第18話

 ベリルが死んでから、私は少し取り乱してしまったんだな。いやぁ、今にして思えば本当に大変だった。でも仕方がないだろう。子供の頃はブリキだなんて呼ばれていたが、私はちゃんとした人間だ。心がある。だから、それが傷ついたり病むこともあるだろう。心って言うのは確かに在るんだから、当然だ。一切傷がつかない体を持つ人間なんてそれこそブリキみたいじゃないか。

 だからこの後の愚行についてはさ、少々割愛させておくれよ、君。見返したら、どうやら昨日はひどく酔っていたみたいだしさ、やっぱり、あんまり言いたくないこともあるみたいだから。ごめんね。

 まあ本当にかいつまんで言うとホオズキをぶん殴ったり、酒や煙草に溺れたり、金が欲しいわけでもないのに男を慰めたりだなんてことをして腐っていたんだ。私の人生の中で最も無駄であり、ある意味では最も必要な時間だったというわけさ。

 でも自暴自棄を許してくれるのは自分だけさ。大人になればわかる。ああいや、酒と煙草も許してはくれるけれど、あいつらは悪友だからね。偶に遊んでやる分には刺激的で面白いけれども、付き合い方ってやつには、君も気を付けるんだよ。

 それで結局どうなったかと言うと、私は首都の路地裏でそこそこ名を売ってしまったんだ。ベリルがいなくなったから、もうホオズキと付き合う理由もなくなって、色々あってぶん殴っちゃったせいで家なしになっていたからね。私は何年かぶりに路地暮らしに戻ってきたわけだ。

 そこでさ、汚い男どもの相手をしたり、この頃には女の相手もしていたな。人間アレルギーのせいで肌が荒れて、蕁麻疹が出て、体がぼろぼろだったけどそんなことは路地裏じゃどうでもよかった。右に居る奴も左に居る奴も、私みたいに何かを患っているみたいに薄汚かったからね。それに何もしなくても二日酔いや煙草のせいで気分はずっと落ち込んでいた。憂さ晴らしが必要だったんだ。

 それにさ、私は何度も言うように根っこは寂しがり屋だったからね。傷つくとどうしても人肌ってやつが欲しくなるんだ。私は生まれてからこの方ずっと愛に飢えていた。胃袋の底に穴でも空いているみたいにいくら抱かれたり抱いたりしても、満たされないんだな。そういう意味じゃセックスってやつは霞みと同じさ。となれば霞を食べて生きていたこの時の私は、偉い仙人か何かともいえるかな。言えるわけがないね。ごめんよ。

 まあこんな適当なことばかりべらべらと言えるようになったのも、実はこの頃なんだ。もうなんだか全部どうでもよくなっちゃったんだな。明日死んでもいいとばかり思っていた。いや、なぜ今日死なないのかが不思議でならなかった。

 でも一つだけわかったのは、私には死ぬ勇気すらもないってことだった。

 わかるかい、勇気さ。自殺するって言うのにはね、大変な勇気がいるんだ。

 この時の私は浅はかにも、そんなことを思っていた。真実はちょっと違うんだけれど、とにかくそう思っていたんだよ。

 だから誰かが私を殺してくれればいいのになんて思っていた。それもあって男や女を漁っていたんだ。もぐりの娼婦としてね。

 ブリキの兵隊やなんかが私を違法の娘として捕まえてくれれば楽だった。罪を犯したくて私は罪を犯していた。特にこの頃は感染症が流行っていたせいで娼婦館とかそういうところはひっそりと鳴りを潜めていて、街の人間共も恐怖から疲労に精神を進めていたからね。癒しが必要だったんだ。互いに得をしていたってわけだ。

 書いていてわかるけど、やっぱり私は、私が嫌いだな。特に頃の私は大っ嫌いだ。

 まあそんなでも顔のおかげで人気が出たのさ。だからあっという間に夜の路地に私を買おうとする人が増えて、今度はそれを目当てにした売人や私みたいなもぐりの娼婦が集い始めてって循環が出来た時には、おしまいさ。首都はこの頃閉鎖されていたんだけど、塀の内側の夜は酷いことになっていたね。秩序ってやつが壊れていた。

 まあ勿論さ、いくらなんでも私一人の影響力でどうこうって話じゃないし、私も数多ある引き金の一つって程度だったよ。実際首都がそのせいでてんやわんやになってたから、案外私は捕まらなくて、不満を抱えていたくらいだ。

 そんな時に、路地裏で一人の人間に会った。

 カタクリだ。

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