17.矛盾召しませトリック≒スタァ!

 自身が何故そう思ったのかは今ではもう解らない、忘れてしまったから。

 きっと“何か”が在ったからこそ、必要亡くしてしまったのだろう。

 ……只、それでも、神様の意思に関わらずあの箱庭の世界が昔から今でもずっと“異なる別世界”より見知らぬ誰かを受け入れている様に、きっと“何か誰か”を求めて空欄忘れたものを埋めようとしているのだろう。

 彼自身もまた、他の神ならしないという“忘失海域シー:ロスト&ファウンド”へ行って知らず知らずの内に“それ”を探しているのだから。


 ロストアンドファウンド、その意味は──“紛失物取扱所落とし物収集場”。


 故にこそ、だ。


「必要“無かった”、な……本当にそうなら、“そう寂しく”は成ったりしないだろうな。」

「彼処で“偶々”お兄ちゃんを見付けた時に……ぼくのルールに関わらずお兄ちゃんの手が“触れた”時に、止まらなく抑えられなく成っちゃったんだ……欲しくて、求めてならないんだ。」


 嗚呼、また、だ──彼は胸の内にそう思う。

 滲み出した世界、歪み始めた視界。

 雫が落ちる程の水分はもう残ってやしないのに、何故だか無性に胸を締め付ける感覚が蘇ってくる思い起こす事がある。

 それは世界物語を見ていた時だっただろうか。

 どうしてか解らないけれども、愛おしくも、羨ましくもあるその胸の“痛み”は辛くも在ったけれど失いたくない忘れたくないとも思えてしまって、今の今まで捨て去られずにいた。


「これが、ぼくの在り方で……、……あれ? 元から“そう”だったっけ……? ……ああもう、解んない。何も。思い出せない。……“ぼく”は、だっけ……?」


 空の掌が彼自身の顔を覆い隠す。

 泣きたいのに、渇れてしまった涙が枯れた飢えた心を満たさせてくれやしないのだ。


 そんな彼は今、今までずっと独りで抱え込んでいた感情想いを初めて“誰か”に打ち明けた。

 それは何故だろうか?

 “偶然”? ──否、それは違う。

 ならば“必然”だろうか? ──否、それも違う。


「馬鹿だな、神様は。お前が“誰か”なんて、解りきった事だろうよ。──なぁ、お前の目の前にる“俺”は誰だ?」

「……ッ無理だよ、“聴こえない”んだから! 何度きみが名乗った所で、ぼくの耳にはどうしても雑音ノイズで掻き消されて聴こえなく成ってしまう! だからッ……だからどうしても、自分の名前が解らないんだっ……解らない、ままなんだ……。」

「そうか。……じゃあ、こうしよう。」


 差し出された彼の大きな手が、触れられない小さな彼の身体へと近付けられる。

 顔を覆う掌の指の隙間から見えたその手の先で不敵に笑む、自身がもし幼いままに命を落とさなければ、いつかそう成っていたのかもしれない“見たことがない”自分の姿存在が歪んだ視界の中でハッキリと映る。

 その手はやはり触れられる事はないけれども、まるで触れている“かのよう”に自分の頭を撫でる……そんなフリで、何も感じない筈の感覚が、何故だか“本当”にそうされている様な気を起こしてしまう。


「俺は“神村一織”で、お前は“俺”だ。ならば、お前が名前を忘れて解らないままでも俺を“自分”だと言い張れば良い。そうすれば名前を忘れたままでもお前お前だし、俺だってそう言い張るさ。そこに“偽り違い”なんぞ一切無いんだからな。」


