第3話 闇夜の空に大蛇が漂う


 禁呪に関する書物を全て医務室の隣に集めて検索を始める。手作業ではあるものの魔導師らが検知の魔法強化を行いながらのことなので、程なくしてそれらしい一文が発見される。


「【ズィーゲルズサークル】対象を封印する極めて危険な魔法、禁呪指定を受けているこれでは?」


 団長が魔導書を受け取り前後の分を余すことなく読み込む。そして何を目的としているかも朧げに知った。


「対象の魔力を流出させ封印する。その際に流れ出た魔力量に応じた魔物を現世に出現させる召喚魔法の一つでもある」


 そう説明を声に出して読むと魔導師らがざわつく。何故ならば今まで流出した魔力はこの場の魔導師らの大半と、皇帝のものでかなりの値になるから。このまま延命措置のつもりで魔力を注ぎ込んでいれば、手の施しようがない大変なことになるところだった。


「魔法陣を破壊すると今までの魔力が対象に逆流する。器を壊した上で魔物を召喚することになる――」


 維持するのも壊すのも最悪を選択するだけの事、どう解決すべきかまでは書かれていない。魔導書はその仕組みを解説するものであって、教科書や参考書のように答えまでは無い。万策尽きた、そんな雰囲気が漂う。


「その封印の種類を確認はしましたか?」


「ドロシア嬢、それはどういう意味かな」


 今まで黙って座っているだけだった彼女が発言する。どうしてここに居続けているのか、存在を許されてはいないが、追い出されもしていない。


「魔法陣を破壊することが出来ないならば、封印を促進させて【ズィーゲルズサークル】を解決させる必要がありますから。その後、召喚された魔物を排除し、封印を解く。速やかにこれらを決断し、実行すべきではないでしょうか」


 禁呪を取り除く方法がわからない、それならば成立させてしまう。一つの答えだと納得できた。問題はそれで対象者がどうなるのか。封印されてしまいそれが解けないならば皇帝は死んでしまうかどうか、それは封印と呼ばれるのかどうか、確かに種別を知るべきだと頷く。


 魔導師らが今度は封印について検索を始めた。団長はドロシアを正面にして立ち上がる。


「私はあなたが何者かなどと無粋なことは尋ねません。帝国を、皇帝陛下を助ける為に力を貸してくれるのでしょうか?」


 魔導師らが一瞬だけ気を取られる。団長が変なことを言い出すから。この場の頂点である者すら知らない相手、だとしても彼は判断を誤るわけには行かない。


「ええ、あたしには最早さしたる力もありませんが、それでも努力はします」


 片膝をついて敬意を表し「宮廷魔導士団【アップグルント】団長ヴィーラントが感謝を申し上げます」頭を垂れた。そんなことをする必要もないのに、人臣位を極めている最高官の男が、どこの誰とも知らない少女に。


「失う辛さは深く知っているはずだったのに、我が子も同然の者の辛さを理解してあげることも出来なかったなんて。あたしもまだまだ未熟だったわ」


 ドロシアは瞳を閉じて小さく息を吐く。言葉とは似つかわしくも無い見た目に異様さを感じる。それなのに何処かしら説得力があったりもする。不思議だ、皆がそう感じた。


「召喚される魔物は魔力量に比例するでしょう。それをどのように撃退するか、準備を並行してすべきだと提言しておきましょう」


 団長はすっと立ち上がると「承知しました。帝都の全魔法兵団に緊急呼集をかけろ! 戦争が始まるぞ! 皇軍には帝都から臣民の一時避難を今すぐ行わせろ、急げ!」果断な命令を下す。



 深夜に起こされて集められた皇軍が、真っ暗闇の中でサルディアに放たれると、一つ一つの家を当たり半ば無理矢理に避難をするように追い立てた。当然住民は多大な不満を持った。簡単にその作業が終わるはずもなく、時間だけが過ぎ去っていく。


