4.王国の3兄妹。

 猫なで声がアーサーに地獄・・を宣言する。

 予想に反した返しに虚を突かれたソロモンに、突如強風が通り過ぎていき、その勢いに思わず腕で顔を覆い隠してしまう。


「…逃がしませんわ!!」


 風に続いて前を過ぎていくミネルヴァの声。

 直ぐ様振り返れば、あっという間にその場を離れていたらしき遠くのアーサーに彼女が扇子を振りかざす瞬間が視界に映った。


「“草木”に命じます、あれを“捕らえよ”!!」


 差し向けた扇子の先に魔法陣が浮かび上がる。

 その刹那、彼女の足元から無数の植物の蔓が大地を裂いて出現し駆けるアーサーへと触手を伸ばしていく。

 そのスピードはアーサーの腕へと届くも直ぐ様引き千切られ、身を翻したアーサーの柘榴色の瞳に映る星が瞬くと同時に、伸ばした指先から電流が波打ち走り始めた。


 ──バチッバチバチバチチチッ


 まるで稲妻のようなそれは自らを追う植物を焼き裂いていくと、真っ直ぐに自分を指し示していたミネルヴァの扇子の先へと向かっていく。

 それが届いた瞬間、そこまで辿り着くまでに弱まった電流を扇子で振り払い霧散させると、今度は開いた扇子の上に炎の球を灯し浮かべて狙いを定めるべく彼女は細めた眼差しを向ける。

 しかしその視線の先にはいつの間に放たれたのか電流を帯びた水球が迫ってきた。


「複合魔法! 良い機会です、見極めて私もモノ・・にしてみせますとも! ──“炎”よ、“焼き払え”ッ!」


 詠唱、そして炎球を放ち水球と撃ち合わせると爆発と共に白く煙る水蒸気が辺りを覆って視界を遮る。

 間髪入れずに「“大地”よ、“壁となれ”!」とヒールで大地を踏み鳴らせば土が勢い良く盛り上がって、煙の中から突如姿を見せ襲い掛かる水球を凌ぎ塞いだ。

 水浸しとなった土壁に凄まじい音と焼ける匂いが辺りに充満し押さえきれなかった電流が四方に散り走る。

 焼けて黒ずんでしまったそれは脆い砂みたくボロボロと崩れていき、目の前に在った壁が消え失せてしまうと振り払った扇子の流れに合わせて旋風が巻き起こり辺りの水蒸気を掻き消していく。

 視界の内には広大な広場に人一人と居らず、静かに視界を右へ左へと移しながら気配を辿ると足元で小さく影がちらついているのに気付いて彼女は咄嗟に見上げた。


「──上か!」


 瞬時に扇子の先を向ける。


「“大地”よ、我が身を護る“盾”となれ!!」


 それを中心に花開く様な分厚い岩の壁を宙に展開させる。

 アーサーが墜ちてくるよりも先にと、扇子の先へと意識を集中し“魔力”を送り込んでいくとじわりと岩の壁が変質を始めて土混じりだったそれはより硬質なグレー色へと、それは硬く滑らかな鋼へと姿を変えていく。

 そこへ空より真っ直ぐに落ち迫るアーサーの炎を纏う拳が振り落とされた。


 ──ドゴオオオオオンッ


 衝撃波と風圧が周りに吹き荒ぶ。


「ッくぅ……!!」


 一瞬は耐えたもののやがて熱に負けていく鋼はどろりと形を崩し、溶解した高温を孕む雫がミネルヴァへと覆い被さろうと目の前に迫ってくる。

 見よう見まねで試してみた複合技が裏目に出たのか魔力の消費が激しく指先が痺れて身動きが取れない。

 咄嗟に対処することも出来ずに考えあぐねていると、すぐそこまでに迫っていた高熱の雫がピタリと止まり、マグマみたいに赤々と内側で燃えていた熱が白く青く染まり始めては氷付いていった。

 ミネルヴァの目の前から始まり先端までそれが広がっていくと、触れるでもなくヒビを生じたかと思えば一瞬にして、パキン! と耳障りの良い音を立ててくだけ散った。


「ああっ…!」


 日光に照らされた氷の破片達は凄まじい光量を帯びながら反射を繰り返し、視界を焼く。

 思わず彼女は顔を逸らしてしまうと、その隙に地面へと着地したアーサーは遠巻きに眺めていたソロモンへと申し訳なさげな目配せを送り、そしてフッとその場から姿を掻き消した。

