第2話
本当はね、こんなものを書きたくはないんだよ。
だってね、それだけ僕の人生は散々だったんだから。いやここでもちゃんと、僕は僕のことを私と言おう。それが”けじめ”ってやつさ。
だけども、”けじめ”だなんて自分でも笑っちまうよ。だってねぇ。そんな言い方をしたら、まるで私が義理人情に厚くて、誠実で男気のある快男児のようじゃないか。
私はね、もっとひどい奴さ。だからもう一度改めると、”けじめ”というよりも、”贖罪”と言う方がぴったりさ。
私は、罪人だから。
でも一つだけ言いたいんだ。私はきっとこれを言いたいが為だけに、今こんなものを書いている。
私はあくまでも罪人であってね、悪人ではないんだよ。
そしてやっぱり、どうしようもなく罪人なのさ。
これまでの人生で、私は沢山の罪を犯してきた。人を傷付けて、狂わせて、殺して、最後には自死に追いやった。私はね、とんでもない奴だ。
でもね、私はその全てを人の為にやったんだ。悪いことをしてるつもりなんて微塵もなかったんだよ。本当に心の底から、その人の為になる様に血と汗と涙を流しながら頑張ったんだ。
私は、ただ足掻いていただけなんだ。
そんな私の人生を、これから語ろうと思う。
もし君がそんな私の話に耳を傾けてくれると言うのなら、私は君に対して最大限の謝辞を述べるよ。けれどもそれと同時に、お節介にも色々と言わせてもらおう。
まず、こんなものを読んでる暇があるならたっぷり眠るんだ。君はきっと毎日苦労しているだろうからね。人生で一番大事なのは今の君自身さ。
次に、こんなものを読んでる暇があるなら人と話すんだ。遊ぶでも喧嘩するでも良い。人生で二番目に大事なのは君の周りの人だからね。
最後に、こんなものを読んでる暇があるなら勉強するんだ。上司や先生の話を真面目に聞けってことじゃないよ。好きなことをするために、ちゃんと知識を付けろってことだ。人生で三番目に大事なのは、明日の君だからね。
もし君がこんなことを全部ちゃんとやっていて、とても充実した暮らしをしていて、でもちょっとだけ真面目に生きる意味が分からなくなったって時にだけ、これを読んでおくれ。
まあ暇潰しにはなるだろう。
じゃあ話を戻そう。これからするのは私の人生の話だ。と言ってもまず私がどこで、どうやって生まれたかは前書きで書いた通りわからないからね。それに大人になった今、小さい時の事なんてあまり覚えていないから、最初はざっくり話すとするよ。
私は子供の時から物凄く貧しかった。それにいじめられてもいたんだ。偏見と内輪意識ばかりのど田舎じゃ、私みたいな親無しはとんでもなく異端でおかしな奴だった。それに加えて、私がびっくりするくらい”美しかった”のも連中の鼻に付いた。私は男ではあったんだけれども、本当に世界で一番の美女かと見紛う程美しかったのさ。勿論見た目だけだけどね。それに加えて私は人間アレルギーもあったから人と付き合えないで、物心ついたころから家の中に引き籠ってばかりだった。遊び相手は殆ど祖母だったな。まあ前書きでも書いた通りさ。
そういったこともあって、幼少期の私はひたすらに閉じこもっていた。でもね、まあいつまでもそんな具合じゃいけないんだな。だって祖母も元々は村に越してきたよそ者で、そもそも彼女のような敬虔なブリキ様の信徒は、そんな田舎には一人も居なかったからね。随分煙たがれていたんだ。だからウチは村の外れにあったし、ものを高く売りつけられたりして貧乏だった。それでも祖母が頑張って私を育ててくれているのを見て、私も働かなくちゃなと思った。祖母の事は本当に尊敬していたし、大好きだったからね。
だから私は十の誕生日を迎えた頃に一念発起して仕事を始めたのさ。それから十一になる頃には、仕事の種類は全部で三つに増えていた。宝石磨き、煙草作り、牛乳配達だ。宝石磨きの仕事は大体夕方からあって、煙草作りは夜中、牛乳配達は日の出の頃に終わっていた。全部合わせて、丸々夜勤の仕事ということだね。そこから昼近くまで眠ってまた仕事に行く、という生活を十二歳の頃まで続けたよ。
でもまあ、案の定それでいじめは加速したんだよね。よそ者のババアの所の、自殺した娘の子供。まあ大人になった今にして思えば、私は随分”いわく付き”だったんだ。いじめられても仕方がないさ。
まあ、仕方がないだなんて、ふざけるなよとも思うけれどもね。
そんな中でどんないじめがあったかと言うと、まず蔑称だな。同年代の子供は、誰も私のことを名前で呼んじゃくれなかった。みんながみんな、私のことをブリキだなんて呼んだんだ。見た目だけ良くて中身が空っぽな私にはお似合いな名前だね。それに祖母が田舎じゃ珍しい信仰深い人だったこともあって、けらけら笑われながらそう呼ばれていたよ。
奴らはそれから、私のことを無視したり罵倒したりした。例えば悪魔の子だなんてね。面白いよね。母には天使の様だなんて言われたはずなのに、ある所では私は悪魔と呼ばれていたんだ。実に”らしい”話だと思わない?
