31.働き者の蟻達の話。

 びりびりと皮膚が引き釣られる感覚。

 ごうごうと鼓膜を震わす風の音。




 嗚呼、自分は今──“風”に成っている。




「……ははっ」


 背中に生やした蝙蝠の様な翼を一度上下させれば突風の如く素早く 前へ、天元突破すら容易く出来そうな程に漲ってくる力に彼は思わず笑いを溢す。

 普段から他者外部からも内側自らからも抑圧し、され続けてきたのだ。

 その力を奮えと──“我慢”する必要がないと言われてしまえば、当然“アガって”しまうのも無理はないだろう。


 例えば──気分とか。


「はは……あははは、あははははははッ! 嗚呼楽しい、凄く楽しい! 空を飛ぶのってどうしてこうも、清々しい気持ちにさせてくれるんだろう!」


 彼──アーサーは口元に牙を覗かせた笑みを浮かべて誰に問い掛けるでもなく口にする。

 地上であれば閉鎖的で鬱屈としアンニュイだった彼。

 それが一度空へと舞い上がれば開放的に威勢良く、柘榴の目にはその紅を炎の如く爛々と燃え上がらせていく。


 上昇気流。

 熱が増して、上がって、上がって、上がった先で、大気に成った彼がぶち当たるものは──、


「……チィッ、邪魔が入った。」


 気分降下、迫る気配に気付いた彼は苛立たしげに舌打った。


 空を切る様な、耳障りな音が頭上から響いてくる。

 青の双眸が幾つもと、此方を睨み付けては威嚇音を鳴らしているのだ。

 しかし彼は止まらない。

 羽ばたきスピードは緩めないままに、頭上を過ぎていく彼等にほくそ笑んではその場に言葉だけを残していく。


「ヤる気か? 良いよ、来るなら来いよ。乗ってやろうじゃないか──僕に追い付けるものならな。」


 その言葉を口火にしたか、管の身体をしならせ勢い良く雲間から飛び出してきた五つの大蛇の巨頭。

 鋭く尖った四本の牙を剥き出しに、一気に一呑みにしてしまおうとアーサーへと襲い掛かっていく。

 上から、横から、迫る大蛇の猛威に脅威とすら捉えないアーサーはひらりはらりと落ちる木葉の如く寸での所でかわしていく。


 瀬戸際に身を翻し逃れていく様はギリギリに追い詰められている訳ではない、彼は只遊んでいるだけ。

 彼等を弄ぶ様に遊び心からスリルを求めて、敢えて限界点を見極めては身を逸らしていた。


「闇雲に向かってきてばかりで動きが単調、まるで狩りの基本が成ってないな。……ほらほら、そんなに鈍くっちゃ獲物一匹だって獲れやしないぞ。親に甘やかされてばかりで、狩りの一つや二つすらした事がないのか?」


 弄って煽って嘲笑って、散々貶して下から見下して見ればその意味を解した大蛇達とて激怒して当然だろう。

 怒り心頭に一際甲高い金切り声を上げると彼等は身を寄せ合う様にして身体を重ね、捩り、纏わり付きながら波打つ様に絡まり合い始めたかと思えば、そのまま空の黒雲へと沈んでいったのだった。


「なんだ……?」


 あの様子からして怖じ気付いた訳ではない事は明白だ。

 しかし尻尾ではなく胴を巻きながら雲の中へと姿を消していった彼等の考えている事が掴めず、訝しげに顔をしかめてそれを見遣った。

 すると僅かにつんとした臭いが辺りに立ち込めてきた事にアーサーは気が付いた。


「……まただ、アイツが出すあの“甘い”匂いだ。」


 鼻の奥にじっとりと張り付いてくる感覚を起こすそれに、不快感の増した彼はより顔を険しくしていく。

 腕を鼻元に覆い被せて胸焼けしてきそうなその甘い香りに思わず宙で止まってしまったアーサーの元へ、パタリと微かな音を立てて一粒の雫が左腕に落とされた。


「? 今のは……──あっつ!?」


 戸惑ったのは一瞬、瞬間襲いくるは凄まじい熱と服が溶かされ貫通した先の皮膚が焼ける痛み。

 直ぐ様雫が落ちて侵食し広がろうとしていた衣服のその一部を破り捨て、ほんの少し水滴に触れただけで爛れかぶれてしまった皮膚に治癒魔法を掛ける。


「なんだコレ……“酸”!?」


 治療していても痛みはある。

 背を丸めながら腕を抑えるアーサーは治療をしている最中ですら、ジリジリと自分を苛ませる心底嫌いな痛みに苦々しく思わず呻く。


「ぐ、うぅっ、治してもまだ痛い……! 何でそんなものが、上から──、」


 治癒のエメラルドグリーンな光が止み、癒えて元通りへとなった筈の腕だけれども痛みだけは一向に引く様子のないらしいその感覚。

 苦痛に顔を歪ませたアーサーはキッと上空を睨み付けては、どう落とし前を付けてやろうかと考え始めるや否や、その視線の先からゾッとする様な光景に今度は表情を引き釣らせていった。


「……まさか、今のが“雨粒”だとか言わないよな……?」


 微かな音が聞こえ始める、それは空を裂く甲高い音ではなく静かでかつゆっくりとボリュームを上げていく様な幾つもの砂粒を転がしていくさざ波に近い音。

 そして嫌な予感は的中。

 あの甘い香りが辺りに充満し始めて、嫌な気配と共に降り注いで来たのはその香りの発生源たる“雫”の群れだ。


 血の気が引いていく、あんなの被ったらひとたまりもない。

 すかさずその場を逃げ出そうと翼に力を込めようとして、寸でで立ち止まった。

 アーサーはそこで思い出したのだ、一織の言葉を。




あれを降らされたらこの森は“焼け”死ぬだろう。』




 憎々しげに噛み締めた牙がギリッと軋む音を鳴らす。

 眼下には森、彼が最も尊ぶ獣達の住処。

 そこにあの雨粒が大量に降らされて仕舞えば確かに森は酸の雨に侵され、草木は朽ち、水は穢れ、生き物が暮らしていけない場所となるだろう。


 幸い森は広大で黒雲はまだその一部の頭上に浮かぶのみ。

 此処一帯だけで済む話であればまだどうしようもあったけれども、雲はまだまだ面積を増していこうと四方八方へと末広がりを見せている。

 何処まで広がろうとしているのかは検討も付かないけれども、それにしたって降り注ぐのが“酸”であるのならば、大地を伝って余所へと繋がっていく地下水にまで浸透し汚染されてしまえばそれこそ大問題だ。


 そうやって、考えれば考える程に退路を断たれている事に気付かされていく。

 こめかみに青筋を浮き立たせては握り拳を作ったアーサーはその見過ごせない、彼等がしようとしている蛮行に苛立ちに苛立ちを重ねていき──軈てプツンと頭の中で張り詰めていた糸が切れた。


「…………はぁ、面倒臭。何でそういうの僕の目の前でやるんだか。」


 ぐったりと脱力、アンニュイにじめじめ。

 やらなくてはいけない事がこの先にあると言うのに、目障りなものからの邪魔立てに足を引っ張ってくる“お荷物”にうんざりとした様子で大きな溜め息を溢す。

 恐らく自分の弱い所を“理解って”てけしかけてきているのだろう、と彼は察したからだ。


「(逃げ場は無し……か。)」


 今の彼はプライドが高く負けず嫌いだ。

 であれば当然相手に上も一本も取られてしまうのだって気に食わないし気に入らない、腹立たしくて仕方がない。

 それなのに眼下にある護りたかった・・・・ものがどうしても自分の足を止めて、あの自分の身体を嫌に焼いてくる雨粒達をどうにかしろと“理性”が訴えてくる。


 今の彼は“自由”を知った空を往く風だ。

 風は身軽でなければいけない、荷物が重くて飛ぶこともままならないなんて事があってはいけない。

 国ではあれ程固執してまで獣達に対する“護りたい”と思っていた感情とて、煩わしい程に重苦しいと感じてしまう。


 そうして“本能”に忠実でありたいと、自分が最も可愛くて大事で不必要に傷付きたくないと思えて仕方がない“翼”を持った彼は、高く向かおうとすればする程に感情すら自分が抱いた筈の想いすら軽んじていく。

 そうやって“理性”を溶かして抱いた覚悟すら台無しにして、あるがままにと“本能”に忠実に自分自身以外全て見捨てていく薄情さを増していくのだった。


 風とは“孤高孤独”であればある程に“自由”を得ていくからだ。

 故に他者を必要としない、自力で立つ事を覚えた今の彼に“エゴ自己の保身”は在れど“アルト他者への想い”の情はない。

 そして“今”の自分の事しか考えられないのだから、後で後悔するだとか他の者がどうなると言った事だって考えに及ばない。

 だって今の自分はとても気分が良かったのだから。

 それを“もっと続けていたい”と思っていたのが“自分以外”の要因に阻まれてしまうのなら、一層のこと無い方が動きやすいと思ってしまうのが“薄情”となった人でなしの彼なりの思考回路だ。


