竜の息吹

 ――瑞希から事情を聞いたドマルは、瑞希の言葉を聞きながら涙を流している。


「うっうっ……。まだお若さそうなのに、【竜の息吹】に当てられたんですね……」


 ドマルはそう言うと、またしくしくと泣き始めた。


「【竜の息吹】?」


 ドマル曰く、人間の中には年老いていくと急に会話ができなくなったり、ありもしない事を話したり、脈絡もなく叫んだり、動物の様になってしまう人がいるらしく、極稀に若い人でもそうなってしまう人がいるらしい。

 そうなってしまった人は竜がいたずらに息吹を吹きかけ、魔力で人をおかしくしてしまったと言われている。


「(それってアルツハイマーって病気なんじゃ……)」


 瑞希は自身の世界の病気を思い返す。


「いやいや! 今現にちゃんと会話してるじゃないですか!?」


「そういえば……ではさっきの話は?」


「信じられないかもしれませんが、本当の話です」


 シャオは瑞希の肩の上で退屈そうに欠伸をしていた。


「じゃあシャオちゃんが人間に変化するっていうのも……」


 そう言うとドマルはシャオに手を伸ばし、触ろうとするのだが……。


「シャー!」


「ひぃっ!」


 ドマルは慌てて手を引っ込めると、泣きそうな顔で瑞希の顔を見た。


「シャ……シャオは人見知りなんですよ!」


 ぼふん。とシャオが人間の姿になり、瑞希に肩車をしてもらっている体勢になる。


「人間がわしに触れるでないわ!」


「ほ、本当に人間に変化した……」


「強くてかわいいのがうちのシャオなんです」


 瑞希は惚気とも取れる言葉を平然と発し、それを瑞希の頭の上で聞いたシャオの顔が赤くなる。


「よ、余計な事は言わんで良いのじゃ!」


「仲が良さそうで良いですね~! 僕もボルボと会話してみたいな~!」


 ドマルはチラリとボルボを見るが、当のボルボはむしゃむしゃと草原の草を食んでいた。


「命の恩人のミズキさんの話ですので僕は信じますが、あまり人には言わない方が良いかもしれませんね。先程も言った様に【竜の息吹】に当てられた人だと思われると気味悪がられますし、シャオちゃんの変化の事も……」


「変化できるような人間や魔物はいないんですか?」


「聞いた事ないですね。大昔、それこそ魔族時代の頃ならあったかもしれませんが……」


「魔族がいたんですか?」


「魔法を使える人を魔族と呼び、差別した時代が大昔にあるんです。彼等を脅威に思った大多数の人間達が使える人を魔物扱いし、その時に魔法が使えない人間と、使える人間で戦争になってしまい、大部分の魔法と魔法使いが失われたと言われています」


「どこの世界でも戦争はあるんですね……」


「でも今の時代では一種の才能という事になり、冒険者を始め色んな所で魔法使いと呼ばれる方が活躍されてますよ」


「魔法は誰でも使えるわけではないんですか?」


「魔力自体は多かれ少なかれ誰にでもあるものらしいんですが……。やはり才能ですね」


「じゃあシャオはやっぱりすごいんだな!」


 瑞希は肩車のままシャオを上下に揺さぶりながらわいわいと騒いでいた。


「でもシャオちゃんが変化できたりするのが問題になりそうなんです」


 瑞希はピタッと止まり、ドマルの方に振り向いた。


「まず、先程も言った通り、魔法を使えるのは一部の人間か、魔物です。動物のシャオちゃんが魔法を使えば魔物と思われるかもしれませんし、無垢な少女の様な人間のシャオちゃんが魔法を使えば悪い奴らに狙われるかもしれません」


「シャオ? 余計な心配事を増やしたくないから、人前で魔法は基本的に禁止ね」


「面倒臭いのう。その人間にバレてるのは構わんのか?」


 シャオはドマルを睨みつける。


「ひぃっ!」


「やめろって。ドマルさんすみません。ただ、この事は内密にして頂けると助かります」


「もちろんです! ミズキさんとシャオちゃんは僕の命の恩人ですから裏切れませんよ! ところでミズキさんもこれから街に向かうんですよね? 宜しければ僕の馬車で一緒に行きませんか? もちろん冒険者としての報酬をお支払い致しますので!」


 瑞希はシャオの方をちらりと見るが、シャオは嫌そうな顔をしていた。


「シャオ? 人間が嫌いでも、これからは街に入らないと俺も生活できないんだから頼むよ。食材が手に入ったら美味い飯を作ってやるからさ!」


「……本当に美味いんじゃろうな?」


「美味いっ! ……と思うんだけど、こっちの食材がどんなのかはわからないから自信はないな……でもちゃんとシャオの好みに合わせて愛情こめて作ってやるさ!」


 シャオはしぶしぶといった感じで瑞希の提案を受け入れたのだが、その裏、にやける顔を必死に取り繕っていた。


「では共に街まで行きましょう! ……とその前に、ゴブリンの討伐証明の耳の剥ぎ取りをしましょうか?」


「うえ~。やっぱりそういうのあるんですね……」


「慣れですよ慣れ。ちゃんとギルドに持って行けばお金になりますから頑張りましょう!」


 瑞希はドマルからナイフを借り、指示に従い耳を剥ぎ取っていく。


「これぐらいですね。お互い手が血まみれなっちゃいましたね」


「確かに……。シャオ~水を出してくれないか?」


 するとシャオは瑞希の前に水の球体を出す。


「シャ、シャオちゃん……。僕にもお願いしたいな~……なんて」


 ドマルはシャオに対して平にお願いをするのだが……。


「なんでわしがお主なんぞの願いが聞かねばならんのじゃ?」


 シャオはツーンとドマルの言葉を突っぱねる。


「シャオ? ドマルさんは俺達に知識を分けてくれたんだし、出して上げてよ」


 シャオはしぶしぶとドマルの前に水の球体を出す。


「ありがとうございます! 魔法で手を洗うなんて初めてですよ!」


 ドマルは嬉しそうにバシャバシャと洗う。


「ふん。これで美味い飯とやらが不味かったら覚えとくんじゃな?」


「任しとけって!」


 瑞希はシャオの頭をぐりぐりと撫でてやり、シャオはまたにやけそうになる顔を必死で取り繕っている。


「本当に仲良しなお二人ですね。ボルボ~僕達も負けずに仲の良さを見せつけましょう!」


 草を食んでいたボルボは、差し伸ばされたドマルの手をガブリと噛むのであった――。

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