 ソロモンは誰もいなくなったその場所に困ったように苦笑すると、目眩ましから復活したらしい妹が悔しげに唸る声に振り返った。


「ああもう悔しい、逃げられてしまった! あとちょっとで掴めそうだったのに!!」


 そう言っては「出てきなさい! もう一度私と手合わせなさいな!」と叫ぶがアーサーはもう何処かに姿を隠して息を潜めているらしく出てこない。


「出てきなさいッアーーーサーーーーッ!!!」

「何をやってンだあの妹は……?」


 ソロモンの背後から現れた、書類の束を手にしたアルクレスが呆れ顔でミネルヴァを眺めて呟く。

 彼に気付いたソロモンが微笑んで「やあアルク、我が愛しの弟よ」と口にすれば「はいはい、貴方の弟アルクレスですよっと」とおざなりに返して持っていた書類をソロモンへと手渡しては、誰もいない場所へ向かって叫ぶ妹の様子と半壊した王宮の庭の光景にやれやれと息を吐く。


「また“魔法合戦”でもしてたのか? 何度も何度も、飽きねェよなアイツも。」

「うーん……私としては、年頃の女の子として身の安全を守れる力が有るというのはとても良い事だと思うのだけれどね。」

「だからといって勇者より手解きを受けて魔術だけでなく魔法・・を習得するなんざ、何処を目指しているんだって話なんだよ。……なんだ、アイツは何処ぞの国でも滅ぼすつもりか?」


 アルクレスが足元に転がっていた萎びた弦植物を摘まみ上げて顔をしかめる。




 そう、先程の超常現象こそが奇跡の力たる“魔法”の恩恵。

 魔力を持ち得る魔族と例外である勇者にしか使えない、“有り得ない”事象を可能とする摩訶不思議な技能。

 かつての人間はその理解し得ないその現象に何度と幾つもの策を練り対策しても、足掻いた所で人知を越えて襲いくるそれらに打ち勝つことが出来なかった。

 それは古の勇者が現れた時でもそうだ。

 勇者亡き後にも何度と煮え湯を飲まされ続けた人類は、長く険しい研究を重ね続けて、そして漸く希望の兆候が見えたのはごく最近の事。

 それは、“精霊”と契約を結ぶ事で成し得られる“魔術”と呼ばれる技術である。

 精霊とは魔力の凝り固まった生物と無機物の境目として存在する不安定な存在だ。

 それらは魔力を持ち得えず知覚する事も出来ない人間にも視認を可能とする物体であり、知性を持たない彼等を使役する事で人類は魔力を借り受けそして精霊を通して“手に触れず水を浮かす”ことや“吹き荒ぶ風の向き先を変える”など所謂サイコパワーじみた力を手に入れられたのだ。

 更に言えば、それは物理学や化学反応に基づいて物質を操作し“空気中の水分を集めて水の塊を作る”ことや難易度こそ高くあれど“焚き火等既に点いてある炎を一点にかき集めて擬似的な太陽の如き火球”を作り出す事を可能とし、それによって人類は画期的な進歩を得る事が出来た。

 精霊との契約は容易ではなく限られた人間のみが魔術を扱う事を許される。

 その為、世界中の魔術を使う者達“魔術師”は多くの人類により多大なる期待を寄せられて日々新たなる魔族への対抗方法や人々の暮らしに役立とうと各々が研鑽していた。

 そして──彼女“ミネルヴァ”もその一人であり、同時に“例外”とすらされているが。




 まじまじと見る前にそれは光へと霧散して手の内には何も残らなくなる。

 釣られて他の異質な植物達も同じように光の粒へと形を崩していくと、どうやらアーサーを呼び戻すのに諦めたらしいミネルヴァが膨れっ面で二人へと歩み寄ってくるのが見えた。


「……んもう! 酷いわアーサーったら、少しくらいアドバイスをくれたって良いじゃないの。」

「流石のアイツも学習したんだろうよ、お前が強くなればなるほど自分の逃亡手段が無くなっていくんだしよ。その内お前が嫌すぎて、国からも逃亡する様にもなるんじゃねェか?」


 ぶすくれたミネルヴァに、面倒臭そうにアルクレスは返す。

 すると八の字を描いていた彼女の凛々しい眉が吊り上がり、開いた扇子の内側でにんまりと弧を描いた唇でくすりと笑いを溢した。


「あら、それは御褒めの御言葉として受け取っても宜しくて? あのアーサーに逃げる事・・・・を教え叩き込んだ者として彼が国外逃亡までしてくれる様になるのは、私にとっては最上級の誉れでしてよ。」


 ふふん、と誇らしげに次男である兄を見下して言えば、「ああ?」とドスの効いた威圧的な声と彼女に負けないくらいに鋭い目がアルクレスから向けられる。


「あれを見逃すだと? 人間も、魔族ですら敵わないあの化け物・・・を野放しにするって言ってるのか、お前は……!」

「アルクレス、そこまでだ。」


 険悪的な雰囲気の中、よもや一気即発とまでなりかけた時長男であるソロモンが初めて二人の間に口を挟んだ。

 二人が揃って兄を見れば、いつも微笑みを絶やさない彼は変わらず穏やかな笑みを浮かべてはいるものの朗らかというよりは静けさを感じ受ける様な滲み出る雰囲気に、罰が悪そうに口をつぐんだ。


