英雄の美学……なんてばからしい。俺はただ怖いんだ
平和に見える世界の裏で、夜、人から魂を奪う悪霊と戦う者がいる。
彼らは対霊師と呼ばれ、悪霊と唯一渡り合える除霊武具を装備して戦うのだ。
しかし、悪霊の中にはとんでもなく強いものもあり、戦いのプロである対霊師もまた数多くが悪霊に狩られてもいる。
混迷を極める双方の戦いの中で、対霊師側には、どんな悪霊にも負けない1人の英雄がいた。
名をサリティ。短剣という接近のリスクを一番負う武器を用いながらも、これまで負けなし。ひいてはS級の悪霊も数匹狩ったことがある実績ももつ。
彼がいる限り人類に負けはない。人々は彼を英雄と見た。
ただ、彼と仕事を同じにしたものはいない。悪霊との戦いには常に彼1人が依頼を受け、戦いに赴いていた。
人柄は良い。街では多くの人間に好かれ、問題行動などなく、試合もかなり秩序よりだ。故に彼がどういう人間なのか、詳しく知る者は誰もいない。
「1つ尋ねたい」
悪霊、霊とはいうが、実際対霊師が戦うのは、悪霊が憑いた肉体を持つ化け物だ。時に人間や動物に憑りついたりするが、それはかなりレアケースで、何者かが化け物の肉体を用意してそこに悪霊をしまう。
そして今、サリティが多くの悪霊の骸の上で、それを用意している、いわばボスクラスの悪霊と向き合っている。
戦いの様子を語るまではない。
1000体、街に向かっている一軍クラスの数の悪霊をそのまま相手にすれば、当然生き残るのだけで精いっぱいだろう。
その上でその男と戦うなど、そもそも人間の体力という視点で見て不可能だ。
「なぜ1人なのだ。今までも、今日もそうだ」
「は? どうしてそれを教えなければいけない」
息切れしている中でも気丈に振る舞うサリティ。それに、ボスは静かに問答を行おうとした。
「街に仲間や友人がいるのは知っている。私はお前の体に適した霊を見繕っているからな、後はお前に接触することを考え観察していた」
「そうか。変態だな」
「強がるな。もう限界だろう。そこに膝をついて寝ころんでも構わんぞ。だが、質問には答えてもらいたい」
街中で評判になっている彼は、孤高の戦士であることを美化され、ソロ・サリティという言葉は1人で脅威へと立ち向かう彼への賛辞の表れだった。
「だが、これほどの相手、お前であれば1人でくれば死ぬことは必至だと分かっていたはずだ。まあ、さすがに私以外対処されてしまったのは驚いたが」
「……ああ。分かってたよ」
サリティは既に折れた短剣の柄を握りしめ、その右手をじっくりと見つめ自分を嘲笑した。
「貴様はなぜ1人で、ここに戦いに来た」
「簡単な話だ」
サリティが語る。
「俺は、怖いんだよ。ビビりなんだよ」
「そんなはずはない。おまえは1人でここに来た」
「もてはやされたくはないんだ。ずっと1人だったのも、ビビりなのが理由だからな」
サリティは語り始める。
端的に言えば、俺は、責任を負いたくないんだ。
強くなればなるほど、弱者と共にいて俺だけ生き残ったときが怖い。
お前が頑張ればあいつは死ななかった。
お前が死ねばよかった。
どうして助けなかった?
そう言うことを言われるのが怖いんだ。
今俺をもてはやしている連中が、失敗1つで次の日には俺を重罪人として扱うかもしれない。人間なんてそんなもんだ。
俺は諦めてる。
幸いにも俺は受けたことがなかったけど、対霊師が仕事に失敗して人を救えないと、人間どもそいつを縛り上げて処刑しろという。
なに、命を奪うもんじゃないが、社会的に抹殺するんだ。そいつは人の命1つ救えない愚か物だと。
毎度じゃない。いい人間もいる。そう言う人は分かってくれる。よく頑張ったと慰めてくれる。でも、人間は半々だよ。悪い方の人はいい意味でも悪い意味でも自分の幸福のことを第一に考えている。
自分が不幸になったら、それを誰かのせいにして、自分を悲劇の渦中にいるのだとすれば辛くはないからな。
対霊師の仕事をやってると、どうあってもそういう人間の依頼を受けることがある。
そしてもちろん、仲間がいれば、その仲間が死んだとき、その家族や同じ対霊師の知り合いさんからはバッシングを受けることもある。
俺達だって別にサボっているわけじゃない。ちゃんと仕事はしているんだ。命を懸けている。悪霊に見境はないからな。そして、その戦いの中で死ぬ可能性だってあるんだ。
だが、人間は弱いということを忘れた傲慢な連中は、俺達の敗北と死を許さない。これもクレームの種の1つだ。
ウザいんだよ。そういうの。
俺達は必死に戦っているのに、なぜ分かってくれないんだ。
俺はそういうことを考えるのは嫌だった。何より、批判されたくなかったんだ。
じゃあ、どうする。簡単だ。
常に成功すればいい。余計なリスクを負うこともなく。
仲間がいなければ、生き死には俺だけの話だ。身内からのバッシングを受けることもない。
そして俺が成功すれば賞賛を得られる。失敗すれば死ぬ。たとえ、俺が死んでも困る奴なんていない。
君が死ねば困るやつがいる? そんなきれいごとをいうヤツがいるならこう言ってやるさ。じゃあ、それは誰なんだと。
そう。クレームを受けそうになったら死んで逃げられる。そういう仕事だからな。
おれは批判されたくない。
ボスはしばらく絶句した。
かの英雄がこんなにも、卑屈な考えの持ち主だったとは。
しかし、まあ、分からない話でもない。
「そうか。私はてっきり美しい話を聞けるとおもったが」
「悪かったな。俺はこんな、惨めな奴なのさ。心が育たたなかった。子供なんだ。批判されると泣きそうになる」
「いいや。いいんじゃないか。それで」
「いいわけないだろ」
「私にとってはそういうヤツの方が好ましい」
ボスは少し笑みを浮かべて、悪霊を呼び出した。
「君はきっと、いい悪霊になりそうだ」
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