 だから彼は今までの様に──“切り捨てる”選択肢を選んでいく。


「もう“どうでもいいや”。僕には関係ない事だし……そんな事より・・・・・・さっさと仕事終わらせちゃおう。アイツ等の相手くらいその後にも出来る。」


 自分の目的は“ボス格メインターゲットの撃破”。

 故にこそしたっぱ・・・・程度の敵に興味はない、ので戦略的撤退! と脳内で体の良い口実を浮かべていく。

 部が悪いのだから一旦後に回そう、“他”にやるべき事があるから、自分には関係無いから。

 本音は“痛い思いをしたくないから”だと言うのにそうやって言い訳を考えては、今は部が悪いのだから仕方がないよなと肩を竦める。


 彼はいつもそうやってきたからこそ後で後悔する。

 折角良く回る頭を取り戻した所で自己保身に囚われた思考ではその先にどうなるか。それが後に自身を苦しめる諸刃の剣であるという考えに至れないのだ。

 高過ぎる視点では足元にある大切にするべきであった細やかなものに自覚が遅れてしまい、何度と後悔したことも忘れては結局捨て続けてしまうのだった。


 そして今回もまた同じ過ちを繰り返そうとした、その時だった。


「さて、そうと決まればさっさと目的地へ──……うん?」


 それは“秒針”の音。

 カチコチカチコチと、何かの“時刻タイムリミット”が近いことを示す合図。


 いつから響いていたのか、漸く自覚出来る程に音が大きくなり始めていたそれに今更気付いた彼は、その久方ぶり・・・・に聴く“悪魔の秒針”に段々と顔を青ざめさせていった。


「ちょ、ちょっと待って! 今の時間は……20時戌の刻前!? “約束”の時間直前じゃないか! ってことは、つまり──」


 そしてアーサーは真っ青な顔を足元へと向ける。

 するとそこには光を帯び始めた魔法陣がアーサーの足元直ぐ下の宙に浮かんで、何かの魔法が発動しようとしていた。


 それは“特別な条件下”でのみ、対象者である“アーサー”に向かって自動的に発動されるもの。

 とある人物と取り決めた“約束事”を対象者が予定時刻までにこなさず反故した場合において、例え如何なる理由があろうと“処罰”を与えるべくしてアーサーへと取り付けられた時刻の首輪


 その約束事とは──一日に二つ“主人マスター”の願いを叶える事。


「出来る訳がない! だって今日はずっと王国の外だったんだぞ!? それなのに、こんな……こんな理不尽な事あって堪るか!!」


 思わず涙目になりながら喚くアーサーはその魔法陣──逆さまの五芒星である“山羊の頭バフォメット”のシジルから逃れる為に翼をはためかそうとするが、それを察知したのかそこから素早く飛び出してきたのは魔力で構成された茨の蔦。

 それは逃がすものかと言わんばかりに彼の身体を纏わり巻き付いていき、アーサーが暴れもがこうとすればより身体に食い込んでは痛みを与えていった。


「ひいっ、やめっ痛い! あ痛たたっ!! 嗚呼もうッ、今まではこんな失態はなかったのに、全部全部あの男ソロモンのせいで目茶苦茶だ!! 王国に居ればこんなことならなかったのにぃ……ッ!」


 痛みを酷く嫌う彼は直ぐに抵抗を止めると、自棄になってその場にいない者へと悪態吐く。

 焦った所で、抗った所で彼はその蔦が力でも魔法でも千切れない事くらい知っているからだ。

 それに巻き付かれてしまうと魔法も力も無力化されてしまい全く意味を成さなくなる為だ、既に捕らわれてしまった彼は無力も同然。


 そうして逃亡が叶わない自覚があるからこそ、頭上の酸の雨と真下の魔法陣に挟まれて絶体絶命のアーサーは負け犬の遠吠えの如くその契約した相手へと恨み言を天に向かって吐くのだった。




「あの“魔女おんな”もだッ! 面倒な枷をかけやがってっ……いつか絶対泣かせてやるからなッミネルヴアアアアッッッ!!!」




 叫び声に呼応するが如し時間切れとなった左手の薬指に結ばれた赤色の“導火線”。

 彼の裸眼でしか見えないその魔力の紐が触れている場所に、チリッとした痛みを感じた瞬間──、




 ──チッ、チッ、チッ、カチッ、ドゴオオオオオオンッ




 轟く爆発音が空気を震わせた。


 それは爆風と発熱、それから対象者への“懲罰痛み”を発現だけを起こさせて、その他に対しては一切の破壊をもたらさない・・・・・・という奇特な自爆魔法。

 確かにそこが街中であれば様々なものを吹き飛ばさんばかりの爆風は凄まじいけれども、それに土を抉る様な威力は持たされていない。

 心を許す相手アルクレスの言う事以外、彼に関わる事以外に関しては手抜きかつ馬耳東風な聞き流すアーサーにお灸を据える為のものだからだ。


 だから幾ら誰に負けぬ程に強くなろうとも気が遠くなってしまう程の激痛を“一瞬だけ”引き起こすその気付け薬・・・・に意識を奪われたアーサーは、燻る白い煙を上げながら真っ直ぐ地上へと墜ちていくのだった。


 その場に残ったのは“何”もない。

 何故ならその出来事はその“爆発”は、彼等二人の間で──“魔女とその使い魔ミネルヴァとアーサー”の契約に置いて“黙秘”しなければならないからだ。

 だからこそ決して物語に載せられない・・・・・・


 一時のみ降り注がれた酸の雨は、先程の爆風とその発熱に地上へと付く前に蒸発された。

 上空には黒雲はまだまだ広がっているけれども、彼の直上にのみぽっかりと口開く様に空けられた風穴。

 二つの痕跡はその出来事が“確かに”あった事を証明する筈だったけれども、それも軈て出来事の内容を“すり替えられ”無かった事となっていく。


 故に、何処かで“ペン”を走らせた者が書き起こした物語にはこう書かれている事だろう。




 アーサーは身を呈して雨粒全てを受け負い、幸いにも被害を出さずに一時の雨は消失。

 そして傷を負った彼は地上へと墜落していった──と。






 *****






「……あら?」


 遠くの地で違和感を感じた彼女・・が紅い髪を揺らして左手を見下ろす。

 薬指に結わえた揺蕩う赤い糸が一瞬だけ、くんっと引っ張られる感覚がしたのだ。

 彼女は少しの間きょとんとしていたけれども、その意味をよく知っているからこそ暫くして小さく吹き出しクスクスと笑った。


「嗚呼いけない、わたくしとした事がすっかり忘れて・・・仕舞っていたみたい。……そうね、確かにそんな“契約”が在ったわ。」


 端正な眉を八の字に、それでいておかしそうに肩を揺らしながら静かに笑う彼女は軈て溜め息を一つ溢すと、たった今まで読み耽っていた本をぱたんと閉じた。


 王宮の一端、彼女──ミネルヴァの自室。

 質素な家具が申し訳程度に置かれているソロモンの部屋や、埃の被った使われていない物置同然のアルクレスの部屋と違い、白と黒のモノトーンで統一されたシンプルでも質素とは言わせない可憐なデザインの家具が置かれた、ちゃんと生活感のあるお姫様っぽい・・・部屋だ


 カーテンの付いた天蓋付きベッドは全てが真っ白。

 皺もシミも一つないシーツに、薄いレースのカーテンは雲のようにその生地の柔らかさを主張するように滑らかな波を打っていた。

 白いレースを敷いた机。

 卓上には小物と少しの本が立てて置かれ、卓下には横に二連の引き出しが備え付けられている。

 白い屋根と縁に黒い扉のクローゼットタンス、それは小さくて細長い小屋に見立てたものだ。

 それを支える四本足も先端がくるんと丸まっており、取っ手は蹄をモチーフにした形だ。


 只部屋にあるだけの家具にも、彼女なりに拘りを持って選んでいることが伺えるデザインだった。

 当然それに合わせる様な風貌の家具が他にも、彼女の部屋にはちらほらと見受けられた。


 アイボリーの壁に包まれた部屋に備え付けられている金縁に囲われた暖炉には、屋根の様に少しだけ付き出した机に可愛らしい犬と山羊を模した硝子細工が幾つか並べて飾られており、それには傷も埃も乗っていない。

 部屋の中央壁に寄せられた時計台は、薔薇の装飾が彫られた他の物より少しだけ豪勢なものだ。

 そこから響くカチカチコチコチと言った心地好い音は喧しくなく、慎ましやかに鼓膜を擽って静寂の耳鳴りを防いでくれていた。


 どれも洒落ており質素ではないけれども何処か“一国のお姫様”の部屋というには少し物足りない、豪華絢爛とは言い難いものばかり。

 それもその筈……と言っていいのか、彼女は元は“庶民寄り”であったからだ。

 勿論元が貧乏だったという訳ではなかったけれども、それでも金銭感覚が庶民感覚に近い彼女には金銀きらびやかな物に囲まれて暮らすのはどうにも心臓に悪い。

 だからこそ今では国の金庫を任される程に金銭の遣り繰りは彼女が全て管理し、そして携わってきた。


 ずっと王宮にいたアルクレスは軍事や警備関係には強くても政治関係となると頭痛を訴え始める程に弱いし、欲を張ることは少なくとも金銭感覚が王家寄りなので一度の購入金額が凄まじい。

 広大な土地でも買ったのか? と言ったレベルなのにその内容は服が数着、それからたまに武器庫が嫌に潤っていたりで思わず眉間を摘まむ程。


 ソロモンに関しては政治や政策についてやそれ以外に関しての知識は誰よりも秀でているのに、弟妹それからアーサーに関してはめっぽう甘やかしてばかりの“がば”。

 つまりは自分ではなく他の者に対しての散財が酷かった。

 話を聞けばアルクレスが“兄の為に”買い揃えた服はソロモンが選んだもの、そしてソロモンは拘りが無いようだけれどもアルクレスにはある様だった。

 それに“合わせたい”ソロモンが弟に着せたい服を見繕った上で、似通った物を自分も身に纏っているというのが、高額で似たような衣服が偶数で届く案件の真相だ。

 そしてアーサーを酷く気に入っており可愛がるソロモンだからだろう、厄介なことにその高額な衣服を……しかも王族向けのものだと言うのにアーサーの分まで取り寄せようとするものだから、それを自分・アルクレス・アーサーの三人がかりで止めようとした事が過去に一度だけあった。