 傲慢にも温かな彼の言葉に、どうしようもなく胸が苦しくなる。

 でもどうしてだろうか。

 いつもみたく苦しい筈の唯一遺されたその感覚痛みが、狂おしい程に、堪らない程に、どうしようもなく目頭を熱くしていく。


 ふと、頬を伝う“何か”が熱を伴って墜ちて往き、残った“跡”がそこを冷ややかさを灯らせた。


「なぁ、神様自分よ。俺はお前が神だろうが別物だろうが拒まないが、お前は神だろうが別物だろうが関係ないとしたら、本当はどうしたいんだ?」


 止まらない、抑えられなく成っていく。

 ずっと求めて止まないものは未だに解らないままだが、只確かに今は“満たされる”様な何かが胸を熱く焦がしていく。

 喉から、ひぐ、と引き釣った音が鳴って、肩はやっぱり小刻みに震えているけれども。

 いつもと違うのは目から溢れ出しては流れる、熱くて伝った頬を冷やしていく“涙”が拭っても拭っても止まらない、抑えられなくて仕方がない。


「……ッ寂しいよ、独りは嫌だっ……何だって良い、誰でも良いから傍にさせて……ッ!」

「応、承知しわかった。じゃあ俺が居てやるよ、お前の傍に。」


 躊躇いなんて一ミリもない真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さる。

 酷く苦しくて、辛いくらい痛いのに、どうしようもなく……それが嬉しくて幸福に満たされて堪らなくて、やっと溢れ落ちた“涙”は止まらないと言うのに思わず笑ってしまう。 


「……馬鹿だな、お兄ちゃぼくんは。もうゲームは始まってるんだ……きみがあの世界へ行ったらぼくは此処で、独りで世界の結末行く末を待たなきゃいけないのに。」


 結局、ぼくは独りぼっちのままだよ──彼はそう言う。

 ……只、それでも、だ。


「ああ、でも……何でかな、お兄ちゃぼくんの“話”を聞いていたらなんだか安心しちゃったな。」


 止めどなく溢れる涙を袖でぐしぐしと拭って、それでも晴れた顔の目尻に新しく涙を溜め込んだ彼は屈託の無い、満開に咲く花のような笑顔を見せた。




「──ありがとう。その“言葉”、スゴく嬉しい!」




 無邪気に、無垢な、幼い子供の笑顔に、大人の彼は釣られて穏やかに笑みを返す。


「嗚呼……“ただいま”。」

「ふふふ、何言ってるんだか! 今から出発するんだから、そうじゃなくて“行ってきます”でしょ!」

「……ん? 嗚呼、そうだな。それもそうか。」


 無意識に口から溢れた言葉に、くすくすと笑う神様がすかさず茶々を入れる。

 一織もまた、何故そんな言葉を口にしたのかは解らないけれども、彼の胸の内には一つだけ確かな“感覚”を覚えて、それを感じてよりつい口からそんな“言葉”が出てしまった事だけは理解していた。




 ずっと、ずっと考えていた。


 子供の頃から無性に自身を急かす焦燥感の冷ややかさと、何かを果たさねばと奮い立たせるあの熱量が。

 今、至るべき・・・・場所へと還ってきた──そう、彼に“確信”を持たせたのだ。




「じゃあ、俺から“約束”を……お前に。」


 そう言って、小指だけを立たせた大きな右手を神様へと差し出す。

 それを見てより顔を上げた自身を見詰めるその瞳には、滲んだ水気が潤ませてそれを一際輝かせていた。


「“必ず”お前の元に帰ろう。俺が世界で世界が神様なら、何処にたってずっと一緒だ。距離感としては少し……嗚呼否、割と結構だな。遠くはなってしまうかもしれんが、暫く会えなくはなるが、こなしてみせるさ──否、絶対にこなしてやる。」


 一織が言葉を続ける中で、小さな手が同じように形作って立てた二人分の小指が重なる。

 どうしたって今じゃもう触れ合う事は叶わないけれど、向き合った彼等は互いにその重なる小指ごと視界に捉え合って、そして同時に同じ顔をして笑んだ。


「だから、今は待っててくれ。俺は何だってこなしてみせるが、どうしたって万能ではないからな。どのくらい時間が掛かるかは今はまだ解らん。……傍にいると言った手前で悪いがな。」

「ううん、良いんだ。“それ約束”を貰えただけでも今は十分だ。きみが帰ってきてくれるのを待つ、その目的さえ在れば他に何も要らないよ。だからね──、」


 そう言う神様の頭を撫でる“フリ”をして見せると、神様もそれに習って少し顔を傾けて撫でられる“素振り”を返してはにかんだ。


「“約束”だよ。もし世界がループしちゃって、きみごと真っ更に成っちゃっても、ぼくは忘れないからね! きみがきみで無くなってしまうのは嫌だけれど、その時は仕方がないからぼくがまたきみの元へ迎えに行こう!」


 涙も漸く治まり心も表情も晴れやかに、笑う子供は大人の自分へとそう宣言する。

 そんな彼を見て口元に笑みを浮かべるも、直ぐ様その笑みを崩し「あー……そりゃ駄目だ、それは俺が認めん。」と拒否の言葉と共に、片手で頭を抱えつつ横に振りながらもう片手の平を相手の目の前へと向ける。


「俺が忘れてちゃ意味がないんでな。やらなきゃいけないモンの為なら自分の事は“二の次”とは言え、勿論自分の身を犠牲にするつもりも更々ねェよ。だから悪いがそれは遠慮しとくぜ。……にしても、確かにそれは万が一にも阻止せにゃならんな……否まぁ、全部こなしてみせるが。」

「欲張りだねぇお兄ちゃんも! うん、うん、ぼくもそれを期待して待っているよ。ぼくはお手伝い出来ないから何もしてあげられないけれど……あ、そうだ。猫くん! ちょっと良いかい?」


 すっかり和やかな雰囲気で元の通りに会話を重ねていた彼等だったが、思い出した様に神様が離れていた所で香箱みたく小さくなって自らの前足の中に顔を埋めていた猫を呼びつける。

 直後、どうやら反応が鈍くて中々顔を上げない為に「寝てるのか?」と呟いてみるも「…寝てないし」とくぐもった声が直ぐ様に返されて、漸く持ち上げられた顔はくしゃくしゃで、どう見ても涙と鼻水で濡れていたのだった。


