公演初日

 ――歌姫、ティーネ・ロライアが歌う。


 会場にいる観客は、歌姫と楽団の繰りだす音の景色が頭の中に鳴り響く。

 演目は英雄が生まれ、冒険者になるまでの過程を描いた話だ。


 それは今の時代よりも魔法が自由に使えたと言われる昔の話。

 英雄の男は魔法の才能が欠如していた。

 それどころか、魔法の才能がない者でも保有しているはずのわずかな魔力すら持ち合わせていなかった。

 男が物心をついた頃にその事を両親から告げられた時、当の本人は笑顔で返答する。


――別に魔法なんかなくても遊んだり食べたり、当たり前の事が出来るんでしょ? じゃあ別に僕は不幸なんかじゃないよ。だって母さんの美味しい御飯が食べられるもんね!


 そんな歌詞を歌うティーネの声は、屈託のない幼児の笑顔を彷彿とさせ、聞く者の心に父の感じたであろう安堵や、母が感じたであろう喜びを共感する。


 その男の子には妹が居た。

 兄の才能のなさを吸収するかの様に、妹には魔法の才能に恵まれていた。

 しかし、兄である男の子は妹に対し妬んだり、嫉妬したりもしない。

 なぜなら男の子は妹が魔法を使えたとしても、たった一人の妹には変わりなく、守るべき対象だと認知していたからだ。

 妹自身も兄に良く懐き、二人で行動を共にする事が殆どだった。


 そんな仲睦まじい兄妹の事を歌うティーネの歌に、観客は微笑ましく耳を委ねていた――。


◇◇◇


「――でよぉ、ここからが泣ける所なんだよ……、っておい、聞いてんのかミズキ?」


「あほかっ! 状況を考えろ! どんだけお客さんが来てると思ってるんだよ!」


 トットが話しかける隣では、瑞希がせっせと生地で餡を手早く包み込んでいく。

 屋台の売り子をするのは、テスラとキアラであり、シャオはチサと共にわたあめの屋台で励んでいる。

 

「仲睦まじい兄妹が両親と魔物の被害を受けて死に別れるんだぞ? 想像しただけでも泣ける状況なのに歌姫の歌が合わさると……、あれを昔聞いた時の俺っちの体の水分は空になったぜ! 入場券が手に入りゃぁ聞きに行けたのにな……」


「そんな事よりドマルの方はどうなんだ? ちゃんと売れてるのか?」


「なははは! いや、実際凄ぇよ! 今ここに来てる客達が付けてる髪飾りなんかは、劇中で妹が付けてた様な物なんだよ。一昔前よりももっと前の流行り物なんだけど、ドマルが言ってた様にそれが逆に新鮮みてぇだな」


「向こうの屋台街の売上と比べてどうなんだ?」


「まぁまだ初日だしなんとも言えねぇけど、客層はきっかり別れちまってるな」


「行商人と一般人か?」


 瑞希はトットと話しながら空になったボウルを大量に餡が入ったボウルと入れ替え、作業を続ける。


「後は貴族なんかも向こうの店で買ってんな。まぁドマルとも話してたけど、初日は予想通りだ」


「とは言っても俺達が作れる量は明日も明後日も変わらないぞ?」


「いやいや! ここの屋台が異常に集客しすぎなんだよ! 俺っちも食ったけど、屋台でなんちゅうもんを売ってんだよ! 」


 トットはそう言いながら味見用に渡された肉まんを齧る。


「けど、なんで値段を一緒にしたんだよ? キアラの嬢ちゃんなら金の計算も問題ないだろ?」


「まぁな。でもどうせなら皆が一番になる方が良いだろ?」


 瑞希はそう言いながら蒸しあがった蒸籠をキアラの隣に置き、新たな饅頭を用意していく。


「一番売れてるのはチサの饅頭だろ?」


 トットがそう呟きながら客の求める声を聞き、判断する。


「まぁな。この場にシャオが居たら悔しがって地団太を踏んでただろうな」


 瑞希が苦笑しながら発酵させていた生地を棒状に伸ばし切り分ける。


「よく俺っちと喋りながらそんな細かい作業を続けられるな?」


「そう思うなら手伝ってくれよ……」


「悪ぃな! 俺っちは今から連れと会うから、もう少ししたらどっか行くからよ」


「暇つぶしかよ……。それより屋台街の勝負は正式に交わされたのか?」


「おうよ! 俺っちとテスラで向こうの商会に乗り込んで、こうやって契約もバッチリ交わしたぜ!」


 トットはそう言って書面を瑞希に広げて見せる。


「あほか! こんな所で広げんな! 汚れたらどうすんだよ!」


 慌てる瑞希に対し、トットはクルクルと書面を丸め、懐に戻した。


「なははは! 大丈夫だって!」


「そんなの持ち歩いて、変な奴に狙われたらどうすんだよ?」


「それもあって瑞希に護衛を頼みに来たんだが、この状況じゃあ無理そうだよな?」


「あ~……」


 キアラとテスラが次々に売り捌く背中を見ながら、瑞希は言い淀む。


「良いって良いって! だからドマル達とも話し合って俺っちの友人に預けに行くんだよ。そいつなら変な奴も寄って来ないしな! っと、悪い! 喋ってる内に時間が来ちまった! ちゃんと最終日には俺っちを招待してくれよな!」


「あぁ。俺達もティーネの歌は聞きたいからな! こっちの人に作り方は教えてるから、最終日には俺達も時間が取れると思う」


「おっしゃ! じゃあちょっくら行ってくらっ!」


 トットはそう言って駆け出していく。

 瑞希はふっと一息を吐いてから、調理に集中し、料理の速度を上げた。


◇◇◇


 饅頭を売っている瑞希達に比べ、シャオ達は少し暇そうにしていた。


「……むぅ。あっちは忙しそうやのに」


 ぼやくチサに対し、店頭に並べるわたあめをシャオが作り上げる。


「あっちは昨日の宣伝があるから仕方ないのじゃ。チサもぼやいとらんで、苦手な系統でも扱えるようにやるのじゃ」


「……慣れてない魔法ってめっちゃ疲れるねんけど」


「当り前じゃ。じゃが、時間はかかっていても中々綺麗に出来ておるのじゃ」


 シャオはそう言ってチサのわたあめを手に取り、しげしげと眺める。


「……火と風を使うだけでも難しいねんて……」


「セイレーンの様に水が効きにくい魔物や、トロルの様に風が効きにくい魔物もおるからの。いつまでもショウレイに頼ってばかりもおれんじゃろ?」


「……それはそう」


「ならしっかりやるのじゃ! わしの弟子ならそれぐらい出来るのじゃ!」


「……むぅ」


 二人が話しながら作り上げる菓子に、屋台街を歩く者達が興味を示す。

 丁度チサがわたあめを作り上げたタイミングで声を掛けられ、チサが代金と引き換えに商品を手渡そうとした時に、近くから声が上がる。


――スリだー!


 スリの男が被害者に声を上げられた所で、シャオ達の屋台を崩して追ってから逃げようと画策したのか、屋台に襲いかかろうとするが、その男はその場でばたりと倒れた。


「……はやっ」


「くふふふ。あれだけこちらに意識を向けておったのじゃから当り前じゃ」


 人差し指を立てるシャオはそう言って屋台前に倒れた男の先の人混みに冷たい視線を向ける。


「聞こえておるじゃろ? わし等の邪魔をするのじゃったらそれなりの覚悟をするのじゃな」


 シャオが言葉と共に突風を吹かすと、急な突風に屋台街に集まる者達が顔を背ける。

 その風と共に、シャオが感じていた視線は霧散するのであった――。

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