 有能さ故に特別待遇をしているとはいえ、アーサーは“一応”奴隷の扱いである。

 本人とてその自覚はあるのだから、半ば執拗に三人兄妹の輪の中にアーサーを引き込もうとするソロモンに困り顔のアルクレスが嗜める姿は数えきれない程見てきた。

 流石に最近はもうすっかり落ち着いたけれども、アーサーの扱いを訴えるソロモンの声に難癖付ける王宮の古株ジジィ共をアルクレスが諫める場面はやはりまだ少なくならない。

 それでアーサーが必要以上に関わろうとしてくる、立場を揺るがそうとしてくるソロモンを裏で毛嫌いするようになってしまったのも無理もない話だ。

 どういう神経をしてか、アーサーは今の状況を“好都合”とすら思って胡座かいている程なのだ。

 それを図らずも気を使っているつもりが邪魔をしてしまっているソロモンを目の敵にして、時には人知れず凄まじい殺意を彼に向けている所を遭遇する事とてあった。

 気に入られようと尽くしたがるソロモンと要らぬ世話に邪魔をされたと日々嫌悪感を増していくアーサーの二人の鼬ごっこに、端から見ているだけだった妹ととしてはいつか彼等が報われてくれればと常々思う他ないのだった。


 そう言った事情もあってアルクレスが購入する高価な服が毎度“二倍”になって請求されてくるものだから、誰かがストッパーとして金庫を守らねばならない。

 彼等二人に任せようものなら国庫が空にされかねないのだ、自分がやらねば誰がやるというのか。

 そう思って名乗りあげたらまさかの満場一致。

 解っているのかいないのか二人の兄も否を唱えないものだから、その妙な信頼感はなんなのだと寧ろ逆に此方が心配になってしまうのだった。

 それこそ、もしや自分は“面倒事”をまんまと押し付けられたのだろうか? と兄二人をほんの少しばかり疑ってしまう程に。




 そう言った事もあって、この国へ来て始めて案内された大国のお姫様に相応しい豪華絢爛な部屋を経験した時、生活するにも何をするにも心底縮こまってしまって眠れぬ日々に思わず兄に泣き付いた事もあった。

 あの時には深夜に灯りもなしに兄を探して、何処に何があるのかも解らない王宮をさ迷っていた所を血相変えて一直線に迎えに来てくれたアルクレスからこっぴどく怒られたものだけれど、それももう今では良い想い出だ。


 あの時だって、きっとアーサーが彼に報せてくれたのだろう。

 見るからに迷う様子もなく、まるで何処にいたのか解っていた様な足取りで兄は走ってきたのだから。

 そしてアーサーも昔からアルクレスに関わる人物の動向に関しては随時、それこそ異変があろうものなら直ぐ様報せてくれていた様だから、こんなにも広い王宮の内部を覚えるまで何度と迷子になった時にはいつだって二人には助けられていた。


 それからソロモンも。

 王族としての勉学に行き詰まった時や礼儀作法、それから社交場でのダンス等大国の姫としては何としてもメンツを守らねばならないからこそ、遅れて学び始めた分死に物狂いで励んでいたのだけれどもやはり彼女は別段天才ではないのだから直ぐに全て覚えられる訳ではない。

 当然行き詰まったりすることだって何度もあった。

 その度に彼がフォローしてくれて、解らない場所を事細かに教えてくれたりアドバイスを貰ったりと、他の二人とは違う方面で助けられた。

 アルクレスはその頃から既に父・前王に付き従い戦争や他国の制圧に関わって、当時はまだ父の配下としてこき使われていたアーサーもそれにかり出されており留守な事が多かったのだ。

 兄からも「ソロモン兄上の側から極力離れない様に」と言い付けられていたのもあって、あの頃はソロモンにベッタリだった日々はそれはもう毎日が浮かれてばかりだった。

 だからアルクレスから直々にずっと一緒にと言われた時は嬉しくて嬉しくて、暇さえ見つければ何度でも彼の元へと駆け寄っていくのだった。


 それはもう、あの頃は兄のソロモンが好きで好きで堪らなかったのだから──でも、それももう“おしまい”だ。




 そして立ち上がって柔く軋んだベッドを背に窓際へと歩み進めると、窓枠の向こう、眼下に広がる宵闇に包まれた王都を眺めてその硝子に“黒”レースのグローブに包まれた手を触れさせる。


 いつもと変わらない風景、昼間のお祭り騒ぎはすっかり収まって民は皆就寝の準備に勤しみ始める時間帯──そう見える“だけ”のその景色。


「……はぁ。」


 今度は憂いの込められた溜め息が溢れた。


「折角御兄様達が終えさせたというのに、又戦争が始まるのね。」


 彼女の視線の先には兵士が集う稽古場。

 そこにはその空間を明るめる灯りが明々と点けられており、そこにいる兵士たる男達が夜遅くまで鍛練に励んでいる事を示していた。

 軍事関係を担当している兄──次男のアルクレスが何を考えてか、何処とやり合おうというのか、式典を終えて早々に何かに向けて軍を動かし始めたのだ。


 彼女は軍事関連には関わっていないので詳しい説明は聞かされていない。

 精々“王が新しくなったばかりだから他国に嘗められぬように”と何処から湧いた話なのかそう納得させてくるみたいな話を、侍女達が“噂話”している所を聞いたくらいだ。

 勿論信憑性は薄い。

 只そう言う話が出回って誰も疑問に思わない辺りが、平和ボケしているとしか思えてならない彼女は胸騒ぎを起こす危機感にどうにか気を静めようと、もう何度繰り返し見てきたか解らない刷りきれた本を引き出しの奥に隠していた所から取り出したのだ。


 硝子に触れていた掌に力が入り、きゅっと拳が握られる。




 今朝の式典で、彼女は“形容しがたい”光景を見た。


 それは輝かしいばかりの、愛しの“兄”への賛美の声。

 民が皆一丸となって彼の名を呼び讃える歓声。

 何も知らなければ“王妹”として誇らしい事この上無かったであろう、王として民に愛される“兄”の姿。

 本来ならばそんな催しは予定していなかった筈のものなのに、それは急に行われたのだ。

 あの光景はきっとあの人以外には起こすことの出来ない奇跡だ。

 本当ならば・・・・・自分も民達と同じくしてその賛辞に声を合わせたかった、喜びを分かち合いたかった。


 ──そう、“何も知らなければ”。




 トントン、と自室の扉がノックされる。


「……ミネルヴァ、俺だ。入っても良いか?」


 知った声が扉の向こうから聴こえてくる。

 ぴり、と緊張に身体を強張らせるけれどもそれをゆっくりとした呼吸で何とか解ぐし、震えそうな声を誤魔化す為に左手に持っていた扇子をぱっと開いて口元を隠した。


「どうぞ、御入り下さいませ。」


 何とかいつもの声音を出せて胸の内でホッと安堵する。

 するとそれに応えて扉を開いたのは声の通り、二番目の兄である“アルクレス”の姿だ。

 その姿を見てミネルヴァはすぅ、と目を細めた。


「式典の後、ずっと部屋に引き隠ってるって聞いたぞ。具合でも悪くしたのか?」

「いいえ。此処暫く、ずっと仕事に根詰めていたのですもの。無事・・式典も終えた事ですし、少しばかり休息していただけに過ぎませんわ。」


 いつもの様に、変化があればぶっきらぼうであっても直ぐに気にかけてくれる兄のその素っ気ない気遣いに、彼女は普段通りに返す。

 そうすれば自分と似た鋭い目に少しばかりの安堵の色を映した彼は「そうか」と溢した。

 そのまま視線を揺らし、会話が途切れてしまい何を言おうか迷っているのか何処か気まずそうな彼は頬を掻いては立てた足の爪先にくるりと踵を回す仕草を見せた。


「……何か有れば、相談くらいなら乗ってやる。兄上と比べたら出来る事は少ねェし、俺に何処まで出来るかは解らんが……まァ仮にもお前は俺の実妹だ。無下にはしねェよ。」


 目を逸らしたまま、少しだけ俯きがちにくぐもらせた声で紡がれた言葉は何処か照れ臭さを感じられる。

 そしてばちりと当たった視線の交差に、閉じた口をもごつかせては「それだけだ、休憩を邪魔して悪かったな!」と半ば自棄っぽく吐き捨てた彼は直ぐ様踵を返していった。


「御待ち下さいませ、アルクレス兄上。」


 自分だけ言うだけ言って退室しようとする兄に、咄嗟にミネルヴァは彼の名を呼ぶ。

 閉めかけていた扉がピタリと止まり、留まってくれた彼が少しだけ顔を覗かせては「何だよ」とじと目で此方を見遣った。


 その頬は少しだけ朱を帯びていた。

 いつもなら“照れるくらいなら放って置いてくれても良いのに”と、素直になれない兄の不器用な優しさに思わず笑いを溢してしまうものだったけれども、その時の彼女はやんわりと笑むだけ。