「……ぐすっ……良かったぁっ、良かったですねぇ神様ぁ……!!」

「何でお前が泣いているんだ……つーか汚ねぇ! 顔を拭け、顔を!」

「だってボクら精霊も神様と魔力で繋がってるから、近くでこう感情が伝わる程に神様の感情が強いとどうにも伝播しちゃって……うえぇぇん神様ぁぁっ!」

「わぁお、猫くんばっちぃ! 触れれないとはいえ、こっちに来ないでね!」

「神様ぁっ!?」

「嗚呼もう、俺が拭いてやるから此方来い! なぁ神様よ、何か拭くもんくれ!」

「まっかせてー! …はいどうぞっ、お兄ちゃぼくん!」


 べそべそと泣く猫を見て仕方がないと一織は神様へとそう求めれば、くるりと指を振って散らした光の粒からハンカチを編んで作り、それを神様は彼へと手渡す。

 そして猫を抱えてしゃがみ込んで一織はそのくしゃくしゃな顔を拭き始め、その肩越しに背後から腕の中を覗き込んだ神様は、もみくちゃに顔を拭われている猫を見下ろしながらニコニコと笑みを浮かべて「そうそう、きみに仕事を与えよう」と口を開いた。




 神様が猫へと告げたのは、こうだ。


 【権利も無ければ身分も足らずに“神域”への侵入】をした罪。

 友人という“鳥”も含めての【無断で“神域”の更に上である“外宇宙”への渡航をしてのループ脱却】の罪。

 それから【強欲さ故に一介の魔力の一部に過ぎない身で、身の程知らずにも“賢者”を喰らい取り込んだ】事への罪。


 その三つの罪により、これに関わった二つ精霊は一織と絶対服従の契約を行い、ゲームに置けるその補佐と援護をすること。

 そしてそれら全てに置いて拒否権は与えられず、必ず従わなければならない。


 それが“賢者”を喰らった二つの精霊に対するペナルティだ。




「……以上、それらから途中で逃げ出す事は、神であるこのぼくが赦さないよ。」

「ふあ、ふぁい!」

「そして、お兄ちゃぼくんにもし、万が一の事が在れば……例え死なないとは言え痛覚は在るんだ。ぼく以外の誰かに玩具にでもされて、彼が彼でなくなってしまう程に壊れてしまう様な事が遭った時には……その時は覚悟してね?」


 笑顔でも厳しく、そう言い渡した神様からの命令に、鼻水が垂れていた鼻っ面をハンカチを持った一織に拭われながら片足を上げて「ふぁはひはひはー!!(わかりましたー!!)」と猫は従う意思を見せる。

 その何とも頼りになりそうには見えない、どう見ても只の小動物なそれの様子に何とも言い難い顔持ちにて「補佐って…コイツが? 大丈夫か?」と腕の中を見下ろしながら一織はぼやく。


「多少はね、始めから誰の助けもないよりはマシだと思うよ。精霊……と言うより、この子達はもうその上のランクに至った“妖精”だから。元が魔力そのものだったのもあって魔法や魔術には長けてるし。」


 そう言うと今度は難しい顔を浮かべ、悩むような仕草をして見せながら話を続ける。


「難点は激しい魔力消費かなぁ。そのお陰で使役する者への“魔力喰い寿命の消費”が厄介なんだけれども……まぁそこはお兄ちゃぼくんなら大丈夫だよ、そもそも世界と同一化させてるからね。害が有るようなら世界そのものがきみぼくを味方するし、きみぼくに益が在るものなら直接得られない代わりに世界へと還元される。例えば─、」


 神様は一織の前へと立つと、人差し指を立てて説明を始める。


 ──“干渉は出来ても関われない”状態とは。


 神の箱庭たる世界において、あらゆる物質に対して“干渉”…つまり、触れる事が出来る。

 但しそれには条件が在り、触れた物質に対して“関われない”…それは、形を崩しても元に戻ってしまう無かった事になる為に“痕”を遺す事が出来ない。

 その為に外部からの干渉としては、飲食の必要が無くとも摂取した場合、世界と接続している為にその栄養分は身近な環境へと還元される。

 逆に害が在ったり、負傷死傷した場合には世界自ら付近の魔力を消費して修復させる……その為に“不老不死”としてそれ以上の劣化は拒まれることとなる。

 それらは全て、他者と自身、そのどちらからの干渉からも言えることである。


 つまり──、


「…そうだ、大事な事をまだ言ってなかったね。きみぼくに一つ、とても大事で、それからきみぼくに取っては……正直、とても気の毒な事なんだけど……。」

「……あ? 何だよ、俺はどんなデメリットが在ろうとこなしてやるさ。それだけ今まで努力して知識も技術も、力だって人並み以上には身に付けて来たんだ。誰を頼る必要だってない、大抵の事なら自分だけでどうにかしてきたからな。それくらいなら自信が──、」

「そう、“それ”だよ。きみぼくはこれから“今まで培ったモノ”は全て、無駄になるだろう。自らの力で何かを成す事は叶わない……そう、思って行動しなければならなくなるのだから。」


