第10話 「可愛い」って言ってよ

 それからも紫藤はゲーセン内を練り歩き、気になったゲームに片っ端から挑戦していった。

 音ゲー、レースゲー、エアホッケーにパンチングマシンなどなど。

 どれもポピュラーなものばかりだったが、やはり紫藤はほとんど経験が無いらしい。

 俺も隣でアドバイスをしたり、時には協力プレイもしながら紫藤と一緒に遊び回った。

 そうして色々と寄り道をしたのち、俺たちは当初の目的地であるアーケードゲームのエリアまでやってきた。


「あ、楠木くん。あれじゃないかな?」


 そう言って紫藤が指差したのは、少し奥まった場所に置かれた数台の筐体きょうたい

 そこには俺たちもよく知るキャラクターたちのイラストと共に、大きく「GGA」と書かれていた。


「『ギルティGガルディアンズGアーケードA』。ふむ、どうやらそうみたいだな」


 アーケードエリアはそこそこの混雑具合だが、幸いギルガルの筐体は比較的空いているようだった。

 古参のファンの一人としては、ちょっと複雑な気分だけど。


「へぇ、これが楠木くんの言ってたギルガルのアーケード版かぁ」


 ゲーム内でお馴染みのBGMにのせて流れるデモムービーでは、3Dモデルになったギルガルキャラたちが派手に動き回っていた。


「ビアンカにフェイにバクスター……凄い! ギルガルの皆がリアルになってるよ!」


「スマホ版じゃ基本は2Dイラストだからな。確かに、これはちょっとワクワクするな」


「だよね。よ~し、さっそくプレイしてみよう!」


「だから、プレイする前にルールをよく確認しろと言っとるでしょーが」


 もうわかった。こいつはあれだ。

 目の前に見知らぬ食べ物を出されたら、とりあえず口に入れてみてから考えるタイプの人間だ。

 危なっかしいったらありゃしない。


「こうしよう、紫藤。お前はどうせアーケードゲーム自体初めてだろうし、いきなり始めても何が何やらだろ? だからまず俺が一回プレイして、大体のルールや遊び方を覚える」


「うん」


「その後、俺がそれをお前でもわかるように説明する」


「うん」


「お互いにある程度感覚を掴んだら、最後に二人で対戦だ」


「うん」


「……『うん』ばっかりだな。本当に大丈夫か?」


「うん!」


 元気いっぱいな返事だった。

 どうにも不安をぬぐい切れないが、ここでウダウダやっててもしょうがない。

 ニコニコ顔の紫藤を背に、俺は筐体前のイスに腰を下ろした。


〈──ギルガル・アーケード、スタンバイ〉


 コイン投入口に百円を入れると、画面がデモムービーから切り替わる。どうやらチュートリアルが始まったらしい。

 音声案内に従って、ボタンやレバーを操作していく。


「これ、スマホ版でいうホーム画面かな?」


「ここが『強化・合成』で、ここが『編成』か。やっぱり配置も多少違うみたいだな」


 なんとか一通りの操作を覚えたところで、ぼちぼちチュートリアルも締めに入る。


〈ここまでお疲れ様です、リーダー。最後はいよいよ実践任務です〉


 抑揚に乏しい合成音声のアナウンスとともに、再び画面が切り替わる。


〈任務遂行には優秀な戦闘員ガルディアンが不可欠です。出撃前に仲間を募集しておきましょう〉


「なるほど。ここでいよいよ、最初のキャラが手に入るわけだ」


「キャラクターのカードが出てくるんだっけ? 誰が来るのかなぁ」


 と、俺たちが期待に胸を膨らませていると。


「んなっ!?」


「わおっ!」


 画面上に現れたのは、紫を基調とした装備に身を包む、ミステリアスな銃使いの少女。


〈初めまして。僕の名前はヴィオレッタ。面倒かけるかもしれないけど、これからよろしくね、リーダー〉


 ま、マジでか! 

 一発目で、まさかの嫁キャラを引き当ててしまった。


「やったね、楠木くん。おめでとう」


「お、おう! まさか最初に来てくれるとは思わなかったよ!」


 さすがに運命めいたものを感じずにはいられず、俺も思わずにやけてしまう。

 ホーム画面でゆらゆらと体を動かしている彼女は、時折くしゃくしゃと毛先をいじったり、画面のこちら側の俺に向かって手を振ってくれたりする。

 さらにはその上、


〈どうしたの、リーダー? 疲れてるなら、僕と一緒にお昼寝でもしようか〉


 なんて、優しげに目を細めながら笑いかけてくれちゃったりさえするのだ。


「やべぇ……3Dモデルのヴィオレッタ、控えめに言って可愛すぎかよ」


 アーケード版ゆえの大画面と、ギルガルのサイバーパンクな世界観を忠実に表現した背景映像も相まって、まるで本当に彼女と同じ空間で過ごしているような気分になってくる。


「これはもう、実質リアル僕っ娘彼女ができたといっても過言ではないのでは?」


 一回くらいお試しプレイをすればそれでいい……なんて舐めたことを考えていたが、これはいけない。

 3Dの彼女に会えるというだけで、俺はこれからの放課後、本来苦手であるはずのゲーセンに足しげく通ってしまうかもしれない。

 まったく、これじゃあ帰宅部エース(自称)の面目丸つぶれじゃないか。

 まぁそれはさておき……うへへへ、ヴィオレッタ可愛いよヴィオレッタ。


「……楠木くん」


 いや待てよ?