「なあアルク、私の話を聞いてくれるかい?」


 叱るではなく、穏やかで涼やかな声音にアルクレスは小さく頷く。

 ソロモンはその頭に掌を置くと、子供を優しく宥める様にマルサラの跳ねた髪を撫でるように何度か繰り返し指先を流しながら言葉をそっと投げ掛ける。


「アーサーは私の大切な友だ。幾ら愛おしい我が弟の素直な感情とは言え、二人を大事に想う私として“化け物”などと呼び呼ばれるというのは、とても悲しく思うよ……。」


 穏やかな微笑みの中、形の整った眉が悲しげに下がる。


「嗚呼でも、考えを改めろとは言わないとも。それもまた御前が御前である証拠なのだからね。只、もし御前に兄の願いを聞いてくれる気があるのならば……、」


 こつり、額を合わせて間近に視線を合わされる。

 昔の子供時代を思い出してアルクレスは気恥ずかしくなり、つい顔を逸らそうとするも頬に手まで添えられてしまって鼻先が当たりそうなのを「うぐっ…!」と小さく呻いて顔を紅潮させていく。

 そんなアルクレスを愛でる様に目尻を撫でると口元に笑みを浮かべてソロモンは囁いた。


「アルク……アルクレス、私の可愛い弟よ。御前やミーニャの為にも、アーサーを化け物と呼ぶのは止めておくれ。御前達と同じくして彼もまた、一人の人間であるのだから。」

「……っ嗚呼もう!! 解った、解ったからもう止めろって馬鹿兄貴ッ!!」


 最後に最愛の弟の額へと口付けると、耐えきれなくなったアルクレスがソロモンの手を引き剥がして狼狽えながら後退り離れた。

 真っ赤になった顔を手で覆いながら叫ぶアルクレスは憎々しげに兄を睨むが、手放させられたソロモンは残念そうに肩を落としていてそれをミネルヴァ寄り添い慰める様に何も無くなってしまって宙に浮いたままのソロモンの手を取っていた。


「御兄様ったら可哀想に…! 我が愚兄がごめんなさいね、あの馬鹿については私の方からとっちめてあげますから、元気を出してくださいな。」

「はああ?? 何でお前が此処ででしゃばってくるんだ。大体お前が……!」

「御黙りなさいアルクレス兄上、貴方が私との喧嘩で勝てた試しがあったかしら?」

「なッ!? ぐっ、クソッ……嗚呼もう知るかッ俺はもう仕事に戻るからな!!」


 じとりと冷ややかな眼差しのミネルヴァに図星を突かれてたじろいだアルクレスはそう叫び残すとそそくさと早足で王宮へと姿を消していった。

 そして見えなくなった頃にしょぼくれてしまったソロモンがミネルヴァの手を握り返すと悲しげに呟いた。


「ミーニャ……ミーニャや、私は何を間違えたのだろう? アルクに嫌われてやしないだろうか……?」

「大丈夫ですよ御兄様、あれは只の反抗期です。頭が冷えたらきっとまた御兄様に会いにいらっしゃいますわ。」


 ミネルヴァはそう返すと塞がっていないもう一方の手で握ったソロモンの手の甲を撫でて頬擦りするとにっこり微笑んだ。


「だって私達兄妹は、御兄様のことが一番に大好きなのですもの。」


 同じ腹から産まれたもの同士通じ合う二人の兄と妹が腹違いの長男へ抱くその想いは、きっと同じなのだと彼女は確信めいたものを胸にそう答えた。






 *****






「……おい、あれ見たか?」

「中庭だろう? …やっぱりすげぇよな…」


 静かな廊下にヒソヒソと微かな話し声が囁かれている。

 王宮内の何処もが慌ただしくて仕方がない中、掃除くらいしか仕事を与えられない様な下働きの者達が偶々窓ガラスを拭いていた最中に向こう側で起きていた超常現象のオンパレードを目にして、思わず同僚達とその話に花を咲かせていた。


「あれって王国の“剣”だろ? やっぱり凄まじいよな、流石かつて魔王を倒したって子孫だな。」

「いやいや、そんなヤツ相手に彼処まで対抗出来る姫様も凄いだろ!」

「そりゃあなぁ、だってあの人は“剣聖”アルクレス殿下の妹で“スケルトゥールの魔女”だし──、」


 廊下を行く最中、嫌でも耳に入ってきたその話に大きく舌打つ。

 彼等はびくりと身体を跳ねさせると此方を見て恐れの色に染まった引き吊った顔で震え始めた。


「あ……アルクレス殿下……!!」

「…貴様等、仕事をサボって井戸端会議とは良い御身分だなァ、ええ? 一体誰の話をしていたのか、詳しく聞いてやろうじゃねェか。」


 物凄い剣幕で低く言葉を吐くアルクレスに彼等は悲鳴を上げて地べたへと這いつくばり頭を地に擦り付ける。


「も、ももも申し訳ございません殿下!!! 二度とこの様な真似は致しません、い、命だけはごご御勘弁をぉぉ……!!」


 一心不乱に命乞いをする彼等にアルクレスは一瞬腰に携えた剣の柄へと手を伸ばしかけるが、思い止まって伸ばしかけた腕を下げると彼等へと歩み寄り、しゃがみこんでは手近にいた者の頭を掴むと顔を上げては自分と目を合わさせた。


