第7話 最初の日。今、歩き出す


   9


 1ヵ月前だというのに遥か昔のように感じられる。

 俺は死んだ。

 ふざけた悲劇だった。

 銃を持った集団が、いきなり学校に侵入したかと思ったら、いきなり乱射し始めたのだ。神への生贄だ。それだけを叫びながら。

 まず1階にいた生徒が全滅。しかし、生贄はそれだけでは足りなかったようで、奴らは2階、3階へ上り、そこでも銃を乱射。さらにいたるところで爆発が起こる。はっきりしているのは、これがカルト教団のテロ行為だということ。

 俺は屋上に居たのだ。琴音と1緒に。あの時、言いたいことがあった。半年間悩んでようやく勇気を出して、ここに誘ったのだ。それなのに。

 襲撃犯は結局屋上までやってきて、こちらに銃口を向けた。

 それ以降のその世界の記憶はない。

 そして。

 目を覚まし、上半身を起こす。

そこには白いスーツの男が立っていた。

何もない白い景色の中。俺は1人ぼっちで横たわっていた。

「死んじゃったね、君」

スーツの男は若いが子供ではない。おそらく2十代くらいで、金髪の青い瞳をした長身の人だった。

「……やっぱり、死んだんですか」

「そうそう。……俺が誰だか気になる?」

 その人は自分を指さす。しばらく黙っていたが、その男は指を下ろそうとしなかった。このままでは話が進まなさそうだったので、聞くことにした。

「何者ですか?」

「神」

 聞き違いと思ったものだ。

「まあ、君が信じるも信じないも自由だけど。君、まだ生きたいと思わないかい?」

 まるで自分が神視点で話をしているかのようで、正直最初は話についていけずに、何も言えなかった。しかし、男はゆっくり俺の返答を待ってくれた。逆に言うと返答するまで場面が進まなかったので、気持ちが落ち着いたころに答えた。

「特に思わない」

「琴音ちゃんに言いたいことがあるんじゃないの?」

「何でそれを」

「生まれつき他人の心を読めるんだよ。それで、言いたいことあるんじゃないの?」

「……ないよ」

「嘘つきだなぁ」

 男はニヤニヤした顔でこちらを見ると、

「だが、そんな君は嫌いじゃないよ。君なら……いい主人公になれそうだ」

「何言ってるんだよ」

 と言う問いを無視して、その男は続ける。

「チャンスをあげよう。世界は違えど、再び生きるチャンスを」

   

   0


 そして。

 目を覚まし、上半身を起こす。

 そこには白いスーツの男が立っていた。

「やあ、久しぶり」

「お前は……」

「隣、起こしてあげれば?」

 俺はそこで初めて気づく。右手が暖かい温もりで包まれていることに。

「琴音」

 俺はぐっすりと眠っている琴音の体を揺らした。ゆっくりと目を開け、こちらを見たときに見せた微笑みを見たとき、琴音が生きていたことにこの上ない喜びを感じた。

 2人起き上がり、周りを見渡す。あの時にように真っ白ではなかった。見渡す限り青くきれいな海が見える。少し視線を下ろすと、白くきれいな桟橋が、どこまでも続いている。

「昨日はひどいもんだったよ。まるで戦争だったな」

「え?」

「覚えてないのか? 無謀にもお前ら2人は、残りの生き残り全員との戦争状態になったんだ。裏切者に与えられた、多くの強力な関数を駆使しながら、戦ってたよ。100人ぐらいを殺した頃だったかに生き残り全員が逃げ出して、お前ら2人は倒れたんだ。初の試験合格者が出たって聞いてやって来た俺が、その顛末を見届けた後で、合格者を保護した。そんなところか」

 全く記憶にない。

「結局、殺しちゃったんだね。私」

 琴音が今にも泣きそうな顔になる。すると意外にもフォローを入れたのは自称神だった。

「だが、昨日の決死の戦いがあったからこそ、2人は生きて、合格してここにいる。君たちはようやく、この世界に認められる存在になったんだ喜ぶべきことだろう?」

「何が喜ぶべきことだ。あの島で何人死んだと……」

 不意に後ろに振り返って見ると、まるで幻だったかのように、島がなくなっていた。

「ここは、合格者だけが来れる特別スペースさ。もう島からはだいぶ離れたよ」

 白スーツの男がやっと、1回あくびをする。

「私達はこれから……」

「言ったろう。君たちはこの世界に転生した。これからはこの世界で自由に生きるといい。俺が君たちにしてあげるのはここまでになるけどね」

 少し強く吹いた風が、俺たちの髪を揺らす。俺はそれが止むのを待って、俺は、転生した多くの仲間たちが必ず抱いた質問をぶつける。

「何で、転生したんだ。俺たちのことを」

 白スーツの男は、指を上に指す。俺と琴音もその方角を見るが、そこには何もなかった。

「新しいソースコードを発見したんだ。別の世界から魂を呼び出す禁忌の門。俺はそれの実験をしていた。ちょうどつながったのが君たちの世界と言うべきだろうな。多くのまだ新鮮な魂が流れ着いたんだ。俺はそれを見て、肉体再生術、魂宿りの蘇生術を使い、君達をこの世界に顕現させた。これが見事に恐ろしい時間とリソースを使う必要があってな。本当なら、異世界から人間呼んで、あの島でいろいろなドラマが生まれるのを楽しもうと思ったが、それ以上に大変そうになるからやめておいた。だが、今回はなかなか楽しいものを見せてもらったよ」

 まるで俺達を遊び道具か何かのように言う。

「Eコードってのはすごい。万能粒子テイルを操り、こんなことまでできる。学べよ少年少女。これから君達が生きる本土では、あの島なんかよりも、もっと激しい戦いや面白いことが毎日起こっている。Eコードを学べば学ぶほどこの世界では強くなれる。生きてまた君達のつくるエンターテイメントを見せてくれ」

 男は俺と琴音の前で急に指を鳴らす。たった1瞬のまばたきの後、消えた。

 後ろを見ると、桟橋は俺達のすぐ近くまで消えていた。それは俺たちがもう戻れないこと示唆している。

「なんだか……妙なことになっちゃったね」

 琴音は俺の右手を握りながら、ささやくような、しかし確たる声で言う。

「そうだな」

 俺は、琴音の手を強く握り返し答えた。

「でも……まさが守ってくれるもんね」

「は?」

「なに、男のくせに守ってくれないの?」

「男のくせにって何だよ。お前の方こそ、あのエグイ力使って、ジャンジャン暴れてくれよ」

「人を暴れん坊みたいに言うな!」

 再びケンカに発展しそうなこのやり取りは、あの頃の俺達が完全復活した証。2人でそれに気づき、見つめ合い、そして笑った。

「まさ、これから……じゃない。これからもよろしく」

「ああ、生きてこうぜ。せっかくもらった命だ。今度はあの白スーツを俺たちの世界にブッ飛ばしてやる」

「ふふ、それ面白そう」

 これから先、何が待っているか分からない。

しかし、不思議と恐れはなかった。

 これからもよろしく。その言葉通りに、俺達2人はともに進んでいくだろう。

「行こうぜ」

「うん」

 そして俺たちは、手を取りあい、まだ見ぬ世界への思いを馳せながら今――歩き出す。

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