第9話 僕っ娘彼女(?)はゲーム音痴
「うわぁ、凄い! 色んなゲームがいっぱいあるね!」
「そりゃあるだろ、ゲーセンなんだから」
フェリーふ頭から歩くことしばらく。
俺たちがやってきたのは、港湾の商業地区にある「横浜スペースワールド」だった。
国内最大級の乗車定員を誇るという巨大観覧車がウリの、地元の遊園地だ。
が、今日の目当てはそれではなく、園内に併設されたアミューズメントエリアの方である。
「でもまさか、この遊園地の中にこんな場所があったなんてね」
「俺も来るのは久しぶりだけどな。この辺りじゃあ、ちょっとした穴場スポットなんだよ」
遊園地併設型ということで規模こそそこまで大きくはないが、エリア内には最新のゲームやプリクラ機なども一通り揃っている。
家族連れやカップル客なんかが多いので治安も悪くなく、この辺のゲーセンの中では比較的過ごしやすい場所なのだ。
ただし……一人で来る、というぶんには。
「あ、楠木くん見て見て! この辺は全部UFOキャッチャーだよ!」
「楠木くん、楠木くん! あれ! あれは何のゲームなのかな?」
「どうしよう。どれも楽しそうで目移りしちゃうね、楠木くん!」
おそらくは初めて来たのであろうゲーセンに紫藤さん、大はしゃぎである。
色んな声や音で騒がしい店内でも、そのガラスを打つような澄んだ声はよく通った。
おかげでさっきから店内のあちこちで注目を集めてしまっているようだった。
「うおっ、なんだあの子!? めっちゃレベル高いじゃん!」
「お人形みたいで綺麗~! モデルさんか何かかな?」
「隣で腕組んでるのは、ありゃ彼氏か?」
「くそっ! ちょっと顔が良いからってあんなカワイイ彼女見せつけやがって!」
し、視線が痛い。
紫藤のやつ、もう少し人目を引く格好をしている自覚を持てっつーの。
というか、やっぱり誰もこいつが男だとは思っていないみたいだな。
「おい、紫藤。ここに来た目的を忘れたわけじゃなかろうな」
「え? 何が?」
「何がじゃねーよ。ギルガルのアーケード版をやりに来たんじゃなかったのか?」
一瞬本気で不思議そうな顔をしたあと、紫藤はポンと手を叩いた。
「ああ! アーケード版、アーケード版ね! うん、もちろん忘れてなんかいないよ?」
こいつ! まさか本当に忘れていたんじゃないだろうな?
「なら、さっさと行ってプレイしようぜ」
「まぁまぁ。そんなに慌てなくてもアーケード版は逃げないよ。それよりせっかくのゲームセンターなんだしさ、他にもいろいろ見て回ろうよ」
「あ、おい勝手に……って、聞いちゃいないな」
俺の返事も待たず、紫藤はさっさと手近なUFOキャッチャーに百円玉を詰め込んでいた。
軽快な電子音とともに、手元のボタンとレバーが青色に点滅する。
「えっと、まずはどのボタンを押せばいいのかな?」
「嘘だろオイ。お前、UFOキャッチャーやったことないの?」
「人がやっているのを見たことはあるんだけどね。自分でやるのは初めてだよ」
「あ、ありえねぇ……ほんとに令和の高校生かよ」
光るボタンを前にオロオロとする紫藤を見かねて、俺は操作盤に手を掛けた。
「ちょっと貸してみ」
「え?」
「手本。見せてやるから横で見てろよ」
言って、俺は点滅するボタンの片方を長押しした。
ケース内の手前にあった銀色のアームが徐々に奥へと移動していく。
適当な所まで動かしたタイミングで、今度はもう片方のボタンを押して横方向へ。
「んで、最後はレバーでアームの角度を調整して……っと、この辺りか」
何度か微調整を繰り返し、決定ボタンを押す。
敷き詰められた熊だか犬だかのぬいぐるみの山に、ゆっくりとアームが沈んでいく。
やがて浮上してきたアームは、
「ほい、ゲット。とまぁこんな感じだな」
「おぉ、お見事! 楠木くんUFOキャッチャー上手だねぇ」
「これくらいなら慣れれば誰でもできるって。それに、ここの台はかなり設定が緩いしな」
小さな子どもも大勢来るからか、このゲーセンのUFOキャッチャーは
そういう意味でも穴場スポットと言えるだろう。
「じゃ、次は紫藤の番だな」
「うん! 今ので操作はしっかり覚えたし、僕もサクッとクリアしてみせるよ」
などと意気込んでブラウスの袖をまくる紫藤だったが、結果は振るわず。
不慣れな手つきに加えて絶妙な運の悪さも手伝って、何の成果も得られないまま紫藤の財布から二人の
「む、難しい……」
「この台でこれだけやれば、普通一回くらいは成功するはずなんだけどな」
「まさか、あんな『ここぞ』ってタイミングでくしゃみをしちゃうなんてさ……」
「運だけじゃなくて間も悪かったな」
「ううっ」
紫藤はがっくりと肩を落とし、悔しそうにぬいぐるみの山を見つめている。
もしかして、割と本気で欲しかったりしたんだろうか?