「……父上が死に、もうすぐソロモン兄上が王位に就く。父亡き今無闇矢鱈に人々が処刑されることはなくなり、世は平穏となる。」


 ぽつりと呟くようにアルクレスの口から独り言みたいなそれに、彼等は虚を突かれたようにぽかんと見詰める。

 正に今殺されてしまうと思っていた彼等を静かに見遣ると頭を掴んでいた手を離してアルクレスは頬杖をついて退屈そうな表情をした。


よかったな・・・・・、こんなことでお前達は手討ちされる事はなくなったんだ。ほら、喜べよ。」


 彼の告げた言葉の意味を段々理解し始めてきた彼等は、たかがこんなことでぼろぼろと涙を溢し始めそして手を取り合い互いに泣きすがる。

 よかった、よかった…! と安堵と喜びを溢してはアルクレスへともう一度頭を伏せて感謝の言葉を口にするのに対して「だがしかし」と低い声が再び彼等の背筋を凍り付かせた。


「兄上はそうでも、俺は違う・・・・からな。死にたくなくば、此処に居たいと思うのならば、死ぬ気で働け。怠惰は許さん。……良いな?」


 妹と同じくして鋭い目が怒気を孕めて相手を見下ろす。

 何度と必死に頷いた彼等に「散れ」と命じ、蜂の子を散らすように其々が自分の持ち場へと帰っていく。

 そして誰も居なくなると彼も再び歩き始め、自分の持ち場へと進んでいく。

 歩いても歩いても続く長ったらしくかつ複雑な王宮の廊下をひたすらに歩みを進めるも、今の会話といい先程の事・・・・といい、アルクレスの胸の内を荒ませる出来事に苛々が募っていき、むしゃくしゃしてつい頭を掻き毟る。


「くそっ……クソがッ!! 覚えてろよ、アイツは絶対ェいつか泣かせてやる…ッ!」


 悪態吐きながらひた歩いていると、時折擦れ違う警備兵が彼の凄まじき形相にびくりと跳ね上がるのが視界の端に映りそれもまた苛立ちを助長する。

 アルクレスはずんずんと進んでいき、やがて人気のない場所で立ち止まると壁に向かって拳を打ち付けた。


 ──ガァンッッ


 硬質な破壊音が鳴り響き、気が高ぶり荒くなった呼吸に彼の肩が上下する。

 落ち着こう、気を鎮めようと顔を臥せたまま深く深呼吸しては、胸元をきつく握り締めて目を閉ざした。

 暫くそのままでいると気が紛れてゆっくりと目蓋を上げて、そして顔も上げる。

 見れば、壁を殴ってそのままだった拳を当てた壁がひび割れを起こして手を離せば小さく砕けた破片が床にパラパラと落ちていった。

 それをぼんやりと眺めて、息を吸いながら天上を見上げると小さく誰に言うでもなく呟いた。


「……嗚呼、またやってしまった。」


 髪をぐしゃりと掻き回してしゃがみこむ。

 周りに誰もいないからとむしゃくしゃする思いに呻いて、少し経って疲れてくると深く長く息を吐いては「おい」と静かな空間に声を投げ掛けた。


「クソ犬、出てこい。」


 不良みたいな品性のない姿勢でしゃがみこんだまま壁を睨み付けながらそう口にすると、彼の後ろの窓の向こう側で屋根側から下を覗き込む形で顔を出すアーサーが何も言わないまま姿を現した。


「直せ。」


 ひび割れた壁を指差して命じると、背後でカシャンと鎖が擦れる音が響く。

 そのまま足音もなく隣へと並び立ったアーサーがその破壊痕に掌を翳せば、エメラルドグリーンの光がひび割れを徐々に徐々にと塞いでいった。

 そして完全に元通りになり、光は止んで翳していた手を降ろすと徐に立ち上がったアルクレスがアーサーへと身体を向けたと思えば握り締めた拳を壁に打ち付けた時と同じ様に、アーサーの頬へと打ち付けたのだ。