 そう神様は言うと、やはりその“法則”の罠にまでに考えが至っていなかったのか、相手の様子の変化に胸がチクリと痛むのを感じた。

 それを聞いてよりあれ程自信家らしく不遜だった一織が、その表情を強張らせてしまったのを見て神様は酷く申し訳無さげに眉を下げた。


「ごめんね、お兄ちゃぼくん……きみは今より“只の人間で凡人”よりも劣る、無力で無能な凡人以下……“そこにいるようで存在しない者”なんだ。」


 彼は何かを自ら傷付ける事は叶わない。

 刃を突き刺そうと、命を絶たせようとしたって“元に戻る”。


 彼は何かを自ら救う事は叶わない。

 手を差し伸べても、傷を癒そうとしたって“元に戻る”──それだけでなくもっと残酷に、辻褄・・合わせに無理矢理“終わらされ幕引かれ”てしまう。


きみぼくはきっとこれから、何をするにしたって“誰か”の手助けがなければ何も出来ないだろう……だから、自ら動いても無駄となる自分の代わりに、その二つの“妖精”をきみぼくの手足として扱って従えて欲しいんだ。」


 猫の顔を拭き終えた彼の手が力無く垂れ落ち、すっきりとした顔となった猫は心配そうに顔を上げれば、俯いていた顔には目が見開いたままで固く閉ざされた唇は少し震えていた。

 それもそうだろうな、と他人事に猫は思う。

 だって──あれ程彼が強固な自信を持つに至らせた多大な努力にて培ったものが、一瞬で全て無に帰するのだから。


「それとこれはぼくからの最後の助言として、向こうへ行ったら“天司る竜”を探すと良い。優しくて強い子だから助けを求めればきっと力に成ってくれる筈。もう一つ、助けを求めたら手を貸してくれる、もっと優しい良い子もいるけど……多分だけど、その子は今それ所じゃないかもしれない。ぼくですら・・・・・捉えられない程に“時間”と“空間”の間を潜り続けて、ずっと“何か”から逃げているみたいで……。」


 その子がループを起こさせている原因の子なんだけどね……神様はそう言って苦笑した。

 そして目の前の、あれ程頼りげのあった大人の自分が意気消沈しているらしい俯いている姿に、心苦しげに唇をつぐんで神様はつい目を逸らしてしまう。


「(……やっぱり、今の内に諦めて貰った方が……ああいや、それは駄目だ。それだと放置された世界がループすると中身お兄ちゃんが消えてしまう。それは絶対に嫌だ。ぼくはもう権限がないから、お兄ちゃんに世界の再作出をして貰って……でもそれだとお兄ちゃんの要望恩人の救済は通せなくなってしまう…!)」


 今までならしなかった、面倒でしたくなかった思考を回す事考えることを柄にもなくぐるぐると頭の中で巡らせて、慣れないことに頭がずきりと痛む。


「(ああっ……こんなの初めてだから解んないよ……! だっていつも考えることは他の誰かに任せていたから、こういう時どうしたら良いのかなんて……ぼくは、いつだって……、)」


 いつだって誰かに庇護され守られていた。

 当然だ──彼はずっと、守られるべき子供のままだったから。

 “だからこそ”大事な何かを喪った。


 亡くした原因が自分だから“自分名と存在”を棄てた。

 小さくて非力で、守られるばかりな事に悔やみ“力”を求めた。

 それを理解して傷付く事を恐れて“大人になる考える”事を拒んだ。


 今ではもうそれも、理由だって全部忘れてしまっているけれど。


「(何も、出来ない……何も解らないッ……! ぼくは……万能な神なのに……何が“万能”だ! ぼくの方がずっと、無力だ……!!)」


 あれ程暖かに晴れやかになっていた気持ちが、俄然凄まじく寒々しい虚しさへと彼の心を撃ち堕とす。

 やるせなさに自らの身体にきつくしがみつき、痛いくらいに腕を掴んでみせた所で自らをも拒絶した“不干渉”のルールは自身の起こす痛みですら欠片も感じさせてくれやしない。

 飢えてしまう程に枯れていた心が、折角暖かさを思い出したというのに込み上げる後悔と絶望感に溢れてしまいそうな涙が、再び心を冷まして枯らしてしまうのだろうか。


 ──熱くなる目頭にそう思ってしまった時だった。




「──だあ゛あ゛ッ糞がッ!! 嗚呼もう止めだ止めだッ! こんな事いつまでもしてられっか!!」




 急に上げられた彼の頭が、天を仰いで自棄糞に叫んだ大声が、泣きそうになっていた神様が驚いてびくりと身体を跳ねさせて思わず涙も引っ込んでしまう。

 見れば、突然の大声に仰天して目をぱちくりとさせた猫を膝元に乗せた彼が、自らの両頬を景気良く思い切り叩いて気付きつける一織の姿がそこに在った。


「──ふぅ……よし、切り替えた・・・・・。もう大丈夫だ。」


 言い聞かせる様な言葉に彼は確かにすっきりとした顔持ちでいて、いつも通りの切れ長な目を神様へと向けると、またあの挑戦的かつ不遜な眼差しで、にたりと口角を吊り上げたのだ。


