参
「ふふふっ」
黒曜は頬を緩ませる。
中太郎の屋敷に世話になって一月が過ぎたが、ようやく中太郎の為になりそうな事ができる。
黒曜は無能な妖だ。
やれる事は殆ど人間と変わらない。
それでも昔は山で薬草を集め、それを売って中太郎に色々してやれていた。
甘い金平糖を買ってあげたり、新しい衣を作ってあげたり。
しかし街に下りてきた途端、黒曜は何もできなくなってしまった。
お金を稼ぐ手段がないのだ。
衣食住、全て子供にたからねばならない、この無力さ。
ならば何か美味しいものをと、せっせと庭に小さな畑を作るが、それも種は中太郎のお金から買ってもらわねばならない。
中太郎の為に何かしたいのに、自分の力では何もできない。
歯痒い日々が続いていた。
そんな中、珍しく中太郎が黒曜を頼ってきてくれたのだ。
「俺の専門は医学書や科学誌の翻訳なんだけど、版元に、読み物の翻訳も頼まれてね。俺はどうもこういうのが苦手で……手伝ってもらえたら助かるんだけど」
表の顔として翻訳の仕事をしている中太郎が、困り顔でそう相談してきてくれた。
物語の情緒が伝わるような言い回しができるか自信がないから、読んで助言をくれないかという話だった。
もちろん二つ返事で引き受けた。
「妾、物語も意外と読んでおるのじゃ。お任せあれ」
「へぇ、黒曜様も俺のような本ばかり読んでて、他は絵草紙だったと記憶してるけど、意外と読んでたんだね」
「物語は心が痛くなる物が多い故な。時々、箸休めのようなものじゃ」
「…………心が痛い?………。例えばどんな本を読んでいたの?」
「えーっと……古くは源氏物語、平家物語……最近では雨月物語、曽根崎心中……あ、南総里見八犬伝は面白かったの」
「…………。最近が最近じゃない上に、あまり女性に明るい未来がないものばかり読んでるね……」
返事をした時、少し中太郎は遠い目をしていたが、ここは力になれるよう頑張りたい。
黒曜は張り切る。
まだ湯気の上がる湯飲みと、朝のうちに作った洋菓子を盆に乗せて、黒曜は中太郎の書斎を訪れる。
「中太郎、入って良いかえ?」
そう問いかけると、本だらけの部屋から中太郎が顔を出す。
「待ってたよ。……それは?」
「この前買ってくれた本に載っておった奴じゃ。美味しそうだった故、作ったのじゃ」
試行錯誤して作った『ケーキ』もどきだ。
普通のお八つとは別に、何回か作ってみて、漸く食べさせられるような味になった。
ちゃんと味見もしたが、ふわふわとした不思議な食感で、美味に出来上がった。
「………ありがとう」
中太郎の目尻が下がる。
珍しいお八つで嬉しそうだ。
「ふふふ、甘〜いぞえ」
黒曜も嬉しくなる。
中太郎は掃除には無頓着だが、片付けはいつも几帳面にやっている。
机の上は翻訳中の本と辞書、覚書用のノート、インクとペン、それに原稿用紙だけだ。
部屋の両面にある書架や奥の書庫は法則性を守って見易く綺麗に本が並べられている。
これだけ綺麗に片付けているのに、部屋に蜘蛛の巣が張ってもあまり気にしないから可笑しい。
片付いた机の角に、お茶と菓子を並べる。
「まだほんの十ページ程しか終わってないんだ。何せ初めての事で……進まなくてね」
コンコンと中太郎は机の上の小ぶりな本を叩く。
「………『盗人の君主』?」
黒曜も知っている単語が本の上に並んでいる。
「へぇ、やっぱり読めるんだね」
中太郎は少し目を見張りながら机の上にあった原稿用紙を黒曜に渡す。
一枚目には『簒奪の暴君』と題名が書かれている。
「自己流じゃ。正しくないことの方が多いから、殆ど分からぬと言った方が、ふさわしいの」
「呪いの本やら医学書やら沢山集めていたもんね」
「まぁ……山ではやることがあまりなかったからの。そうか、これは暴君という意味じゃったのじゃな」
