公演二日目 夜

 ――レンスの街に明かりが灯る。


 断続的な発光と、幻想的な明かりにレンスの街を歩く者は皆夜空を見上げた。

 何が起きているのか不思議に思った人々は、光に集う様に屋台街へと歩いていく。


 そこには黒髪の男を筆頭に楽しそうに笑顔を振りまく茶髪の少女が居た。

 二人の陰には銀髪の少女と黒髪の少女が夜空に向けて、何かを念じる様に手を翳している。


「毎度ありーっ!」


「そのまま食べて大丈夫なんな~。甘くてふわふわな雲みたいなお菓子なんな!」


 屋台街の空から降り落ちてくるわたあめを苦手な風魔法を駆使したチサが集める。

 その隣ではテスラが上空に細い木の棒を投げていた。


「最初は馬鹿にされてるのかと思ったけど、本当に空からわたあめが降ってくるなんて……」


「あははは。ミズキ曰く色んな魔法をシャオちゃんに使ってもらってるみたいだよ」


 シャオが使用している魔法は、風、火、光の魔法だ。

 厳密に言えば光は必要ないのだが、注目を集めるためにわたあめが落ちてくる際に幻想的に光らせていた。

 その甲斐もあって、辺りには人だかりが出来ており、ルイス率いるロイグ商会が管轄する区画からも人が押し寄せてきていた。


「くふふふふ! わしの魔法にかかれば容易い事なのじゃ!」


「……う、うちは大分しんどいねんけど」


 嬉しそうに笑うシャオとは裏腹に、昨日に引き続き魔法の訓練を強いられるチサ。

 手渡される商品を頬張る人々の姿は誰しもが笑顔だ。


「あいつの周りはいつも人が幸せそうにしてるな」


 そう呟くのは肉まんが入った袋を持ちながら、カレーまんを頬張る金髪の女性である。


「俺っちは、ミズキとバージが知り合いだって聞いた時は驚いたけどな」


「お前と一緒であいつは無駄に顔が広いからな。まぁミズキが一緒だってわかってたら俺の相方が黙ってなかっただろうし、こっちにいるって知らなくて良かったよ」


 安堵の表情を浮かべるリルドに、ドマルが話しかけた。


「トットから話しは聞いてたけど、ジュメールでお別れした時より姿勢が良くなったよね?」


「背を曲げると師匠がうるせぇんだよ。胸を張ると邪魔な肉が出しゃばるし、それを押さえつけようとすると、あいつ等もうるせぇし……」


 仕える主君をあいつ呼ばわりするのはリルドぐらいだろう。

 だが、リルドの口ぶりからすると、主であるララスも友人であるミミカの様な主従関係に憧れたのかもしれない。


「バージ……、俺っちは今ほどお前の友人で良かったと思った事はねぇ……」


「きも……」


 リルドの言葉を聞き、その場にいないバージに対し感謝を述べるトットに、蔑んだ表情でリルドが呟く。


「あははは……、仕事は真面目なんだけどね……?」


「おい、勘違いしてるかもしれないが、俺はバージに仕えてないからな?」


「じゃ、じゃあバージの手付きって訳でもないんだよなっ!?」


 その言葉に苛立ったリルドは、トットの顔面に正拳突きをお見舞いした。


「ドマル、あっちのお菓子も食べていいよな?」


「あ……、うん……」


 踵を返してスタスタと瑞希の元へと歩いていくリルドの姿を目で追うドマルは、視線をトットに戻し、手を伸ばしてトットの体を起こさせた。


「いてててて。手が早ぇ姉ちゃんだなちくしょう」


「あれはトットが悪いよ」


「いや、男だったら絶対に惚れるだろあんなの!? ドマルもミズキも、何であんな良い女を前に平然としてられんだよ!?」


「ミズキは周りに可愛い女の子がいっぱいいるからかな?」


 ドマルはくすくすと笑ってそう答える。


「じゃあおめぇはよ?」


「僕は……、って! そんな話しは今じゃなくて良いでしょ! リルドを振り向かせたいならトットの格好良い所を見せれば良いんじゃない?」


 トットはドマルの言葉を聞き、ハッとした表情を浮かべ声を上げた。