 そして扇子に隠した口を開いた。


「ねぇ兄上。私の格好を見て、何も思いませんの?」


 そう言って彼女はドレスを少しだけ摘まんで持ち上げる。

 細めていた眼差しの視線をドレスに落としていた所からすぅっと兄へと向けて、少し虚を突かれたみたいな顔をする彼の様子を見る。

 少しばかりドレスを見詰めて軈て、ふ、と笑んだ彼はその答えを返した。




「嗚呼、いつも通り・・・・・良く似合っているぞ。」




 返答はそれだけ、そのまま彼は扉の向こうへと姿を消していった。


 足音が遠ざかっていく音が扉超しに聞こえて、軈てしんと静かになるとぱちんと扇子を閉じた彼女はがくりと肩を落として脱力。

 ミネルヴァはそのまま大きく深い溜め息を溢した。




「………………はああぁ。何よあれ、全くもって“解り辛い”じゃない。」




 そして窓際にいた所をかつかつとヒールを鳴らしてベッドへと向かっていく彼女。

 辿り着くとぽふんっと身体を倒しては柔らかな布団に沈んで沈黙、かと思えばパタパタと腕を振り回して毛布を叩いた。


「全く、なんなのよ。口調や仕草所か、癖も言葉の返し方だってまるっきりアルクレス兄上“そのもの”だったわ! もしもの時にって“心理学”だってあれ程勉強したのに、まるで通用しないじゃないのーっ!」


 それは小声であったけれども、それでも喚きながら「あんなの解りっこない!」とやりきれない感情をベッドへの八つ当たりに無理矢理解消していく。

 しかしそれもまた暫くして意気消沈、コロンと寝返り打っては天井を見詰めて涙が溢れそうになるのを堪えた。




 彼女は知っていた、彼──アルクレスの中身が全くの別人にすり変わっている事を。




「アルクレス兄上……ソール御兄様……ぐすん。」


 片やそこにいても中身は別人に、片や“療養中につき面会謝絶”と居場所すら伏せられて何処かに引き込もっているらしい・・・二人の兄の名を呼んで、どうしようもなく心細くなってしまい揺らぐ心を抱いて彼女は身体を縮込ませる。

 本当は部屋の外へと出たいのだけれども、逃げ癖のあるアーサーですらその気になれば簡単に突き止められる彼女なのだから居場所くらい直ぐ様探し当てられる。

 だからこそ今すぐ愛しの兄の元へと向かいたいと思ってはいた。

 しかし今の彼女の“状況”ではそれは叶えられない。


 今一人で王宮を歩き回るのは“危ない”からだ。


 今までは“番犬”が目を光らせていた王宮に、そこに今まで息を潜ませていたけれどもこれ幸いと嬉々として蠢き始めた“善からぬ者”達。




 報告を受けた──“奴隷達が逃げ出し盗まれました”。

 話を耳にした──“■■誰々が部屋に閉じ籠っている”。

 寒気を感じた──“何かに見られている”。




 震え出しそうな手を抑えて、細く長く息を吐いては深呼吸で落ち着かせる。

 今まで、いつかはこうなることを予期して予め“色々”と手は打ってきてはいた。

 その為に“魔女”と呼ばれる程にアーサーを介して魔法や魔術を極めて、自分一人となっても対抗しえる様にと力を付け、知識を蓄え、策を練ってきた。


 だから……と彼女は意を決して身体を起こす。

 胸に掌を置いて気を静め、もう一度呼吸を整えては前を見据えた。


「(私が、しっかりしなくては。)」




 ──……くすくす。




 不意に耳にした、小さな小さな囁き声。




 ──ねぇねぇ、聞いた? あの噂話。


 ──何々? 聞かせて、どんなお話?




 秒針の音以外しんと静かだった筈の部屋。

 そこには彼女一人しかいない筈なのに、こそこそぽしょぽしょと内緒話が鼓膜を揺らす。




 ──厨房でぐつぐつ煮込まれたスープ、真っ赤なスープは飲んじゃ駄目なんだって。


 ──うんうん。


 ──王宮外れの見張りの塔、彼処には真夜中に近付いたら危ないんだって。


 ──ほうほう。


 ──地下室の奥の奥の薄暗がり、そこに“見てはいけないもの”があるんだって。


 ──へええ!


 ──それからそれから……、




 まるで告げ口の様に“噂話”を垂れ流していく囁く声達。

 じっとそれに耳を傾けて、聞き漏らすまいとミネルヴァは目を閉じて集中するとその話し声に交じって微かな物音が聴こえた。




 ──魔女の使い魔の白い山羊ルキフゲ・ロフォカレが嫌う、我慢の出来ない“シャン”が此処に向かって来てるって。




 そこで区切られた話に囁き声が“きゃーっ”とはしゃぐみたいな幼い悲鳴を上げてピタリと止むと共に、ミネルヴァの顔がサァッと青ざめた。

 飛び上がる様にして立ち上がった彼女は直ぐ様扉や窓の戸締まりをしては確かめ、カーテンで外からの目隠しに閉じては背を向け、物音聴こえた扉の向こうへと意識を向けた。


 上がる呼吸、上下する肩、震え始める身体に逸らすことの出来ない視線に、魔女と言っても只の人間でしかない彼女は恐怖し身を強張らせていく。

 聴こえたのは足音か、それとも引き摺る音なのか。

 ずず…ざっ、ずず…ざっ、とまるでびっこ・・・を引くみたいなその物音は段々とこの部屋へと近付いてくる。

 どちらにせよ、知ってはいたけれども対峙した事はないそれをおいそれと部屋の中へと迎え入れる訳にいかない。

 戦く身体に叱咤して、震える自分を勇気付ける様にと左手の薬指へと彼女は触れた。


「(……大丈夫。アーサーがいなくても、私一人でだって“生き残って”みせますとも……!)」

「──王妹殿下、ミネルヴァ殿下。夕食の準備が整いました。」


 びくり、彼女の肩が大きく跳ねる。

 扉の向こう側から聴こえてきたのはやはり聞き覚えのあるもの、いつも夕飯の配膳を任されている顔馴染みの侍女の声だった。


「今日は自室での御召し上がりになると御訊き致しましたので、御持ちした次第です。御入室の許可を頂きたく御座います。」


 コンコン、と再びノック音。


「料理長が腕を奮って御作りした、ミネルヴァ様御気に入りの真っ赤な“スープ”──ミネストローネも御座いますよ。湯気が立っている内に召し上がって下さいませ。」


 コンコンコンコン、急かすかの様な何度と繰り返されるノック音にミネルヴァは扇子の先端をドアへと差し向ける。




 ──それに返事をしちゃ駄目だって。


 ──居るか居ないかハッキリさせちゃ駄目なんだって。




「(解ってます! 解っていますとも! だからこうして返事を返さずに……、)」

「ミネルヴァ様? ミネルヴァ殿下? いらっしゃらないのですか? いらっしゃいますよね? どうかなさいましたか、御返事を! 御返事を!」


 コンコン、という音からそれは徐々に込められた力が増していき、ドンッドンッとドアを打ち破って来そうな程の音が響き出す。


「ミネルヴァ殿下! ミネルヴァ殿下ッ!! どうして返事が無いのです、そこにいらっしゃるのでしょう!? ……もしや異常事態ですか? であれば“勝手に”御入室しても構いませんよね!? でスよねェ!!?」


 バンッバンッバンッバンッ!

 叩き付けられている目の前のドアが音と同じ拍子にしなり、軋み、今にも壊されてしまいそうな程に悲鳴を上げていた。

 そして聴こえてくる声にも、始めは違和感程度にしかなかった口調の危うさが次第に浮き彫りになっていき、何処か“言わされている”と思わざるを得ない無理矢理発声させられているものへとズレ・・ていった。


「みネルうあッざマ!! みィねルヴアザまアアアッッ!!」

「……ッ」


 凄まじい声が廊下からビリビリと響き渡る。

 夜も更けていて王族の部屋の前でこんなにも騒がれているというのに、警備達の所か他に誰かが来ようとする気配すらないのがより一層不気味だ。

 得体の知れないものが明確に自分へと牙を向けているのだ、恐ろしくない訳がない。

 そうして膨れ上がる恐怖心から彼女は思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られてしまうのだった。


 人や魔物相手の実戦経験は有ろうと、今扉の向こう側のそれはまた別次元のもの。

 この未来を予測“出来ていた”からこそそれまでに経験を積んできていたとしても、今まで身近にいた人間の“内側”に身を潜ませ人知れず虎視眈々と“自分達”を狙っていたものなのだ。

 気味が悪いし恐ろしい事この上無いのも当然だろう。


 しかし彼女とて一国の王女だ。

 国を背負う王家の乙女としての高貴たる者としても、そして“光の民”である一人の薔薇若女ばらをとめとしてもプライドがある。




 “子々孫々須く、民の子たる者皆強き薔薇・・であれ。日々走り続けよ。”




 一族の掟とも言える光の民の長“紅き女王”が掲げたその信念ポリシーに従って、彼女もまた気高く咲き誇る“薔薇”で在らねばならない。

 故にこそ、彼女は“ハシバミ”の枝で作られた杖代わりたる彼女特製の扇子に今にも爆発してしまいそうな火花を散らす火球に魔力を込めて、その扉をぶち破って入ってきそうな“外敵”へと狙いを定めたのだった。


「(来るなら来なさいな、その顔を見ようものなら即刻消し炭にしてやりますとも!)」


 彼女が覚悟を決めていたその最中ですら扉を叩く音は止まない。

 腕や拳所か、体当たりでもしていそうなその激しい音に交じって何かが潰れるみたいな嫌な水音すら聴こえて、発せられているその声も随分崩れてきており聞き取り辛くもなっていった。