 ──バキィッ


「……ッ」


 衝撃に後ろによろけ、口の中を切ったのか端から細く血を流すアーサーは声も上げずにぼんやりと突っ立つ。

 抵抗が無いのを良いことにその横腹へと思い切り蹴り上げると壁に激突したアーサーが小さく呻いて崩れ倒れていった。

 壁に凭れ咳き込みながら僅かに呼吸が荒くなってきたアーサーの胸ぐらを掴み上げると、今度は何度も拳を顔にぶち当てていく。

 小さく悲鳴が何度も上がり、途切れ途切れな「ごめんなさい」の声が廊下に響く中、アルクレスは無心で目の前の男をいたぶり続ける。


 暫く続けて拳が痛み始めたので、再び長く息を吐くと彼はぽつりと呟いた。


「……ふぅ、すっきりした。」


 つい馬乗りになって夢中で続けていたが、再度見下ろした先で血と涙にぐちゃぐちゃとなったみすぼらしいそれを見て「うげ」と呻くと身体を起こして寝転がったままのそれを蹴りつける。


「おい起きろクソ犬、床を汚すなよ。」

「……か、は……っみ、ませ……」


 身体を震わせながら生まれたての小鹿のように立ち上がるのが困難そうなそれにアルクレスが腹部へと蹴りを入れた。


「あがッ……!!」

「遅い。さっさと立てと言っているだろう、言う事も聞けんのか。」

「うっぐ、おえっ……」


 びちゃり。

 赤々とした液体が床を濡らす。

 殊更に顔をしかめたアルクレスは地に臥せったそれの頭を踏みつけると、力加減なしにぐりぐりと押し付けてその顔に吐瀉物を擦り付けた。


「父上が死んで随分と反抗的になったなァ? 兄上と妹に守って貰える様になって、調子にでも乗ったか? あ?」

「…ッは、ぅ……め、そぅも、ござ……ませ……」

「黙れ、喋っていいとは言ってないだろうが。」

「ぐッぅぅぅっ……!」


 踏みつけた足に体重を乗せるとミシミシといった音に足元から苦しげな声が漏れる。

 時折その足に伸ばされそうになるが結局力無く地に落ちる手を静かに眺めて口角を吊り上げると、頭から足を降ろして側にしゃがみこんでは汚れたローズブロンドの髪を乱雑に掴み上げて無理矢理に顔を合わさせた。


「勘違いしているかもしれんがな、お前に自由はないんだ。この世にお前の安らげる場所があると思っていたら、それはとんだ大間違いだ。人間でもない、魔族ですらないお前を……この国が、保護して、利用してやっていること、忘れてくれるなよ?」


 そう言うと手に掴んでいた髪の下方で小さく頭が縦に揺れたを見ると「治しておけ、兄上達にバレないようにしろよ」と言い捨てて振り落とせば、震える手が彼自身へと翳されてあの輝く翠の光が立ち込めていく。

 念のため完治するまで見張っているもその間がとても退屈で欠伸を一つ噛み締めていると、漸く普段通りに立ち上がれる様になったアーサーが酷く挙動不審に彼の前でおっ立った。

 これでいつも通り・・・・・になった。

 怯えきって目線も定まらなくなったそれに満足し「治し漏らしはないな?」と訊ねれば口を閉ざした頭が縦に揺らされる。


「あっそ、じゃあ次。来い。」


 アルクレスが足を進めていけばその後ろをアーサーが背を丸めて足元の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら付いていく。

 少し歩いてとある部屋へと辿り着けば重厚な扉を開いて執務室のような光景が視界に広がった。

 周りには書類や書物の山が無数に積もり、それらを踏まないよう掻い潜りながら奥の一際大きな机に辿り着くと乱雑に散りばめられた書類の中から一枚、また一枚と選別し取ると部屋の外で待機していたアーサーへと戻りそれらの書類を顔の前に晒した。


「いつものように処分しといてくれ。罪状は確定しているが証拠が消されちまって法では裁けん奴等だ、のさばらしにすると面倒だし居場所を見失う前に消しておいた方が良いだろ。」


 書類を見詰めていたアーサーにそれを押し付けると踵を返そうとして途中で止め、再びアーサーへと顔を向けると「そうだ」と言葉を続けた。


「もう父上はいないから証拠を残す必要はない。あの人は見せしめに態々首を飛ばしていたが、今後は事故にでも見せ掛けておけ。兄上はこんな事を命じないからな。……くれぐれも足が付かないようにしろよ。」


 そういって部屋の片隅に置かれていた、何の変哲もない何処にでもある短剣を手に取るとアーサーへと投げ渡した。

 暫くそれを見比べて頷いたアーサーは手に持っていた書類を手に灯した炎で跡形もなく燃やし尽くすと瞬時にその姿を消し去っていった。

 それを見送ると腰に着けた剣を鞘ごと外し事務机に凭れかけさせると、その奥にある椅子へと腰掛けては後頭部で手を組み背もたれへと体重をかけたアルクレスは天上を眺めては一つ息を吐き出した。

 暫く働き尽くしで疲労が残っているのだろう、目元を腕で覆って隠すだけで身体中に倦怠感が広がり己を休ませようと睡眠を促してくる。

 しかしそうはいかない為に、小休憩をしたくとも眠るつもりはないと腕を額へとずらして日の光の元に目元を晒してぼんやりとしてはゆっくりと今後の予定や業務の事に思考を重ねた。