「ミズキー! 商売なら任せろ! 俺っちがあるだけ売ってやる!」


 トットの声を聞き、嫌そうな表情を浮かべるリルドの顔を見たドマルは思わず苦笑する。


「――綺麗な夜空なんね?」


 背後から聞こえた呟きに、ドマルは肩を跳ね上げる。


「わぁ吃驚したっ! って、ティーネさん?」


「一人で歩いてたら、ここに人が集まってたから来てみたね」


「そうなんですか……? あの、やっぱり公演中は疲れが溜まるんですか?」


「そんな事ないね。私はいつも楽しく歌ってるね」


 ふっと視線をドマルに向けたティーネは、ふるふると首を振る。

 しかし、ドマルの中では、天真爛漫に世の中を楽しむ様な明るいティーネが、前に会話した声よりも、重く聞こえる事に違和感があるようだ。


「そうですか。あ、そうだ、明日僕等も聞きに行っても良いですか? 砂糖の在庫は今日中に売り切れてしまいそうですし、ミズキの料理も僕等の仲間が作れる様になったのでお邪魔したいと思ったんですけど……?」


「明日……。明日は止めといた方が良いね」


 再び花火の様な光が爆ぜる夜空を見上げていたティーネは、そう言って歪な笑顔をドマルに向ける。


「やっぱり何かあったんですよね?」


「……何にもないんね。お客さんは私の歌を楽しんでくれてる筈ね。やっぱり私の歌も捨てたもんじゃないんね」


「そりゃそうですよ。天界の歌姫の歌を聞いて楽しまない人は居ないんじゃないですか? 僕の新しい友人もティーネさんの追っかけをするために家業を辞めたらしいですからね」


「それって大丈夫なんね?」


 ぷっ、と吹き出しながらティーネは知らない人物の人生を想像し、心配してしまう。


「今を楽しそうにしてるから大丈夫なんじゃないでしょうか? 勿論僕達も船の上で聞かせて頂いた貴女の歌声を会場で聞くのが楽しみなんですよ?」


 にこりと微笑むドマルの顔を見たティーネは、船上の事を思い出す。

 自分達の演奏や歌声に、しゃがれた船乗りの声や、テンポが合ってなくとも楽しそうに踊りだす者達に囲まれた船上を。


「明日……、もし明日、私を変に思ったら劇を止めてくれないね?」


「劇を止めるって、僕達がですか!?」


「そう……してくれると嬉しいね」


 ティーネはそう言って口角をぎこちなく吊り上げ、笑顔を作ろうとする。


「無理ですよ! そんな事をすればお客さんも、それにロイグ商会だって黙ってないでしょ!?」


 慌てるドマルにティーネがポツリと呟いた。


「明日やる演目は兄妹の別れの場面なんね」


「それって兄が妹と死別する場面ですよね? 竜に殺された妹の仇を討つっていう……」


「御伽噺ではそうね。でも私達ロライアの一族が聞いたのは少し違うんね。明日はそれを歌いたかったけど、ロイグ商会との契約で御伽噺通りに歌う事になったね」


「えっと……」


 ティーネが悩む問題がいまいちわからないドマルは、ティーネに返す言葉を言い淀む。


「御伽噺通りだと兄は竜に対して憎悪を燃やすね。けど、そんな場面を歌にすれば私自身も憎悪に飲み込まれてしまうかもしれないね。そんな歌声をお客さんに聞かせるのは申し訳ないね」


「それならティーネさんが言う元の演目を歌う事は出来ないんですか?」


 ティーネは再び首を振る。


「違約金が発生すればこれからの一族に迷惑がかかるね。あの子達にそんな重荷を背負わせたくないね」


「違約金ですか……」


 腕を組み考え込むドマルに対し、ティーネは自分の愚かさに気付き、慌てて謝罪する。


「ご、ごめんね! 友達に頼る内容じゃなかったね! 忘れてくれていいね!」


「でも……」


「すっかり邪魔してしまったね! 明日の歌の自信はあんまりないけど、聞きに来るなら席は取っとくね!」


 そう言ってティーネは走り去って行くのであった――。

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