第2話 “悲しみ”の欠片②

「……これはなんでしょうか?明るく、でも、優しく月のように光っています。人間はこういうものを“綺麗”だと言うのでしょうか?」


 ちょうは案内を終えたら消えてしまった。

 そろそろと僕は吸い込まれるように手を伸ばす。



『ーー嘘だと言ってよ、理緖りおっ!目を開けて、お願いだから……っ!』



「ーーっ!?」


 激しい感情が押し寄せ、驚いた僕は手を引っ込めてしまった。


「不用意に触らないほうがいいよ。君が君でなくなってしまいたくないならね。それはなぎたましい欠片かけらだから」


 気づいたら見たことのない少女と彼女よりも随分ずいぶんと大きな犬がそこにいた。


「……魂の欠片、とは何ですか?」

「普通は魂にカタチはない。でも、こうやって特定の条件が重なると魂が結晶になることがあるの。どうやら大きすぎて砕けてしまったようだけどね」

未来みく、まずは自己紹介が先だろう?信頼を得るにはお互いのことを知らないといけないよ」

「……それもそうね。わたしは時空警察日本支部特務課回収部所属の神月かみつき未来よ」

「同じく時空警察日本支部特務課回収部所属のアッシュだ。未来の相棒をしている」

「……僕はマスター神憑かみつき凪の助手のリオンです。時空警察とはどういったものかわからないので、お聞きしてもいいですか?」

「守秘義務があるから、言えるとこまでで構わないかな?」

「はい。構いません」


 僕が頷くと彼女は笑う。

 名前から推測は出来たが、彼女の外見はマスターに酷似こくじしていた。


「タイムマシン発明による滅びを回避するために未来で作られたのが時空警察よ。タイムマシンはいろいろな人が作り出しているの。神憑凪といたならわかるわよね?彼女もそのうちのひとりだってこと」

「……あなたたちもマスターを狙っているのですね。もうマスターはいません。マスターは怪我をして帰ってきて、そのまま亡くなってしまいましたから」

 僕はマスターの死を告げたが、予想の範疇はんちゅうだったのか、彼女に驚いている様子はなかった。


「……そうなのね。わたしたちは凪の魂の欠片を回収して帰るわ。それがわたしたちの仕事だからね」

「未来の腕は確かだ。だから安心して君は家に帰りなさい。外は人間にはこくな寒さだからね」

「大丈夫です。僕は人間じゃなくてロボットですから。だから、このままここに居させてください。マスターを最後まで見守らせてください」

「……リオンにとって、凪はどんな存在だったの?」

「僕の世界の全てでした」

「主人を失う辛さはよくわかるよ。これから君はどうするんだい?」

「生きます。それがマスターの最期の命令ですから」

「……あなたは健気けなげ一途いちずね。聞いてるこっちの胸が痛くなるほどに」


 何故か泣きそうな顔で彼女は僕にそう言った。


 手を伸ばした未来の手から逃げるように魂の欠片は僕の傍に移動し、僕の身体をまばゆい光で包み込んだ。


 ☆


 ーー私は理緖の“死”を受け入れられなったの。何日も何日も泣いたのよ。飲まなくても、食べなくても、寝なくても、涙は枯れなかった。それで私は思いついたのよ。こんな現実は変えてやるって。理緖が生きている未来を作るために私はタイムマシンの発明を決意したの。ふふ、自分勝手なものでしょう?


 目を開けるとそこにはマスターがいた。


 ーーあなたなら、私の魂が結晶になっても見つけてくれると思ってたわ。ありがとう、リオン。私の魂は欲深いからきっと砕けてしまうでしょう。その欠片を全部集めて欲しいの。これは賭け。リオンが欠片を見つけてくれなかったら、このメッセージは誰にも知らずに消えてしまうわ。


「僕は見つけました、マスターを。そして、新しい命令をいただきました。マスターの魂の欠片を全て集めてみせます」


 マスターの記憶と感情がゆっくりと僕に流れ込んでいた。

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