黒曜は曖昧に笑う。
何とか元の人間に戻る術を探すため、書物を読み漁っていたのだが、望みをかけた大陸の書物でも何も分からなかった。
残ったのは半端な知識だけだ。
「『僭主』にしても良かったんだけど、それでは『簒奪』と被るかなと思ってね」
原稿の束を黒曜に渡した中太郎はお茶を飲む。
「……たったこれだけの単語なのに色々考えねばならんのだのぅ」
黒曜は嘆息する。
「海外で人気が出始めている『恋愛小説』で、職業婦人達を本や婦人誌に引き込もうという戦略らしいからね。読み易く、強烈な印象が欲しいって言われてるんだ」
言葉の意味がわかるようにするだけではなく、原作から離れすぎず、しかし、こちらの国に馴染める形に仕上げる。
「思ったより、翻訳というのは大変なんじゃの」
原稿を持った黒曜は、中太郎が引いてくれた椅子に座り、表題の書かれた原稿用紙をめくる。
中身は書き直した跡や、単語の複数の意味を書き連ね、推敲している跡がある。
「ごめんね、まだ全然清書してないんだ。読み難かったら聞いてくれる?」
「大丈夫じゃ。中太郎の字は走り書きでも美しいからの。お茶とお八つでゆっくり休憩しておいてたも」
そう言って、黒曜は原稿を読み始めた。
中太郎は黒曜の勧めに従い、お茶とお茶菓子を楽しむ。
この所、黒曜がせっせと試作を繰り返していた菓子は、柔らかでふわりとその唇を受け止める。
『へぇ、美味しそうな菓子だね』と黒曜が読んでいた婦人誌を覗いた中太郎が、何気なく呟いてから3日。
それは想像以上の美味しさで口の中に溶ける。
「…………」
中太郎は切なく黒曜を見つめる。
相変わらず彼女の愛情は真っ直ぐで、深い。
『西瓜の種を買ってたも。庭で育てたいのじゃ。夏には甘〜い西瓜を出すでの』
そういえば、西瓜は幼い中太郎のご馳走だった。
黒曜は覚えていて、毎日中太郎のために西瓜を世話する。
何の見返りも期待していない。
ただただ中太郎を喜ばそうとしている。
喜ぶ姿を見て、彼女も幸せそうに笑う。
もう見た目の年齢は完全に逆転してしまったのに、彼女は呆れる程『母』のままなのだ。
人間の世界に戻されて、世界が色を失い、味覚も消え、全てが雑音に聞こえるようになった。
それをたった一月で彼女は全てを鮮やかに蘇らせる。
窓の曇りを取って青空を中太郎の目に映し、旬の食材で中太郎の好きな物を作り、愛おしそうに『中太郎』と呼ぶ。
彼女がいるだけで世界が色付く。
ここにいてくれるだけで幸せなのに、更なるものを望んでしまうのは人の
年老いず、滅びもしない肉体に封じ込められた、幾年、年月を経ても穢れない無垢で傷つきやすい魂を、自分の物にしたいと考えるのは傲慢だろうか。
でも止まれない。
「……………」
興味深そうに読み始めた黒曜は途中から困り顔になって、少しづつ顔が赤くなっていく。
そうだろう。
翻訳しているのは、この国ではあり得ない奔放さを持った国の恋愛物語だ。
クーデターにより、成り上がった男に嫁がされる亡国の姫君の話で、物語の始まりは初夜からという、黒曜にはかなり刺激的な内容だ。
女性向けなのと、この国の法律の関係で、直接的な表現はないが、そこはかとなく淫靡な雰囲気がある。
真っ赤になって、原稿をめくるのを躊躇する黒曜は、助けを求めるように顔をあげる。
「わかりにくい場所があった?」
素知らぬ顔で聞けば、困った顔で黒曜は首を振る。
「と、とても分かり易い……と思うのじゃが……その……」
そして五百を超える大年増なのにモゴモゴと口ごもってしまう。
「そう、良かった。そこまではどう?先を読みたくなる感じに仕上がっている?」
そんな黒曜が可愛いので、ついつい追い詰めてしまう。
「あ……と、そ、そうじゃな……その……文章的にはとても良いと思うのじゃ」