「だったら尚更、そんな俺が成し遂げたらお前は“形無し”だな。」


 ……これの何処が“意気消沈”か。

 その大胆不敵な彼は相も変わらず傲岸不遜らしく煽ってきたのだ、そんな彼に流石の神様だって開いた口が塞がらない。


「……お兄ちゃん、スゴいね。落ち込んだりとかしないの?」

「んな事ァ幾らでもあるさ、死ぬ程落ち込んできたし後悔だって糞程してきた。だがそれでもこなしてきたんだ。規模は今までで一番でかいし、遣ることだって多かろう。遣れない事も増えちまったのは確かだが、代わりに出来る事だって……あの時にゃ不本意ではあったが今思えば僥倖だ。」


 そして彼は「お前の力はきっかり有効活用させて貰うさ。有り難うな、神様」と言って笑って見せた。

 一織のその変わらない様子に、神様はホッと胸を撫で下ろすと彼もまたふにゃりと気抜けた笑みを浮かべて触れられずとも彼の直ぐ隣へと、傍にすり寄って懐いた。

 神様には他人の思惑を態々盗み見る様な必要があった事は一度もなく、彼自身もその必要があると考えた事はない──それは今もだ。

 だからこそ、もしも彼のその毅然とした態度が“偽りフリ”だったとしても、自身に弱音を吐く事や態度を崩す事を許さない彼がそんな姿を他者に見せる気など更々無い事を、表面上の情報しか受け取らない神様には気付くことはないだろう。

 ……まぁそれも、彼の本心が今も落ち込んでいるかどうかなんて、当の本人にしか知る由もない事ではあるが。


「お兄ちゃんはスゴく弱いのにスッゴく強いよねぇ、どうしたらそんな大人になれるの?」

「あ? 別に強かねぇよ、俺のは只の強がりだからな。そこら辺の自覚はある。昔っから他人に馬鹿にされるのが嫌でさ、癖になってんだ。」


 神様の素朴な疑問に、彼はあっけらかんとしてその“本心”を口にする。

 その強がりの欠片もない回答に目を丸くした神様は彼の顔を覗き込んで一織の様子を伺いつつ驚きを口にした。


「そうなの? てっきり“当然だ、俺は強い!”って言うかと思ったけど……ぼくから聞いておいて何だけど、意外だね。」

「何を言ってんだか。自分の出来る事も実力も、逆に出来ない事だって俺は自分をきちんと把握してるつもりだ。だから俺はその分自信はあるし、逆に俺に出来ない事を出来る奴には尊敬だってする。」

「へえぇ……じゃあ周りに尊敬出来る人はいた?」


 それを聞くと、あの人相を悪くする鋭い目付きは成りを潜め只穏やかに、思い起こすみたく細められて「……嗚呼、いたよ。尊敬出来る人は。」と一等優しげな声音にて返される。

 初めて見る、あれ程強気だった彼のその慈しみの込められた眼差しが余りにも珍しく、意外で、神様はそれを好奇心でつい食い入る様に見入ってしまった。

 するとじとりとした目付きに変えた彼に「何だよ」とぶっきらぼうな声音と共に遮られてしまうも、そんな彼の新しい一面を見られて御機嫌となった神様ははにかんで「ううん、別に」となんて事無いように返した。

 そんな神様に「…あっそ」と素っ気ない言葉を吐く一織は、例え如何に横暴かつ傲慢不遜な人物だとしても、プライドが高く甘さを持たない分他者への評価は公平かつ公正だ。

 故にこそ、他人から受けた分はきっちり返さねば気が済まない性分である彼は“正直に本心を打ち明けた”神様に、己の本心も隠さず打ち明けた。

 それと同時に傲慢である彼は、自身が持ち得る技量と知識で無理無く出来る事と、そうなるに至った自身が必要としてきた努力量からして“自分が他者よりも劣る”事に自覚が在ったからこそ自らを凡人と称するのだ。

 故に、それ程までに他者よりも努力をしてきたからこそ、馬鹿にされる事や他者から安易に扱われる事に酷く怒る。


 それが彼が凡人で在りながら傲慢たる由縁であり、それこそが“神村一織”という凡人の自覚がある傲慢不遜な人物の、何ともちぐはぐな“矛盾”を孕んだ性格が形成されている理由なのであった。




「──んじゃ、行ってくるよ。」


 彼が出立すると同時に愈々本格的に開始される“ゲーム”に向けて、神様と共に長らくも入念に“情報”の擦り合わせをした一織が漸く腰を上げた。

 それを見て足元へと近寄った猫を持ち上げて肩へと乗せると幼い自分が立つ方へと振り返って、眼を擦っていた神様がその視線に気付いて穏やかな笑みを返して視線を合わせる。


「……うん、行ってらっしゃい、お兄ちゃぼくん。向こうへ行ったら、後は宜しくね。」

「応、任せとけ。万能の神であるお前に、最ッ高の“大敗北”をくれてやるよ。楽しみにしてろ。」


 仏頂面にて神様へとVサインを向けて見せた一織に、笑いを溢した子供の彼が「ふふふっ……うん、楽しみにしてるよ。」と嬉しさと眠気にふにゃりと気抜けた笑みにて大人の彼へと向けてVサインを差し返す。

