第14話 学園一の美少女、再び襲来

 それからも、俺と天音の「なりきりデート」はほとんど毎日のように行われた。

 放課後になったらさっさと帰宅し、日付が変わるまで自室でアニメやゲーム三昧。

 俺のそんなライフスタイルも、このところはすっかり様変わりしている。

 下校時の寄り道といえばせいぜい書店かゲームショップだった俺が、まさか連日のように地元の商業施設や観光スポットを訪れることになるとはなぁ。


「それじゃ、着替えてくるからちょっと待っててね」


 そんなこんなで、ぼちぼち六月も終わりが見えてきたある日の放課後。

 例によってショッピングモールに足を運んだ俺たちは、エスカレーターで三階のアパレルショップへとやってきた。

 今やもうこの店は、俺たちの「なりきりデート」のスタート地点だ。


「なぁ天音。今さら言うのもなんだけど、こう毎日のように同じ店の試着室を更衣室がわりに使うのは、やっぱりマズくないか? そのうち店の人に怒られそうで不安だよ俺は」


「しょうがないよ。一度家に帰って着替えるのは手間だし、かといって学校でこの格好になるわけにもいかないじゃない? 大丈夫だよ、ササッと済ませるから」


 はいはい、それじゃなる早で頼みますよ。

 俺はため息と共に試着室へ消える天音を見送った。

 じっと待っていても怪しまれそうなので、いつものように試着室から少し離れた所で商品を物色する。

 着替え目的だとバレないためのせめてもの策だ。


「やれやれ、俺もすっかり共犯者だな」


 目についた適当なシャツを広げつつ、苦笑する。

 二人で学校を出て、こうしてコソコソと着替えをして、誰にも言えない奇妙な「デートごっこ」に興じる。

 あいつと一緒にこんなスリリングな放課後を過ごしているだなんて、一か月前の俺に言ってもきっと絶対信じないだろうな。


「共犯者って、なんのこと?」


「だから、俺が今こうして──」


 そこまで言いかけて、ぎょっとする。

 ……いや、いやいやいや、ちょっと待ってくれ。

 妙に聞きなれた声だったもんでつい返事してしまったが。


「そ、その声は……」


 ぎこちなく首だけを背後に向けると、不安的中。


「お、大瑠璃おおるり!?」


 そこには制服姿のミス帆港様が凛とお立ちあそばされていた。


「あら、やっぱり楠木君じゃない。上着なんか着ているから一瞬わからなかったけれど、ええ。道理で後ろ姿に見覚えがあるはずね」


 たしかに、いまの俺は制服の上から黒いパーカーを羽織っていた。

 先日の目撃談のこともあるし、放課後はなるべく目立たない格好で過ごすことにしていたのだ。

 まぁ、それもこうして知り合いに出くわしたら全く意味をなさないのだが。


「お前っ、なんでここに!?」


「なんでとはご挨拶ね。今日はたまたまチア部の練習もお休みだし、他に特に予定も無いからちょっと寄り道していただけよ」


 マジかよ。よりによってこいつと鉢合わせるなんて最悪だ。


「へ、へぇ~? そうか」


 大瑠璃に適当な相槌を返しつつ、俺はちらりと試着室の方を見やった。

 俺一人が出くわすのはいい。いや、仮に天音と一緒でもまだ問題はないだろう。

 だけどは、だけはマズい!

 さながらサナギから蝶へと生まれ変わるように、天音は今、俺たちのほんの数メートル先で、僕っ娘少女にフォルムチェンジしているところなのだ。

 もし、あの姿の天音をこいつに見られでもしたら……。

 うん、終わるな。色々と。


「えっと……それじゃあ俺はこれで!」


 天音が着替えを終えて出てきちまう前に、何とか大瑠璃の注意をこの場から引き離さねば!