 先程の案件だって、自身の部下に任せても良かったがやはりあれの方が仕事が手早い事は今まで散々利用した為によく知っている。

 式が迫る今は此方を使うのが吉かと思い、さっきストレス発散した時に序でに仕事を任せたのはそう思っての事だった。


 小休憩は早々に止めて再び机上の書類へと目を通し始める。

 しかし見れば見る程に、頭が痛くなる様な案件が次から次へと出てきて再び彼は頭を掻きむしって呻き声を上げてしまう。


「嗚呼もう! あの老い耄れ糞親父はなんでこう、面倒な奴ばかり遺してったんだ……!!!」


 不祥事を起こしてそのままの臣下、悪事に手を染めているのは解っているのに野放しな者、国境付近で小さな町村を荒らしまくる賊に薬物を売り捌いてあろうことかその金を国の一部へと提供している輩など……。

 気に食わない人間は誰だろうと切り捨てていた癖に、そういったものを利用し利用されていたからこその布石に、国王が死に流れのままその仕事を請け負う事となったアルクレスはどう対処すべきか思い悩んで、仕舞いには持っていた筆を投げ棄てて机に突っ伏していると不意にドアがノックされる音にバッと顔を上げる。

 閉め忘れたままの扉の向こうには兄であるソロモンが遠慮がちに笑んで此方を見ていた。


「ごめんよ、邪魔したかな?」

「……いや、全然、そんなことない。」


 みっともない所を見られたと、つい意味もなく机に広がる書類の束を纏めているふりをしつつ横目で兄の様子を見ればその手にはティーカップが二つと菓子が盛り付けられた皿が乗ったトレイが有って、事務机の前にある来客用の長椅子へと腰掛けたソロモンが自分の隣席をポンポンと叩いて自分を呼んだ。


「アルク、少し休憩をしよう。侍女から菓子を貰ったんだ。一緒に食べよう?」

「兄上……もう式典までに時間がないんだ。余り無闇に時間を浪費する訳には……、」

「良いから良いから。私も手伝うから、今は休もう。気付いていないだろうが隈が酷いよ、随分と眠っていないのだろう?」


 言われて卓上にある硝子をチラリと見遣った。

 反射してそれに映る自分の目の下には確かに黒く疲労を見せるそれがあって、そしてつい先程そこを兄に触れられていた事を思い出す。

 あの時に気付かれたのかと、決まりが悪くて苦々しく思いつつも休憩を促す事に妥協はしないらしい兄に仕方なく誘われて剣を片手に彼の隣へと腰掛けると、少しだけ離れて座ったのが気になったのか抱き寄せられて兄の肩に横っ面を凭れかけさせられる形で距離を詰められる事となった。


「兄上……俺はもう子供じゃあないんだから、」

「それでも私の弟だから、子供とか大人だなんて関係無いとも。それとも、こうしようか? 私が御前に甘えたいのだから、付き合ってくれ……なんて、ね。」


 凭れさせられた頭の上に兄の頬がすり寄って、後ろから回された手が肩を撫でてくる。

 相も変わらず歯が浮くような事ばかり言ってのける兄にアルクレスは観念して抵抗しないまま愛でられていると、ソロモンが閉じていた扉から再びノックの音が部屋に響いた。


「……入れ。」


 身体を起こしてソロモンから離れると来訪者に入室の許可を声に出す。

 現れたのは見知った顔の男性で、客人の正体を知って顔を僅かにしかめるアルクレスだがそれと同時に入室したその男も渋い顔をしてソロモンを見遣った。


「……一応聞くが、何の用だ?」


 椅子へと凭れかかり足を組み手を組みと威圧的な態度で男へと問うと男はすんとした素っ気ない態度で、ソロモンなど居ない風に装って口を開いた。


「以前より申し立てております件にて、御再考願いたく馳せ参じて参りました。今御時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」

「それについて考え直す事は有り得ないと、何度言えば解る。話にならん、早々に目の前から消え失せよ。」

「殿下!」


 興味ないと言わんばかりに掌をひらりと振って退室を命じるも、男は食い下がりアルクレスへと一歩足を踏み出す。

 こめかみには血管が浮き出て今にも殴りかかって来そうな勢いの男は鼻下に蓄えた髭に唾がかかりそうな程に激しく自らの主張を訴え始めた。


「私共は貴方様の為に! こうして申し上げているのですッ! アルクレス殿下程の御方がどうして、この様なぽっと出の……今までずっと寝込んでいただけの木偶・・を王にしようと仰るのですかッ!?」


 そして男は殺気立つ勢いでソロモンへと指差して怒鳴り散らす。

 指し示されたソロモンは文句を言うでなく静かにそれを見詰めて口許に笑みを浮かべているが、対してアルクレスの眉間には皺がくっきりと寄せられて苛立ちを隠しもせずに男を見遣っていた。

