでお上品にブルターニュ風ガレット(甘くないクレープみたいなやつ)を切り分ける大瑠璃。
こうして並ぶと、たしかにどっちがエリ女でどっちが帆港なのかわからなくなってくる。
それにしても、なんともまぁまるっきり正反対なタイプの二人だな。
「二人はどういう繋がりの友達なんだ?」
俺は熱々のサンマー麺に箸を突っ込みつつ、気になったことを口にする。
「チア部繋がりよ。彼女もエリ女でチア部に所属しているの」
「そうそう。そんで、大会とかで何度か顔合わせるうちに意気投合、みたいな?」
「まぁ、腐れ縁みたいなものね」
「え~? ユッキーってばつれないんだからぁ」
ぶーぶーと唇を尖らせていた小森が、今度は
「そ、れ、よ、り。アタシこそクッキーのことをもっと聞かせてほしいかな。なんてったって、今までなんだかんだで男を寄せ付けなかった親友に、ようやくできた彼氏クンだもんね」
「待て待て。だからそれは」
「いや~、しかしユッキーもやっと彼氏持ちかぁ。ユッキー、絶対恋人に求めるハードルが高すぎて、結局いつまでも独り身になるタイプだと思ってたから心配してたんだ~」
「なっ!? ……あなたねぇ、今まで私のことをそんな風に思っていたの?」
「ごめんごめん。でもよかったよ。ちょっと頼りなさそうだけど、あんまり威張ったりしなさそうだし、ルックスだってなかなか悪くないし。うんうん、いい男見つけたじゃん!」
「ストップ、ストップ! だから、俺は別に彼氏でも何でもないんだって!」
突っ走る小森を制するべく、俺は食事の手をいったん止める。
「そうなの? でもさっきユッキーが『私の恋人よ』って言ってたじゃん」
「そんなのはこいつが勝手に言ってるだけで」
「へぇ~、『こいつ』とか言っちゃう仲なんだ~?」
「ぐっ!? そ、それとこれとはまた話が違くて……おいなんだその顔は、ニヨニヨするな!」
さすがはギャルというべきか。どうやらこの手の話は大好物なようだ。
呼び方一つまで取り上げて、隙あらば甘酸っぱい恋バナに持っていこうとしてくるんだから恐ろしい。
「とにかく! 俺とこいつは恋人でもなければ友達でもない。今日たまたま買い物に付き合ってるだけの、赤の他人以上知り合い未満みたいな痛ったい!」
俺の必死の弁明は、次の瞬間わき腹に走ったギリギリとした痛みに遮られた。
苦痛に顔を歪めながら左隣に目を向けると、案の定だ。
わざとらしく満面の笑顔を浮かべた大瑠璃が、テーブルの下で俺のわき腹に自分の爪を食いこませていた。
「いやだわ楠木君ったら。そんなにつれないことを言わないでちょうだい。楠木君と私の仲でしょう? 楠木君と、私の」
「……な、なんでそこを強調するんです?」
「あら、これはおかしなことを言うわね。さっき『今日から俺はあなたの所有物です。この体も時間も、俺の全てをあなたに捧げます雪菜様』と言ってくれたのは楠木君じゃない」
「その誤解を招くような妄言を今すぐ止めろ!」
俺はペラペラと勝手なことをのたまう大瑠璃に詰め寄った。
「へぇ、そうなんだ。クッキーってば、意外と隷属願望アリな人?」
「ちっがう! 恋人だの所有物だの、全部こいつが自分で言ってるだけだから!」
「ふむふむ。だってさ、ユッキー。彼氏くん(仮)はこう言ってるけど?」
「……ふんっ。間違ったことは言ってないわよ。どうせ遅かれ早かれそうなるんですから」
小森の問いに、大瑠璃は不自然な笑顔を取っ払ってプイッとそっぽを向くと、
「ちょっとお手洗いに行ってきますっ」
子どもみたいに拗ねた顔のまま席を立って行ってしまった。
だから、ならないっつーの。
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