「おオオばえを守ッまももルみごご、ゴミのぬぬぬいいぬはもヴいないずおッ! はやくはやくはやくお前の、カッカか身体を寄越せ、よこセよこせよこせええげげげがァッ!!」


 最早化けの皮は剥がれ落ちた。

 “我慢の出来ない”虫は宿主の口を介してミネルヴァを脅し叫ぶ。


 当然それに応える訳にはいけない。

 しかし虫が言い放ったその“言葉”にカチンと来てしまった彼女は、恐れも忘れて思わず口を開いてしまった。




「アーサーは“ゴミ”ではないわ、歴とした人間よ!!」




 その言葉を境目に音がピタリと止んだ。

 しかし彼女は構わず続ける。


「怪物でも、犬でも何でもない。あの子が只の人間だったのをそう“作り替えた”のは貴方達じゃないの。」


 静かに、それでいて自分の中に滾らさせる程の怒りを感じながら彼女は彼女が二番目・・・に愛した“想い人”たるその人への侮辱に“否”と唱える。

 しかし返してしまったその声に、扉の向こうのそれはにたりと笑みを浮かべたのだった。

 獲物が確かにそこにいることが解ったからだ、狙いがより定まっていく。




「いいや、あれは確かに“ミ=ゴ”だ。元は寒く酷く高い山にいて、声無き声テレパシズムでの意志疎通と異常なまでの探求心。更には我等の同胞の“脳髄”を抜き知識を盗み、在ろう事か“鞭”まで奪っていった。そんなものがお前達と同じ貧弱な人間である筈がない。」




 扇子を握る手に力が入る。

 下卑た笑い声を扉越しに聞いて、頭に血が昇る感覚を覚えながらも釣り上げた目をより険しくしたミネルヴァはより敵意を熱く燃え滾らせていった。

 そんな彼女を恐れる事などない虫は嘲笑い、そして最後の仕上げと言わんばかりに笑い混じりの声を響かせた。


「やはりそこに居るんだな? 漸く追い詰めたぞ。」


 バンッッ!

 再び衝突音、扉の中心部がめり込んだ。


「大人しく我等に従っていれば良かったものを、妙な育て方をしやがって……ずっと奴の“目”とお前の“蜘蛛の巣”が邪魔で邪魔で仕方がなかったんだ。後はお前さえ排除してしまえばこの国は我等のモノ同然だろう。」


 バンッッバンッッ!!

 めり込みが二つ、今にも扉は破れてしまいそうだ。


「“我等が神”の種子を植わえた嬰児も、漸く我等の手が出せぬ域まで育ってくれたのだ。それなのに何者かに“御神体”を盗まれて今や行方知れず……だが、」


 バンッッッメリィッ!!

 ひしゃげすぎた扉の中心部に穴が空いた。

 そこからぐちゃりと粘度のある水音を響かせて顔を覗かせたのは、知った顔だった筈のものがすっかりと潰れて原形の留めていない、元は顔面らしき叩きこねられた赤々とした肉塊だった。


「お前が広く張り巡らせた“それ蜘蛛の巣”があれば、きっと我等が神も探し出せる筈……!」


 ずるりと崩れ落ちた肉の向こう側から大きな複眼が二つある顔が現れた。

 そこには昆虫の顔に三つの濡れそぼった口、十本の節ばった足は天道虫に似た身体から伸びているけれどもその身体のサイズは鳩程に大きい。

 見たこともない巨大な虫だと言うのにそれが姿を現したのは元は人である肉塊の頭の中から。

 その光景にミネルヴァは思わず悲鳴を上げてしまいそうになるけれども、咄嗟に口を噛み締め声を飲み込んでは気を張り巡らせる。

 そしてそれ目掛けて魔法を放とうとするが、その虫は姿を見せるや否や肉塊からずるりと這い出ると目にも止まらぬ速さでミネルヴァ目掛けて飛び上がったのだ。


「この身体ももう限界だ、だから……さぁ、寄越せ! お前の身体ごと、お前の全てを寄越せ──ッギャアアアアッッ!?」


 それは自身の身体よりも小さなその穴の隙間を掻い潜って──ではなく、明らかに物体を通り抜けて部屋へと侵入してきたけれども、その姿をハッキリと視界に映った矢先に凄まじい悲鳴を上げた。




 それは黒くて細長い“何か”が腕らしきものを伸ばして、部屋へと侵入してきた虫を引っ捕らえた光景だ。

 しかも只捕まえるだけではない。

 身体を串刺しに貫いて動きを封じた上で、その装甲のない柔な身体に一撃死を与えるもの。


 不意を打たれて逃げる間所か気付く間すら与えられず、ミネルヴァには一ミリたりとも触れる事も叶わぬままに絶命した虫は、その腕にゆっくりとその死骸を持ち上げられていく。

 そしてそれは天井へと連れていかれていって、それを迎え入れる様に裂けて“くぱぁ”と開いたのはトラバサミの如く大きな口。




 ──あー、ん。




 ぱくん。

 幼い子供の食べる時の呟きと共に、腕ごとガチンと一の字に閉じられたその口は波打ち咀嚼。

 そして少しして飲み下す音を立てると“けぷり”と息を吐いた。




 ──……身が少ない、物足りない。




 囁く声が不満を溢す。

 それを見守っていたミネルヴァがそこで漸く緊張の糸を解いて胸に手を置いて安堵の息を溢すと、見上げた天井へと優しく声をかけた。


「有り難う、シスタ・メイ。貴女が居てくれて本当に助かったわ。」


 すると天井の口がすうっと消えたかと思えば、そこから滲み出る雫みたくポトリと落ちてきた。

 そうしてミネルヴァが広げていた両掌の皿の上に、とん、と着地したのは掌サイズの“黒い仔山羊”。

 デフォルメちっくに二頭身でぷくぷくむちむちと愛嬌ある風貌。

 人間と同じ様に二足歩行で立ち上がったそれは修道女の衣服を纏っており、それが一切動く事がなければマスコット人形にも見えたことだろう。


『めぇ、これがあたち達のオゴトでしゅもの。おけがはないかちら? あたち達ななひききょーだいの“ごしゅぢんちゃま”、アラクネーの魔女しゃん。』


 そう言って彼女・・は修道服の黒いドレスを左右で摘まむと行儀良くカーテシーをした。


 それは“使い魔”──黒い仔山羊のシスタ・メイ。

 獣に近いけれども獣ではなく、人っぽく振る舞うけれども人ではない。

 とある“存在”から生まれ出でた分身体の一端的なもの──“精霊”だ。


 ミネルヴァは魔術や魔法を使うに自前の魔力を持っている為に、精霊と契約をする必要がない。

 しかし訳あって彼女と契約しなければならない理由があって護身として彼女達に護って匿って貰い、時に代償を払いながら主従関係を結んでいるのだった。

 

 彼女に“ご主人様”と呼ばれたミネルヴァはそんな彼女の二本の角が生えたフード付きの頭を人差し指で撫でるとシスタ・メイはテレテレと笑んで両頬を蹄の手で包みこんでは嬉しそうだ。

 それを見て微笑んでいたミネルヴァは、軈てそれも表情を曇らせていった。


「でも、御免なさいね。今直ぐにでも“御礼御褒美”をあげたいのだけれど、今は部屋を出る訳にはいかないの。もう少ししたら国を出る・・・・から、それ迄待ってて貰っても良いかしら?」


