第17話

 ここからしばらくは申し訳ないけれども、拙い言葉使いになると思う。酷く酔っているんだ。いやね、私もこんな遺書だなんていう陳腐でくっだらないものを書いてる訳だけれども、全然筆が進まないんだ。酒に酔っていないと怖くて文なんぞ書けるかよ。だってなんだか書いているうちにさ、当時のことが鮮明に浮かび上がってきて、私まであのくそったれた病に侵されたみたいに夜もうなされてしまう。これ以上先、というかさ、ベリルが死んだ周辺の時のことが心を掻き毟るんだ。三年も前の話だけれども、まだ私の魂に刻まれた傷は癒えちゃいない。むしろ膿んで腐ってるみたいだ。あの日から精神ってやつを本当に患ってしまったみたいで、体の感覚が鈍くなることがよくあるんだな。歩くたびに躓くんだよ。もう何度小指を強くぶつけて爪をかち割ったかがわからない。不思議とあまり痛いとも思わないからなおさらだ。

 とにかくね、私はベリルが死んでから腑抜けになっちまったよ。本当にそうだ。いや、これは冗談なんかじゃないよ。私は本当はそんな軽薄なこと、一度たりとも口にしたことはないんだから。君は信じてくれるかい。

 毎日、真剣だったんだ。

 本当なんだ。

 だってさ、この私だなんてふざけた言葉遣いを見ればわかるだろう。私の振る舞いってやつは年がら年中、四六時中、寝ても覚めてもずっと作り物なんだ。この世には私なんてやつはいないのに、ここにあるのは男の肉体だけなのに、私はこんなバカげた一人称を大真面目に使って生きているんだ。君やさ、他の奴らにしてみれば嘘っぱちやくだんない冗談かもしれなくても、私は真剣だったんだ。

 そりゃあ今にして思えば甘えていたともわかるよ。私は所詮逃げてばかりだ。エーデルワイスを殴った後も、彼女と話し合おうとなんて思わなかった。ライチとすれ違った時も町に戻ろうだなんて思わなかった。絶対分かり合えないと自分で決めてつけてさ、風に吹かれるままに放浪して逃げてきた。

 それだけじゃない。大元を辿れば祖母との会話でも逃げていた。私は本当は祖母が死んだ後のことなんて何も考えていなかったのに、無計画に大丈夫だなんて言って、口先だけで彼女を安心させようとした。

 私はとんでもない大ウソつきだ。顎脳が発達した気違いだ。人の皮を被ったばけものだ。ベリルにだってさ、私たちの家が燃えたあの夜、甘ったるくて冷たい裏路地で大丈夫だなんて嘘を吐いた。その場しのぎの虚言さ。なんのあても自信もなかったのに、そうしなきゃいけないだなんて自分で悦に浸ってさ。そう、悦だよ。本当はそんなことないのに、ただ私がそうしたいってだけだったのに、そうしなきゃいけないだなんて卑しい言葉を使った。私みたいな馬鹿で醜い疫病神と一緒に居たら酷いことになるなんて、考えればわかることだったし自覚もしていたはずなんだ。君もさ、これまで読んできてわかるだろう。私は虚無みたいな奴なんだ。空っぽで、見た目ばっかりで、私が虚無だから海原に穴が開いたみたいに渦潮が出来て、周りの安寧をぐちゃぐちゃにしながら飲み込んじまう。私はそんな最低な罪人なんだ。

 だからベリルを育てなきゃいけないなんて図に乗って、旦那や奥さんの両親の家に行ったりみたいな無駄な長旅をさせて、挙句の果てには首都で生活してしまった。初めの感染症が落ち着いてきていたとはいえ、一番人口が多い街でだ。私はベリルを首都になんて連れ出さず、あの元々のパン屋があった街でさ、誰か親切な人を探し出して預けるのが一番良かったんだ。私は一日でも早くべリルから離れるべきだった。私みたいな薄汚い野郎が、あんな純粋で無垢な存在に近付いてはいけなかったんだ。

 ベリルは私のせいで死んだんだ。私は恩知らずのクソ野郎だ。ライチと決別して、自暴自棄になってぼろ雑巾に成り果てていた私を救ってくれた夫妻の一番大切な者を壊してしまった。全部、あの幸福なウチの全部を台無しにしてしまった。ごめんよ、ベリル。本当にごめん。今からでも変わってやれるなら、こんな馬鹿の命なんてすぐに差し出すというのに。

 ああ本当に愚かだ。拙い言葉使いになると思う、だなんて偉そうにしているのもそうさ。そもそも学校にも塾にもろくに行った事がない低能の文章がどうして拙くないと思っているんだろう。こんなごみは燃やして灰にするべきだ。君もさ、こんな反吐が出る様なものを読んでいたら目が腐るだろうから、今すぐこれをゴミ箱に放り捨てて目薬でも差すんだな。

 所詮さ、真剣だった、なんていうのは自己満足さ。

 大事なのは結果だ。私は何も護れなかった。出来ない奴っていうのは、いくら真剣にやったって出来ないんだ。

 私は生まれた時から愚者で弱者なんだ。

 改めて考えればわかることだ。親も居なくて、人間アレルギーだなんてクソなものも持っていて、気色悪い外見で、貧乏で、田舎生まれで、孤独だった。

 そりゃあさ、中にはこんな私と同じくらい酷い生まれだったり、もっと凄惨な誕生を経て、偉くなった奴もいるだろうよ。

 でもそんなのは幻想だ。

 君にね、いいことを教えてあげる。

 この世には、なんだかんだ幸福になれる人間と、どうしたって幸福になれない人間が居るんだ。

 金があってもなくても幸せになれる奴もいれば、金があってもなくても幸せになれない奴もいる。

 親がいようがいまいが、容姿が優れていようが醜かろうが、何か障害を患っていようがいまいが、孤独であろうがなかろうが、どこに生まれようが、幸せになれる奴は幸せになって、幸せになれない奴は幸せになれない。

 重要なのは形じゃないよ、中身だ。君や私がどういう魂をもっていて、どういう人間かだ。

 私はきっと、親が居て、人間アレルギーがなくて、城が買えるくらい裕福でも、そこに一人で住むことになるだろう。

 私はどうしようもなく幸せになれない人間だ。

 君がそうじゃないことだけを祈る。

 どうか私のぶんも幸せになってくれ、クソ野郎。




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