公演二日目
――ティーネ・ロライアは歌う。
自由を謳歌する冒険者達の歌を。
時には傷つき、時には騒ぎ、時には裏切られもする。
そんな冒険者稼業を楽しむ英雄の歌は、聴く人々の心を弾ませる。
ティーネの歌に酔いしれる観客達の瞳は、ティーネの声に、魅せる姿に、吸い込まれていく感覚を感じる程に心酔していく。
そしてその場に居ないトットは、悪態を吐きながら現状を打破しようと息を荒くして足を動かしていた。
「――くそがっ! 来るとは思ってたけど商人なら商売で争えよなっ!」
現在トットが走るのは屋台街から離れた路地裏である。
とはいえ、岩肌を切り抜いて生み出されたレンスの街は高低差も多く、角を曲がれば足場が無くなる道も多くある。
レンスの街を遊び歩いていたトットからすれば、簡単に撒けると思ってたのだが、トットを追いかける者達を撒くには至らなかった。
「地元の冒険者上がりばっかかよっ! 素寒貧の俺っちを捕まえたって何にも良い事なんざありゃしねぇぞっ!」
そう言いながら走るトットの手には一枚の紙が握られている。
もしもの事があれば無かった事にしようと画策しての行動なのだろうが、トットは疑問を浮かべていた。
「(ロイグ商会とはいえ、ここまで大っぴらにやるか? 俺っちに追いつけないぐらいだから追って来てる奴も精鋭って訳じゃなさそうだしな)」
考え込みながら走るトットに向け、冒険者の風体をした男が短めのナイフを投げる。
「おっと! へっへーん! 誰がこんなの食らうかよバーカっ!」
寸でで避けたトットは、追ってくる男達を挑発するかの様にそう告げる。
「(とはいえいつまでも逃げてるだけじゃぁ埒が明かねぇやな)」
トットはその考えに至ると、それなりの高低差がある高さから飛び降り、着地した際の衝撃を逃がす様に転げ回った先に、鋭い視線をした者に尋ねられた。
「――お前がトットか?」
「下にもいんのかよっ!」
焦るトットの背後には、追いかけて来た冒険者崩れが数名降り立つが、その瞬間を狙ったかの様に冒険者崩れ達の足に投げナイフが突き刺さる。
トットは目の前の出来事と、ナイフを投げた者の一部に視線を吸い寄せられるが、殺気を感じるとすぐさま名乗り上げた。
「ト、トットで間違いねぇ!」
「……合言葉は?」
「ほ、豊満な美女は神の使い……」
先程殺気を向けられたトットは、事前に決めていた合言葉を言い辛そうに答える。
トットの言葉を聞いた者は呆れた様にため息を吐く。
「……後で絶対ぶん殴ってやる」
「あいつが直接来るんじゃなかったのか?」
「あいつ等は立場上観劇を見に行ってる。俺は興味なかったし、お前が襲われてたら助けろってあいつに頼まれた」
「助けてくれたのは嬉しいんだが、追手は街中にゴロゴロいるぞ?」
「問題ない。それよりさっさと渡す物を渡せ。そうしたらお前も安全な所にいれるんだろ?」
「そりゃまぁ……、けど、そうしたらお前が狙われるぞ?」
「はんっ! こんなお粗末な奴等に俺の命が取れる訳ねぇだろ。それよりわざわざ助けてやったんだから美味い物でも食わせろ」
トットに差し出された紙を受け取り、懐に収めながらそう悪態を吐いた。
「おっ! そんなら助けてくれた礼に今この街で一番美味い物を食わせてやるよ! 絶対に今まで食った事ないような料理だぞ!」
トットの言葉にごくりと唾を飲み込む。
「早く行くぞ!」
そう言って二人は辺りに注意しながらその場を離れていく――。
◇◇◇
「――うぬぬぬ! わしが優しく忠告したのにも関わらず……やってくれたのじゃ!」
「……うち等の屋台が……」
「深夜の内にやったのか」
「これは酷いね……」
無残な姿に変わったわたあめ屋台の前で、各々が呟く。
瑞希は頭を掻きながら気持ちを切り替える。
「よし。まぁ潰されたのはこっちの区画だけだし、シャオ達はキアラを手伝ってくれ」
「犯人が分かっておるのに放っておくのじゃ!?」
「……むかつく!」
「そんな事言っても証拠もないんだからどうしようもないだろ?」
瑞希はニッと笑顔を見せながら二人を諭す。
チサは納得した様だが、シャオは地団駄を踏んでいた。
「……わかった。ほら、シャオ、キアラを手伝いに行こ?」