 申し訳無さげに眉を八の字に下げて掌の上の彼女に詫びるミネルヴァにシスタ・メイはにぱっと笑ってこくりと頷く。


『めぇ、もちろん!』


 何を気にかける事もなくシスタ・メイは快い返答をしてミネルヴァは安堵し「有り難う」と再び礼を返した。

 ニコニコとそれを受けていたシスタ・メイ。

 しかしそれがころりと表情を変えて切った半月のスイカの様なキッと怒りの眼差しへと切り替わると、こんっこんっと蹄の脚を鳴らし始めたのだった。


『……それにちても“さっき”の、ひどいセリフだわ! ごしゅぢんちゃまのその“かっこう”ににあってる・・・・・だなんて!』


 ぷんこぷんこ! と怒りを露に憤慨して『さいてーなおとこ! あたちきらいになっちゃいそう!』と叫ぶ。

 それにミネルヴァは苦笑して、どうどうと彼女を宥めた。


「良いのよ、シスタ・メイ。あれは私が“確かめ”たかっただけだもの。貴女が怒るような事ではないわ。」

『でもごしゅぢんちゃま! あれはあんまりなのだわ! だって──、』


 シスタ・メイが自身の前両手を持ってきて、彼女に訴える様にしてそれを口にする。




『ごしゅぢんちゃまの“いつも”はおうちに身をささげる為の“ウェディングドレス真っ白な婚姻服”! でも今のかっこうは“もにふすドレス真っ黒な喪服”だもの!』




 必死な彼女の言葉に、黒いヴェールを頭から下げていたミネルヴァが悲しげに笑みを浮かべる。

 彼女が今身に付けているものは全身黒で統一されたドレス、いつもと真逆な“国に対して”反抗心を見せるもの。


 “私の愛した国は死んだ”。


 皮肉を込めた彼女の真っ黒なドレスのその意味。

 曾て兄が王となる国に一生添い遂げるつもりでずっと白一色に着飾っていたけれども、その必要が失くなってしまったのだ。

 何故ならこれからこの国はきっと、前王がいた頃と変わらなくなる──そんな気がしたから。

 だからその前に、身動きが取れなくなってしまう前に動き出さねば。

 そう思って彼女は“国”を捨てる覚悟を決めていたのだ。


『ごしゅぢんちゃま、かなしそう。』

「このくらい大丈夫よ。あの時は少しだけ驚いただけなの、ショックだなんて思っていないわ。」

『めぇ……むりしないでくだしゃいね。あたち達がいるんだもの、ひとりでばっかかかえこんでちゃしんぱいになっちゃうわ!』


 シスタ・メイの親身になって彼女を労る言葉に胸がじぃんと熱くなる。

 そして心から信頼し頼りになる彼女を撫でようとまた手を近付けると、その前に彼女がひしりと手にしがみついて彼女の方から手を撫でられてしまった。

 自分は自分が思っているよりも憔悴しているのだろうか、気を張ってばかりだったのがそれで肩の力が抜けてしまってつい涙腺が緩んでしまいそうになる。


 しかし今は泣いている時間はない、考えねば。

 考えて、最善を尽くして、この最悪な状況をひっくり返すに使える何かを探し続けなければならないのだから。

 だからこそあの“兄”の中にいる人物の事だって、調べて探って裏を掻き兄達を解放させる為に彼女は走り続けなければと心に思うのだ。


「(それにしても、あの人は何を考えてあの“答え”を返したのかしら……?)」


 喪服を「似合っている」と彼女に返答したあの兄の様で兄ではない誰か。


 本来ならば兄だったらその服の意味を知っている筈なのだ、あの人が気付かない筈がない。

 寧ろいつもの兄であれば見た瞬間ぎょっとしてしまうだろうと思っていたのだけれども、それすらなかった。


 それはまるで日常的だというような自然さで──“見慣れて”いるかのようだった。

 

 そうやって幾つもの疑問に頭を捻り考え事に耽っていくミネルヴァ。

 目の前でやりきれない想いに足踏みするシスタ・メイにも思うところはあるけれども、他にも考えねばならないことが尽きない彼女は軈て片頬に手を添えてふぅと息を吐いた。


 兄達の事が気掛かりではあるけれども、自分がいては“足手まとい”になることは昔から知っている。

 彼女が“王宮に巣食うもの”を知っている由縁だ。

 物心付く前から王宮な居たアルクレスに、後から王宮へと迎え入れられた彼女はずっと守られ続けていたのだ。

 それこそ、彼女が来る“ずっと前”から。


「(だから私も力を付けたの。兄上達を“助ける”為に、只足手まといになるだけと成らぬ様に!)」


 パッと開いた扇子を口元に伏せて、彼女は只の小娘とは言わせない王国随一の魔法使い“蜘蛛の魔女アラクネー”の王女ミネルヴァとして声を張る。

 行動不能となった兄達と遠方へと旅立った“想い人アーサー”の為だと、一人立ち上がった彼女は振る舞いを正してしゃんと胸を張ると“先ずは”と始めにすべき事にミネルヴァは傍らの机の上に彼女を乗せて、“七葉の使い魔達シスタ・メイ”のリーダー、サタナ土葉へと指示を出すのだ。




「後悔を残さぬよう出国する前に遣るべき事を成します! 司令塔リーダーシスタ・メイ=サタナ、急ぎ“紅き女王”への書状を書き起こすのでシスタ・メイ=テュナ火葉へ“郵便屋”へと手紙を届けるように伝令を。その後私は国から“追放”される様此方から仕向け・・・ます!」




 小脇に挟んでいた扇子を改めて手に持った彼女は指揮棒の如くそれを振っては勇ましく、頷くシスタ・メイへ次々と命令を送っていく。


ムンナ月葉はアルクレス兄上の動向を監視、ソナー水葉は引き続き異変を察知したら“蜘蛛の糸電話”でサナー日葉へ伝達すること! それから……」


 彼女の言葉に反応してシスタ・メイ=サタナの身体からは伸びては千切れ、伸びては千切れと彼女と似た個体が複数飛び出して、それぞれが役割通りの配置へと飛び立っていった。

 その最中にミネルヴァが指示を出す口を止めると、訝しげな表情を一瞬浮かべてはシスタ・メイへとそれを訊ねる。


「前に手紙の配達を任せたシスタ・メイ=サズナ木葉はまだ帰っていないの? あの仔は一体何処で道草を食っているのかしら!」


 七匹のシスタ・メイの内二匹の姿がないのだ。

 一匹……否、一人・・の方は理由は解っていても、サズナと呼んだ黒い仔山羊が出先に向かってからというもの留守のまま。

 余りにも帰ってこない彼女に、ミネルヴァは早目早目に動いていかねばいけない状況であるが為に、ほんの少しだけ苛立ち混じりにそうぼやく。

 すると彼女の疑問に答えるべくして天井の大きな口──シスタ・メイ=サナーがそれに返答した。




 ──サズナは郵便屋の愛娘“クジラ雲”の胃の中にいるみたい。




 彼女の欠伸交じりな声が耳に響き、それを聞いてミネルヴァが顔を引き釣らせた。




 ──“もくもくちゃん食いしん坊さん”ったら久し振りに“従姉妹仲間”に会えたのが相当嬉しかったみたい! 見付けて喜んではしゃいじゃって、うっかり手紙ごとぱっくん! 釣竿抱えたのんびり屋の郵便屋は顔真っ青、きゃははは!




 付け加える様にシスタ・メイ=ソナーがおかしそうに笑って応えると、頭を抱えたミネルヴァが思わず叫んでしまう。


「笑い事じゃないわよ! その手紙だって、アーサーに宛てたものでしょう!? “駄目”になったらどうするのよ!」


 ああもう! と彼女はしゃがみこむ。

 その手紙には“大事なもの”が入っているのだ、それが“クジラ雲”とやらの胃液等でおじゃんにされたら大変な事になる。


 昔取った杵柄だ。

 嘗てアーサーを使ってレプリカ贋作とすり替えた国宝・・であったものをこっそりと忍ばせたものだった。

 当然何かの拍子でそれが露見されようものなら、巡り巡って“アーサー一人のせい”にされようものならそれこそ意にそぐわない展開になってミネルヴァが予定していた“計画”が目茶苦茶になってしまう。

 特に今は不運な事に彼女が最も腕を誇る“道具”がないのだ。


 昔故郷へと帰郷した際に極めに極めたその技術を“紅き女王”に腕を認めて貰い、そして承った彼女の“裁縫鋏”。

 それは彼女が“蜘蛛の魔女”と呼ばれる由縁であると同時に、縁を切ったり舌を切ったり口止めに使ったりととても便利の良いものだ。

 しかしそれは今“元の持ち主”の元へと返してしまっている。

 先日・・手渡したばかりなのだ、おいそれと直ぐ返して貰えるとは思えないしその人は既に遠方にいる。


 それで顔を青くしてどうしたものかと考えを巡らせていた彼女に、シスタ・メイ=サタナがコロコロと笑って『めぇ! だいじょーぶでしゅよ、ごしゅぢんちゃま!』と言った。


『“クジラ雲”の胃の中ならいちばんあんぜんだもの。ゆーびんやがごしゅぢんちゃまのらぶれたーお手紙をちゃんとフライダー金葉すえっこアーサーまでもってってくれてるのなら、しんぱいするような事は何もないのだわ!』


 そして彼女が“めぇ!”と同意の言葉を同胞へと求めると、呼応して他のシスタ・メイ達が“めぇ!”と返した。


「そう、なのかしら……?」


 不安げな顔を上げてミネルヴァはサタナを見詰める。

 そうすればサタナは頷いて屈託のない笑顔を向けたままに、真摯に彼女を励ますように言葉を返す。


『めぇ! ごしゅぢんちゃまは“クジラ雲”と会ったことがないからわからないかもだけど、あの仔は“ポップでキャンディにおませな雨玉”ばかりだもの。甘えたがりだけど、同時に甘やかしたがりでもあるからぜぇんぜんへーきよ!』


 そして彼女はまるで自分の事みたく“えへん!”と誇らしげに振る舞うと、自信ありありなサタナのその頼りみのある姿に少しだけ気分が晴れてきたミネルヴァがくすりと笑った。


「……ふふ、そう。なら貴女達の事を信じようかしら。」

『めぇ! しんぢてくだしゃいな! 仔山羊たる“おとめ”に二言はないもの。』


 そう言ってサタナは姿勢を正し、胸に前脚の蹄を付けるとミネルヴァを真っ直ぐに見詰めて“誓い”の言葉を口にした。




ほーじょーとだいち豊穣と大地をつかさどる母よりの“ひすい翡翠の角”にちかって、おなじ親・・・・をもつどーほー同胞に嘘はいわないわ!』




 彼女の“親”と似た翡翠色の角を頭に生やした健気に真っ直ぐな、“大地”の仔であるが故に長女のサタナ土葉からの言葉に、思わず感極まりそうになりながらミネルヴァもそれを返すべくして左手のグローブを剥ぐと、その手を同じ様に胸に当てて彼女も“誓った”。




「ならば私も。繁栄と再生を司る寄りの“翡翠の爪”に誓って、同じ祖・・・から生まれた貴女達の言葉を信じます。」




 それを口にした彼女の左手、露になったその薬指の爪先には他の色とは違う“翡翠”の色を湛えていた。


 左手の薬指にある翡翠色の“爪先”。

 それはシスタ・メイの黒い仔山羊達、大地の化身が産み落とした子供達である精霊──大地の守人ニュムペー達の“母親”と光の民の“父”である“先祖”を同じだと言う事を証明するもの。