 それでも男は勢い盛んに言葉を続けてソロモンを睨み付ける。


「アルクレス殿下は数々の武勇を我等に見せ、国を良くせんと幾つもの立案が民を助ける結果となり、我等に王たる手腕をご覧に入れてくださいましたが、この男はどうです!? 何の功績も持たず、只長男という肩書きだけでのし上がろうとしているのですぞッ!! それを我等臣下が認める訳にいかずして、何が国への忠誠としましょう!!?」


 男はそう捲し立てるとふぅふぅと肩で息をしてキッとアルクレスへと視線を向ける。

 「あのなぁ……」とぼやいて頭を掻くアルクレスは組んでいた足を解いて膝に肘を付き、重ね合わせた指の上に顔を乗せるとじとりとした目で男を見上げた。


「俺は確かに功績はある。兄妹の中で一番父上に関わってきたからな、そりゃあ当然だ。」

「では何故……!!」

「だが王には成らん、否成れん。その資格は俺にはない。」


 ハッキリと告げる。

 男は更に顔を赤くして怒りを露にするも、アルクレスは続ける。


「戦果は確かに俺だけの功績であることは確かだが、それ以外の国政、政策、その他諸々の立案は全て・・この兄上であるソロモンが発案元だ。それは前に公表した通り、事実であり……」

「嘘ですッ!! 何故そこでその男がしゃしゃり出てくるのですかッ!!」

「……御前達が兄上に対し、聞く耳を持たないからに決まっているだろうがッ!!」


 ダンッ! と机に拳を落として大きな音が部屋に鳴り響く。

 同時に崩れる音に、机が彼の拳を中心にひしゃげて砕けていった。

 胸の内で茶菓子を思い出して僅かに「しまった」とひやりとしたものを感じるも、隣で涼しい顔をした兄がいつの間にか膝の上にトレイごと移しているのを見て、強かな御人だと顔に出さずに笑いを含めるも、粉砕した机を見て青ざめた男へと意識を移せばドスの効いた低い声で男への最後の言葉のつもりでそれを告げた。


「俺は王位継承権を破棄する。そしてそれは、妹のミネルヴァもだ。……故に、我等が王位について争う事は金輪際有り得ず。そして“剣聖”アルクレスと“魔女”ミネルヴァとして、命を懸けて“新王”となるソロモンを生涯護り通す。これは決定事項であり、覆ることはない。」


 恐怖か怒りか、戦慄く男から視線を外し「去れ、二度と俺の前に現れるな」と吐き捨てると、男は一層憎悪に満ちた目をアルクレスへと向けて、事もあろうかその言葉を吐き捨てた。


「……所詮、貴様等兄妹も裏切り者の勇者の子孫か……ッ!!」


 その言葉に、アルクレスの肩が小さく揺れる。


「あの勇者と変わらぬ血筋の癖して、誰が今まで味方をしてやっていたと思っているッ!! ……否、勇者にすら成り損ねた劣化者の分際で……ッ!!」

「貴様ァ……ッ!!」


 思わず剣を鞘より抜き出して男へと向ける。

 ソロモンの手前だ、無闇矢鱈に殺すのは只でさえこの様に思わしくない彼の立場を更に悪くしてしまう。

 このまま感情のままに切り捨てる訳にいかず、堪えた怒りの余りに剣先が揺れているのを見て何を思ったのか男はしてやったり顔を浮かべてアルクレスへと更なる不快な言葉を吐き捨てた。


「殺すのか? やはり勇者の血筋とは野蛮なものだ、怪物に等しい。貴様等の様な化け物の血筋は今も昔も変わらず人に仇なす邪悪な存在で──、」




 ──ぱんっ




 不意に、部屋に乾いた音が鳴り響き二人は話を途切れさせてしまう。

 妙に身動きが取れず、何も言えず、互いに戸惑い立ち竦む。

 アルクレスが横目に音の発生源へと視線を向ければ、その先には掌を合わせたソロモンがゆっくりと顔を上げて男へと微笑んでいるのが見えた。

 まだ言い足りないというのに何も言えなくなってしまった男はその頭の中で煮えたぎるマグマの様な怒りだったそれが急に消えてなくなった事に困惑している様子で、狼狽える男の目の前で立ち上がったソロモンが緩やかに彼へと歩み寄っていった。


「……おいたが過ぎましたね。私の事はまあ置いておいて、アルクレスに対するそれは不敬罪として見過ごす訳にいきませんよ、御長老殿?」


 肩をぽんと叩いて彼の周りを静かにゆったりと歩み回るソロモンはその涼やかで聞き心地の良い声音で男へと優しく語りかける。


「しかしまあ私も、今まで国の為にと奔走してくれていた忠臣を罰するなんて事はやはり心が痛んでしまう……幾ら私が彼等に推薦されて王に成るという事には、不満に思う者は確かに多いだろう。事実、私よりもずっとアルクレスの方が国や民の役に立っている事は私だって知っている。」


