第13話 どう見てもカップルです

「お前、最近ほんと紫藤と仲良いよなぁ」


 天音と初めて「なりきりデート」してから、一週間ほどが経った日の昼休み。

 机にパンと牛乳を置いてスマホをいじっていた俺に、何やら興味津々といった口調で清水がそう言ってきた。

 ちなみにその天音は現在、珍しく弁当の用意ができなかったとかで購買までひとっ走り行っているところだ。


「そうか? べつに普通だと思うけど、っと」


 スマホの中で繰り広げられるゲームの戦況がちょうど佳境だったこともあって、俺は適当な返事でそれを聞き流す。


「いーや、仲良いね。だってお前、ここんとこほぼ毎日一緒に帰ってるじゃんか」


「それは……そうだけど」


「だろ? まぁ、お前ら知り合ってから割りとすぐに打ち解けてたみたいだし、今さら驚きはしないけどさ。にしても、普段あんだけ付き合いの悪い楠木にしては珍しいよなぁ」


「しみじみするな、鬱陶しい。俺だってたまにはそういう時もあるっての」


 俺はすげなくそう言って、スマホ画面に目を戻す。

 が、清水の好奇心はそれだけにはとどまらなかった。


「そうそう。珍しいといや、最近お前のことで妙ながあったんだよ」


「妙な噂?」


「噂、っていうか目撃談だな。といってもほんの数人しか見てないらしいから、十中八九ガセネタだとは思うし、実際あんまり広まっちゃいない話なんだが」


 目撃談とは不穏な響きだな。

 こっちは人に目撃されて騒がれるようなことは何も……。


「なんでも、お前が放課後に他校の生徒っぽい女子と歩いてるのを見た奴がいるんだと」


「……は?」


 スマホを操作する手が思わず止まる。

 指揮を放棄したリーダーのせいで、画面内では味方のキャラが次々と敵に撃破されていった。


「ま、どうせ見間違いなんだろうけどさ」


 気楽な様子でそう語る清水とは反対に、俺は引きつった顔で愛想笑いを返す。


「ほ、ほぉーん? そ、そりゃまた突拍子もない噂だな?」


「だよなぁ。僕っ娘好きこじらせてるせいで、今までずっと彼女の『か』の字もなかったんだ。お前に限ってそんなことあるわけないもんな」


 ハハハと笑い飛ばしながら、清水が肩を叩いてくる。


「ま、まさか! ハハハ、そんなことあるわけ……」


 ……ない、とは言い切れないのかなぁ、は。


※ ※ ※ ※


「お待たせ、碧人くん!」


「おう」


 同日の放課後。

 例によって一緒に下校した俺と天音は、港湾の商業エリアにある大型ショッピングモールを訪れていた。

 子ども向けのおもちゃ屋さんから高級ブランドショップまで様々な店が立ち並ぶモール内は、平日にも関わらず大勢の客で賑わっている。

 俺たちが今いるのはそんなモール内の三階、とあるアパレルショップの試着室前だ。

 とはいえ、ここに来たのは別に新しく服を買うためではない。


「ごめんね。ちょっと着替えに手間取っちゃって」


「別にいいよ、そんくらい」


 パタパタと試着室から出てきた天音は、いつものダボダボな学ランを着た地味男モードから一転。

 ブラウスとスカートで可愛らしくキメた僕っ娘モードへと変身していた。


「それじゃあ、行こっか」


「ほいほい」


 この一週間、俺たちは放課後になると、度々こうして街に繰り出していた。

 しかもただの寄り道ではない。女装した天音と制服姿の俺との擬似デートという形でだ。

 どうしてそんなことになっているのか。理由は大きく分けて二つある。

 まず一つ目は、天音の強い要望があったからだ。

 このなんちゃって美少女、前に初めて二人で遊びに行ったとき、俺に僕っ娘なりきりを褒められたことがよほど嬉しかったらしい。

 以来、俺に女装姿を披露することにどうにも味をしめてしまったようなのだ。


 当然、俺だって最初は戸惑った。

 女装した男友達を僕っ娘彼女に見立てて放課後デートとか、なんだそのごうの深いプレイは。

 いくら僕っ娘が好きだと言っても、さすがにそれはヤバいだろ。拗らせているにもほどがあるぜ、と思った。


 だけど、俺のそんな理性を揺るがすほどに天音の僕っ娘ぶりはいつも完璧だったし、マジでリアル僕っ娘彼女とデートしているような体験ができて楽しいというのもまた事実。


 理性に従うか、はたまた本能と肩を組むか。

 葛藤を続けていた俺に、そこで天音が持ち掛けてきたのがある「取引」だった。


「んで、今日はどうするんだ。またゲーセンでも行くのか?」


「えっとね、今日は映画館に行かない? 見たい映画があるんだよねぇ」


「どれどれ……えぇ、恋愛モノかよ。俺こういうのあんまし興味ないんだけど」


「あ、ダメだよ碧人くん。そんなこと言ってたら『予行演習』にならないでしょ」


 そう、予行演習。

 天音が持ち掛けてきたこの「取引」こそが二つ目の理由だった。


「いいかい、碧人くん。前にも言ったけど、この『なりきりデート』は将来碧人くんに僕っ娘な彼女ができたときの為の、言わばシミュレーションでもあるんだよ」


「お、おう」


「せっかく念願叶ってできた、可愛くて、健気で、ちょっと人見知りなところもあるけどキミにはすごく懐いてる、そんな僕っ娘な彼女。だけど、肝心の碧人くんの方がデートの一つもスマートにこなせないんじゃ、きっとその彼女さんだってがっかりしちゃうよね?」


「なんだそのやけに具体的な彼女像は……」


 でもまぁ、たしかにこいつの言うことも一理ある。

 リアルでは数少ない友人と出かけることさえまれな俺だ。

 いわんや、実際に女の子とデートしたことなんてあるはずもない。

 けど、もしもそんな僕っ娘彼女ができた日には、俺だって彼氏らしく颯爽とエスコートしてやりたいところである。


「そうだな。せっかくできた僕っ娘彼女に初デートでフられるとか、悲しすぎるしな」


「でしょ? だから、こうして僕がキミの練習相手になってあげてるんじゃない。碧人くんは来るべき『本番』に備えて練習できるし、僕は放課後を碧人くんと一緒に過ごせて楽しい。ふふん、これぞ『ウィンウィンの関係』ってやつだよね」


 要は、そういうことである。

 実際、見事に俺の理想の僕っ娘になりきっているこいつが相手なら、十二分に練習になりそうだしな。


「わかった、わかった。なら、今日は映画館で予行演習な」


「まっかせて! キミのためなら、今日も理想の僕っ娘になって見せるからさ」


 そんなこんなで結局、俺は天音との「なりきりデート」を続けることにしたのだった。

 実情はたしかに男同士なのだが、考えてみれば今の天音を男だと見抜けるやつはまずいないだろう。

 傍から見ればいたって健全な学生カップルだ。

 事実、清水の言っていた目撃談とやらでも、こいつは「見知らぬ他校の女子」ということにされてたみたいだしな。

 なら、もう何も迷うことはない。

 予行演習という大義名分もあることだし、ひとまず難しいことはおいといて、この擬似僕っ娘彼女との街歩きを楽しめばいいんだ。


 だって、そうだろ?

 こんなのは、言うなればただのごっこ遊びみたいなもので。


「おーい、何してるのー? もうすぐ上映時間になっちゃうよー」


「はいはーい、今行きますよー」


 人混みの向こうで子犬の尻尾みたいに手を振っているアイツの言う通り。

 こんなのは、ただの「なりきり」なんだから。


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