「後悔させてやるのじゃっ!」
「あほ。今から接客するのにそんな顔をする奴があるか。笑ってないとシャオの可愛さが伝わらないだろ?」
「うぬぬぬ……」
瑞希はシャオの頬を両手で包み込み、むにゅむにゅと生地を捏ねる様に解す。
「ドマル、屋台の残骸を撤去したいから人を集めてくれないか?」
「わかった。でも期間中に屋台を戻すのは難しいよ?」
「わははは! わたあめを作るのに場所は必要でも屋台は必要ないだろ? それに広くなったんだったら逆にそれを利用してお客さんを集めれば、向こうはぐぅの音も出ないだろ?」
「どういう事なのじゃ?」
「お客さんが来るのを待つ必要が無くなったって所だな。一先ずは俺達に任せとけって。シャオとチサとキアラが揃ったら饅頭の売れ行きも良くなるからさ」
ニコニコと微笑む瑞希の表情に、屋台が潰れた事に何も不安を感じていないのを悟ったシャオは、先程まで感じていた怒りがするすると抜け落ちていく。
「くふふふ。再開後は昨日よりも売ってやるのじゃ」
「……うちも頑張る!」
「おう! こっちを片付けたらまた呼びに行くから」
手をつないで別の屋台へ歩いていく少女達の背中を見送ると、瑞希はドマルの集めた職人達と共に屋台の残骸を片付けていく。
「――おやおやぁ? 酔っ払いが暴れでもしたのかい?」
しゃがむ瑞希達の背中越しにかけられたその声は、ドマルに聞き覚えのある声だ。
ドマルは一つため息を零してから立ち上がり、振り返った。
「ロイグ商会はきな臭いって聞いてたけ……ど……ルイス?」
ドマルが言葉を濁したのは、ドマルの視線の先に立つルイスの顔色が憔悴しているからだ。
「なんだい? 僕の顔を見て怖気づいたのかい?」
「そうじゃなくて……、いや、君の顔を見て驚いたのは確かなんだけど……」
「人の心配より、君達の売上を心配したらどうだい? 僕の所は今日も好調で魔石が飛ぶ様に売れてるよ。やっぱり商人として持つべきものは繋がりだよねぇ~?」
ロイグ商会の魔石と聞こえた瑞希は、その会話に割って入った。
「ロイグ商会が売る魔石って、夢見の鉱山で採れた魔石じゃないですよね?」
「君に言う必要はないだろぅ? ドマルの友人みたいだけど、こんな奴を友人にするぐらいならもっと持ってる人を友人にすれば良いのに、気の毒に」
くすくすと笑うルイスに瑞希は苛立ちを寄せる。
「……は? 人の親友を馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にじゃなくて、当然の事を言ってるだけだよ。古臭い商品しか作れない。実家の商会も大きくない。付き合っている友人も君みたいに才能のなさそうな者なんだろう? おっと、テスラさんは別だけどね。僕を見てごらんよ? 貴族にも伝手がある。ロイグ商会を通じて僕にも他所の街の大店にも付き合いがある。それに優秀な部下にも恵まれているしねぇ?」
「ちょっとルイスっ!」
瑞希は止めに入るドマルを制止して、言葉を続ける。
「あぁ、どこかで見覚えあると思ったけど、ミーテルでチサに絡んでた奴か。扱い方もわからない商材をこっちで売りつけようとしてたんなら、それこそ商人として見る目がないだろ?」
「はっ! じゃあ君には何が売れるかわかるのかい? 少なくとも我がロイグ商会が用意した魔石は貴族にも商人にも買って貰えてるけどねぇ?」
「それはロイグ商会って看板があるからだろ? ドマルが売ってるのは看板じゃなく商人としての挑戦だ。例えドマルが今回負けたとしても、商人として上なのはドマルだ」
「敗者が何を言っても聞こえないなぁ~?」
「まぁ誰かさんに屋台を潰されたおかげでうちの可愛い妹達がお怒りでな。これで本当に負けでもしたら後でどやされちまうんだよ。あんまり派手にやるつもりはなかったけど、今日は目一杯売らさせて貰うよ」
「屋台もなしで何を言ってるんだか」
「屋台がなくても空があるからな――」
瑞希はそう言って天を指差し、嘲笑うルイスに不敵な笑みを見せるのであった――。
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