嘘つき作家と賢くない怪物

桜餅ケーキ

見えない嘘


 深い深い、暗くて怖~い森の中。


 一人の目が見えない作家と、一匹のあまり賢くない怪物が、一緒に暮らしていました。


 ドシンッ、ドシンッ


 ゴツゴツトゲトゲした怪物が歩くたび、地面は揺れて。


 作家は怪物が歩くたび、ぴょんぴょん椅子の上で飛び跳ねます。


 怪物はぐーと鳴くお腹をさすると、作家の方を見ました。


「――せんせい。きょうはさかなたくさんたべる?」


 怪物はどうやらお腹がすいたらしく、大きな口からは洪水みたいにヨダレをこぼしている。


「魚か……うん……いいよ。レリアが食べたいものを食べるといい」


 目が見えない作家は怪物の大きな顔をしっかりと見ながら・・・・・・・・・、そう返事をしました。


「わかった。れりあはさかなたべたい」


 フンッ、と気合の入った大きな腕の動きは、それだけで岩を砕いてしまいそうな勢い。


「さかなたべるね。れりあ、せんせいとさかなたべるね」


「ああ、楽しみにしているよ」


 作家は魚を取りに川へと向かう怪物に「挨拶はしっかりね」と言いました。


 怪物は大きく手を振ると、そのままノシノシ、深い深い森の中へと消えて行きました。


 それを確認した作家はペンを握る。




 ノシノシッ


 川を目指して歩く怪物に、一匹のミミズクが話しかけてきました。


「おい、怪物!お前のとこの人間は本当に目が見えないのか?」


 ホホーと口の悪いミミズク。


「そうだよ。せんせいはめがみえないんだよ。だからわたしがせんせいをたすけなきゃ」


「ホホーそれはおかしいな。俺はこの前、あの人間が森の中を歩いているのを見たぞ」


「せんせいはめがみえないだけであるけるよ?」


「全く……お前は本当にバカだな」


「うん、わたしばかだよ」


「……よく考えろ。この森は木の根があちこちから飛び出しているんだぞ?」


「そうだね。わたしもたまにころんじゃうよ」


「そうだろう?俺は飛べるから関係ないが、暗い森の中を歩いていれば根っこに足が引っかかる事もある。……だが、あの人間は普通に歩いていたんだ。まるで見えているみたいに器用に根っこを避けてな」


「ころばないなんてせんせいはすごいね」


「そこじゃないだろうバカが!……暗闇に慣れているお前でも転ぶことがあるのに、あの人間は転ばなかった。目が見えないはずなのに。……おかしいとは思わないのか?」


「せんせいはめがみえないからくらくてもへいきなんだよ」


「……もういい。お前と話していると俺まで頭が悪くなりそうだ。あばよ間抜けな化物」


 ミミズクは、そう言い残しどこかへ飛び去ってしまいました。


 一人ぽつんと残された怪物。


「れりあ、あたまわるくないよ?」


 ミミズクが言い残した言葉の意味が分からずに、首をかしげるのでした。



 ノシノシ、バシャバシャ


 怪物は川に着くと、大きな声で魚に話しかけます。


「おさかなさん。おさかなさん。たべられたいひとはいますか?」


 間抜けな質問の少し後……何匹かの魚が水面をはねました。


「ワシハモウオヨグノニツカレタ」


「ボクハコドモヲクマニタベラレタ」


「オイラハサカナカラウマレカワリタイ。モテナイカラ」


 怪物は、それぞれの声を聞いたあと。


「わかった。ありがとうね」


 そう言って、魚たちを大きな手で捕まえるのでした。

 


 レリアの持ってきた木のカゴの中。魚達は賑やかにおしゃべりします。


「オマエノトコロノニンゲン、メガミエナイノカ?」


「そうだよ。せんせいはめがみえないの」


「デモ、コノマエボクハミタヨ?ニンゲンガキヨウニイワノウエヲトンデ、カワヲワタルノヲ」


「せんせいうさぎさんみたいだね」


「ヨセヨセ。コイツハアタマガヨクナインダ。ハナシテモムダ」


「れりあ、あたまわるくないよ?ねつもないもん」


「オレハハヤクウマレカワリタイ」



 魚達とおしゃべりしながら、作家の待つ家へと帰ってきた怪物。


 内蔵も取らずにそのまま魚を火にかけました。


「ギャアアアァァァーーー~~~~!!」


「アツイ!?アツイ!?アツイィィーーー~~!!」


「ライセハモテモテダ!!」


 断末魔をあげる魚達を気にもせず、怪物は作家に話しかけます。


「せんせいはめがみえないんだよね?」


「ああ、そうだよ?初めて会った時に言っただろう?私は目は見えないって」


「そうだよね、そうだよね!せんせいがそういったんだよね」


「……それがどうかしたのかい?」


「ううん、なんでもないよ。せんせいはわたしのことがみえないからいっしょにくらしてくれてるんだもん。みえてるわけないよね。みえてたられりあのこと、こわくなっちゃうもん」


 そう言うと、怪物はゆっくりと作家を抱きしめた。


 人間なんて簡単に潰してしまう、大きな腕で作家を優しく包む。


「せんせいはみがみえないから……れりあがどんなすがたをしてるのか、しらないよね?」


「ああ、そうだね。でもきっと――」


 作家は笑みを浮かべると……ゆっくりとその口にキスをした。


 大きな牙がたくさん生えた恐ろしい口に……


「――きっと、とても美しい姿をしているんだろうね」


 作家は……文字がびっしりと書かれたノートを、そっと閉じた。

 

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