第七話 魔女のギルドへ

 事務所のある建物の外に停めてあった馬車に俺とルデリアは乗り込んだ。

 

 馬車はルデリアの所有物で御者もアルベール家の数多い使用人の一人らしい。


 今は春だが日差しはかなり強いので、馬車の客室に取り付けられていた日除けのカバーはありがたかった。


 というか、こんな立派な馬車を乗り回せるなんて、ルデリアの身分は羨ましい。

 今の俺も金持ちには違いないが、管理が面倒くさい馬車を所有する気にはなれんね。


 そんな馬車がしばらくして走りを止めると、そこには何とも壮麗な外観の建物があった。

 俺の世界の市の施設のような建物だが、細部を彩っている装飾はヨーロッパにありそうな芸術性を醸している。

 まるで小さい宮殿みたいな感じだし、この中に入れって言うのか?


「ここがギルド、黒山羊同盟の本部よ。アーリアのことを知っている魔女や魔法使いは結構いるからボロを出さないようにね」


 それは難しそうだな。


 物の性質を見抜くのに長けた魔法使いなら、ルデリアのようにあっさりと俺のことを看破して見せそうだし。

 油断はしないつもりだが、俺の演技がどこまで通用するのやら。


 とにかく、この建物の中では男口調は厳禁だ。


「あくまで俺とアーリアの抱えている事情は秘密にするって訳か」


 俺は聳え立つ建物を見上げながら続ける。


「正直、魔法使いを相手にボロを出さない自信は全くないが、それでもやるっきゃないな」


「そうよ。男の精神が入り込んでいるなんて知られたら、どこにもお嫁に行けなくなるし、アーリアの名誉を守りたければ死ぬ気で隠し通しなさい」


「男との結婚なんて想像するだけでもぞっとするし、嫁に行けないのは俺にとっては好都合だな」


 どれだけアーリアの肉体や精神に引っ張られようと、俺の意志が健在である限り男と結婚するようなことはしない。


 そこだけは絶対に譲れない一線だ。


「あなたが良くても、アーリアが困るのよ。あなた、一生、アーリアの体に居座るつもりなの?」


「それしか手がないのなら」


 俺だって好きで居座っている訳じゃない。出ていけるものなら、とっくに出ていっているさ。


「あなたは知らないだろうけど、アーリアは私の心のライバルなの。だから、アーリアとは競い合って、お互いに切磋琢磨していきたかったのよ。じゃなきゃ、何度もギルドに入るよう誘ったりはしないわ」


 ルデリアは悔しそうに唇を噛み締めながら言ったし、その言葉は俺の心を強く打った。


「お前、案外、良い奴なんだな」


 俺はポロリと零す。するとルデリアは顔を真っ赤にして狼狽して見せる。


「ななな、何、言ってるのよ!」


 この純情そうな反応は見ていて楽しいな。魔女と言っても心はまだ未成熟の子供か。


「俺はお前と顔を合わせた時、悪意の塊みたいな奴だと思ってたけど、今ははっきりと違うって分かる」


 例え普通の人間であってもそれくらいは察することはできる。でなきゃ、俺は本当に人の心に無頓着なバカってことだ。


「ふ、ふん! そんな風に持ち上げたって、何も出てきはしないわよ!」


「分かってるって。とにかく、俺もこの体から出ていける方法を真剣に考えてみるよ。じゃなきゃ、お前みたいにアーリアのことを本気で気遣ってくれている奴を怒らせちまうからな」


 世間の煩わしさから離れて、ただひたすら魔法薬の調合に勤しんでいた日々は悪くなかった。


 でも、永遠にそれを続ける訳にはいかない。この状況を打開するような方策はやはり必要になってくるのだ。


「そうね。あなたと話してるとこっちも調子が狂うけど、あなたがそこらにいる下卑た男じゃないってことは分かったわ。だから、その体を頼んだわよ」


「任せておけ。この体は俺の全てに変えても守り通して見せる!」


 俺は力強く自分の胸を叩いた。


「そういうところは男らしいわね。何だか私、変な気分になってきちゃったわ」


 ルデリアは頬を赤らめると、俺をエスコートするように伴ってギルドの建物へと足を踏み入れた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る