「そう、良かった。既に読みたくなくなってしまったかと思った」
「そ……そんな事は……そんな事はない……」
そう言って先を進めるように仕向けると、真っ赤になって、眉を八の字にしながらまた読み始める。
今、黒曜が読んでいるのは、初夜本番辺りだろう。
直接的な表現は何一つないが、お山で清らか過ぎる生活をしていた彼女には刺激が強いのだろう。
「…………………」
真っ赤になって、目を閉じたり、薄目で読んでみたり。
その百面相は、見ているだけで微笑みが出そうだ。
しかし中太郎はグッと堪える。
「進まないみたいだね……自分でも少し表現が固いような気はしていたんだけど……」
残念そうに呟くと、目に見えて黒曜は焦る。
「は!?あ、いや、そんな事は………!!」
「いや、わかってるよ。………やっぱりこういうのは経験が物を言うからね。俺は外国語の勉強や術を身に付けるのに忙しくて、恥ずかしながら、女遊びもしたことがなくって………適当な表現が思いつかないんだ」
慌てて否定する黒曜の言葉にかぶせながら、中太郎は嘆息してみせる。
「お、女遊び!?」
黒曜は目を見開いて仰天している。
いつまで中太郎が子供のままだと思っているのか。
「こういう仕事は勉学に金をかけられる人間が就くからね。皆、遊郭に行ったりして遊んでいて、俺とじゃ経験が違うんだ。……俺じゃあまり魅力のある文にならないから、他の奴に仕事を回されるかもなぁ……」
寂しげに言えば、黒曜は目に見えて焦り、何か言わねばとオロオロしている。
「あ、あの、中太郎の文は凄く良いと思うのじゃ!!先も読みたい!!これは
漆黒に煌めく目が、真っ直ぐに中太郎を見て、精一杯の励ましの言葉が送られる。
元気づけるように、しっかりと握られた手が温かい。
中太郎は自らの心の声が漏れないように気をつけながら、その手を熱く握り返す。
「有難う、黒曜様。……でも、そもそも女性がよくわからないんだ。知らない存在にうまく寄り添えるのか………。黒曜様が教えてくれると凄く助くるんだけど」
黒曜はしっかりと頷く。
「勿論じゃ。ちぃと古株過ぎではあるが、妾も女じゃ。助けになろうぞ」
やる気に溢れた黒曜は胸を張る。
捕まえた。
期待通りの回答だ。
中太郎は微笑んで、手に力を込める。
「良かった。嬉しいよ、黒曜様」
少し下心と腹黒さが笑顔に滲み出てしまったような気がする。
それを隠すように、中太郎は黒曜の手を引いて抱きしめた。
「じゃあ、色々教えてもらっていい?……今はどんな気持ち?」
「…………?中太郎が嬉しそうで、妾も嬉しい……かの?」
黒曜はきょとんとした顔で、中太郎を見上げている。
中太郎は苦笑する。
「違う、違う。俺は男。黒曜様は女。男に抱きしめられた女は、どう思うのか聞きたいんだ」
黒曜は漆黒の瞳を瞬かせる。
とても意外な事を言われたという顔だ。
「男……かえ?」
「そう。……忘れてるかもしれないけど、俺はもう成人してて、働いてもいる。一人前の男だよ」
そう言うと黒曜はペタンと中太郎の胸にもたれる。
そして何やら吟味して、再び顔を上げる。
「えっと、意外と硬いの。あと、温かじゃ」
見当外れな事を、真剣な顔で報告してくる黒曜が可愛くて、抱き潰したい衝動に駆られながら、中太郎は笑顔を崩さない。
「……………。感触じゃなくて、気持ちが知りたいな」
「あ、そうか。ちぃと待ってたも」
再び黒曜はペタンと中太郎の胸にもたれる。
そして少し考え込むと、顔を上げて微笑む。
「心音が緩やかで、心地よいの。暖かじゃし、気持ちが安らぐ。中太郎は大きくなったのぉ。かように抱きしめられると、何じゃろう……ホッとするの」
あぁ、もう、何でこの
中太郎は黒曜を抱く手に力を込め、艶やかで引っ掛かりのない髪に頬を寄せて、一人悶える。