 

 神の高い視点──外側から見れば“神そのもの”である世界に滲み出た彼の恩恵たる“魔力”だけれども、それは世界の内側からの視点で見れば天地海の化身たる獣達から溢れ落とした“恵み”というものになる。

 そうして彼等が残した恵み達の中で、集まり固まっていった“魔力の煮凝り”として精霊へと変じていったものの中でも時折“自我”を得た個体としてマーリンへと変わった“猫”、モーガンへと変わった“鳥”、そして“山羊”のシスタ・メイ等が存在しているのだった。

 つまりシスタ・メイは、今では妖精と変じた“マーリン”や“モーガン”と同類のものだということだ。


 そしてミネルヴァの爪先の翡翠色は勿論同じ民出身であるアルクレスやアーサーにだって存在する。

 彼等が“古の勇者”末裔としての遺伝である真っ赤な髪と目の色とは別にある他の人間達との違いを表すもう一つのその“特異性”が、初代“紅き女王”が残した子孫と彼等の祖先たる父──大地の化身“蛇”と交わって代を重ねていった証であり“契約”の証だったのだ。


 だからこそ勇者の子孫であり化身の血筋である“光の民”の子供達が“普通”の人間で要られる筈がなかったのだ。

 彼等は皆、他者とは違う“異端さ”を持って生まれてくるのだから。

 故にこそ迫害や諍いを避ける為に歴史に関わる事なく隠れて──“蛇”が彼等に残した“隠蔽”の技術を持ってして、誰に見付かる事のない彼等だけの隠れ里を築き暮らしている。

 

 隠蔽の手段は様々だ。

 とある“契約”を交わしてそれに纏わる条件を満たした・・・・場合、例えそれが本人の意思にそぐわぬ事故であったとしてもその場で懲罰デメリットを受ける事となり、身体の自由を奪われたり時には“魂”を抜かれたりするもの。

 彼女の様に“舌を切る”事で特定の話題に関しては“情報伝達意志疎通”の手段──口頭・筆談・思念伝達を封じ込める事が可能な“裁縫鋏”の様に、強行的な口止めを行える手段として存在する特別な道具アイテムを使う事もある。

 勿論“アーサー”の故郷の様にその領域に入る為の“条件”を揃えてしまえば、知らなければ誰にも見付からない、知っていれば誰だって入られると言った“道を示す為の暗号”をトリガーとした隠れ家もそれらと同様のものだ。


 そう言った事もあって誰も彼等の居場所を知る事が“出来ず”に、そしてそれを“知る者”は皆口を割る事はしない──“出来なく”されているのだった。


「……只ね、一つだけ“訂正”させて頂戴。」


 ミネルヴァの言葉にサタナがきょとんと彼女を見上げる。

 その表情は微笑んではいるけれども、彼女の視線は何処か遠くを見詰める様な眼差しをしていた。

 そして穏やかに静かな声音でサタナを諭す様に彼女は言葉を紡いだ。


「私がアーサーに送ったのは“恋文”ではないわ、寧ろ“決別”の為に贈ったものなの。」


 中身は手紙だけれども、それに封じ込めたのは“彼”が今まで最も欲して止まなかったもの。

 情報収集や監視の為に日々範囲を広げていく彼女の蜘蛛の巣に、うっかり引っ掛かけてしまったのを“偶然”見付けて手に入れる事が叶ったものだ。

 そしてそれはその“赤い糸”が解ける条件へと近付く“キーアイテム”でもある。


「あの子がちゃんと私達から離れて、“人として”一人でも生きていける様に元に戻さなくちゃいけないもの。その為にはいつまでも此処に縛っていちゃいけない。……勿論、私“達”も彼にばかり頼ってちゃ駄目だわ。早く一人で立てるようにならないと。」


 それを言った彼女は穏やかな笑みを浮かべながら左手薬指から伸びた、赤い糸が括られた場所を右手の爪先で撫でていた。

 赤い糸は普通のままでは触れられないからこそ“裁縫鋏”の無い彼女にはそれに触れる事だって出来ないのだけれども、その赤い糸は二つ・・の方向へと伸びて宙を揺蕩っているのを彼女の目には見る事だけは出来る。


 本来そのアーサーから伸びてきた糸の先に彼女が“経由”するなんて事はない。

 それはミネルヴァ自身が“本来の相手”へと直談判し、無理を言って彼を繋ぎ止める為にと“間に立つ”赦しを経て、そうしてようやっと彼女の薬指をくるりと一回りさせて貰ったものだからだ。


 つまりは……悲しいかな、アーサーに恋する彼女は只の横恋慕。


 生まれた頃から魂レベルで心惹かれて止まない“光の民の乙女”の宿痾──古の勇者“アルモニア兄ソロモン”への恋心は、兄と妹という関係性間近な血の繋がりの壁にて敗れた。

 その本性や本質に触れれば触れる程に心惹かれていった今世の勇者“アーサー”には既に決まった運命の相手がいることを知ってまた敗れた。


 そのどちらもが彼女が大切にしたくて仕方がないものなので、それ故に芽生えた“恋心”を砕いても尚、彼等の為にと走り続けているのが彼女“ミネルヴァ・フォン・スケルトゥール”だ。


 故にこそ、彼女は只の人間であったけれども今や只の人間よりもずっと“心”が強い。

 そして“だから”と言って彼女は今日も人知れず、大好きな兄達や想い人を救う為にと国に対する“反逆者”として暗躍していくようになっていくのだった。






 *****






「──んじゃ、心の準備はOK?」


 “一人と一匹彼等”の間に立った彼が片方にそう問い掛ける。

 するとその質問をされた片方──名無しが緊張に強張った表情のままこくりと頷いて、彼のその手元をじっと見守った。


「……大丈夫、覚悟は出来てる。この先何が起きても……おれ、絶対に“頑張る”……から。」

「よしよし、その意気だ。その調子のまま、絶対に“心”を折らないように歯を食い縛って抗っていてくれよ~? でなければ全てが“おじゃん”だからね!」


 いつもの調子の声音でも言っている内容は何処か物騒な彼の──マーリンの言葉に名無しは思わず震えてきそうな息を無理矢理吸い込んで、そして吐き出してと自身を落ち着かせる。

 その胸に手を置く右手には一本の指から流れるように一つの“線”が延びており、それは途中で手にしているマーリンを経由してその向こう側で眠ったまま獣──ロヴィオと繋がっていた。


 名無しの目にはその線の色は随分と濃い色に見えるけれども、セピア単色からのグラデーションでしか映らない視界でなければそれがもっと別の色だと言うことは理解している。

 しかしかといって“では何色なのか?”と問われたところで解らないそれを、何処から取り出したのか掌よりも大きな“鋏”を持ったマーリンはそれを開いて今にも切り落とそうと刃の間に線を潜らせていたのだった。


「よし、じゃあ……キミとロヴィオ・ヴォルグの“縁”を切るよ。その後は絶対に“声”を出さないでね。」


 そしてマーリンが鋏を持つ手に力を込めていく。

 きっと自分の身体に心臓があればばくばくと煩い程に高鳴っていた事だろう、口許を抑えて名無しは込み上げてくる恐怖心をひたすら噛み殺し続けた。




 ──じょきん。




 鉄が擦れ合う音が洞穴に響き渡る。

 線は絶たれてマーリンの掌で先がない二本の線が握り締められる中、切られた瞬間に二つの身体がびくりと大きく跳ね上がった。


「──っ、」


 がくりと脱力し膝を付いたのは名無しだ。

 必死に口を抑えて身体をガタガタと大きく震え、そして縮込ませる彼は目を大きく見開きその表情は酷く辛そうだ。

 今にも口から飛び出してきそうな悲鳴に凄まじい喪失感による悲しみと絶望の吐露を必死に飲み込む名無しは、溢れ落ちそうな涙とて我慢し続けねばならない。


「(寒い、寒い、寒い、寒いっ……!! 身体が軋む、居場所が何処にも感じられないっ……寂しくて、怖くて頭がおかしくなりそうだ……!!)」


 それは死んだ時の痛みよりもずっと苦痛を感じるものだった。

 まるで魂ごと身体の半身を引き千切られる錯覚。

 今まで何度と自らを痛め付けその痛みに助けられた自分とはいえそれら全てを凌駕する程で、只々ひたすらに苦しみばかりを名無しに与えていく。


 叫びたい、声に出して泣き喚きたい。

 苦しい。

 身体を満たしていたものが一気に剥ぎ取られ、まるで胸の中をぽっかりと穴が空けられたかの様な喪失がひたすら寒さを感じさせてくる──心細さに凍えてしまいそうだ。


 奥歯をガチガチと鳴り響かせ、今なら吐いた息すら白く染めることが出来そうなくらいに身体の内側の温度が冷えていく感覚を覚えながらも、言われた通りに無我夢中で声を噛み殺し続けて堪え忍ぶ名無し。


 その最中、マーリンは手早くロヴィオから伸びた線を“藁人形”へと結び付けていた。

 身体を痙攣させ、強張らせ、眠ったまま魘されている彼を今目覚めさせる訳にいかないからだ。

 彼から伸びる線を人形の片腕へとくくりつけ、そして続けて名無しの線を人形の首へとくくりつけていく。

 そして“自身”から伸びたロヴィオ・ヴォルグへと続く線にも鋏の刃を向けると一気に“ばすんっ”と切り落としたのだった。


「──ッぐ、ぅ、」


 聞こえた呻き声に、気を張っていないと意識を飛ばしてしまいそうな頭をやっとの思いで持ち上げて映った名無しの視界に、苦悶の表情に脂汗を滲ませたマーリンの姿が映る。

 震える手付きで自身から伸びた線を人形の首に、そしてロヴィオ・ヴォルグからの線を空いた腕へとくくりつけて、そしてその人形を手にしたまま名無しの方へと足を向けようとしたマーリンがふらりと身体を傾けてそのままどしゃりと倒れ落ちた。

