第11話 手作り弁当……だと?

 ひとしきり遊び倒してからゲームセンターを出ると、時刻はぼちぼちお昼時。

「そろそろお昼ご飯にしようか」という紫藤の提案で、俺たちは遊園地近くの臨港公園へと足を運んでいた。

 フードコートや売店もある遊園地から、なんでわざわざ公園に移動するのかと思っていたら。

 なんと紫藤は俺たち二人分の弁当を用意していたらしい。


「これ、お前が作ったのか?」


「うん。今日は時間もなかったから、あんまり凝ったものは作れなかったんだけどね」


 紫藤が取り出した可愛らしいバスケットの中に詰め込まれていたのは、いろどり豊かなサンドイッチだった。

 謙遜しているが、具材のバリエーションも豊富だし、わざわざ一口サイズにカットされている。見るからに美味しそうだ。

 ……って、だから彼女かこいつは!


「ど、どうしたの楠木くん? あ、もしかして、サンドイッチは嫌いだった?」


「い、いや、なんでもないよ。気にするな」


 ピクニックやハイキングならともかく、恋人とのデートに手作り弁当を持参するなどという女の子が、はたしてこの令和の時代にどれほどいるんだろうか。

 ニコニコ笑顔でサンドイッチを差し出してくる紫藤を見ながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。

 いやはや、いまどき珍しいくらい家庭的な女子高生もいたもんだ。

 ……違った。

 そもそもこいつは女子ではなかった。


(なんか、今日の俺……こいつが男だってこと、ときどき素で忘れてないか?)