 それに口角を上げて笑んだ彼は掌の上に以前の神様と同じようにして本を出現させると、その“神村一織”とタイトルに明記されたそれへと“魔力”を送り込んでいく。

 それを取り込んで光を灯し始めた本に、彼の足元にて光る筋が五つの六芒星を並べた幾何学模様の魔法陣を描いていき、途端にそこから旋風が周辺を吹き荒らしていった。


「……そういや、俺が向こうに行ったら神様はその後どうするんだ?」


 後は出発だけだと言う時に、ほんの少しの名残惜しさに自らを引き留めて何と無くに神様へと訊ねてみる。

 彼もまた同じ思いだったのか、眠たげな眼でも何か物言いたげだった神様の意表を突かれたかのような表情が一織の視界に一瞬写るが、それも直ぐに穏やかなものへと変わる。


「ぼくは……“本”が無いから観測も何と無くにしか出来ないし、権限もなくて何も出来ないから……そうだな……きみぼくや世界に何か…ぼくが介入せざるを得なくなる、みたいな、事象が起きない限りは“休眠”しようかなぁって……思ってるよ。」


 そう言いつつも時折欠伸を噛み締める素振りを見せる神様は「例えば“賢者”の名前が出たり、とかね……ふぁ~あ……。」と今にも倒れて寝落ちてしまいそうな、ふらふらとした様子で返す。

 あれから……“契約”を交わしてからより、益々彼を無性に眠りへと誘おうとする現象は強くなり、一織も話している最中ですら船を漕ぎ始めてしまう神様を何度も見た程だ。


「んん……今までは、こんなに眠かった事、なかったのに、なぁ……お兄ちゃぼくんと、いるように……なって……から、こう…………むにゃ、」

「…おーい、しっかりしろよ神様。……ったく、仕方のない奴だな。」


 くらくらと揺れていた小さな身体は遂にその場でへたりこんでしまって、意識も曖昧に「だいじょーぶ、だから……」と神様はふにゃふにゃと呟いては目蓋も落ちてしまう。

 電池が切れてしまった様にぱたりとその場に寝転んでしまった神様の手は、その最後の微睡む意識の中で一織へと差し向けようとしていたのか、小指だけが立たせてあった。

 それに気付いた一織は、その身体が愈々出立を迎えて光に包み込まれる中で、床も何もないそこで転がって寝息を立てる彼の小指にもう一度と自らの立てた小指と重ねた。


「またな神様。いつか、必ずお前の所へ還るよ……何度だって。」


 そう言い残して、彼と猫の姿は目映い光によって掻き消されていった。






 *****






 彼等が向かったのは、物語の中で在りながら神様幼子の見る夢でも在る世界理想郷

 そしてその世界の遥か上空には、無限の星海が広がる神々だけが立ち入る事を赦された“外宇宙”。


 その二つを明確にするべく穿つ様に“境”にて存在するのは、只そこにしかないと言うのに、広く、深く、そして果てしないという曖昧な境目を生じた只ひたすらに真っ白な空間シェルター──それが“神域”。


 その世界を作った“神”が座す“神聖”を持ち得る者しか踏み入る事が赦されないその域には間違っても、幾ら元は“神”の魔力だったとは言え只の一介の“精霊”如きが入ろうものなら立ち上がることも叶わない。


 幾ら入り込めない、関われないからと“知ること”の出来ない“神”へと善意も含めて“復讐心”から“賢者の失踪”の告げ口に訪れたとはいえ、機嫌を損ねようものなら“神”の意思一つで何だってどうとでもなるのだ。

 身を潰される様な重圧プレッシャーに耐えきれず軈て這いつくばったまま消し潰されてしまっても可笑しくない。


 ──それも結局、そんな結末バッドエンドに成る事は無かったが。


 そんな“神域”にはもう、一柱の小さくて無力な“神”だけが残された。

 未だ大人に至れない卵の殻の中の様なその場所に、大人に成れなかった幼い姿の“神”は永い永い夢を見る。

 神々の領域たる宇宙に近しいそこでは、目映いばかりの白に包まれて先何て何も見えやしない。


 当然だ。


 宇宙に置いて、光こそが視界を遮る“闇”なのだから。

 星の輝きが行く手の先を覆い隠し、暗くも澄んだ透明な闇こそが辺り一面の星の海を確かにその視界に映る事が叶うのだ。


 故に、その卵の殻の内側と言うのは他の何にも目を向けたくない、何も知らないままでいたい──そんな彼の、無理解による傷付きたくない大人に成りたくないという防衛本能現実逃避の心情を表したものだった。