そして更に何が面白いかと言うとね、私をそんな風にいじめていたのは、いじめっ子だけじゃなかったんだ。私以外のいじめられっ子も一緒になっていたのさ。というのもね、私は偉そうな奴にだけ嫌われてたんじゃなくて、弱くて惨めな奴にも嫌われてたんだな。
何故かと言うと、大人に贔屓されていたからさ。
私はどの職場でも、決まって監督官の大人に愛されていた。これは性的な意味でだよ。見た目だけはすこぶる良かった私は、男であるのに胸や尻や股を弄られたり、耳元で気持ちの悪いことを囁かれたりしていた。これに比べたら同年代の奴等からのいじめなんて、まあ可愛いものだったよ。だってあいつらは、決して手を出してはこなかったからね。私が傷つくと大人が怒るんだから当然さ。
そして大人たちは皆恩着せがましく、助けてやったとでも言いたげに私を弄んだ。女も男も変わらずさ。つまりあいつらはみんな、あくまでも”良いこと”をしている気分だった。それが同年代の子供たちには、大人に贔屓されているように見えたのさ。
こんなんだから職場の何処にも、私の居場所はなかったんだ。
でも、やっぱり貧乏だから働かなくちゃいけなかった。仕事は辞められないから毎日我慢していたよ。挙句の果てには、まあもしかしたら君には信じられないかもしれないけれども、私は中年男の手の内で精通することになったりした。
でもその時私は、一体なんて言ったと思う?
ありがとうございますって言ったのさ。そう言えって教育されたし、従わないとクビにするぞって脅されていて、怖かったからね。だから舌を噛みながら頑張ってありがとうございますって言ったんだ。あの時の歯型は今でも跡になって残っているんじゃないかな。それだけ強く舌を噛んだからね。
まあこんな風にだね、私の子供の頃は散々なものだったよ。勿論もっと詳しく書こうと思えば色んな事が書けるけど、そこは省くとするさ。私もわざわざ忘れているものを思い出したくないし、何より君も読んでいて面白くないだろう。そしてもし万が一、君がこんな話を面白いだなんて言うんだとしたら、きっと君はあの時私を辱めた大人の一人だろうからね。そんなお前を悦ばせるのもうんざりだ。
だからこれからはもっと明るい話をしようと思う。こんな散々な私にも、祖母以外に唯一信頼できる人間が居たのさ。というよりも祖母は、優しくはあったけれど、ちょっと優しすぎたからね。裏があるみたいだったんだ。私に対して罪悪感やなんやらがあったから、余計に私に優しくしていた。それがあったから、当時純粋に私を愛してくれていたのは、もしかすると祖母を入れても、唯一その人だけだったかもしれない。
その人は、私の幼馴染だ。
彼女の名前はとても品があった。清らかだったよ。蛍でも眺めながら呟きたい名前だ。
でもまあなんというか、今の私には彼女の名前を呼ぶ資格なんてないからさ、ここでは彼女のことをエーデルワイスと呼ぶことにするよ。白い花の名前さ。知らなければ調べてごらん。
エーデルワイスは私よりも三つ年が上のお姉さんだった。有名な宝石商の娘さんでね、所謂金持ちって奴さ。でもそれを全く鼻にかけないで、小さい頃から山を駆け回って野苺を食べたり、ざるを使って川で魚を獲って焼いて食ったりした。まあ元気が良くて食い意地の張ったおてんばさ。なのにさっきも書いた通り名前ばっかり品が良くてね、スラム街に咲いた薔薇でも見ているみたいだったよ。
そんなだから、エーデルワイスは村の誰からも愛されていたんだ。彼女はとても純粋で、分け隔てなかったからね。当時の私くらいの年頃の男子はみんな彼女に初恋を捧げて大人になっていくのが当たり前だったくらいだ。
多分私も人間アレルギーさえなければ、彼女に恋していただろうね。