 嫌なことに気付いてしまったところで、ぐぅ、と腹の虫が鳴く。


「よかった、お腹は空いてるみたいだね。それじゃあほら、遠慮しないでどんどん食べてよ」


「いいのか?」


「もちろん! そのために用意してきたんだからね」


 まぁ、そういうことならここで変に遠慮するのも逆に失礼ってものだろう。


「じゃあ、いただきます」


 ぱくっ。


「んんっ? 美味いな、これ!」


「本当? ちゃんと楠木くんの口に合ったかな?」


 なんて紫藤は不安そうに言うが、正直かなり俺好みの味だった。


「このサンドイッチ、もしかしてチーズと枝豆が入ってるのか?」


「ピンポン! 茹でた枝豆を潰して、クリームチーズと混ぜ合わせたペーストを挟んでるんだ。楠木くん、よく購買で枝豆チーズパンを買ってたから、好物なのかなと思ってさ」


「たしかに好きでよく買ってるけどさ。正直、市販のやつより全然美味いよコレ」


 などと言っている内に、早くも一つ目を食べ終わってしまう。


「うんうん! 良い食べっぷりだね。一生懸命作ってきた甲斐があるよ。ささ、サンドイッチはまだまだあるから、食べて食べて」


「おお、サンキュー」


「あったかい紅茶もあるからね。はい、どうぞ」


 サンドイッチのおかわりを手渡し、水筒に入った紅茶を紙コップに注いで、と、その後も紫藤はかいがいしく俺の世話を焼く。

 彼女どころか、もはや嫁か母レベルの気配りである。

 今日はつくづく、いつもと立場が逆転しちまってるよなぁ。


 ※ ※ ※ ※


「ふぅ、食った食った。ごちそうさま。美味かったよ」


「はい、お粗末様でした。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」


 食後のお茶をすすってひと心地ついたところで、俺たちは正面に広がる港湾の風景をぼんやりと眺めていた。

 潮風とともに、どこからか「ボーッ」という船の汽笛の音が流れてくる。


「あはは。なんだかすっかり落ち着いちゃったねぇ」


「縁側でくつろぐ爺さん婆さんかよ、お前は。年寄りくさいこと言うなっての」


「まあまあ。たまにはこうして海を眺めて、のんびりするのも悪くないでしょ」


「……まぁな。お前が転校して来てからこっち、なんやかんやバタバタしてたしな」


 ちらりと、俺は横目で紫藤を見やった。


「そういや、この前の怪我はもう大丈夫なのか?」


「うん。おかげさまですっかりよくなったよ。少なくとも、目につくような所にはもう傷はないから大丈夫。これも楠木くんが一生懸命に手当てしてくれたおかげだね」


「そうか。ならいいんだけど」


 たしかに、今日のはしゃぎようを見る限りでは心配なさそうだな。


「それで? 結局のところ、今日のは何だったんだ?」


 俺が切り出すと、紫藤がコテンと首を傾げる。


「企画?」


「『なりきりデート』とやらのことだよ。サプライズ、なんてお前は言ってたけどさ。ただ単に俺を驚かせたかっただけ……ってわけじゃないよな、多分」


 何しろこんな手作り弁当まで用意してくるくらいだ。

 ちょっとした遊び心、というには少々手が込んでいる気がする。


「……やっぱり、バレてたか。さすがは楠木くんだね」


 バツが悪そうに頬を掻きながら、紫藤は苦笑する。

 紙コップに残っていたお茶を一息に飲み干して、それからぽつぽつと語り始めた。


「嬉しかったんだ」


「嬉しい?」


「ほら、この前保健室でさ、楠木くん言ってくれたよね? 『今日から俺は、お前の友達だ』ってさ。僕、それがとっても嬉しくて」


 紫藤はベンチから立ち上がり、それからくるりと回れ右して俺の真正面に立つ。


「だから僕も、楠木くんが喜ぶようなお礼をしてあげたかったんだ」


「それで、仮想『僕っ娘彼女』なのか?」


「うん。僕にもできることで、楠木くんが一番喜びそうなことだと思ったから」


「そりゃあ……たしかに喜ぶことっちゃ喜ぶことだけど」


 普通、友達へのお礼っつったら飯を奢ったりとか、せいぜいその辺りじゃないのか?

 いくら俺が僕っ娘彼女とのイチャラブを夢見ているとはいえ。

 そこで「なら自分が彼女役になろう」って発想になるところが、こいつの極端なところだよな。

 ぶっちゃけ、手放しで喜んでいいものかどうか微妙なところではある。


「もしかして、あんまり嬉しくなかった?」


 俺の煮え切らない返事に、紫藤が顔を覗き込んでくる。


「やっぱり……僕なんかの『なりきり』じゃあ、ダメだったかな……?」


 ブラウスの袖からのぞくほっそりとした両手を後ろ手に組み、ウルウルと不安げに瞳を揺らす紫藤。

 その仕草はもうマジでいじらしい僕っ娘のそれにしか見えなくて……。


「そっ、そんなことないって。めっちゃ嬉しかったぜ?」


 ちくしょう。

 俺って奴はどうしてこう、こいつの泣き落としに弱いんだろうなぁ……。


「お前の僕っ娘ぶりは大したもんだったよ。今年のボクデミー主演男優賞はきっとお前で決まりだ。自信を持て、紫藤」


「ぼくでみー……? よ、よくわからないけど、うん。喜んでくれたなら、良かったよ」


 曇り顔から一転、紫藤は「えへー」と頬を緩ませた。


 だから、いい加減にしてくれ。

 その健気系僕っ娘ぞくせいは俺に効くって言ってるだろ。


「楠木くん? あの、大丈夫?」


「何がだ」


「いや、さっきからなぜかずっと天を仰いだまま心臓の辺りを押さえてるから」


「気にするな。我流がりゅうの精神統一法だ」


「そ、そうなんだ?」


 あ、やめて。本気で心配そうな顔でこっちを見ないで。

 気を取り直すように、俺はコホンと咳払いする。


「まぁとにかくだ。お前なりに俺を喜ばせようと一生懸命だったって事は伝わったよ。おかげで今日は、その……俺もそれなりに楽しかったしな」


「あはは、そっか。それなら僕も色々と準備した甲斐が……あっ」


 不意に一陣の風が吹き、紫藤のキャスケット帽が宙を舞う。


「ぼ、帽子がっ」


「ああ、いいって。俺が取ってくるよ」


 追いかけようとする紫藤にそう言って、俺はベンチから腰を上げた。

 幸い帽子は海とは反対方向に飛ばされ、すぐ近くの草むらに落下する。

 よかった。天気が良いとはいえ、さすがにまだ泳ぐには寒い時期だからな。


「よっ、と」


「ごめんね、楠木くん。拾ってくれてありがとう」


「どういたしまして。ほら、もう飛ばされんなよ」


 と、駆け寄ってきた紫藤に帽子を渡そうと振り返って。


「ん? お前、……」


「え?」


 さっき吹いた風のせいか、さながら黒いカーテンのようだった紫藤の前髪が大きくかき上げられていた。

 当然、隠されていた素顔(といっても右半分だが)も丸見えになる。


「あっ」


 それに気付いたらしい紫藤は、慌てて両手で顔を隠そうとする。

 が、もう遅い。

 ほんの一瞬だったけど、俺ははっきりと、この目で見てしまった。


 つまびらかになった紫藤の顔の右半分。

 その額、ちょうど髪の毛との境目あたりには。

 ──少々目立つ、赤いアザが隠れていた。

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