 床も天井も果てしなく無く、曖昧で不安定なそこで独りになりたいのに誰かに逢いたいと相反する想いに苛まれていた彼を鏡映すその空間シェルターは、きっと他の誰もが立ち入る事が叶わないだろう。

 彼を神へと誘った“誰か”はもう既に存在しないのだからこそ、他の神だって無関心だからこそ彼に干渉してくることはない。


 そこに箱庭に生き物が息づく様になってより久しく、彼以外の“誰か”が訪れていた。

 神でなくとも重圧に潰される事無く、目の前の人物を“神”ではなく“本来の姿”で見据え、何も触れられない筈のその“手”を掴んだ。


 只それだけだ、それだけなのに。

 たったそれだけが、彼がずっと求めては諦めていたものに対しての“救い”でしかなかった。


 誰かを想い、自身の存在で傷付いてしまうのならばと棄ててしまった“自分”が、本来ならば棄てたものは還ってこないルールのそれが、永い時を経て、形を変えて、少しだけ違うけれども確かに“自分”のままにて彼の目の前に現れたのだ。

 それだけでも十分だというのに、またしても棄てようとしていた“世界自身”に、その“自分”は必要だと求めてくれた。

 駄目なままでも良い、そのままでいい、と。

 新しく一から始めればまた長い時間がかかってしまうがきっとより良く出来る事だろう、でも彼はそれを認めなかった。

 劣化していようと、壊れてしまっていても、その苦しくも慈しみを感じたその道程を“無かった”事にするのを許してくれなかったのだ。


 だから直す、“これから”が続くように。

 もう何も、大切にしていたものを取り零さないように──。




 暫く経って微睡みから僅かに意識が浮上したそれが、むくりと身体を起こす。

 辺り一面変わらずの白に瞬きを繰り返しながら、誰もいない空間にポツリと独り言を溢す。


「……ああ、もう、行っちゃったのか……。」


 とろんとした眼はまだ眠気を帯びて、重たい身体を起こすとふらふらと自らの定位置であるアンティークな椅子の上へとよじ登り、そこへ腰掛けると彼はまた微睡みへとその身を委ねていく。

 寝落ちる間際にふと“あること”を思い出して、閉じかけた目蓋は伏せがちなまま寝入ることを止めた。


「そうだ……思い出した。同じ神は、同じ場所世界られないんだった。」


 彼自身であったその世界に“同一人物”として認定されていた只の人間と変わらない、大人の自分を思い浮かべる。

 始めは彼をも神へと、と思っていたけれども実際彼は神になんて望まないだろうし、成った所で結局一緒にられる事など出来やしないのだと彼は今更になって気付いたのだ。


 微睡む彼のその睡魔の正体は全ての神等しく最高神で在るが為に、過剰に力を持ち過ぎなくする様に“同等の同一個体の分裂を行った”神への、出る杭は打たれるべくして打たれる代償ペナルティ

 本来ならば同じ空間に居られない程に拒絶反応を起こしてしまうその罰則が、を傷付ける事無く“眠くなる”程度に緩く軽いのは同一で在りながら同一ではないと、互いにその存在を認め合っている証拠だ。

 故に、彼がその睡魔から解放されるのはきっと──、


「……あの人がぼくと違う、全くの“別物”になったら……同じ神に成っても一緒にられるのかな……?」


 ……なんてことを冗談混じりに考えてみて、何だか馬鹿馬鹿しくなってその考えを霧散させる。


「ううん、お兄ちゃぼくんはそのままが良い。別物になんかならないで欲しい──、」


 そう呟いてからふと頭の中に引っ掛かりを覚え、考え始めるようになった思考が一つの“答え”を導き出す。


「……ああ、成る程。“彼等”が怒っていたのは、こういう事だったんだね。」


 いつか遠い昔に、彼が強引に自らの世界へと迎えた“彼等賢者達”を思い出す。

 あの時には自分の何が悪かったのか、寧ろ悪いとすら思ってもみなかった事に、自ら思考を巡らせ考えるようになった彼は理解する。

 次に彼等に逢える事があれば、赦しては貰えないかもしれないが、謝らなくては・・・・・・

 ……そう考えながら穏やかにも強引に引き摺り込んでくる睡魔に襲われ、微睡みに墜ちていく。


 遠い昔にも、そう思った事がある。


 彼の忘れてしまった“誰か”へ、繰り返す謝罪の言葉と共に心を枯らしてしまうまで流した涙。

 それはもう、無性に何かに焦がれ“強欲”にさせていた彼を再び飢えさせる事はない。

 今はどんなに心穏やかで、大人の自分が口にしたあの“約束”が寂しがり屋の彼を満たしているとしても、それはまだ“救済”途中のままの【三番手二の次の自分】だ。

 幼いままに命を落とした独りぼっちの子供のままの彼が、軈て苦しい程焦がれていた願いが叶うその時はまだ訪れず。

 ゲームが始まった今より遠い先の未来にて、漸く小さな神様は本当の“幸福の結末ハッピーエンド”へと至るのだ。


 そう、だからこそ──彼は“まだ”その時ではない。


「もしもぼくが大人になったらお兄ちゃぼくんみたいに、弱くても強い人になれるかな……?」


 そう言っては「でもあんな偉そうだと友達作るのは難しそう」なんて悪口も言ってみたりしては、なんだか可笑しくなってくすくす笑ってしまう。

 しかしそれも軈て眠気に負けて、彼は再び微睡みの中に意識を溶け込ませていく。


 いつか、彼が目覚めざるを得ない事象が起きる、その時まで──。











 ………………。






 ……つーかさ、本人が居ない所で悪口言うのはどうかと思うんだが?


