初めての出会い

 ――最近のドマル・ウェンナーは兎に角ついていなかった。

 彼はカルアリア大陸の南に位置するボアグリカ地方出身者にしては珍しく気弱で、人にも動物にも舐められがちだった。

 先日の行商の際にも商談相手に気圧され、本来の取引価格より安値で売ってしまい、予算の都合上仕方がない部分もあったのだが、冒険者ギルドに押し付けられた若い冒険者しか雇えなかったのだ。

 それでもこの辺りの魔物はそれほど脅威ではなく大丈夫かと過信していたのだが、若い冒険者はゴブリンの群れに出くわした途端ドマルを置いて逃げてしまったのだ。


「落ち着け~? 落ち着けよ~? ボルボ~? 落ち着けよ~?」


 ドマルはゴブリンの出現に戸惑い、立ち止まって興奮している愛馬のボルボをたしなめていた。


「もう何て日だよ! 夢か!? 夢だな!? 早く起きるんだ僕っ!」


 ゴブリン達がドマル達をじりじりと囲む中、ドマルは現実逃避をしていた。


「この間の商談も顔の怖い人に当たるし……冒険者は逃げ出すし……今日食べたスープには虫が入ってるし……さっきなんて頭に鳥の糞も落ちて来たし……挙句の果てにはゴブリンに囲まれるとかー! 僕がなんかしましたかー!?」


 ボルボが「いや、お前が落ち着けよ……」という哀れみに満ちた目をしながら、主人であるドマルの方を振り向くと、ドマルの後方の上空から何やら叫び声らしき音と共に、人間が飛んできた。


「ぎぃやあぁぁぁーーー! 怖い怖い怖いーーっ! ぐえっ!」


 急ブレーキがかかり、瑞希の体はズザーッとヘッドスライディングをしたような体制で止まり、ドマルとゴブリン達は目の前に急に現れた人物を呆気にとられた様子で見ていた。


「こ……怖かった……草原で良かった……」


 瑞希はそう呟くとよろよろと立ち上がり、肩に乗っているシャオを掴んで目の前に持ち上げた。


「いきなりなんて事すんだよ!」


 シャオはツーンとそっぽを向いて2本の尻尾でうるさいと言わんばかりに瑞希の顔をぺしぺしと叩いていた。


「「キーキー!」」


 瑞希が気付くとゴブリン達が瑞希達を取り囲み飛び掛かって来ようとしている。


「とりあえず来たのは良いけど、皆さん危険な物を持ってらっしゃる……」


 ゴブリン達は各々木の棒や、切れ味の悪そうな刃物、中には農作業で使う鍬の様な物を持っており、丸腰の瑞希は腰が引けている。

 するとシャオが呆れた様子でともぞもぞと瑞希の手から肩に移り、小さく鳴いた。


「にゃ~ん」


 瑞希が寒さを感じた瞬間に、ゴブリン達の額には次々と氷柱が刺さっていき、ゴブリン達がバタバタと倒れていった。

 

「へ?」


 あまりの展開の早さに瑞希が呆気に取られていると、ドマルが泣きながら瑞希に飛びついてきた。


「あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ずー!」


「いや、俺は何も……」


「何ですか今の!? 魔法ですか!? 貴方様は魔法使い様ですか!? それとも僕の神様ですかー!?」


 瑞希とて女の子なら悪い気はしないのだが、いかんせん相手は男である。

 瑞希はわんわんと泣き叫びながら抱き着いてくる男をひっぺがし、男に話を聞いた。

「――とまぁ、不運に不運が重なり立ち往生している所に貴方が飛んできてくれたんですよ! いや~! あまりについてない日々でしたからこの上まだ何か不運な事が起きるのかと思いましたよ……」


 そう話すとドマルはまた涙目になり始めたのだった。


「ところで……。なんでうちのボルボは貴方にそんなに懐いてるんでしょうか?」


 ボルボがスリスリと瑞希にほおずりしていた。

 そんな中シャオは瑞希の肩からうっとうしそうにボルボを威嚇しているのだが、ボルボは気にせず瑞希の頬を舐めた。


「すみません。昔っから動物には好かれやすい質なんですよ」


「ボルボは子供の頃から人見知りが激しく、初対面の人間にここまで懐いた事なんてなかったのに……。あっ! 申し遅れました! 僕はドマル・ウェンナーと申します! 危ない所を助けて頂き本当にありがとうございました!」


 ドマルはそう言うと、瑞希に握手を求めてきた。


「桐原 瑞希です。よろしく。こっちはシャオです」


 瑞希は自分とシャオの紹介をし、快く握手を交わす。


「変わったお名前ですね? ミズキというのが家名でしょうか?」


「(あ、この世界は苗字が先じゃないのか?)いえ、ミズキが名で、キリハラが家名なんです」


「もしやマリジット地方出身の方ですか? 確かあそこには家名を先に持ってくる方々もいたような……」


「いえ、そういう訳ではなく、生まれは日本という国でして……」


「ニホン? 聞いた事がないですが、どこにあるのでしょうか?」


 瑞希はどう説明したものか……と頭を悩ませたが、知られたところで害もなさそうな青年だったので、自身の事とシャオの事をありのままを説明した。

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