第15話 口止め料は……デート!?

 その後、アパレルショップからモール一階にある喫茶店へとやってきた俺たちは、大瑠璃からの取り調べを受けることになった。

 幸い、店内は買い物帰りの奥さま方やその子どもたちなどで賑わっている。

 隅っこのテーブル席に座る俺たちの会話が周囲に聞こえることはないだろう。


「……とまぁ、そういうわけなんだけど」


 対面に座って優雅にカフェオレを飲む大瑠璃に、俺は渋々あらましを語った。


「なるほどね」


 一通りの事情を聴いたのち、大瑠璃は頷く。


「わかったわ。つまり、楠木君は男の子が好きだった、というわけなのね」


「違いますけど!? ちゃんと話聞いてたのかよお前は!」


「まぁ、この令和の時代では特に珍しいことでもないのかもしれないけれど……それでも、まさか楠木君がそうだったなんて」


「違うっての! そんな一部の腐女子が期待するような趣味はないぞ!」


「あまつさえ、相手の男子を女装させるなんていう変態嗜好の持ち主だったなんて」


「俺がさせてるわけじゃねぇ!」


 隣に座る天音を指差し、俺は必死に弁明した。

 ちなみに当の天音はというと、例によって完璧な女装姿でちょこんと座っている。


「あ、これ美味しい」


「美味しい、じゃない。お前もなに呑気にティータイムを楽しんでるんだ」


「へ? あ、う、うん! そうだよね、ごめんね」


 ミルクティーの入ったカップをテーブルに置き、慌てて居住まいを正す天音。

 まったくこのマイペース野郎は。

 もう少しこの状況に危機感を持てよな。


「それにしても……転校生の紫藤天音君、だったかしら」


 改めて天音の出で立ちを眺め回して、大瑠璃は言った。


「こうして向かい合ってみても、あなた、見れば見るほど女の子にしか見えないわね。これがいつものあの地味な男の子だなんて、実際に着替えているところを見た今でも信じがたいわ」


「あの、あのね、大瑠璃さん。誤解しないで欲しいんだけど、この格好は、僕が好きでしてることなんだ。そりゃ、もちろん碧人くんに喜んでもらうためではあるんだけど」


「オーケー天音。お前はもうちょっと黙ってようか」


「『喜んでもらうため』、ねぇ? ……ふーん、へぇ、そう」


 うぅ、大瑠璃のジトっとした視線が痛い。

 ヤバいぞこの流れは。

 なにしろ相手は、学園カースト最上位のクイーンビーだ。

 こいつがその気になったが最後。

 同級生の男子に無理やり女装デートを強要した変態として、早晩そうばん俺の名前は全校生徒に知れ渡ることになるだろう。

 いや、俺だけじゃない。このままじゃ天音にしたって、そんな変態の言うままに女装していた同類としてつるし上げられるに決まってる。

 ただでさえ浅間あさまみたいな不良連中がいるのに、これ以上こいつの立場を悪くするのは……。


「な、なぁ、大瑠璃」


 おそるおそる、俺は切り出す。


「何かしら?」


「いや、その、俺たちのことなんだけど、さ」


「……オフレコにしてほしい、と?」


「頼む」


 俺が頭を下げると、隣席の天音もそれにならう。

 しばらくの間があって、やがて大瑠璃は思いのほかすんなり答えた。


「いいでしょう。今日見たことは、誰にも口外しないでおいてあげるわ」


「ほ、本当か!?」


「ええ。ただし、もちろん条件があるけれどね」


 条件、か。

 まぁ、こっちだって最初からタダで口止めをしてもらえるとは思ってない。

 当然そう言われるのは予想していたけど……こいつ、俺たちに一体何をさせる気だ?

 

「放課後の密会について黙っていて欲しければ──」


 ゴクリ。


「楠木君。これから休日は、そこの女装少年君ではなくこの私と過ごしなさい」


「ま、待ってくれ! いくら何でも『恋人になれ』っていうのは……え?」


 今、なんと?


