第2話 サルディニアの夜


 日付が変わってからも、宮廷魔導士団【アップグルント】は皇帝アドラーの傍で必死の治療を継続していた。突然馬の上で気絶した皇帝が戻って来て、大慌てで医務室へ担ぎ込まれたから。筆頭侍医の診察では身体には一切の異変が無いと診断された、そこから宮廷魔導師が容体を確かめると魔力切れを起こしているのを見つける。


 この宮廷どころか、世界でも最高峰の魔力を持っているアドラー皇帝が何をどうしたらそんな状態になるのか誰もが不思議に思っていた。魔力移譲の魔法を使い一安心していたところが、次々に失われていく魔力に驚愕した。減るからと放置するわけにはいかず、交代で引っ切り無しに魔力を補充し続けている。これはこれで弊害がありそうな気がするが、今はそれ以外に方法はない。


「団長、これでは陛下が疲弊します。どうすれば?」


 宮廷魔導士団は上級魔導師しか所属を許されない、それなのに誰一人として原因に気づけずに狼狽する。これが帝国最高の頭脳とはあきれてものも言えない、いつもなら団長がそう切り捨てるのに、今回は自身も不明だったので小さく唸るしかなかった。


「何かの呪詛の可能性もある、ディスペルだけでなくリムーヴカースも必要かもしれん。大司教に連絡を入れて朝一番、いや直ぐに登城するように要請をするんだ」


 魔法には自然魔法と神聖魔法の二種類がある。大雑把に神の奇跡とそれ以外をまとめたのが分類で、自然魔法にも神聖魔法にも仕分けは幾つかある。自然魔法で治らない以上は、恐らく神聖魔法の分野なのだろうと考えたのは当たり前だった。


「魔力の渦が感じられます、理由までは解りませんが」


 アントレナルという魔力に敏感な男が、帝都全体にそういった流れが感じられると進言した。あまりに大きすぎる範囲、それで団長は閃く「結界魔法の一種か?」それならば継続して効果を与え続けることも出来ると仮設を立てた。


「アオゲ、直ぐに帝都を調査しろ、魔法陣が構築されている可能性が高い」


「承知しました。帝都の魔法兵団をお借りしても?」


「許可する。魔道具の持ち出しも好きにしろ、いいか時間を惜しむんだ」


 アオゲと呼ばれた青年は頷くとそそくさと医務室を出て行った。帝国の魔法兵団は【アイシクル】【ミラージュ】【ヒートヘイズ】そして【テンペスト】の四つがある。宮廷魔導士団にはそれらに対する指揮権が与えられていた。


 もし魔法結界だとしたら、どれだけ巨大なものになるのか、想像するだけで恐ろしかった。そのようなものを見つけたとして、壊しても良いのかどうか判断がつかない。かといってそのままにも出来ないので、考えておかなければならない。



 深夜の城門前に辿り着いたドロシア、当然城門は閉められていて門番が幾人か立っているだけ。乗り越えるのは一苦労、何せ防御魔法が掛けられているから異物を感じたら弾く仕様になっている。彼女の死後に変えられていなければ、の話ではあるが。


「さてさてどうしましょうね」


 左手で右手の肘を抱くようにして、頬に手を置いて悩む。手立てなど幾らでも思いつくけれども、どうしたら一番楽に達成できるかを選んでいると、馬の嘶きが耳に入った。車輪の音が一緒に聞こえるので馬車だというのが解る、この時間に走らせる馬車に誰が乗っているのか。


 一つの答えとしては皇帝が呼んだ人物と言うことだ、何せ外からやってきたものが取次を願うには時間が悪すぎる。夜霧で姿を隠ぺいしたままドロシアは門番の傍まで歩み寄るが、全く気付かれない。そこへ馬車がやって来た。


「何者だ!」


 ハルバードと呼ばれる斧槍を交差させて行く手を阻み誰何する。御者の隣に座っているローブの男が、応えた。


「皇帝陛下の召喚により参上しました。大司教様で御座います」


 後ろに乗っている老年の男をチラッと見ると、様々な刺繍や宝石がちりばめられた法衣を身に着けていた。誰とは聞いていないが、深夜に来客があるとだけは言われていたのでそれを信じる。