 その言葉に、男はその通りだと頷きアルクレスが拳を握る。


「嗚呼そうだとも。私は確かに病に倒れ、苦しみ……亡き母上と同じくして何も成せぬまま死ぬかもしれないと、つい先日まで風前の灯火の間際にいた。足を引っ張りこそすれども、御前達の役に立てた事はないのだろう……うん、木偶と呼ばれる事に文句は無いさ。」


 徐に歩いていった先で男の後ろにソロモンが立つ。

 丁度彼の姿を見えなくなった男は未だに不思議と動けず話せないままで、奇妙なまでに穏やかな声と床をならす靴の音だけが自分の後ろにソロモンが並び立っている事を報せてくれる中、直ぐ後ろで耳元に囁く声が男の背筋に嫌に汗を滲ませてくる。

 

「しかしアルクレスに関しては別だ。私とて只の凡人ではあるが、同時に弟や妹を想う心をも持ち合わせている。護ってやりたくなるのは必然だ。そして御前と我等も同じ国に住まう人の子。皆兄弟にして家族であるのだよ。そんな家族が苦しむのは見たくない。そんなことをしてしまっては、私は……御前を想って、悲しくなってしまうだろうね。」


 男はソロモンの心意が掴めず背後から目の前へと歩いてきた彼を訝しげに見遣る。

 アルクレスは黙って身を引きソロモンがしたいようにとそれを見守る事に徹底していると、男の前に向き合って微笑んだソロモンは男へと指差してそれ・・を告げた。




「……であるがこそ。“御前、偽物だろう”?」

「…………は?」




 そこで背後から沢山の足音が鳴り響いたかと思えば勢い良く扉が開かれて何人もの兵士が雪崩れ込み武器を構えた。


「失礼します! 先程此方より大きな物音が……!」


 突然の来訪者に男は驚き後退る。

 そこで身動きが取れるようになったことを自覚し、そして彼等二人の方を見てはアルクレスの前にある残骸を見て口角を吊り上げた。

 大きな物音、それはアルクレスが割った机の音だろう。

 そう思って男は何でもないと口にしようとした時だった。


「誰だ貴様はッ! 此処で何をしているッ!?」

「なッ………はあ!?」


 兵士が男に向かって手にしていた槍を向き構えたのだ。

 その兵士の発言に驚愕の余り言葉を失ってしまう男は目の前の人物を見て舌打った。

 男はこの兵士を知っている、余り功績もなく軍の下方に位置する部下だ。

 軍を動かす立場にある男は曲がりなりにも部下の身分や立場を記憶し時に褒め時に叱咤する立場にあるのだ、それ故に全てとは言えないが部下の事は知っているがこの部下は自分の上司を知らないと言った。

 著しい部下の上司への認識の低下を嘆きながら男は呆れた声をあげた。


「何を馬鹿な事を……上司の顔も覚えておらんのか、私は先代王の頃より忠臣の──」

「ほざけッ貴様のような者はこの王宮にいないッ! …伝令!! アルクレス殿下の職務室にて不審者有り、即座に身柄を確保します!!」


 他の兵士へと伝達すると彼は手早く、そして男は瞬く間に捕縛され混乱の内にソロモンと、アルクレスが事の顛末を眺めている中無理矢理に連行されていく。


「だから私は…!! 貴様等の上に立つ者でッ………嗚呼御前、そこの! 御前なら私を知っているだろう!? 今朝話したばかりなのだから忘れている訳が……ささ、早くこやつらを止めて…!」

「だから知らないと言っているだろう! あの方とお前では全く見目が違うではないか!! 余り戯言を続けるのならば口を塞ぐぞ!!」

「そ、そんな訳あるか!! 嗚呼もうどうして、この私こそが本人で──むぐっむむぐうぅッ」

「…職務中お騒がせして、大変失礼致しました。では、失礼します。」




 ──ばたん。




 それは正に、嵐の様な一瞬の出来事だった。


「……ふぅ、良かった。誰も傷付けずに済んで。」


 そう言って胸を撫で下ろすソロモンはアルクレスの隣に再び腰掛けて、ソファーの端へと避けていた茶菓子を乗せたトレイを膝に乗せると、そんな彼を惚けて見詰めていたアルクレスに皿の上に盛り付けられていたクッキーを一摘まみ取っては開いた口へと押し込んだ。

 されるがままにそのクッキーを咀嚼して見せれば満足そうににっこりと微笑んで、自らもティーカップを手に取り自分の口へとそれを運んでは「あ」と呟き、


「嗚呼、ごめんよアルクレス。紅茶が冷めてしまった。」


 そう言って彼は申し訳なさそうに肩を落とした。



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