だって、それだけ人気者なエーデルワイスが私に惚れていたんだから。嘘みたいな話だと君は思うだろうけど、本当だよ。エーデルワイスは毎朝村の外れにあるうちまで私を起こしに来て、朝食を作ってくれて、洗濯までしてくれていたんだ。特に私を起こす時なんかは、すぐに声を掛けないで、じっと私の寝顔を覗き込んでいた。毎日だよ。そうしてしばらくした後、ようやく声をかけてきて、目を開けると少しだけ桃色になった頬ではにかみながらおはようって言うんだ。その顔があまりにも幸せそうだったから、私はいつも寝たふりをして彼女が起こしに来るのを待っていた。
本当に気持ちが悪くて仕方なかったけどね。
というのもね、私は何回か書いてる通り人間アレルギーを持ってるんだ。君は多分知らないだろう。知っていたとしても、この名前では聞いたことが無いかもしれない。だって人間アレルギーだなんてちんけな名前を付けたのは、医者でもなんでもない私の親友だからね。それに、そうやって自分が人間アレルギーだって自覚したのも、ここ数年の事、二十一くらいの歳の時だからさ。実際その頃まで、私もどうしてこんなに人が苦手なのか言語化できなかったんだ。
そしてこれがどういうアレルギーかというと、本当に名の通りさ。
私は人間を受け付けられない体質なんだ。
相手が男だろうと女だろうと、若かろうと年老いていようと、人間が近付いてきたら途端に寒気と吐き気がしてしまう。近付いてくるというのは物理的な意味と、精神的な意味の両方さ。私は人に体を触られたり、もしくは惚れられたり信頼されたりみたいに歩み寄られると、その人を反射的に、どうしようもなく拒絶してしまうんだな。どれだけ愛しくて、親しい人でも、手を握られた瞬間に吐いてしまったことだってある。
でも勘違いしないで欲しい。私は決して人が嫌いというワケではないんだ。さっきもさ、毎朝エーデルワイスを喜ばせるために寝たふりをしていたって話をしただろう。他にも出された食事はどれだけ苦手でも平らげたし、ちゃんと毎回ご馳走様、美味しかったと笑って言った。本当は気持ち悪かったけれど、休みの日には二人で散歩をしたりもしたんだ。彼女は本当に私を愛してくれていたからね。
村の何処に行っても愛してもらえる彼女にとって、人間アレルギーを持つ私は唯一、無条件で彼女を甘やかさない稀有な人だったんだ。
だからその信頼に応えようとして、私も頑張って嘘を吐いて自分を隠していた。極力言葉に棘が出ないようにしたし、彼女を完全に受け入れることが難しくとも、彼女を完全に拒絶することも決してしなかった。私が我慢できる絶妙な距離感を探り当てて、精一杯エーデルワイスが喜ぶことを毎日した。まあそういう風に自分を偽るのは得意だったのさ。
私は自分がいじめられていたり、辱められていたことを、彼女や祖母に隠していたからね。
そうやって私は私なりに、子供の頃から人付き合いをしていたんだ。
つまりね、勘違いされやすいんだけど、私は人間嫌いではないんだ。
ただ、アレルギーなだけなんだ。
もし君が何らかのアレルギーを持っていたらわかるだろう。持っていなかったとしても、例えばそうだな、猫だ。あれをどうしようもなく好きだとしても、猫アレルギーがあれば、君は一生猫には近づけないだろう。
それと同じだよ。
だから結論から言うとね、やっぱり、離れていくしかないんだ。
全部、仕方なかったんだ。
私はね、結局人間アレルギーのせいで彼女の全ては受け入れられなかった。
ある日祖母が死んで、とうとう私がこの世界に独りぼっちになった時、家に雇い入れて助けようとしてくれたエーデルワイスを、こっぴどく振ってしまったんだから。
あれは本当に申し訳ないことをした。
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