第14話

 それから私とベリルの、二人での生活が始まった。

 とはいっても、その生活の場は転々としていたよ。金も何も、全部燃えてしまったから最初は一文無しで、どうにかして色んなものを工面しなくちゃならなかったからね。勿論最初はさ、お役人さんだとか街の人が助けてくれはしたけれど、みんな裕福ってわけじゃなかった。こう言っちゃなんだけど、あてにできるほどじゃなかったってわけだ。それにこういう弱っている時に限って悪い輩は現れるもので、元々私に惚れていた男衆がしつこく言い寄ってきたり、人攫いがベリルを襲おうとしたこともあった。色んなものから狙われ始めてたんだな。

 でも最初はさ、耐えていたんだよ。そういうのは得意だった。故郷で鍛えられたからね。変なのがやってきても、奥さんを真似して全部追い払った。そして旦那を真似して、おおらかそうに、悠長そうに振る舞った。全部ベリルを安心させるためだ。

 彼女はまだその時、ようやく四歳になるかどうかってくらいだったからさ、実を言うと、何が起こったかなんて理解しちゃいなかったんだ。まだ物心だってつく前だったから、ベリルはしばらくすると、以外にもけろっとしていた。まあ端からはそう見えるってだけだけどね。

 火事の日からベリルの夜泣きが増えたんだ。それに甘えん坊になって、私にべったり引っ付くようになった。頭では何が起きたかを理解できなくても、本能じゃ悟っていたんだろう。彼女は聡明な子だったからね。死、だなんていう難しいことも、きっと彼女はわかっていた。

 だから、そんな彼女の為にもちゃんと肉親の所で暮らそうって思って、旦那と奥さんのご両親にそれぞれ手紙を出していたんだな。私自身が祖母に育てられたからさ、生みの親が居なくても、育ての親は必要だっていうのはわかっていた。それに当時の十八の私じゃまだ子供過ぎて、そんな大層なものにはなれないとも弁えていたからね。

 でも、待てど暮らせど、返事はこなかったんだ。というのも、その頃からぽつぽつと変な病が流行り始めていて、手紙とか物の行き来が少し鈍間になっていたのさ。都会から来たパン屋の主人が変な病で死んだって書いただろう。あれだよ。

 だから数か月して、火事が街の中でも風化した話題になり始めた時に決心した。変な病のせいで私たちを善意で助けてくれていた方たちも本当に余裕がなくなってきてさ、私自身も結構な大火傷をしていたからそれまではあまり動けなかったわけだけど、ようやくこれも癒えてきた。だから返事なんて待たないで、ベリルの祖父母のところに押しかけようって思ったんだな。そのままじゃもうどうしようもなくなると思ったわけだ。

 そうして流行病の具合を見極めながら、機を狙って街を出て、旅を始めた。大変だったよ。ベリルはまだ幼いから歩く時は殆ど背負っていたし、私も癒えたとはいえ、大火傷の跡が体のそこかしこに残っていたからね。季節は夏だったのに、そんなものを晒していたら疎まれるだろうってことで、厚着をするしかなかった。でも幸いにもというか、ある意味呪いとも言えるだろうけど、顔だけは無事だったからね。稼ぎには困らなかったよ。

 本当に一文無しだったから、旅費を作るためには働くしかなかったのさ。でも呑気に雇われてる暇なんてのはなかったし、そもそも流行病のせいで、余所者への風当たりは何処でも強くなっていたからね。私はまた、娼婦紛いの稼ぎに手を付けたんだ。

 それも今度は全部解った上で、もぐりの働き方をしていた。立ち寄った町や村の風呂場に夜遅くに行って、酔っぱらった働き者たちを誘惑して、相手をした。それに偶に相手が潰れた時は、前みたいに相場の金だけを抜き取るんじゃなくて、そいつが明日一日食える分だけを残して、残りを全部盗った。もうなりふり構っていられなかった。特に働ける時間はベリルが寝ている夜の間だけだったしね。それも彼女がいつ夜泣きで起きるかもわからないから、あんまり長い間宿を空けたりは出来なかった。下世話な話かもしれないけれど、働き者たちを慰めている間も、ずっとベリルのことを考えていた。

 そうやって昼は移動して、夜は働いて、ろくに休まずに旅をして二週間くらいだ。ようやく奥さんのご両親、パン屋の先代が隠居している村に着いて、彼らに事情を話したよ。手紙は届いていなかったから驚かれた。