 思わず声を出しそうになってしまう。

 彼の元へ駆け寄ってその身体を支えたいのだけれども、名無しとて身体を動かせそうにない程力が抜けてしまい立ち上がることすらままならない。


 どうしてだろうか、今まで“マーリン”という全くの別人だと思っていた存在が今では“ロヴィオ・ヴォルグ”そのヒトだと思えてならないのだ。


「っあ゛ーー……くそっ、たかが“親子”の縁を切った程度で、こうも身動き取り辛くなるとか……ホント勘弁して欲しいよ、全く……!」


 悪態吐きながら震える腕で身体を支えながら何とか起き上がろうとするマーリン、その言葉に名無しが声もなく驚きに瞳を揺らした。

 その些細な様子に気付いたマーリンが窶れた表情に自嘲的な笑みを浮かばせては乾いた笑い声を吐き出した。


「……驚かせちゃったかな? まぁきっとこいつからは何も聞かされていないだろうもんね、知らない筈さ。うん、ボクはこの獣が落とした魔力で出来た精霊だよ──今は独立して“妖精”になってるけどね。」


 よいしょ、と声を溢して漸く座る体勢にまでこじつけたマーリンが息を吐く。

 そして両頬をパチンと叩いて自分を気付けてはぷるぷると頭を振り、はふーっと息を吐くと何処か垢抜けた様な吹っ切れた様子で呟いた。 


「…ふぅ、すっきりした。……あ、名無しはそのまま黙ったままでいてね、これはボクの一人言だから。」


 彼の言葉に名無しも声なく頷く。

 それににこりと笑むと片膝ついてはふらふらと立ち上がり、そして藁人形を手にしたままの彼は語り始めた。


「ボクは……ううん、ボクらは親に産まれたことすら自覚して貰えなかった“空から溢れ墜ちた精霊”、雲のニュムペー天空の仔達。透明だったり声が届かなかったり誰かと触れ合う事だって儘ならない“大気空気”の仔──、」


 こつ、こつ、とブーツを鳴らす音と共に彼はそれを口にしながら、常に自身の頭を覆い隠すフードをパサリと後ろへと脱ぎ下ろした。

 ローブの裏地の灯りに包まれて露になったその頭部には、フードに猫耳の形を作っていた高い位置からのツインテール。

 そこには黒と白各々のリボンで纏められており、ローブの中へと納められていた髪を腕でふわりと抜き出すとその両側で揺れる髪束は胸下まで長く伸びているのが見えた。

 一見それだけに見える黒の長髪だけれども、それは下へと見下ろしていく程にその髪は澄んで暗いながらも透明感を増していき、所々に瞬きを湛えたそれは夜空──ではなく“宇宙”を映していた。


「大昔にとある出来事から親から見捨てられて、それ以来空を飛ぶ翼を落としてしまったものなんだけど……ボクはその中でも“特別”な個体。橙色や鼠色とか、色んな“色”を経験してきたけれどボクの“大元”は。大空と同じ色のニュムペー!」


 そう言ってばっと天井に向けて両手を仰ぐマーリン。

 その手はやはり長袖が覆い隠して素肌を晒すことは無いけれど、そこからぶわりと撒き散らされたのは幾つもの“花弁”。

 風のない洞穴の中をゆらゆらと揺蕩いながら名無しの頭上へと降りてきて、その内に一際大きな物が降ってくるのが見えて咄嗟に作った掌の皿へとその一欠片がぽとりと着地した。


「(これは……?)」


 掌に乗ったのは花弁だけではない、小さな花の塊。

 三つ四つと小さな花が纏まって咲いているもので、名無しは見たことがない筈のその花がどうしてだか目が離せなくなってしまいじっと見入った。

 そしてその暗がりではどうしてもぼやけてしまう視界がもどかしくなり、その細い茎を摘まむともう少しよく見てみたくてマーリンの服から漏れ出る光に翳した。


「その花はね、ミオソティス──“二十日鼠の耳”って言ってね、ボクら“猫”がだぁい好きな“鼠”のお耳に似た葉っぱを持つ花なんだ。ふっふっふー、見てるだけで“美味しそう”でしょ?」


 そうは言われても当然その感性に賛同しかねる名無しは、つい苦笑してしまう。

 名残惜しいのかマーリンの目が狙いをすます猫の瞳孔の開いたものへとなっていて、その視線が一直線に花へと向けられていたのだ。

 しかし一度手放したのだからと食い意地を堪え、じゅるりと口の端を垂れそうになっていた涎をマーリンは拭い取った。


「昔ねー、産まれたばかりの時に見付けた“花畑”の花がとても美味しそうで、どうしても欲しかったのに“親”ばっかりそれを食べてて、それがスッゴく羨ましかったから自分の身体でぴゅーって横取りしたらそのままボクもその“色”に染まっちゃってねぇ……あの時は結局、ボクの事を“親”に気付いて貰えないまま見失っちゃったんだよねー。」


 ぷくーっと頬を膨らませそう言うと「薄情な親だと思わない?」と言ってマーリンは足元の小石を蹴る。

 それがこん、こん、と地べたを跳ねてロヴィオの傍を横切っていくのを眺めるけれども、まだまだ起きる気配のない彼にぶすくれた顔から頬に貯めた息をぶぅ、と吹き出した。


「だからボクは“親”が嫌いなんだ、ボクらの事をちっとも見てくれない“神様”だって嫌いだった・・・。何でボクらを見捨てた奴等の為に“代わり”に働き蟻みたいにを届ける為に休み無しでせかせかと飢えてしまっても甘やかして働かなきゃいけないんだーって、ずぅっと思ってた。ボクらが空を飛ぶ為に必要な“羽根”だって千切って地上へ堕とした癖に! ……って。」


 かつて抱いた“親”への想いを吐露しながら、コツ、コツ、コツ、かつん、と歩み寄っていった先の名無しの前で立ち止まったマーリンがその場でしゃがみこみ、藁人形を彼の目の前へと差し出す。

 それとマーリンとを数度見比べて、きょとんとした顔の名無しに彼は穏やかな笑みを浮かべた。


「でも、今はもうそんな事どうだって良いや。だって主さまが、次の神様に相応しい“素敵な人”を見付けてくれたんだもん──飛べなくなったボクらがずっと探し求めてた、湿気を枯らしてばかりの孤独お天道様になってしまった“親”を救ってくれる唯一の人を。」


 人形越しにマーリンは八重歯を見せてへらりと笑い、そして名無しの身体を起こさせた。

 地べたにへたりこんだ形で座る名無しとしゃがみこんだ形で同じ目線で向き合うマーリンの二人は、人形を互いの手で支い合いそこにマーリンは額をつけた。


「……あのヒトはね、お天道様みたいに見守るだけではいられない質なんだ。どうしても“”が出てしまう、だからこそ“空”なんて役割は向いてないんだ。それで結局大昔にやらか失敗してしまって、それからずっと塞ぎ込んじゃって……以来“雲隠れ冬眠”してしまってから起きてくれなくずっと冬続きになっちゃってたんだ。」


 冬続き──その言葉に名無しが驚愕に目を大きくする。


 “そんな筈はない”。


 彼の故郷ではずっと夏が続いていたカンカン照りだったのだから、そう思って当然だろう。

 だからこそ彼は生前“雨を降らせる”為に何度と苦しい思いをしてきたのだ。

 しかしマーリンはその理由を知っているからこそ、そんな名無しの顔を見上げて人形を抱えたままの彼をそっと抱き締めた。




 あれは誰が悪いと名指して罪を被せてどうにかなる様なものではなかった。

 只々誰かが誰かを想い引き起こして“しまった”だけに過ぎないのだ、崩れ落ちてしまった足場が悪かったのだとしか言えない惨状だ。




 獣と相容れなかった人間が悪い──そうだろうと思う。

 人間と解り合う為の言葉のない獣が悪い──それもあったのかもしれない。

 彼等を見放し野放しにした神が悪い──かといってそうじゃないのかもしれない。




 結局はどちらでもあって、最終的にはどちらでもないのかもしれない。

 違う種族、存在同士に区切り線引きがあったからこそ蟠りもあれば分かち合う事だって出来たのだから、あって当然な違いに誰かが文句を言う筋合いは当然ない。

 故にこそ起きてしまった諍いは始めは小さな蝶の羽ばたき程度の小さな波紋だったとしても、それが巡り巡って事を大きくし、軈て世界中を巻き込む大きな戦争を起こす程の問題へと繋がっていってしまった。


 バタフライ効果とは正にこの事だった。




 (だからこそ彼は“人物キャラクター”ではなく“胡蝶概念”へと生まれ変わったのだろう。)




 そして誰よりも口は軽い癖に今までずっと“黙っていた”マーリンは思い起こすのだ、12年よりもずっと前の事を。


 冬の大飢饉に見舞われる前の過去のお話。

 今や“人々”はその恩を忘れてしまい歴史には遺されず、その輝かしかった筈の所業を誰に褒め称えられる事なく“救世主”になれず仕舞いに終えた人物の──“最期”のお話を。



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