もう抱きしめているだけで満足しかけて、ハッと止まる。
自分が惑わされてどうする。
この五百年物の
中太郎は自ら奮い起こす。
「例えば……もう俺は黒曜様よりずっと力も強い。力づくで貴女を好きにすることもできる。そんな男に抱きしめられて怖くはない?」
グッと力を込めて中太郎は黒曜の右手を取る。
しかし力強い男の手が、か細い手首を握るのを見ても、黒曜は少し首を傾げただけだ。
「普通は怖いのかえ?」
「少しは怖いんじゃないかな?ここで何をされても抵抗できないよ?男と女じゃ力が違いすぎる」
黒曜はまた無邪気に笑う。
「妾は怖くないの。中太郎は無辜の者を力でねじ伏せるような事はせぬ」
信頼の厚さに笑みの仮面がひび割れそうだ。
「………それは黒曜様が俺を男と思ってないからじゃないかな?」
そういう中太郎に黒曜は可笑しそうに笑う。
「中太郎が
『男性』だが『男』ではない。
黒曜は自分の認識の差に気がついていない。
これは多少の実力行使で『男』を認識して貰わねばならなそうだ。
中太郎は握った黒曜の手に唇を寄せる。
「ひっ!!!」
と、途端に焦ったように黒曜は激しく動く。
突然あらん限りの力で抵抗する黒曜に中太郎は驚く。
「……どうしたの?」
「どうしたの?ではない!!言うたじゃろ!!妾の血肉は毒じゃ!!」
必死な顔の黒曜に中太郎は思わず呆れる。
「……何でそうなるの。何で俺が黒曜様を食べたりするの。そんなわけないでしょう」
必死な顔の黒曜は、はたと止まり、そして恥ずかしそうに赤くなって項垂れる。
「す……すまぬ……。口を寄せられると、つい……」
そんな黒曜を見て、中太郎は首を傾げる。
そう言えば昔、少年だった頃、黒曜に口付けをしようとして、突然叱られた事があった。
「口を寄せられるのが怖いの?」
もう一度黒曜の手に口を寄せると、黒曜はビクンと体を震わせる。
「す……すまぬ。中太郎のことを信じていないわけではなくての……昔、生きながらに喰われて………それから体がビクついてしまうのじゃ」
「生きながらにって……」
中太郎は言葉を失う。
想像以上に酷い目に合っている。
生きながらに喰われるなど、不死でなければ決して体験できない、
「その……申し訳ない。中太郎がそのような事をするはずがないとわかっておるのに……つい激昂してしまうのじゃ……すまぬ」
恥じ入っている黒曜が哀れにすら見える。
そんな恐ろしい目にあったら怯えてしまうのは当たり前のことなのに、相手を恨みもせず、自分を恥ずかしく思っている。
この
「何でそんな目に……」
思わず呟くと黒曜は寂しそうに笑う。
「疫病じゃ。皆が明日死ぬ恐怖に取り憑かれた中に、不老不死の者の肉を食えば死を逃れられる、と、流れたら……まぁ、そうなるじゃろうな。あの頃は妾もまだ大した薬を作れんでの。何もしてやれんかったからの……」
黒曜は手を差し伸べようとしたのに、裏切られ、生きながら食われる恐怖を植え付けられたのだ。
「………可哀想な事をした。助かる可能性もあったのに、妾の肉を食ったせいで……小さな童まで………」
それなのに彼女は気に病み続けている。
中太郎は歯噛みする。
はるか昔の、中太郎の知り得ない過去の者たちに怒りが湧き上がる。
自業自得ではないか。
何故死を恐れて恩人を食い殺そうとした奴らのために、今になっても、黒曜が胸を痛めなくてはいけないのか。
「俺が……俺が側にいたら絶対黒曜様を助けたのに……」
このおっとりとし過ぎて、悪意に食い千切られて来た彼女を守りたい。
出来るならこの先ずっと。
彼女の望む幸せな死が彼女に訪れるまで。
「中太郎は優しい子じゃな」
しかし黒曜は笑って中太郎の頭に手を伸ばす。
「でも、そんな場面になったら逃げてたも。生に対する執着は、時に狂気を呼び覚ます。妾の巻き添えを食って、そなたに何かあったら大変じゃ」
