第六話 思わぬ来客
俺は相変わらず魔法薬の調合に時間を費やしていた。
もちろん、魔女だから魔法も使うが、今のところ魔法は火を起こすくらいしか使い道がない。
ファンタジーのゲームのように、もっと大きな力も振るってみたかったが、生憎とその場所がなかった。
広々とした場所は町を囲む防壁の外の平原に行かなければ無いからな。そこまで足伸ばすのは少々、億劫だ。
ちなみに魔法は古代語というものを唱えれば発動する。魔法は古代人の血を受け継いでいないと使えない。
また魔法は体内に流れる魔力を消費して行使されるので、魔力が底を突くと魔法は使えなくなる。
あとは魔法を発動させる前のイメージも重要になる。問題がなければイメージした通りの効果が発動するから。
古代語の詠唱とイメージはセットでやらなければならないのだ。
閑話休題。
俺が傷を治す魔法薬を調合していると、いきなり事務所の入り口のドアが乱暴に開かれる。思わず何事かと目を瞬かせた。
現れたのは腰まで伸ばした銀色の髪に、どこか妖しさ感じさせる紫色の目をした相当な美少女だ。
肌の白さも際立っているし、年齢はこの体と同じ十六歳くらい。
肩には魔法使いが好んで身に付けたがるセンスの良い刺繍が施されたケープローブがかけられていた。
アーリアの記憶を引き出すに彼女はこの国の伯爵令嬢にして、名高き魔女のルデリア・アルベールだった。
ルデリアは魔法学院ではアーリアとは同期で、同じクラスになったこともある。
ただ、あまり仲は良くなかったようだ。主席の座を争っていたらしいし。
そんなルデリアは事務所の中を見回すと勝ち気そうにフンッと鼻を鳴らす。
「随分と汚らしい場所に足を運ばせてくれたものね。あなた、幾ら魔女でも、この部屋の趣味は悪すぎるわよ」
「そりゃどうも」
俺もその意見には大いに賛同できる。
ま、この事務所の内装は永遠の魔女がしつらえたものらしいから、アーリアを責める訳にはいかないが。
「言葉遣いまで悪くなったわね。何か悪い霊にでも取り憑かれているんじないの、アーリア・アーデルハイド?」
ルデリアは思いっきり見下すような目をして言った。
「そういうお前は何の用だ?」
こういう鼻持ちならない女は大嫌いなんだ。用があるのなら、さっさと済ませてしまいたい。
そんなことを考えているとルデリアは突き刺すような視線で俺の顔を射抜く。
「……あなたアーリアじゃないわね。体はアーリアでも精神は別物だし、他の人間は誤魔化せても私は誤魔化せないわよ」
その言葉にさすがの俺もギクッとする。とうとうこの世界の人間に見破られてしまったか。
さすが音に聞こえる有名な魔女だし、その洞察力は侮れるものではなかった。
今後はもっと気を付けて、人と接しないとな。
「俺は訳あってこの体を使わせてもらっている。文句があるなら永遠の魔女とやらに言ってくれ」
俺は見え透いた嘘は通用しないと思い素直に白状した。
「永遠の魔女ですって!」
ルデリアは驚愕したような顔をすると甲高い声で叫んだ。
「……ああ」
俺はルデリアの剣幕に気圧されながら返事をした。
「アーリアの様子がおかしくなったとは、だいぶ前から聞いていたけど、まさかあの魔女の毒牙に掛かっていたとはね。ご愁傷様だわ」
「永遠の魔女を知っているのか?」
「魔女なら誰でも知ってるわよ。魔法学院の教科書にも出てくるくらいだし、それを知らなきゃ魔女としてはモグリだわ」
「なるほどな。でも、その口振りから察するに永遠の魔女は良い奴って訳じゃなさそうだな」
「当たり前よ。自分の肉体を持たず、人から人へと乗り移って永劫にも等しい年月を生きるある意味、悪霊よりタチが悪い存在だわ」
やっぱり、そう思うか。
ルデリアも居丈高な奴だが、人としてのまともな倫理観は持っているみたいだし、そこには俺もほっとさせられた。
ルデリアは好きになれない女だと決めつけてしまったが、その思いは撤回しても良いかもしれない。
案外、コイツとは気が合うかもしれないし、どんな相手でも分かり合おうとする努力を怠っては駄目だ。
その努力から逃げてしまったから、俺の人生はあんなに酷いものになってしまった訳だし。
この世界にいる間はあらゆるものから逃げないようにしようと決めたのだ。
まあ、そう強く心に決めても逃げ出してしまうことはあるかもしれない。
良くも悪くもそれが現実だ。でも、それに負けたくはない。
「その話が本当なら、やっぱり、俺は永遠の魔女に感謝する気にはなれないな。例え、新しい生活を与えてくれた奴でも」
一発殴るだけではこの憤りは収められそうにない。
俺のような人間を増やさないためにも誰か永遠の魔女を退治してくれる奴はいないものかな。
「ま、永遠の魔女の話はひとまず置いておきましょう。それであなたはこれからどうするつもりなの? このままだと、あなたはその体に残っている擦り切れたアーリアの精神と融合しちゃうわよ」
ジャハガナンが言うに、一つの肉体に二つの精神は負担が大きすぎるらしい。
だから、永遠の魔女と共にこの体にいたアーリアはその精神を擦り減らしてしまっていたのだ。
俺の精神は永遠の魔女のように強大なものではないから、アーリアの精神への負担もだいぶ少ない。
でも、結果として俺の精神はアーリアの精神と融合しつつある。
アーリアはどう思っているかは知らないが、俺としては到底、喜べたものではなかった。
「そうなったら、なったで受け入れるだけさ。元の肉体にどうしても戻りたいって気にもなれないし」
「ふーん。なら、私のギルドに入ってみない? 今日ここに来たのも、ギルドへの勧誘が目的だもの」
「ギルドだと?」
「ええ。本物のアーリアには断られ続けたけどあなたは違うんでしょ?」
「まあな」
「それは良かったわ。ギルドの名前は黒山羊同盟って言うんだけど、入ってくれたら悪いようにはしないわよ?」
そう得意げに言うと、ルデリアは茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。
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