 これって、スマホ版みたいに季節限定グラとかもあったりするのか?


「ねぇ、楠木くん」


 なんてこった!

 これはいよいよもって、どうあっても、「実は脱いだら凄い系」筆頭であるヴィオレッタの夏季限定水着グラを拝むまで、ゲーセンに通うしかないじゃないか!


「もう! 楠木くんってば!」


「あ、え、なに?」


 不意に肩を揺さぶられて、そこでようやく俺の意識が現実に引き戻される。


「って……ああ、そっか。俺は今日、紫藤と一緒にゲーセンに来ていたんだったな」


「どれだけゲームに没入していたのさ……」


 振り返る先にいた紫藤が、細い腰に手を当てて若干不満げにそう言った。


「ごめん、ごめん。悪かったよ放置して」


 なんだか予想外に俺ばっかりが楽しんでしまったが、今日はもともと紫藤たっての頼みでアーケード版をプレイしに来たんだった。

 こいつだって早いところ遊んでみたくてウズウズしていることだろう。

 たしかに、いつまでも嫁キャラとたわむれているわけにもいかないよな。


「よし待ってろ。さっさとチュートリアル終わらせて、すぐ交代してやるから」


「そういうことじゃなくて、さ」


 不満そうな顔をしたまま、紫藤がクイクイと俺の袖口を引く。


「……リアル僕っ娘なら、ここにもいるじゃないか」


「はい?」


「だ、だからっ。ヴィオレッタだけじゃなくて、僕のことも……その……てよ」


 紫藤の声は段々と尻すぼみになっていき、最後の方はほとんど聞き取れなかった。

 なんだ、こいつ? 急にどうしたんだ?

 そこまで考えた所で、俺はハタと思いつく。

 そういえば、前にこいつが脈絡もなくヴィオレッタの台詞を真似たのも、俺がゲーム画面の彼女に見蕩れていた時だったっけ。


(こいつ、もしかして……)


 試してみよう。


「あー、やっぱりヴィオレッタは世界一可愛いなぁ」


「むっ」


「いやもうホント、彼女こそが俺の理想の僕っ娘と言ってもいいくらいだね」


「むむむっ」


「抱きしめたら、きっといい匂いがするんだろうなぁ。あー、ヴィオレッタたんハスハス」


「……ぷいっ」


 あえてゲーム画面に体を向けつつ、俺は背後を盗み見る。

 先ほどから頬っぺたを風船ガムよろしく膨らませていた紫藤は、しまいにはあからさまにそっぽを向いてしまった。


「……えっと、紫藤さん?」


「…………」


 へんじがない。ただのしかばね……ではなく、どうやら完全にへそを曲げているようだ。

 こ、こいつ、ゲームのキャラクターに嫉妬してやがる!


(……しょうがねぇなぁ)


 なんとなく気恥ずかしいから、はっきりと口に出して言うのは避けてたのにさ。


「あー、その、なんだ。たしかに3Dヴィオレッタも可愛いんだけどさ」


 背中を向ける紫藤の、見えない耳がピンと立つ。


「今日のお前の僕っ娘も、あれだ。同じくらい、イイ線いってると思うぞ?」


 俺のぎこちない賞賛の言葉に、紫藤がゆっくりと振り返った。


「……そこはもう、素直に『可愛い』って言ってくれてもいいんじゃない?」


「や、やかましい。褒めてやったんだから、お前こそ素直に喜んどけばいいだろ」


「え~、ちゃんと言ってくれないとや~だ~」


「面倒くさい彼女かお前は! いくら何でも男友達相手にそんなこと言えるか!」


「ふふ、まぁいいや。楠木くんにはお世話になりっぱなしだしね。今日のところは、それで良しとしておこうかな」


 紫藤は呆れたように、けれどどこか嬉しそうに肩をすくめた。

 やれやれ。どうにか機嫌は直してくれたみたいだ。


「なぁにが『良しとしておこう』だよ……と、ぼちぼち実践任務開始だな」


「お、いよいよだね。頑張って、楠木くん」


「おう任せな」


 と親指を立てたところで。

 不意に背中に「ふにょん」というやわらかい感触が。


「し、紫藤!? おまっ、何してる!」


「え? いやだって、僕も楠木くんのプレイを近くで見たいし」


「だからって、急に背中に抱き着く必要はないだろ!」


「別にいいじゃない、これくらい。減るもんじゃないしさ」


 減るんだよ! すり減るんだよ! 主に俺の集中力と、理性が!

 俺の両肩に手を置いて、紫藤はそのままググっと体重を預けてきた。

 そうなると必然、俺の背中に押し付けられた姿勢になるわけで。


(な、なんだこの柔らかさと重量感は!? これ、マジで『偽物』なのか!?)


 普段のモサヒョロ男状態ならばいざしらず。

 今の、どこに出しても恥ずかしくない僕っ娘状態のこいつのスキンシップは、ある意味で凶器。一種の暴力と言ってもいいだろう。

 落ち着け、相手はあの紫藤だぞ。変に意識せず、いつも通り軽くあしらっておけば……。


「楠木くん? どうかした?」


「ひょわぁ! い、いきなり耳元で囁くな! こそばゆいだろーが!」


 紫藤の一挙手一投足に気を取られて、俺のプレイングはいちじるしく精彩を欠いてしまう。

 結果、チュートリアルの実践任務をクリアするまで、俺は何度も何度もやり直しをするハメになってしまったのだった。

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