「大司教猊下! 開門致します、どうぞお通り下さい!」


 道を譲ると城門が左右に開いてそこを馬車が通った。と同時に、誰にも知られずに女性も徒歩で門を潜る。重い音を響かせて再度城門が動いて固く閉ざされた。

 馬車は前庭に停められて、中から老人が降りて来る。マリベリトフター教の大司教エルツは白と青の法衣をゆらして、ゆっくりと歩みを進めた。


 上級騎士に先導を受けて医務室へやって来る、宮廷魔導士団が扉の側を向いて大司教らに一礼する。


「猊下、急なお呼び立て申し訳ございません」


 片手を軽く上げて「陛下のお呼びとあらば来ぬわけにもいきません。堅いことはなしにして、何があったかを聞いても良いかな」椅子を勧められたのでエルツが膝をさすりながら腰を下ろした。ここで座っているのは団長と大司教だけ、残りは起立して控えている。


 奥のベッドに皇帝が寝ているのを見て異常を悟るが、まずは話を聞くことにした。


「実は陛下が魔力流出を起こしておられて。ディスペルも効かないので呪いにでも掛けられているのかと。それと――結界魔法の可能性もあるので、現在調査中です」


「呪いですか。まずは見せて頂いても?」


「どうぞ」


 ベッドの隣まで歩み寄るとアドラーの顔を覗き込む、今は辛そうな表情はしていない。定期で魔力を補充し続けているから。

 手を取って目を閉じると、心を落ち着かせて祈りを捧げる。大司教は神と通じることが出来る偉大な人物だ、邪悪な存在が身に宿っていれば見つけるのは容易い。


「良いのか悪いのか、呪詛の類では御座いませんな」


「ではやはり結界の類……」


 そうなれば非常に強力で厄介な魔法陣が見つかるだろうと予測をする。違えば迷宮に迷い込むような話になり、アドラーの命も危なくなる。椅子に戻って座りなおす。一息ついて大司教が「お嬢さんにも椅子を用意しては?」部屋に居るうちで唯一の女性を見てそう言った。


 多大な違和感、魔導士団が変な表情になった。それは団長も同じだった、何せ大司教と共にやって来たのに見知らぬ相手へ向けるかのような言葉。何かの符牒かとすら考えてしまう。チュニックに水色の外套、大司教の世話係だろうと信じていたから。


 何はともあれ椅子を用意させて、着席を確認すると団長が口を開く。


「レディ、あなたは?」


 その一言で大司教も、おや? といった感じを醸し出した。この場に居るのに誰一人知らないとはどういうことか。かといって警戒するにしてはあまりに見た目が。

 銀色にうっすらと青みかかった長い髪、黄緑のリボンを後ろに結わえていて、年の頃は十代半ば、これといった危険は一切感じれない。


「初めましてにしておこうかしら、ドロシアです」


 それ以上は語らずに、微笑を浮かべているものだから扱いに困る。無関係な人物がここに居てよいはずがない、そもそもそういう者が近づけるはずがないのにどうして。何とも言えない微妙な空気のところへ、魔導師が一人やって来た。


「帝都を覆う巨大な魔法陣が発見されました。これほどの規模は見たことがありません!」


「やはり結界魔法だったか」


 渋い顔をする団長。これを壊せば恐らくは皇帝に作用しているだろう効果は消える、問題はどうやって壊すかだった。無効化させるにも幾つも手段があった、そのもっとも下策と言われているのが魔力をぶつけて破壊する行為。これをするとどんな副作用が起こるか分かったものではない。


「リバーススペルを行うには時間が掛かりますが」


 魔導師の一人が注意を与える。言われずとも知っていると怒鳴り返すようなことはしなかった。


「陛下に悪影響が出ないように速やかに解決すべきだ。この際、多少帝都で被害が出てもやむを得まい」


 帝国は専制政治が行われている、皇帝と都のどちらが大切かと問われたら皇帝と答えるべきだ。団長がそんなことを役目で言っているわけではない。若き皇帝にはまだ後継ぎが居ない、ここで崩御されたら帝国が混乱を起こして消え去る可能性すらあった。


 もしそうなれば、どれだけの人が路頭に迷い不幸になるか、それならば帝都の住民十数万人を犠牲にした方が傷が浅い。そんな打算があり口にしている。どちらを選んでも失われる、それも莫大な数が。ならば少しでも可能性がある、魔法陣の無効化に賭けた方が分があるとふんだ。


 大司教は神妙な顔になるが何も言わなかった。彼は皆の無事を祈るしかない、その為にここに居ると割り切ってしまう。大事件の前に、正体不明の少女がいることなどは後回しいされてしまう。ドロシアは口を出さずに正解へたどり着くようにとじっと見守る。


「これだけの巨大な魔法陣だ、通常のものではあるまい。図書館にある魔導書に、禁呪の類が記録されているはずだ。これを確認してみる必要がある。手分けして記述を探すぞ」


 迷いながらでも真っすぐに歩んでいる、ドロシアは嬉しそうに魔導師たちの言葉を漏らさずに聞いていた。

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