第八話 イケメン貴族に囲まれて

 俺は建物の中にあるサロンのような広間に来ていた。


 広間には値の張りそうなテーブルやソファーなどが置かれていて、また豪勢の極みのような料理や酒が振る舞われていた。


 そんな広間で談笑しているのは貴族のような典雅な服装をした人間たちだ。


 全体的に若い奴が多く、その上、男女共に目見麗しい容姿をしている。

 

 だが、彼らの気取ったような雰囲気はどうにも好きになれなかった。


 何か、二度と行くものかと激怒した中学の同窓会を思い起こさせるな。あれは人生に幻滅する良いトラウマになってくれた。


「おや、貴方はアーリア・アーデルハイドさんではないですか。こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりですね」


 どこか詩人を彷彿させる金髪の美青年が柔らかな物腰で話しかけて来る。こんな良い男は今日まで見たことがない。


 しかも、気付いたら横にいたはずのルデリアが掻き消えていた。俺一人で対応して見せろっていうことか。


 上等だ!


「こちらこそ、お久しぶりです、ステファン。あなたもお変わりないようで何よりです」


 アーリアの記憶が確かなら、魔法学院にいた頃のステファンとは軽い話ならできる間柄だった。

 実際、アーリアもステファンには少なからず好感を持っていたようだし。


 まあ、ステファンは大貴族の子息なので、彼を狙っている女子はたくさんいたし、アーリアもその中に割って入るような勇気はなかったが。


「はい。学院を卒業した後、家の家督を継いだのですが、どうにも魔法使い同士の集まりが恋しくなりましてね。だから、こうしてルデリア様のギルドに顔を出しているのです」


「私も今日はルデリアに誘われて、ここに来たんです。貴族のあなた方からすると卑しく映るかもしれませんが、どうぞお手柔らかに」


 俺はアーリアの精神に促される形で一礼して見せる。


 ちなみに、アーリアは貴族ではなく平民の娘だ。

 ただ、平民でも代々、優秀な魔法使いを排出してきた家としては、それなりに知られていた。

 だから、貴族ばかりの魔法学院の生徒たちからも一目置かれていたのだ。


「いえいえ。学院で〈金色の魔女〉と呼ばれていた貴方を卑しむなんて恐れ多くてできませんよ」


 ステファンを温厚を絵に描いたような顔をしながら苦笑した。


「相変わらず口が上手ですね、ステファンは。でも、それは昔の話ですし、今はもっとフランクに接してください」


「心得ました」


 ステファンは嫌味のないまろやかな声で応じた。


「おーい、ステファン。その可愛い女の子は誰だよ、って、お前はアーリアじゃないか!」


 次にやって来たのは貴族の服を身につけながらも、どこか隠しきれない野生味を感じさせる青年だ。

 その顔には愛嬌たっぷりの笑みが浮かんでいる。男の俺でも普通に好きになれそうな奴だな。


「お久しぶりです、ラウル。相変わらずあなたは元気そうですね」


 ラウルも貴族で、ステファンの親友の一人だ。アーリアも陽気で人見知りをしないラウルとは気兼ねなく話すことができた。


「元気だけが俺の取り柄だからな。本当はこういう堅苦しいところは好きじゃないんだけど、なんて言っても、旨い飯が食い放題だからな。それなら、来なきゃ損だ」


 ラウルは形の良い白い歯を見せてニカッと笑った。


「食いしん坊なラウルらしいですね」


「ああ。でも、アーリアの方は大丈夫なのか? 風の噂じゃ、歓楽街で水商売をしてるって聞いたんだけど、それは本当なのか?」


「歓楽街を根城にしているのは本当ですが、やっているのは水商売ではなく、占い屋兼便利屋です」


 俺はアーリアの名誉のために、誤解されたり、変に憶測を持たれるのは嫌だったのでキッパリと言った。


「へー。そいつは何だか楽しそうだな。俺なんてまだ下っ端だけど、王宮の役人をやってるんだぜ。これがまたとんでもなくつまらないんだ」


 ラウルはおどけたように肩をすくめた。


「確かに、ラウルに役人は似合いませんね。それなら、得意の運動神経を生かして騎士にでもなったらどうですか?」」


「ダメダメ。危ない騎士なんて親が許さないって。ま、俺は貴族だし、出世街道には乗ってるから役人生活もその内、楽しくなるだろ」


「そうだと良いですね」


 やっぱり、貴族はどこの世界でも得をしているな。旧交を温めているアーリアには悪いが、何だか腹が立ってきたぞ。


 結局、人間の人生は生まれ持ったもので決まっちまうんだよな。

 チャンスの多い日本ならともかく、この世界のような封建社会なら特にそうだ。


 俺が自分の僻んだ感情を持て余していると、今度は別の角度から人の気配が生まれる。

 慌てて振り返ると、そこにはプラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳を持ち、良く鍛え抜かれているような体付きの美青年がいた。


 その美青年の堀の深い顔を見た瞬間、俺はアーリアの精神が跳ね上がるように興奮したのを如実に感じ取っていた。


「……久しぶりだな、アーリア」


 やはりステファンの親友であるレクス・レオニードを見て、俺は否応なしにドキドキさせられた。


 この倒錯的な感情は俺の精神には良くないな。


「……ええ、レクス」


 レクスはアーリアの初恋の男だった。魔法学院にいた頃はレクスと友達以上、恋人未満の付き合いをしていたし。


 でも、レクスにはアーリアには付き添えない大きな夢があったので、学院を卒業してからは離れ離れになってしまったが。


「その……学院を卒業した後は変わりなかったか?」


 レクスは硬い表情を浮かべながら言った。


「……はい、そういうあなたは?」


「俺か? 俺は冒険者をやってるよ。それが俺の夢だったからな」


 そう、レクスの夢は世界を股にかける偉大な冒険家だったのだ。


 当然、貴族の子息だった彼の周囲の人間は猛反対した。レクスと共に人生を歩みたかったアーリアもその一人だ。

 たが、燃えるような情熱をたぎらせていた当時のレクスを止められる者は誰もいなかった。

 だから、レクスのことを好きだと訴えたかったアーリアも最後には折れるしかなかったのだ。


「ご両親はそれを許されたんですか?」


「許すはずがないだろ。だから、あんな家は飛び出した」


「生活の方は大丈夫ですか?」


「食い扶持には困らないくらいの金は稼げてるよ」


 レクスは窶れたような笑みを浮かべる。その笑みは到底、夢を叶えた男が見せるようなものではなかった。


 なので、アーリアの心が悲しみに打ち拉がれる。


 レクスのために何かしてあげたいという気持ちはアーリアにもあったが、俺の精神がその障害になっていた。


 これには俺も居た堪れない気持ちになる。


「それは良かったです」


「お前の良い噂は聞かないし、何か困っていることがあったら言ってくれ。必ず力になる」


「……ありがとうございます。レクス、もう一度、私と一緒にっ!」


 アーリアの迸るような思いが口を突いて出た。


「駄目だ! 俺はもうお前とは歩めない」


「どうして……」


「俺と過ごした日々は単なる思い出にしてくれ。それがお互いのためだ」


「そんな……」


 俺は重々しい空気を感じながらアーリアの消え入りそうな呟きを聞く。


 するとレクスは寂寥感のある笑みを浮かべてアーリアの元から去って行こうとする。

 こんな短くてやるせないやり取りしかできないのは確かに切ないな。俺にとってはその方が良いんだが、とても喜ぶ気にはなれない。


 俺というかアーリアは去っていくレクスの寂しげな後ろ姿を黙ってじっと見詰めていた。

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