そして優しく頭を撫でながら、そんな残酷な事を言うのだ。
中太郎は黒曜を抱く手に力を込める。
「黒曜様……俺は貴女に俺が『男』だって知って欲しい。俺は守られる子供じゃなくて、もう、貴女を守れる『男』なんだよ。いざという時に逃がされる子供じゃない。……もう、黒曜様を守れるんだ」
ずっと強くなろうとやってきた。
必死に学び、体と精神を鍛えた。
瀕死の黒曜を置いて逃げさせられた、あの日に戻ったなら、絶対に彼女を救える男になろうと、脇目も振らずに努力を重ねてきたのだ。
もう無力な子供扱いはして欲しくない。
黒曜に『助けて』と、頼られる存在になりたい。
そんな思いを込めて小さく華奢な体を力一杯抱きしめる。
「ちゅ……中太郎、ちと、力が……」
黒曜はあまりの力に苦しそうに呻く。
「………ごめん」
解放され、フハッと息をした黒曜は、中太郎を見上げると、嬉しそうに笑う。
「……妾はそなたが誇らしい」
忠太郎が首をかしげると、黒曜は少し気まずそうに下を向く。
「今、少し中太郎の昔の記憶が入ってきて……。中太郎は……妾をどうにかしようと異国の言葉を勉強してくれたのじゃな」
気まずそうにしているが、少し嬉しそうでもある。
黒曜のためにしてきた努力を思い出してしまい、それが読心の黒曜に伝わったらしい。
心が昂ぶって、心の栓が抜けてしまったのだ。
黒曜が持っていた医学書や呪術の本を、記憶を元に買い求めて、黒曜がどうしてそんな物を読んでいたのかに思い至り、更に深く研究するために、語学も学んだのだ。
お陰で裏稼業の術士としての顔を隠す、翻訳家という表の顔を得るに至った。
「勉学に励み、異国の言葉を使いこなせるようになったのじゃな。妾など五百年も生きてきたのにもう中太郎に追い越されてしまった」
黒曜は中太郎の成長を喜ばしそうに、袖で唇を隠しながら笑う。
細めた目が本当に嬉しそうだ。
「……妾の事、沢山気にかけてくれて、感謝しておる。……中太郎は本当に優しいの」
そして黒曜は恥ずかしそうに頬を染めて、小さな声で付け足す。
「…………」
色々手筈を考えていた。
全部逃げ道を塞いで、翻訳に協力するという名目で同意をとって、黒曜に手管を使って、体から入って、何とか好いて貰うのも手だと思っていた。
でもそれはきっと違う。
そんな勝負事のように駆け引きしても彼女はきっと手に入らない。
彼女は驚くほど長く生きているのに『大切にされる』経験が少なすぎる。
右太郎と左太郎のように仕えるのではなく、対等の存在として、大切に思っている事を彼女に伝える。
右太郎の言う『心を人間の小娘に戻す』とは恋愛小説を読ませる事でも、女としての悦楽を与える事でもなく、思いを真っ直ぐに伝える事なのかもしれない。
でなければこんな嬉しそうに頬を染める彼女は見られない。
中太郎は黒曜の手を取る。
伝えたい思いは沢山ある。
どれだけ大事に思っているか。
どれ程恋い焦がれてきたか。
今の関係を壊しそうで隠していた言葉たち。
隠していた心の栓を抜く。
「俺が優しいのは黒曜様にだけだよ。俺が大事にしたいのも黒曜様だけだ」
突然流れ込む中太郎の感情に、黒曜は目を白黒させている。
そんな戸惑う彼女に向かって零れた言葉は、自分で驚く程、素直な欲求だった。
「他は別に何も要らないんだ。俺は貴女だけが欲しい」
あまりに多くの情報が流れ込み過ぎた黒曜は、中太郎をポカンと見上げる。
「貴女の永遠を少し欲しいと言った……でも、少しじゃなくて……本当は全部欲しい。これからの貴女が全部欲しい」
そして中太郎は小柄な愛しい人を再び強く抱きしめた。
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