 確かに“あの頃”の俺に友達なんて一人もいやしなかったが、そういうのは直接俺に──嗚呼否、そんな文句ことを言う為に“書いて”いるんじゃなかった。




 そう、この“物語世界”の話だ。




 これまで、そう……“17話”分のプロローグこれまでのあらすじに、きっと「始まりはまだだろうか?」なんて考える奴もいる事だろう。


 俺もそう思う、俺だってそう思ってるとも。

 だがしかし、前提をしっかり見定めなくては。


 “登場人物”を良く知らねば、物語を動かす事は簡単じゃないからな。

 まァでもそう焦る必要は無い、これからちゃんと“始める”さ。


 ……その前に、いつまでも此処にいる訳にもいかないからな。

 別の“視点話題”に切り替えよう。






 *****






 ……五つの六芒星アスタリスクは俺の視点の切り替えだ。


 世界物語に綴られた事象出来事ならば、俺は“全て”を把握している。

 それには勿論“いつ知ったか”なんて事は、解明されるのが前後する事だってあるだろう。

 そこら辺はまあ、楽しみに取っておいてくれって事で、宜しく頼むよ。




 ──さて!


 愈々始まった俺達神村一織ゲーム世界救済は、これより開始される。

 俺が綴るは、あらゆる“幸福の結末ハッピーエンド”へと導く物語……幾多の人物と巡り逢い、幾多の困難を乗り越え、幾多の結末を御魅せ致そう!


 俺は“外側”より物語を導く“神の代行者メッセンジャー”。

 それと同時に、“物語を掻き回す矛盾トリック≒スタァ”。


 準備は良いな? ……俺はどうかって?


 嗚呼、今のこの“俺”はもう気にしなくて良い。

 何故ならば俺が存在しない筈のこの物語を、矛盾ちぐはぐに辻褄を合わせて“再編集思い出”しながら綴っているのは、もうゲームが終わった・・・・先の“俺”だからだ!


 故に全てを知っている。

 故に全てを“救っている”とも!


 だからこれは“人でなし”のアーサーが人間性を取り戻していく物語であると同時に、俺が“いつ誰と出逢い、如何に救ったか”の話となる訳だ。

 主役スタァにゃ成れんからスポットライトに嫌われちゃいるが、その主導権行く先への指針たるこの本シナリオがこの手に在ればそれで十分。


 故にこそ!

 俺の“物語”には当然、不幸な結末バッドエンドは認められない!


 酸いも甘いも苦いもある中で、どれだけこの“何も成せない”手で掴み取れるのか。

 どれだけの“登場人物巻き込ませた奴等”がいるかで行く末は幾らでも道拓けていくだろう。


 何故なら此処は、物語こそがこの世界だからだ!

 “登場人物キャラクター”がいればいる程、物語は枝分かれしていき世界は広がっていく──そう、果てしない程に!


 きっと“それ”で連想する物語で例えるならば……そうだな、俺は“バスチアン”で、アーサーは“アトレーユ”だろうか?

 それから神様が“幼心の君”で、“幸いの竜フッフール”は……きっとアイツなんだろうな。

 勿論そっくりそのままって訳ではないが、イメージするならきっとそうなのだろう。


 だが俺は“バスチアン”ではなく“存在しない者物語に介入せず”だし、アーサーは“アトレーユ”ではなく“■■■■”だ。

 ……今はまだ、その名は出せないがな!


 だがきっとその内に、誰もがアイツの本当の名前を知る事だろう。

 何故なら“俺の”物語の主人公は“アーサー・トライデン自分探しの旅をするアイツ”だからだ。


 故にこそ、だ。

 これから宜しく頼むぜ。

 なァ、俺の“相棒主人公”?




「……ねぇ、一織。」


 ん? どうした、アーサー。


「何だか、楽しそうだね。あと今ちょっと調子に乗ってたでしょ。」


 …………。


「ぶはッあッはははははッ!! ねぇ今それ言っちゃうの!? ホンットおにーさんってば空気読めないよねぇ、確かに今のせんせースッゴく“中二”臭かったけど! あはははははッ!!」


 ……笑い過ぎだ、ニエ。


 俺にだって浮かれてしまう時はあるもんさ、調子にだって乗るとも。

 故に、格好付けたくなる事だって……中二臭いのは、そこはまァご愛敬って事で。


 な、二人共。



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