俺は手元の熊だか犬だかのぬいぐるみと紫藤とを交互に見やった。
「まぁ、俺の取ったやつがあるんだしいいじゃんか。ほれ」
言って、俺は紫藤にぬいぐるみを手渡す。
「えっ! いいの!?」
途端にスミレ色の瞳を子どもみたいに輝かせる紫藤。その背中では見えない尻尾がブンブンと揺れているようだった。
「で、でも、これは楠木くんが頑張って手に入れたもので」
「いいってそんなの。もともとお前の金で取ったものだ。こいつだって、どうせお持ち帰りされるならお前みたいな美少じ……ゲフンゲフン! ほ、本当に欲しがってる人の方がいいだろ」
あっぶな。一瞬こいつのことを素で「美少女」って言いそうになった。
誤魔化すように咳払いして、俺は半ば押し付けるようにしてぬいぐるみを渡す。
「そ、そう……?」
少しのあいだ戸惑っていた紫藤は、それからおもむろにそれを抱きしめると。
「……えへへ、ありがとう楠木くん」
その顔に満面の笑みを浮かべてそう言った。
それは、今やもう見慣れた笑顔ではあるのだが、今日の紫藤は俺の性癖にどストライクなレベルの僕っ娘だ。
軽く受け流すつもりが、無意識に声が裏返ってしまった。
「お、おぅ? いいってことよ」
「うん! 帰ったら、僕の部屋に大事に飾らせてもらうね」
やばい。
正直こいつの言う「なりきりデート」なんて、最初はただのお遊び程度にしか思ってなかったけど。
これじゃなんだか本当に、僕っ娘な彼女とデートしているみたいじゃ……。
(って、いやいやいや、惑わされるな俺! どんなに可愛かろうと、こいつは男だぞ!)
ふと頭の片隅に浮かんだ邪念を振り払い、俺はそっと深呼吸をする。
俺が好きなのは女の子、俺が好きなのは女の子、俺にそういう趣味はない……。
よし、今回もなんとか新しい扉は開かれずに済んだようだ。危ない、危ない。
……けど念のため、やっぱりこの扉には鉄格子でも取り付けておくことにしよう。
などと俺が
「あれ? あいつどこ行ったんだ?」
「おーい、楠木くん。こっちこっち~」
声のする方に目を向ければ、紫藤は早くも別のゲームに興味津々といった様子だった。
「次はコレ、コレをやってみようよ!」
「いや、だからそろそろギルガルのアーケード版をだな」
「ふむふむ、この拳銃みたいなのがコントローラーなんだ。面白いね」
「俺の話を聞け」
止める間もなく、紫藤はまたまた百円玉をコイン投入口に突っ込んだ。
ゲーム内容もろくすっぽ知らないくせに、よくまぁ
「二人プレイもできるみたいだよ? ほら、楠木くんも早く早く!」
「はぁ、わかったよ。でも大丈夫か? このゲーム結構難しいぞ?」
「大丈夫、大丈夫! ようするに画面に出てくる敵をこの銃で撃てばいいんでしょ? 簡単だよ」
「えぇ……さっきまでUFOキャッチャーで苦戦してた奴のセリフとは思えない」
「こ、今度は大丈夫だよ。さっきのリベンジに、バンバンやっつけて見せるから!」
「銃 を こ っ ち に 向 け る な」
まぁ、いいか。
たしかにアーケード版は逃げないし、急ぐ用事もないしな。
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