 満月の深夜、ついに時が満ちた。帝都全体が淡く光り、巨大な魔法陣が空に浮かび上がる。多くの者が空を見上げて足を止めてしまう、それを注意して歩かせなければならない皇軍であってもつい見上げてしまった。


「へ、陛下が!」


 ベッドで唸って寝ているアドラーから一気に魔力が消失する。苦しそうに呼吸を荒くするが、大司教の回復魔法も効果が無い。ドロシアは隣へ歩んでいきベッドに座るとその手を握った。


「心配するなアドラー、あたしはここに居る。封印を破るのは自身だが、その手助けはしよう」


 瞬間、多少だがアドラーの顔が安らぐ。部屋に魔導師が駆け込んで来る、その狼狽ぶりは指導者階級としては恥ずべき態度だった。だがそれを指摘するよりも早く「空に浮かぶ魔法陣から魔神が現れました!」大惨事の序章を告げる。


「魔神とは何が出た!」


「蛇です、巨大な黒い蛇が空中でとぐろを巻いています!」


 そのような魔獣は居ない、魔獣ではない、ならばそれ以外だと認識するしかなかった。幻影ではなくそこに確実に存在している、現実を見るならばまさに魔神と呼んで差し支えない。


「黒い蛇? 一体どのような……」


 皆が団長を見るが答えは出なかった。正体不明では対策の取りようもない、そして一度の過ちは全てを失う恐れがあった。


「空飛ぶ巨人の子、大精霊、その見た目からミッドガルドの大蛇とも呼ばれているわ」


 ドロシアに視線が集まる、これだけいる魔導師らが知らないことを語ったから。ヒントが得られるならば一秒でも早い方が良い、団長が詳細を尋ねた。


「そのミッドガルドの大蛇についてご教示いただけないでしょうか」


 遜って教えを乞う、団長に習いこの場の皆が膝をついて頭を垂れた。皇帝アドラーが先頭にたって導いた集団、皇帝が不在でも正しい道を歩もうとしている。

 ドロシアは小さく、誰にも悟られないように微笑んだ。教えは生かされていると。


「その名をヨルムンガンド、蛇の化身は太古の昔にミョルニルの鎚で叩かれ、現世を退いたと言われています」


 古代神話の一説に出てくる内容を諳んじる、ここサルディニア帝国ではない、遠い国の話を。


「ミョルニルの鎚? すると打撃が有効だと?」


 空に浮かんでいる相手に打撃とは厳しいが、効果的な攻撃が解ったならば値千金だと表情が明るくなる。が、彼女は頭を左右に振った。


「ミョルニルハンマーは雷を呼び起こす代名詞。ヨルムンガンドは雷撃で撃退することが出来るでしょう」


 無知は罪ではない、しかし罰は下ることがある。正しい知識は多くに幸福をもたらすと彼女は説き続けて来ていた。


「ドロシア嬢に最上の感謝を申し上げる! すぐに【テンペスト】へ伝えよ集合魔法【グランツ・ブリッツシュラーク】を行う、各兵団は【テンペスト】へ魔力を供出せよと!」


 団長が立ちあがり振り向きざまに命令を下す。


「団長お待ちください。そのドロシア嬢の言葉を鵜呑みにして良いのでしょうか。ことは重大、ここで誤るわけには参りません」


 そう思っていた魔導師も複数いた、そのせいで即座に反対も賛成も声が上がらない。どこの誰とも解らない者を信用して、帝国の多くを賭けるまでして良いものかどうか。


「私は! 一度彼女を信じると決めた。ならばどのようなことが起ころうともそれを貫く。私を信じるならば彼女も信じろ」


 強い口調で団長が言い切ると、俯きながら魔導師らも「団長の事は信頼していますので――」小さく言うと納得した。強引であってもこの場を収めてしまえば後はどうとでもなる。


「ヴァーラント団長の本気を受け取ります。あたしも行きましょう」


 ドロシアは教えを授けるだけでお仕舞にしようと思っていた、けれども見るべきところがある人物だと言葉を挟んだ。本当に珍しいことなのだ。

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