第一章 瑞希の長い一日、さよならココナ村

異世界に到着

ぷにぷに……ぺしぺし……ぐりぐり……。


 ――ざしゅっ。


「いってぇ!」


 瑞希は慌てて起き上がり、辺りを見回した。

 そこには爪を出した白い猫がこちらを見ていた。


「シャオ~……もう少し優しく起こしてくれても良いだろ~?」


 瑞希は引っかかれたであろう頬っぺたをさすりながら、シャオに語りかけた。


 ぼふんっ。


「優しく起こしたのじゃ。お主が何をしても起きなかったのが悪いのじゃっ!」


 シャオは不満そうな顔で瑞希への文句を言い返した。


「ハクション! 少し肌寒いな。それでここはどこなんだ?」


 瑞希は落ち着いて再度辺りを見回したが、一面に生えているのは草、草、草。

 地平線さえ見えてしまうような草原だった。


「ここはカルアリア大陸のようじゃな。寒さから考えると北のあたりじゃ」


「ほうほう。で、この近くの街はどっちの方角に行けばあるんだ?」


「しらんのじゃ」


「なんて?」


「だからしらんのじゃ。街に興味はなかったしの。大陸などはわかるが細かい街の場所等覚えとらんよ」


(おぉう……。初っ端からハードモードなスタートを切らせやがる)


「まぁいいや。わからんならわからんで。のんびり歩きながらこの世界の説明でもしてくれよ?」


 瑞希はそう言うとシャオの頭をぐりぐりと撫でた。

 シャオは嬉しそうに胸を張ってこう答えた。


「大船に乗ったつもりで任せるのじゃっ!」


 瑞希とシャオはてくてくと歩きながら現状の確認をしていた。


「通勤をする時に家を出たまんまの恰好だな。そういやこの世界って何て言う名前なんだ? 地球じゃないよな?」


「違うのじゃ。この世界はトーラスという名前なのじゃ」


「トーラスね。ところであの時のおっとりとしたお姉さんはやっぱり神様か?」


「そうなのじゃ。この世界の神様と言うておったのじゃ」


「じゃあシャオは神の使いか何かか? 良いのか? 俺に付いてきてくれて?」


「使いって訳でもないのじゃ。昔あの人に拾われての……。それにお主を初めて見かけた時に――」


 シャオは恥ずかしそうに理由を説明しようと思ったが、瑞希は自分の手に止まった小鳥と戯れていた。


「おお! 見ろシャオ! 異世界にきて初めて出会った生物だ! やっぱ見たことのない鳥だな!」


 シャオはぷるぷると震えながら、シャーと勢い良く威嚇をして、鳥を追っ払ってしまった。


「なにを怒ってんだよ? せっかく手に止まってくれたのに」


「お主が人の話を聞いてないからじゃっ!」


 ぷんすかと怒りながらシャオは地団駄を踏んでいた。


「悪かったよ。で、なんで俺についてきてくれたんだよ?」


「教えてやらんのじゃ! お主はそこらへんの鳥と遊んでれば良いのじゃっ!」


 シャオはぼふんと音を立てると猫の姿に戻り、つかつかと歩いて行ってしまった。


「おぉ~い! シャオ~! 悪かったってば~!」


 瑞希は離れて行ったシャオを慌てて追いかけて行く。


 暫くの間歩き続けていた二人だったが、へとへとになった瑞希がシャオに喋りかけた。


「シャ……シャオさぁん。そろそろ機嫌を直してはくれませんかね~?」


 シャオは瑞希の姿に目をやると、大きくため息をつき、ぼふんっと人の姿になった。


「反省しておるのじゃ?」


「反省しました!」


「なら人の話はきちんと聞くのじゃ?」


「きちんと最後まで聞きます!」


「……なら許してやるのじゃ」


 そう言うとシャオは瑞希の前に小ぶりな西瓜サイズの水の球体を現した。


「ほら、飲むと良いのじゃ」


 瑞希はおっかなびっくりに球体をつつき、シャオに質問をした。


「飲めば良いったって、これ飲んでも大丈夫なのかよ?」


「問題ないのじゃ。魔法とは言っても、自然にあるものを魔力で呼ぶだけじゃからな」


 瑞希はそう言われ、球体に口をつけて水を吸ってみた。

 喉が渇いていたこともあり、ごくごくと飲んでいくと、あっという間に球体は瑞希の前から消えてなくなった。


「うっまぁ! なにこれ!? こんな美味い水初めて飲んだっ!」


「この世界はお主の世界に比べて自然がきれいに残っておるからの。それでじゃろ」


「いやいやいや! それにしたって美味いよ! シャオが出してくれたからかな?」


「べ、別にわしが出したのとか関係ないのじゃ……」


 そう言うとシャオは瑞希に背を向け、後ろ手に組んだ手をもじもじしていた。

 その姿を見てピンときた瑞希はシャオに向けてわざとらしく声をかけた。


「シャオは可愛いだけじゃなく、毛並みも綺麗で、物知りで、おまけにこんなすごい魔法も使えるなんて、一緒に旅ができる俺は本当に幸せ者だなー!」


 こんなわかりやすいおだて文句に騙される馬鹿はいないと思うのだが……。


「わっはっは! 分かれば良いのじゃ! 分かればっ! ほれ、頭を撫でてもよいのじゃぞ?」


 シャオはそう言うと瑞希に頭を差し出し、瑞希はぐりぐりと撫でてやる。

 シャオは非常にちょろいのであった。

「俺にも魔法が使えるかな?」


「急には無理じゃぞ? まず魔力を感じなければならんし、お主は生まれてきた環境も違うからの。お主が前の世界で当たり前に出来たことが、こちらの世界の住人には出来ないのと同じじゃよ。環境というものが考え方や常識を作っていくのじゃ」


「確かに魔法を使う感覚は想像できねぇな。でもいずれは使ってみたいよな!」


「お主の魔力を使う事も可能じゃが……。手を貸してみるのじゃ」


「ん? はい」


 瑞希はシャオに手を差し出すと、シャオは片方の手で瑞樹の手を握り、もう片方の手を空中に向けた。

 すると、シャオの手から小さな火が生まれた。


「これがお主の魔力で呼んだ火じゃ。魔力が減った感覚はあるか?」


「全くないな! シャオが呼んだだけじゃないのか?」


「それは……まぁお主が魔力を感じれてないからじゃろ。その内分かる様になるかもしれんの」


「魔法があれば便利なのになぁ……」


「わしがおるのじゃから良いではないか?」


「俺からすればロマンだよ」


「そんなもんかのう……」


 瑞希は手を振り回しながら魔法を使おうとするが、傍から見ればちょっと残念な人にしか見えないのであった――。

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