「なによ、その拍子抜けしたような顔は」


「い、いやだって、てっきりいつもみたいに『私と付き合え』とか迫ってくるものだと」


 俺の懸念は、けれどどうやら的外れだったらしい。

 女王様はまったくもって心外だとでも言いたげに腕を組んだ。


「馬鹿ね。あなたが自らこうべを垂れるまで、と言ったはずよ。さすがにそんな弱みに付け込むようなやり方で楠木君を手に入れたって、意味が無いでしょう? あくまでも、あなたの意志で私の手の上に来てくれなければね」


「な、なるほど?」


 よくわからんが、そこはこいつなりに譲れないポイントのようだ。

 ひとまず胸を撫で下ろしていると、天音が話を本筋に戻す。


「あの、大瑠璃さん。それで、『休日に私と過ごせ』というのは?」


「言葉通りの意味よ。まぁ、本当は休日に限定したくはないけれど、私も部活で忙しいから仕方ないわ。平日は『なりきりデート』でも『予行演習』でも好きにやりなさいな。その代わりに紫藤君、休日は私の領分よ。平日にできない分、楠木君を好きにさせてもらうわ」


「え、ええっと……?」


 大瑠璃がビシッと人差し指を向けて宣言する。

 鼻先に指を突き付けられて、天音は困惑の眼差しを俺に向けた。

 そりゃ、そんな顔にもなるよ。

 だってまだ話が全然見えないし。


「あの、好きにさせてもらうって、具体的に俺は休日に何をやらされるんですかね?」


「そんなの決まってるでしょう? デートよ、デート。もちろん、なりきりだの練習だのじゃない、正真正銘の男女のデートね」


 大瑠璃がフフン、と得意げな顔を浮かべて続ける。


「この半年、何度も何度も楠木君に拒まれて、さすがの私も考えを改めました。口だけで口説き落とそうなんて慎ましいやり方じゃ、あなたの首を縦に振らせるのは難しい、とね」


 できれば最初の一回で気付いてほしかった上に、そもそも言うほど慎ましくもなかった気がする。

 ……というのは、やっぱり言わない方が良いんだろうなぁ。


「だから、デート。口だけではなく行動でもって私の魅力を示してあげれば、ちょっとアレな特殊性癖持ちの楠木君だって、きっと私に愛を捧げたいと思うようになるはずよ!」


 ドヤ顔を通り越して、ついには「オホホホ」と謎のお嬢様笑いをする大瑠璃。

 相変わらずすごい自信だ。

 こいつのこういう所は、ある意味見習うべきなのかも知れない。


(とはいってもなぁ……)


 一度や二度のことならともかく、これから休日の度にこいつの相手をしなきゃいけないというのは、体力的にも精神的にもちょっとキツいものが……。


「あらあら、まさか断りはしないわよね?」


「うっ」


「楠木君。私、これで結構口の軽い女だったりするのだけれど……ねぇ?」


 俺の心中を察したのか、大瑠璃が小悪魔、いや悪魔の笑みを浮かべる。

 これはもう、四の五の言ってられる場面じゃなさそうだ。

 ふと隣に目をやると、天音もなかば諦めたように肩を竦めていた。


「はぁ……わかった。その条件を呑ませてもらうよ」


「よろしい。取引成立ね。都合の良いことに明日は土曜日だし、さっそく明日、デートの相手をしてもらいます。もしすっぽかしたりしようものなら……わかっているわよね?」


「わ、わかってるって。そっちこそ口止めの件、忘れるなよな」


「ええ、黙っていてあげるわよ。あなたが素直に私に付き合ってくれる内は、ね」


 不敵な笑みでそう告げた大瑠璃は、それからテキパキと俺の連絡先を聞き出すと、


「それじゃ、楠木君、紫藤君。ごきげんよう」


 鞄を持って席を立ち、そのまま振り返りもせずにさっさと歩いていってしまった。

 大瑠璃が喫茶店の外へと消えたのを確認したところで、どっと疲労感が押し寄せてくる。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


「ため息が長いよ、碧人くん」


「背に腹は代えられないとはいえ、これから毎週あの女王様に付き合わなきゃいけないんだぞ? そりゃあため息だって長くなるさ」


「まさかこんなことになっちゃうなんてね。いやぁ、着替え中の姿を大瑠璃さんに見られちゃうなんて予想外だったなぁ。試着室の中だからって僕、すっかり油断してたよ」


「いや、油断っていうか、あれは仕方ないだろ」


 あいつがあんな強行突破に打って出るとは、俺だって予想外だったからな。


「とにかくだ。見つかっちまったものはしょうがない。しち面倒くさいことこの上ないけど、今は大人しくあいつの言う通りにするしかないだろうな」


「そうだね」


 天音は頷き、それからわずかに声のトーンを落とすと、


「ちょっと寂しいけど……うん、僕たちの秘密を守るため、だもんね」


 自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりとそう呟いた。

 やれやれ、本当に面倒くさいことになっちまったなぁ……。

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