 俺は短い別れの言葉を残し、スタスタとその場を後にしようとして、


「ちょっと待ちなさい」


「ぐぇ」


 パーカーのフードを掴まれた。

 思わず、絞め殺される爬虫類みたいな声が出る。


「ゲホゲホッ! な、なにすんだ」


「楠木君こそ、ここで何してるのよ。あなた、放課後にショッピングモールで買い物するようなタイプだったかしら?」


「うっ……お、俺はほら、暇だからちょっとブラブラしてただけっていうかさ」


「一人で?」


「え? お、おう」


「……ふぅん」


 ジトっとした目であごに手を添える大瑠璃。

 もしや感付かれたか、と内心あたふたしていると、女王様はやがて無防備なネズミを見つけた猫みたいに、そのコバルトブルーの瞳をキランと光らせた。


「そう。そういうことならちょうど良いわね」


「な、なんだよ。何がちょうど良いんだ?」


「決まってるじゃない。楠木君、


 ………………。


「ファッ!? なにゆえ!?」


「これもいい機会だわ。いつも散々口で言っても聞かない楠木君に、今日は私と過ごす時間がどれだけ魅力的なのか、直接その体にわからせてあげます」


 言うが早いか、大瑠璃は返事も聞かずに俺の腕をひっ掴んだ。


「ちょっ、待て待て! なんでいきなりそうなる!」


「せっかくの初デートだもの、やっぱり多少印象に残る場所が良いわよね。となると……そうね。まずは軽くスカイツリー辺りにでも」


「行かないよ!? おもっくそ都内じゃねぇか!」


 なんで放課後にわざわざ横浜から押上おしあげまで行かなきゃならないんだ。寄り道ってレベルじゃないぞオイ。


「遠出は嫌なの? はぁ、やれやれわがままな楠木君ね。わかりました。なら近場でマリンタワーにしましょう。高さは五百メートルほど低くなってしまうけれど、まぁ、この際それで我慢してあげるわ」


「おまっ、お前! 『世界一高い灯台』としてギネス認定されたこともあるマリンタワーに謝れ! ……じゃなかった、いいからとりあえず手を離せ!」


 俺はさっさと歩き出そうとする大瑠璃の手を振りほどく。

 相変わらず人の話を全く聞かない女王様だ。


「……なによ。この私がせっかくデートのお誘いをしてあげているというのに」


 突き放すような俺の態度が気に入らなかったらしい。

 大瑠璃はあからさまに不機嫌そうな声になって、眼光鋭くこちらを睨みつけてきた。


「もしかして、行きたくないとでも言うつもり?」


「もしかしなくてもそうだっての。いきなり『デートしましょう』って言われて、それで『はい喜んで』と付いていけるか。こっちにも都合ってものがあるんだよ」


「都合? 何の都合があるのよ。楠木君、さっき自分で暇だって言ってたじゃない」


「へっ? あ、いや、それは」


 し、しまった!

 ついうっかり口を滑らせてしまった!


「なぁんか怪しいわね。あなた、本当にここで暇つぶししていただけなの?」


「な、なんだっていいだろ。ほら、いい加減お前も寄り道の続きに戻れって」


「誤魔化そうったってそうはいかないわよ。楠木君、私に何か隠し事してるでしょう?」


「隠し事なんて、まさかそんな……」


 くそっ、早くこいつを追っ払わなきゃならないっていうのに。

 こんな調子でモタついてたら、天音が出て来ちまう!

 焦るあまりに、俺の目は自然と試着室の方に向きがちになってしまう。


「ちょっと、私が話している時にどこを見ているの?」


 やばい、と慌てて視線を戻すが、時すでに遅し。

 いくつか並んでいる内、一つだけカーテンが閉まっている試着室。

 大瑠璃の目は、その一室の前に綺麗に揃えられた女性もののブーツを、はっきりと捉えてしまっていた。


「……まさか」


「よしわかった大瑠璃! 少しお茶するくらいなら付き合うから、行こう。な?」


 咄嗟に伸ばした俺の手を、けれど今度は大瑠璃が振り払う。


「あなたまさか、あれだけ私のことを突き放しておいて他の女と……?」


「お、大瑠璃、さん?」


 ブツブツと小声で呟いていた大瑠璃は、次にはツカツカと足早に歩き出した。

 彼女の目指す先には、もちろん使用中の試着室。


「待て待て、何する気だお前!」


「知れたこと。この私を、『帆港チア部のニーケー』とも称えられるこの私を差し置いて楠木君と一緒にいるのが、一体どんな女の子なのか確かめてあげるのよ!」


「お客様!? 使用中の試着室に無断で突入されては困りますお客様!」


「ええい、楠木君は黙っててちょうだい!」


 俺の必死の抵抗も空しく、とうとう大瑠璃が試着室のカーテンに手を掛ける。


「ちょっ、マジで止め──」


「ふんっ!」


 掛け声とともに、女王様は力いっぱいカーテンを引いた。

 開け放たれる試着室。

 果たして、その中に佇んでいたのは……。


「────え?」


 いっそのこと、パンツ一丁だった方がまだ言い訳ができたかもしれない。

 しかし、試着室の中でキョトンとする天音は、上は学ラン、下はスカートという、もうどうあがいても言い逃れできないほどに「変身中」な姿だった。


「あ、碧人くん? と、それに……お、大瑠璃さん!?」


「あなたは……最近いつも楠木君と一緒にいる……?」


 互いに互いを指差して唖然とする天音と大瑠璃。


(ああ……終わった)


 がっくりとうなだれる俺を、大瑠璃が若干青ざめた顔で見下ろした。


「あ、あなたたち……一体何をやっているの?」

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