 そうして、謝られた。彼らじゃ面倒は見れないってはっきり言われたんだ。そもそも先代が隠居をした理由は、主人が働けなくなったからだし、二人は私が話しに聞いていた以上によぼよぼだったからね。仕方がないと思うしかなかった。

 でも二人はせめてって言って、数日家には泊めてくれたし、出来る限りのものを食わせてくれたり、少ないながらも餞別をくれたりした。奥さんの親らしい人情家で、優しかった。

 私が最初に旦那の方の両親じゃなくて先代たちをあてにしたのも、そこら辺を頼ったからなんだな。それにさ、そもそも旦那の両親はあんまり信用ができなかったんだ。というのも、前に旦那と話した時のことを書いただろう。彼はまあおっとりとしてはいるけれど、奥さんと出会ってからは結構猪武者だったからね。両親が期待をして塾に通わせて、学問を仕込んでくれたっていうのに、それを全部放り出して田舎のパン屋に婿入りしたんだ。旦那自身も、あんまり両親とは反りが合わなかったって言っていた。

 だけど、もうそこを頼るしかなくなったわけだから、私とベリルはまた旅を始めたんだ。旦那の実家は首都にあったから、結構遠かったけれど、それまでの旅と同じようにして辛抱した。まあでも、言うほどさ、辛くはなかったんだ。

 なんて言ったってベリルが居たからね。それまで私がしていた旅は孤独なものだったけれど、最愛の妹が居たとなれば話は別だ。特に彼女が長旅での出会いを楽しんでくれたのも助かった。山で鹿の角を見ては「あたまから木が生えてる!」だなんて言ったり、汽車に乗っている時、遠目に見えた海を「青い土だ!」だなんて言って大はしゃぎしていた。その度に私は祖母との会話を思い出して、彼女に色んなことを教えたよ。

 山の生き物や、花や、季節の事。海の風や、波や、潮の事。後者に関しては私も聞いただけのものだったから、そんなにちゃんとは教えられなかったけれど、でも二人で色んなことを話した。忌々しいことに人間アレルギーのせいでよく話を中断する羽目になったりはしたけど、休みながら、少しずつ話を続けたさ。時間だけはたっぷりあった。

 そうやっていて、改めて祖母がどれだけ偉大で聡明だったかを理解した。彼女は本当に良く私を一人で育ててくれた。彼女が言っていた「天使の様に可愛い子だ」という母の遺言も、嫌悪するんじゃなくて、なんだか愛しく思えてきたんだ。

 むしろさ、それが本当に母が言ったものじゃなくて、祖母が私の為に吐いていた嘘であれとさえ思った。

 母の遺言が嘘であれば、そこには確かに、私が欲しくてたまらなかった祖母からの純粋な愛があるような気がした。

「ベリルは本当に、天使の様に可愛いね」

 汽車で隣に座って、揺られながらさ、そんなことを言ったよ。

 彼女は行儀よく座ったまま、ちゃんと私の目を見て返事をした。

「てんしって、なに?」

 上目遣いの問いかけがたまらなく可愛らしくて、私は思わず笑ってしまったよ。

「この世で一番尊い者が、この世で一番大切にしているものだ。だから、この世で一番愛すべきものだ」

 するとベリルは少しだけ考えるようにして、隣に座る私の腕に頭を預けて甘えてきた。

「じゃあおねえちゃんも、てんしだね」

 彼女はそういう子供だった。例えばさ、奥さんと旦那と暮らしている時、店先で客と一緒に「ベリルは誰が一番好きなんだ」って聞いてみたら、「みんなすき」って答える様な子供だった。愛が深い子だったんだ。

 だからさ、旦那の実家について門前払いされた時、あろうことか、私は彼女に励まされた。

 もうどこも頼れなくなって、思わず肩を落としてしまった時、「おねえちゃんと一緒なら、どこでもいい」って言ってくれた。

 それが本心からの言葉なのか、気を遣っての言葉なのかはわからないよ。まだ幼かったけれど、彼女は確かに気が遣える賢い子だったんだから。

 だから改めて覚悟を固めたよ。彼女の肉親はもう誰も頼れないとわかったからこそ、血が繋がっていなくても、家族として私が育てなければいけないと腹を括った。

 大人になればわかるけど、自信が無くても、やらなきゃいけないことっていうのがあるんだ。

 そうして、首都に腰を据えて、生活を始めた。

 私は十九歳になった。

 今から三年前の話だ。



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